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「最近、苛められてるんじゃないかと思って」

幼馴染の水野が真剣な面持ちで言うのを、白井は生返事で返した。
へぇ〜とストローを咥えながら頬杖を付き、ファーストフード店内の内装を意味もなく眺めていると、視界の隅にムッとした顔の水野が映る。

「俺本当に悩んでんだって」
「そっかぁ」

そっかぁ。
それを聞いて、白井は落胆する。
苛められてんのかぁ。
水野が苛めと思うなら、それは苛めだよなぁと、落胆する。
そしてテーブルの下でスマホを操作した。





「最近、マジでいい感じだと思う」

相棒の赤坂が得意気に言うのを、黒木は何も言わずに冷めた目つきで返した。
スマホを操作しながら、ファミレスのポテト数本をまとめてフォークをぶっ刺して噛み付くと、正面の赤坂はヘラヘラ笑って更に言う。

「あー、そろそろ頃合いかもしんねぇ」
「そうか」

そうか。
それを聞いて、黒木は落胆する。
いい感じなのか。
しかし相手はそうは思ってないんだから、通じてないんだなと落胆する。
そして受信したメッセージに返事を作成した。





四人が出会ったのは桜の舞い散る季節だった。
ロマンチックなものではない。白井と水野が毛虫を踏まないようにギャアギャア言いながら桜並木の帰り道を通っていると、足元に気をとられていた水野がすれ違う人にぶつかった。

「あ、すみま──」

せん。
が聞こえなかったのを不思議に思って振り返った白井は固まった。
青くなった水野の腕をガシリと掴み、ジッと見ていたぶつかったであろう人物は、同学年だが素行の悪さが目立つ赤坂だった。
怖じ気づきながら掴まれた腕と赤坂を交互に見る水野を救うべく白井は慌てて戻ったが、白井よりも早く赤坂の手と水野の腕を引っ剥がした人物がいた。

「何やってんだよ」

赤坂の連れの黒木だった。
赤坂に比べれば口数少なく大人しい方だが、常に行動を共にしているのならどっちもどっちだ。水野はすっかり萎縮して、離された反動で後ろにヨタヨタとよろめいた。転けないように、白井がその肩を両手で支えた。

「すんません。こいつがぶつかったみたいで」
「いや、こいつも悪かった。すまない」

白井が頭を下げると、黒木も頭を下げた。
黒木が意外に話が通じる常識人だった事に白井がひっそりと顔にも出さずに驚いていると、その隣の赤坂が未だにジッと水野を見ているのに気が付いた。当の水野は蛇に睨まれた蛙のごとく、その視線に固まっている。
完全にビビっている。
幼稚園年少からの付き合いである幼馴染はいわゆるビビりなので、赤坂や黒木の様な人種が苦手なのだ。慣れれば平気だろうけど、いかんせん、そこまでの道のりが長い。
まあ、この先関わりのない人達だろうから、謝罪もそこそこに白井は水野を引っ張り「失礼しました」と帰路を急ごうとしたが、突如赤坂が手を伸ばして親指と人さし指で水野の顎を掴んだ。

「!!!???」

ぎょっとしたのは、赤坂を除く三人だ。
目が点になる白井と、目を疑った黒木と、目を白黒させる水野なんて気にもせず、赤坂は悪い笑みを浮かべて口を開く。

「気に入った」

これが世に言う一目惚れで、どうやら水野が赤坂のお眼鏡にかなったと知ったのは後日談。
拳骨を落とされた赤坂を引きずるようにして黒木が去っていくのを見送って、放心状態の水野を白井もまた引きずるように帰宅した。





「水野はもう限界っぽい」
「そうか。赤坂も限界のようだ」

あれは近々告白するぞと、黒木は重々しく吐き出した。白井も重ねて溜め息を吐く。
赤坂は積極的にアピールしているつもりだが、水野は絡まれ苛められていると思っているのだから、告白なんてされた日には混乱に困惑を重ねて頭がパンクして卒倒するのは目に見えている。そして赤坂は強く拒めない水野に、なぜか好感触を抱いているのだから、どうしたものか。

お互いの相方と別れ、二人は夜の公園で隣り合ってベンチに座り、肩を落としていた。
はじめは学校内で赤坂が水野に絡んでいる図の傍観者だったが、いつまで経ってもお互いの矢印は交わらず、痺れを切らした傍観者同士、二人に内緒で相方の近況を報告しあう仲に発展していた。
ちなみにあの二人はお互いの連絡先を知らない。赤坂は知りたがってるようだが、個人情報の漏洩を恐れている水野は頑なに口を閉ざしている。教えないなら教えないで直接赤坂は水野に会いに来るのだから、結局は堂々巡りだ。
水野は明らかに赤坂にビビり、声を掛けられたらそそそっと白井の後ろに隠れて、様子を見ている。そして事件性はないとは思うが前科持ちなので、黒木は赤坂が暴走したら止めなければならない。
白井と黒木はもう疲れていた。
水野は白井から離れないし、赤坂は黒木が目を離すと危険である。だから双方、出来れば円満におさまってくれたら万々歳なのだが、世の中そうは上手くはいかないようだ。

「なぁんで上手くいかないかなぁ」

白井は嘆いた。
確かに初対面時のインパクトはデカかったろうが、赤坂はさすがにもう乱暴に水野に触れたりしないし、気軽に「よう」と声をかけるくらいにはフレンドリーだ。フレンドリーが過ぎて、強引に肩を組んだり、雑に頭を撫で回したりしているが、それはただの恋心だ。
「話だけでも聞いてやれば?」と白井が背中の水野を前に差し出した時の絶望漂う表情は忘れもしない。
しかし本気で嫌がっているなら白井も水野から赤坂を引き離すが、水野はまだ怖がるだけで本気で赤坂と向き合ってはいない。それに、あのビビり症。ショック療法とは言わないが、赤坂と友達くらいになれたらマシにはなるだろうに。

