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「体育祭の時さぁ、私、足遅いから学年対抗リレーの時超憂鬱だったんだけど」
「うんうん」
「並び順で後ろだった廣田君が、どしたん?って聞いてきたから、足引っ張らないか不安って話したらさ」
「うんうん」
「じゃあ俺がお前の分も走ってやるから任せとけって!気楽に走ってこいって背中ポンしてくれたのぉ!」
「ぎゃあああ!かっこいい!」
「超キュンキュンする〜!」


「私もね、文化祭の準備の時に」
「うんうん」
「舞台の道具運んでたら、先に運んでった廣田君が戻ってきてさ」
「うんうん」
「重いから俺が持ってくって段ボール私から奪ってさ」
「ひぇ・・・っ!」
「聞いて、まだあるの。私も一応ね、いいよ悪いよって言ったのね。そしたらさ、廣田君、女の子に重いの持たせる方が悪いだろって、ニコって、ニコって笑ったの・・・」
「はぁ〜〜!イケメンかよ!」
「廣田君マジ罪〜!」


「私もいい?二人に比べたらエピソード薄いけど」
「オーケー。カモン」
「部活で帰りが遅くなった日がさ、大雨でバスが遅れてなかなか来なくて、寒いし暗いし、女バスでバス停使うの私だけだから一人だったし何か心細くなってたらさ」
「うんうん」
「同じくらいに陸上部終わった廣田君もバス停に来てさ、二人でバス待ってたの。陸部は筋トレばっかしてた〜とか、女バス試合近くて〜とか、本当に他愛もない話しながらね」
「うんうん」
「したら、やっとバス来てさ。やっと帰れるねって言ったら、廣田君、じゃあ俺あっちだから、バイバイって、手ぇ振ってバス乗らなかったの!」
「え、うそうそ!一緒に待っててくれたって事!?」
「有罪!廣田君、もう有罪!」

女子達が黄色い声と熱い吐息を交互に漏らしながら話す人物の廣田とは、同校に在席する陸上部所属の二年男子高校生である。体格と運動神経は一応スポーツをしている為にそれなりだが、成績も顔の作りも取り立て注目されるところはない。よくいる一般の男子、所謂フツメンと言える部類だ。

「やっぱさぁ、イケメンって言ったら九条君なんだけどね、頭いいし、背ぇ高いし。顔とか直視できないレベルなんだけど」
「彼氏にしたいかで言ったら、断然廣田君だよね」
「そうそう。九条君は鑑賞用で、廣田君は実用?」
「実用!!」

ケラケラと周囲に人がいないのをいい事に、好き勝手話す女子達の話は盛り上がる。
寒い季節の屋上は不人気な上、そもそも事故防止の為に普段から施錠されて立ち入り禁止なそこは、何かしらのコネか実力行使で扉を開けるしかない。彼女らの内、誰かが先輩から合鍵を譲り受けたのだろう。九条のように。

(カンショーヨー、ね)
今しがた話題に上がった鑑賞用男・九条は、実はずっと彼女達のさらに上の塔屋にいた。
始めは扉に寄りかかり地べたに座って昼食の菓子パンを噛っていたところ、段々と明るい騒ぎ声が近付いてきたので塔屋に避難すると、すっかり降りるタイミングを逃してしまったのだ。

(どうしよっかな)
静かにのんびりと過ごすのが好きな為、九条はよく屋上に来ていた。鍵は九条を一方的に気に入っていた女の先輩から、卒業を機に餞別として渡された物だ。気持ちは受け取らなかったが、鍵は有り難く使わせて貰っている。
特にすることもないので、暖をかき集めるように身を丸めた。一応マフラーを巻いて来たのは正解だったと高い鼻をマフラーに埋めれば、指通りのいいサラリとした髪が風に靡いた。寒いなぁと、更に自身ごと抱き締めるように腕をまわす。

「廣田君って性格がイケメンってか、いちいちツボなんだよね」
「わかる。しかもそれを狙ってやってないところがヤバい」
「それ。ドヤって無いから素であれとかマジヤバい」

(うん、わかる・・・)
女子達の談義に、九条も同意した。
九条も、彼女らと同じく廣田に惚れていた。
否、彼女らよりも本気で惚れている。複数人で騒ぎ気持ちを共有したりせず、一人でこの気持ちを温め、彼を独占したいと思っている。

(同じクラス、いいなぁ)
九条は廣田と同じクラスになった事がない為、授業中や行事での彼の様子が分からない。けれど教室の移動中や、行事の際に見掛ける廣田はいつも囲まれていて、笑顔で楽しそうにしているのだから彼の人望が窺える。

(それに比べて、俺は・・・)
先ほど自身が鑑賞用と評されたが、言い得て妙だと九条は納得した。
あまり人と騒ぐのは好きじゃないし、一人が好きだ。周りから一目置かれ、近寄りがたい見た目とその雰囲気が相俟って、周囲の人間は隣に並ぶことより遠目に眺める方を得としている。視線はうっとうしいが、接触されるよりずっといい。恋愛的な意味でも、九条は彼氏向きではないと自負している。自身を贔屓にしていた女の先輩も、見栄えの良い九条を連れて歩きたいという願望を大きく持ち合わせていたが、少なからずは惚れていた。しかし、九条が先輩の隣を歩くことはなかった。よく話し掛けてくるな、くらいの認識しかなかった。

そんな九条が廣田に興味を持ったのも、この屋上に一人でいる時だった。昼休みから午後をまるっと寝て過ごし、グラウンドの騒がしさで目が覚めた。フェンスから見下ろせば、陸上部がトラック内で楽しそうに盛り上がっており、その中心に笑顔の廣田がいた。後から知ったが、陸上部で紅白に別れてのガチリレーをしていたそうだ。
走るなんて、疲れるだけで何がそんなに楽しいのか理解出来ない。
その時はそう思っただけで、九条は固まった体を解してさっさと帰宅した。

