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※not平凡受け




高校時代の友人から、近くで飲んでるから来ちゃう?と誘いの電話が来たのは、今から一時間前のこと。
頭痛が引かないしダルいしで、もう家で寝るモードで最初渋っていたものの、友人が放った言葉に興味をひかれ、ノコノコ出てきてしまった俺は相当のアホだ。

「紹介したい人がいるから」
そんな誘い文句に期待半分、憂慮半分。なぜなら俺はゲイセクシャルで、そのくせ今まで理想というものに出会った事がないからだ。
電話の友人(ノンケ)はもちろんその両方を知っている。男子高時代に姉妹校の女子高の奴等からアプローチされたり、同年の奴等から合コンの誘いを受けても一切受け入れなかったから、彼女もいないのにと不思議がられてカムアウトしたのは、俺も俺で現状にうんざりしていたからだと思う。

「マジで?じゃあココだと選り取り見取り?やったじゃん」
「・・・俺にだって好みはある」
「ですよねー」

ケラケラ笑うそいつに、その時はその場凌ぎに軽く流しただけだと思ったけど、次の日も、その次の日もずっとその調子のそいつとは、今でもいい関係を築いているし、引かないで受け入れてくれたのは密かに感謝している。
そんな奴が初めて俺に「紹介したい人がいる」と言うのだから、やはり期待に胸は踊るが、それでもやっぱりと憂鬱になる。

(あぁ、体が重てぇ・・・)


そしてラインの位置情報を頼りに辿り着いた飲み屋にて、俺は衝撃と言う名の雷を受けた。
四人席の座敷で友人の向かいに座っている男が、好みドストライクだった。
体つきがよく、肘まで捲ったトレーナーからは逞しい腕が延びていて、筋ばった手が続いている。首は太く、しかし襟ぐりからはしっかりと鎖骨が覗いているし、肝心の顔は鼻筋が高くて、切れ長の目がスッキリとしながら少しのワイルドさを醸し出していた。悪そうなのに無造作に伸びっぱなしのような髪を染めてないところが更にいい。
圧倒的雄感。まさに理想。
目があった瞬間に、柄にもなく体が熱く滾った。

「おいっすー。迷わなかった?」
「あ、あぁ・・・」

友人が隣を叩くので、スニーカーを脱いで座敷に上がる。チラリと男を見れば、ビールを呷って喉仏が上下していたのに思わず唾を飲み込んだ。我ながら現金だが、こいつは当たりだ。心の中でガッツポーズして、隣の友人を見ればドヤ顔していた。ムカつく顔だがグッジョブだ。
お冷やとおしぼりを運んできた店員にとりあえずビールを頼んだタイミングで、友人は俺の肩をポンと叩いた。

「コタロー君、この人俺と同じ大学の荒木千里君」

あらきせんり。
その名前を心に刻んで「どうも」と会釈すれば、荒木も体に似合わず小さく会釈した。

「そいで荒木君。こいつね、さっき言った日向虎太郎君。高校ん時からのお友達で、すごくいい奴。いわく付きだけど」
「・・・っ、おい」

語尾に余計な言葉をさらりと言った友人に、俺は焦った。こいつの言ういわく付きとは、俺のセクシャルの事じゃない。当然「いわく付き?」と荒木の眉間にシワが寄る。頼むからマジで、マジでマジで余計なこと言うな!

「コタロー君ね、霊感凄くて、憑かれやすい体質なんだよ」
「おいっ!やめ──」
「今どう?」

悪怯れる事なく、友人は俺に視線を向けた。
言われて、そういえばここに来るまで酷く怠くて頭痛がしていたんだと思い出す。

「・・・なんとも、ない」

肩が軽いし、重苦しい濁った空気も感じない。むしろ何年ぶりかの爽快感。
俺がゲイ以上に悩んでいたのは、この霊感体質だ。たまに見えるし、気配は常に感じるし、体の不調は憑かれている証で日常茶飯。お祓いなんて気休めか一時凌ぎ、除霊グッズや呪いなんて、無いに等しい。そのせいか、俺が「いいな」と好意を寄せた相手には二次災害と言うか、災いが降りかかる。
高校時代のコンビニバイトで、近くを工事中らしい土方に一目惚れしたら、その日の内に足場から落ちたと騒ぎがあった。毎朝コーヒーを買う弁護士バッジをつけたインテリ系に見惚れていたら、過去に恨みをかった人物から刺されたと報道された。
自分のせいでという恐怖、しかもゲイだから自分の恋が報われるなんて有るわけがない。それならいっそ、誰にも好意を寄せずに一人きりで生きていくんだと覚悟もしたが、俺は欲しかった。災いなんてはね除けて、俺をも守ってくれる、圧倒的雄が。