「向こうは上手くいってるつもりなんだ」

黒木は憂いた。
白井は水野が赤坂に心を開かないのを不敏に思っているが、黒木は水野がビクビクしている姿を「照れてる」「小動物みてぇだ」と赤坂が愉快そうに笑っているのを知っている。じゃあ優しくしてやれよと言えば、心底不思議そうに「してるじゃねぇか」と言うのだから救われない。
確かに歩み寄りは大事だが、無遠慮な歩み寄りは相手に威圧感しか与えない。意志の疎通がまるで出来ていない。加えて自分達の悪評を知っているのなら、水野が怯えるのも無理はないと思っている。だから白井が赤坂に対し協力的なのが、黒木は意外なのだ。

「・・・聞くが、白井は水野が男と、赤坂と付き合うのは賛成なのか」

横目で見た白井は、んん、と眉間にシワを寄せて夜空を見つめた。

「俺は誰でもいいし、決めるのは水野だし。赤坂、見てたらただ水野が好きなだけで悪い奴じゃ無さそうだし、雑だけど大事にはしてくれそうだし。黒木が推してるなら、まあ、信頼は出来る」
「・・・え?」
「え?」

二人の間に、妙な風が吹いた。
しばしの沈黙を挟んで、こほんと咳払いをした白井が黒木に指を向ける。

「黒木だって赤坂が水野を選んだのってどう思ってんの?ぶっちゃけ不釣り合い感半端ないんだけど」

問われて、長い足を組み直した黒木も、ふーっと夜空に息を吐く。

「いや、俺も誰でもいいって言うか、むしろ今までアイツは乱れてたから、水野みたいなのはかえって落ち着いた方だし、バックに白井がいるなら安心出来る」
「・・・ん?」
「ん?」

きょとんとした顔を向けられたので、黒木もきょとんとしてしまった。
先程から相方の話をしているのに、別のところが引っ掛かる。再び沈黙が訪れて、今度は黒木が仕切り直しの咳払いをした。

「とりあえず、赤坂には告白はまだ早いと言っておく」
「うん、それがいい。そうしてくれ。水野にはもうちょっと時間がかかる」

どうせ、またしばらくしたらこの話題で頭を痛めるのだ。白井は水野に心を開くように、黒木は赤坂に距離をとるように言い聞かせねばならない。まずはお友達からが出来ないなんて、話にならない。
はあ、と同じタイミングで本日何度目かの溜め息を吐いた。

「あ、そうだ。借りてたDVDな、サンキュー」

パッケージが傷付かないように小さな紙袋に入れていた二本のDVDはアメコミ洋画で、黒木から借りていた物だ。
先月、相方会議の場を黒木の自宅で行った際、映画鑑賞が趣味の両親によりシアター設備が万全な一室を見た白井は興奮し、つい会議そっちのけで黒木の言葉に甘えて見たかった作品を上映し、関連物を借りて帰ったのだ。

「やっぱ黒木んちのが見ごたえあったけど」
「そ?ならまた来いよ。親は夜中に使うし、なんなら今度の休み、朝から使うか?」
「贅沢〜!」
「俺も、これ、ありがとう」

黒木がリュックから取り出した袋の中身は、最近メジャーデビューしたバンドのインディーズ時代のCDだ。
これもまた、相方会議の際に入ったカフェにて流れていたバンドの新曲を黒木が気に入り、二人で過去曲について語っていたら、黒木がインディーズ時代は知らないと言うので白井が貸した物だ。兄がライブハウスでメンバーの手渡し販売&直筆サイン付きで購入したというレアものである。

「やっぱスゲー良かった。知らないメンバーいた」
「だろ〜!辞めた人、今楽曲とか作詞提供してるよ。これの他に、今話題のアイドルとか」
「え、意外。キャラ違う」
「な。でもそれが面白いんだよ〜」

うんうん頷きあいながら、普通に共通の話題に花を咲かせる。さっきまでの溜め息なんて、つく暇もない。どちらも趣味を共有する友人もそういなかったので、自然と笑みも増えるし雰囲気も和らいでいく。

「水野はいい友達を持ってるな」
「友達ってか、もう家族?弟?みたいなもんだよ。黒木だってしっかり赤坂の面倒見てるじゃん」
「アイツを弟とは思えないが、戦友みたいなものだな」
「何処の誰と戦って来たんだよ」
「さあ?」

くくっと二人して笑いながら、夜風の冷たさに辺りを見渡した。すっかり公園には二人きりで、長い時間話し込んでいたのに驚いた。

「は〜。俺らは仲良くできんのに、あいつらはどうしてかなぁ」
「そうだな。上手くいかない、・・・」

露骨に自分達の関係は良好だと示唆する発言に、三度おかしな間ができた。

「・・・、帰ろうか」
「だな。風が冷たい」

変な事ではない。友達なら当たり前だ。
しかし妙に擽ったくて気恥ずかしくて、目も合わせずにスクッと腰を上げ、鞄を持った。それぞれ公園の北口と南口に向かう為、ここでお別れだ。

「じゃあまた明日、頑張ろう」
「そうだな。明日」

トン、と拳と声をあてて、お互いにお互いの足音を聞きながら、ようやく真っ直ぐ帰路につく。翌朝にはどうしようもない相方に振り回されながら、こっそり視線を合わせて苦笑するのだ。
実はちょっと、それが楽しいなんて思っているのは双方共に内緒の話。



おわり

小話 87:2018/03/16

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