次に会ったのは、学校の同じ階の廊下だった。
昨日と同じく誰かしらの中心で笑っていて、同じ学年で呼ばれた名前が「廣田」だと知った。
それから女子の間で「さりげなく優しくてかっこいい」と密かに人気なのを知って、たまたま屋上から陸上部の女子から用具を取り上げ、スタスタと倉庫に消えていく姿を見かけた。何でわざわざそんなめんどくさい事をと理解できなかったが、人との関わりをめんどくさいと思う自分がおかしいのかと頭をかいた。そしてこんな自分にも彼は笑いかけてくれるのだろうかと、疑問も湧いた。


「九条君だ」

初めて廣田に名前を呼ばれた日を、九条は忘れない。
運動場に面した水道で、陸上部の練習着を着た廣田に遭遇したのだ。始めは上体を屈めていたようで、突如水道の向こう側から顔を出した廣田に驚き、九条はビクッと体を揺らしてしまった。顔を洗っていたのだろう。濡れた顔と前髪をタオルで拭いてた廣田は、固まった九条に気付くと人懐っこく名前を呼んだのだ。

「・・・なんで、名前」
「だって九条君、有名人じゃん?」
「そっちのが有名じゃ・・・」
「俺?えー、何かしたかな」

本気で心当たりが無いらしく、むしろ悪い噂でも流れてるのではと心配そうに眉間にシワを寄せる廣田は表情がコロコロ変わる。
ピッ、ピッ、ピーッ。
遠くで鳴ったホイッスルに廣田が視線を向けたら、九条はようやく体の強張りがとれて、ホッと息をつく。どうやら集合の合図のようで、タオルを首に掛けた廣田が駆け出そうと九条から離れたが、すぐにくるりと振り返る。

「じゃあね、九条君」

既に友達のように手を振られ、つられて九条も僅かに手を上げた。

「あ、部活、頑張ってね」
「ありがと!」

自然と掛けた言葉にも笑顔を返されて、九条はグッと息が詰まった。走ってもないのに、心臓がバクバクとうるさくて仕方なかった。


「おはよー、九条君」

その次の日には向こうから挨拶をされて、心底驚いた。
え、自分と彼はもう友達だっけ?あれ、挨拶って友達じゃなくてもするんだっけ?え?
顔には出さずに焦っていると、返事がなかったことを然して気にせず、廣田は指先をヒラリと流して教室に入ってしまった。
九条が自分の人付き合いの不得手を、これほど後悔した日はなかった。


「でも廣田君って皆に優しいじゃん?期待しちゃう子絶対多いよね〜」
「え?私の事?」
「してんのかよ。だめだめ、廣田君は皆の廣田君なんだからね」

(皆の廣田君、か・・・)
その言葉に九条は静かに笑った。
確かに彼は分け隔てなく、誰にでも親切だ。とりたて騒ぐのが女子なだけで、男子にも男前っぷりを発揮するし、見知らぬ子供や年寄りにも親切なのは後に知った。

(それでも俺は一番がいい)
一番ってとても素敵なポジョンだ。
まさか自分が誰かの一番になりたいなんて、思ってもみなかった。それを周りが諦めるなら、自分がそれを狙ってもいいだろう。


「そろそろ行こっかぁ。予鈴鳴るね」
「だねー。あ〜、寒、腰いたい」
「次なんだっけ、英語?」

宿題してない。そんなのあった?と笑いながら去っていく彼女達の声は、バタンと扉が閉まると同時に音をなくし、最後にガチャンと施錠されて、ようやく静けさを取り戻した。

「・・・行った?」

九条の腕の中で大人しくしていたモノが、もぞりと動いた。

「行ったよ。真樹ちゃん、大人気だね」
「・・・うるさいな」

腕の中の真樹ちゃんこと廣田真樹は、耳まで赤くして九条を睨み上げた。ちっとも怖くないよの意味を込めて髪を撫でれば、早々に諦めて胸板に額をぶつけて顔を隠してしまう。
彼女達が来てから二人で静かに身を寄せあっていたが、その姿が無くなっても彼は離れない。

「真樹ちゃんが優しくて人に好かれるのは良い事だけど、ちょっと妬けるなぁ」
「・・・俺の事、実用に出来るのは九条だけだから、いいだろ、別に」

こういうところだ。
こうやって、人の喜ぶツボをピンポイントでグリグリ押してくるのは彼女達同様、たまったもんじゃない。誰にも譲らないと閉じ込めていた腕に力をこめれば、廣田は九条のブレザーの下に手を回し、ぎゅっと抱き着き返してくれた。
誰もが彼の一番を諦めるから、九条は努力した。
そして今、腕の中、廣田が確かにここにいる現実に、整った九条の顔がマフラーの下で緩んでしまう。

「それに」

しばらく身を寄せていたが、廣田は顔を上げると九条のマフラーを引き下ろした。

「直視できないレベルのイケメンをこんな間近で見れるのも俺だけだし」

パーソナルスペースなんて優に越えた距離をさらに縮めるように、廣田は九条の頬を冷えた両手で挟み、引き寄せる。じっと見つめる瞳には互いしか映らず、思わず九条が先にそらすと廣田にフッと笑われた。そして攫われた唇に、カッと目尻が赤くなる。

「な?」

コツンと額同士をぶつけて笑みを向けられると、それに弱い九条も苦笑して頷いた。

直視できないレベルのイケメンが格好を崩してだらしなく笑うのも、性格イケメンが実は甘えたがりなのも、結局はお互いしか知らない話だ。



おわり



非モテ美形×モテ平凡。

小話 86:2018/03/09

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