「あ、きたきた。乾杯しちゃう?カンパーイ!」

店員が俺のビールと、ついでに前から頼んでいただろうつまみの盛り合わせをドカドカとテーブルに置いていった。カチカチと、俺も荒木にグラスを当てる。

「でね、荒木君ね、霊感ゼロなの。ゼロどころかマイナス?去年の夏にA山峠のトンネルに何人かで行ったんだけど、荒木君だけケロッとしてんのね」
「は?俺、いまだに何がおかしかったのか全然理解できてねぇんだけど」

友人が指差してケラケラ笑うのを、不満とばかりに荒木は頬杖をつきながら豪快に焼き鳥に噛みついた。頬袋・・・。

「俺ら一週間は寝込んでさ、これはガチでヤバいやつだからお祓い行くか〜って連絡しあったのに、荒木君が順々に見舞いに行ったらコロッと元気になっちゃって」
「夏風邪だろ?どうせ冷房ガンガンに腹出して寝てたんだろーが」

荒木、ダチの体調が悪かったら見舞いに行くのか。
見た目とのギャップに心臓がまた柄にもなくキュンとした。

「まだあるよ。飲酒運転してた車が突っ込んできた時、荒木君くしゃみして立ち止まったから電柱と車に挟まれないで済んだし」
「あれはラッキーだったな」
「怪我した猫を拾ったら、宝くじが当たったし」
「大した額じゃねぇよ。上等な猫缶買ったらパアだ」

怪我した猫を拾うのもヤバいけど、当選金で猫缶買ってやるとか更にヤバくねぇか?
荒木って懐に入れたら大事にするタイプ?

(あ〜〜、やっべぇ)

俺の雌の部分がトキメキを覚えたようだ。

「とにかく、荒木君って悪いものをはね除けちゃう人なんだよね」

友人は塩ゆでされた枝豆を咥えながら、俺と荒木に交互に指を向けて、あっけらかんとしながら言った。

「二人って、丁度いいんじゃない?」




居酒屋を出ると、酒で火照った顔に冷気が触れた。
友人は「俺、こっちだから、ばいばーい」と軽く手を振りながら、俺達とは反対方向の住宅街へとさっさと消えていった。
・・・俺達。そう、俺と、荒木だ。
俺達は駅まで向かう方向が一緒で、荒木の後ろを俺は歩いていた。そして本当に荒木のお陰か、俺の体は未だに不良なく、ピンピンしている。
荒木は飲みながら「霊感ってどんな感じ?」だの「すげぇな、マジか」だの、俺に興味深く質問をしてきたが、未知な人物がいたら当然の反応だろう。ちょっと緊張して言葉足らずというか、ぶっきらぼうになった俺の返事にも「大変なんだな」って、相槌を打ってくれて、もうキュン死にしそうだった。
けれど、荒木は「霊感のある俺を気の毒」に思っているだけだ。酒の席ではぼうっとしていた思考が、今さらしっかりと現状を把握してくる。俺に恋なんてしてくれない。俺を守ってくれはしない。俺だって、例え友人が言ったように「丁度いい」関係だとしても、荒木を利用するだけの関係はお断りだ。

ああ、でも、いい男だよなって未練がましく広い背中を見つめていたら、荒木がピタリと足を止めた。

「光った」
「え?」

隣に追い付けば、そのまま夜空を見上げるから釣られて俺も上を見る。星しかないが。

「あ〜わりぃ。飛行機だった」
「流れ星とでも思ったか?確かに今日は星がよく出てる」

冬の空は乾燥している為に星が綺麗だ。
ムードはないが、惚れた男と星を見上げるなんていい記念じゃねーかとらしくもなく可愛らしい思考に内心苦笑していると、隣の荒木が「いや」と訂正を入れた。

「UFOかと思って」

なんてこった。荒木の方が可愛かった。
UFOなんて世間一般の人間からしたら、流れ星よりも奇跡の瞬間なんだろう。しかし、俺はそうじゃない。

「俺、見たことあるぜ、UFO」

へっ、と、我ながら可愛いげのない嫌な笑い方をした。これは子供の頃からたまに見て、周りに言っても信じてもらえず嘘つき呼ばわりされた悲しい思い出の産物だ。幽霊にしろ、未確認生物や飛行物体にしろ、興味があったり特集を組んだりするくせに、いざ見たと言えばこっちの精神を疑ってくるのだから馬鹿馬鹿しいにも程がある。
荒木にそれを告げたのは、もうどう思われても構わないというヤケっぱちと、こいつなら、或いは・・・。

「えっ!うっそ、マジで!?」
「!」
「マジか、すげぇじゃん!」

目を剥いて、俺の肩をガシリと掴んだ。
興奮のせいか、肩に触れてる指に力が入っている。その発言と、急な接近と接触に、冷めていた心が諦め悪く燻ってたちが悪い。

「し、信じんの?」
「信じるも何もいるんだろ?うわぁ、いいなぁ!」
「よくはない・・・見たあと、変なこと起きるし」
「変なこと?」
「耳鳴りとか頭痛とか、寝込むこともざらにある」
「なにそれ、宇宙人と交信してんのか?」
「やめろ」

俺にとっては洒落で済まされず、想像したら鳥肌もので、身をよじれば荒木は笑いながら「わりぃわりぃ」と頭を乱暴に撫でてきた。
初めは少し強面で口数少ない奴かと思ったが、案外よく笑いよく喋る。懐に入れたら大事にする説、有力だ。
髪を直すふりをして照れる顔を隠していたら、荒木が無遠慮に顔を近付けてきてドキリとした。固い皮膚の指が、俺の頬に触れる。

「そういや、隈がひどいな。寝れてねぇのか?」
「ん、ま、まぁな」
「うち、このまま駅挟んだ向こうで歩ける距離だから泊まってくか?俺霊感マイナスらしいし、普通に寝れんじゃね?」

こっち、と手首を掴まれ先を歩く荒木に心臓がもうもたない。手首から速まった脈を知られてないだろうか。気持ちと体が置いてきぼりで、足がもつれそうになる。
断らなければ、そして関わってはいけないんだと自分を咎めなければ。だって俺と一緒にいても、荒木には何のメリットもない。むしろいつ災いのが覆るか分からないのに。迷惑をかけてはいけないのに。

「はー、体調悪いの治してやるから、一緒にいたらUFO見れねぇかな〜」

そんなことくらい!
見せれるもんなら見せてやりてぇよ馬鹿野郎。お前、俺と一緒にいる理由がそんな単純なものでいいのかよって、懐の深さと同時に、結局俺に恋愛感情は無いんだと思い知る。

「なあ・・・」
「・・・あ?」

無言になっていた俺を変に思ったのか、丁度外灯の下で手を離された。
ああ、いいな。顔みてサヨナラって言うには今がいい。
名残惜しく手首をさすりながら顔をあげれば、いやに真剣で真面目な顔付きをした荒木が小さく唸った。

「あ〜、アイツにさ、俺を紹介するって言われただろ?俺だって事前に紹介したい男がいるって言われたんだ」

紹介したい、男・・・?
単なる友人でも女でもなく男と承知して、荒木は俺と会ったと言うことか?
まさかまさかと、下火になっていた鼓動がまた蘇る。さすっていた手首がトクトクと脈を速めていく。こんな感情が久し振りすぎて、不調とは違う目眩でぶっ倒れそうだ。

「正直、一目見て有りだと思ったんだけど」
「あ、り?」
「俺ら、相性良さそうじゃね?」

鼻の頭を赤くした荒木が差し出した無骨の大きな手を、握らない理由はなかった。

俺の世界が輝きだした瞬間だった。




{ おわり



いわく付きのガチゲイ同士。
最近読み専だけど、好きなタイプがまた増えてきた。

小話 84:2018/02/25

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