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「膝枕して耳掻きして欲しいっす」

恋人にして欲しいこと、俺的ナンバーワン。
恋人に体を寄せて、耳の中という無防備かつ急所的な場所を預け、身構えるどころか甘えるのは絶対的な信頼の証だ。
なので正面から真っ向におねだりしてみた。
麗らかな日曜の昼下がり。お昼に香椎さんの手料理を食べて、お互い思い思いに過ごすのどかな時間も悪くはないけど、俺はもうちょっとくっつきたい。
普段から年上の香椎さんは物腰柔らかく、俺が年下という部分を見せれば放っておけないようで構ってくれる。
だから「しょうがないなぁ」って言いながら正座して、「おいで」って言うのを期待していたんだけれど。

「え。無理」

香椎さんはハッキリ言った。
読んでいた小説から顔を上げて、俺の目を見てハッキリ言った。

「だってした事ないから、危ないよ」

面食らった俺がリアクション出来ずに固まっていたら、香椎さんは慌てて弁明してくれた。
した事ないと言う台詞に、すなわち香椎さんの膝枕で耳掻きはまだ誰のものでも無いんだと安心したけど、嫌だと言われるとは思いもしなかったから、ちょっと寂しい。

「んじゃあ、俺がしたげましょうか?」
「嫌」

即答。
胡座をかいて両手を広げれば、またも拒否。
これにはさすがに寂しくなって、香椎さんの服の裾を掴んで顔を覗きこんだ。ちょっとずるいけど、香椎さんはこう言う、いかにもな「おねだり」に弱いから。

「えぇ〜、なんで嫌?恥ずかしい?」
「・・・うーん」
「するのが嫌?されるのが嫌?」

俺の視線から逃げるように顔ごと背ける香椎さん。香椎さんがここまで俺を拒絶するのも初めてって言えるくらいで、こっちもなかば意地になってしまう。こう言うところがガキっぽいのだろうけど。

「・・・ト」
「と?」
「トラウマが、あって・・・」
「トラ、ウマ・・・」

これが顔を赤くして「恥ずかしいから嫌」ならおねだり攻撃は続行させるが、さすがに顔を青くして「トラウマがあるから嫌」と言われたら、俺だって大人しく引く。加虐性の趣味はない。
向き合ったままの二人の間に妙な沈黙が出来て、参ってしまう。だって困らせたかったわけじゃない。仲良くしたかったんだ。香椎さんも俺のお願いを二度も断って申し訳ないのか、もう小説に目を落とす事なくうつ向いてしまった。

(こんなつもりじゃなかったのに)

香椎さんの顔を上げさせるように、片方の頬を包む。そのまま顎のラインを辿りながら耳朶に触れれば、香椎さんは恥ずかしそうに顔を上げた。摘まんで弄っても、嫌とは言わない。

(触るのは、大丈夫なんだ?)

しばらくフニフニ触っていると、香椎さんは「くすぐったいよ」とはにかんだ。可愛い。

「香椎さん、耳弱いんすか?」
「弱、うーん、弱いっていうか、怖い」
「怖い?」
「・・・あの、」

俺の触れていた手を静かにとって握ってきた香椎さんは、恐る恐る口を開いた。

香椎さんの幼少時代、母親の膝枕にて耳掃除をしてもらっていた時の話だ。母親に注意されていたので大人しくしていたが、妙にこそばゆく、耳の中を弄られている最中に、くしゃみを──、母親の手元が狂い──、耳の奥を──、簡略、家族団らんの家は一転して阿鼻叫喚。それから幼き香椎さんが泣き叫ぶ中、耳鼻科に急行し、なんとか事なきを得たようだ。しかしそれからは耳掻き恐怖症。今も耳掃除に関しては定期的に耳鼻科に通っているようで、そもそも一人暮らしのこの家に耳掻き用具はないらしい。曰く、人が弄っているのを見るだけでゾッとするから、しばらく香椎家では息子の前では耳掻き禁止令が発布されたそうだ。
全てを白状した香椎さんは、ワッと両手で顔を覆った。

「ぼ、僕が、道野辺君の耳を、殺すわけにはいかない・・・!」
「いや、言い方」

大袈裟と言えば大袈裟だが、本人や家族にとっては一大事だっただろうし、今の香椎さんの身体に傷や障害が残ってないのは喜ばしい出来ごとだ。うん。今の健やかな香椎さんを、俺が脅かすなんて事あってはならない。
今にも泣きそうな香椎さんを抱き締めて、背中をあやすように優しく撫でる。ぎゅうぎゅうに抱き締めて、ついでに柔らかい髪の毛に頬を擦り付けた。

「ごめんね、香椎さん。嫌な話させちゃいました」
「い、いや、道野辺君は知らなかったんだし」
「もう俺、香椎さんの身一つ存在するだけで充分ですから」
「う、うん?」

俺の胸に両手をついて顔を上げた香椎さんは、曖昧ながらも頷いて、そのままそっと腕を押して距離をとった。香椎さんの腕分の距離すら名残惜しいが、離れたいのなら無理強いはもうしない。俺も香椎さんから手を離せば、改まって正座をした香椎さんがその膝の上で拳を握る。武士のようだ。弱そうだけど。

「み、道野辺君の夢を叶えてやれないけど、膝枕ならどうぞ」

握っていた拳を開いて、その膝をポンと叩いた。照れくさいのか、首を傾げて笑っている。

「え・・・」
「癒しも何もないけどね」

両手を広げてくれた香椎さんに感情極まって再び抱き付いた。すると今度は逆に、香椎さんが背中を撫でてくれて、なんかもう泣きそう。やっぱり香椎さん優しい!好き!

「マジっすか!いや!あります!ロマンがあります!」
「ちょっとよく解らないけど・・・膝枕なら道野辺君、死なないし」
「よっぽどトラウマなんすね、お痛わしい・・・」

当時の香椎さんごと慰めるように、もっかい頬を髪の毛にグリグリと擦り付ける。ガキの前に人類やめて犬みたいだけど、もう愛しくて仕方がないからしょうがない。
しかしいつまでも抱きついてちゃいられない。なぜなら香椎さんのお許しが出た膝枕を堪能しなくちゃならないからだ。
そうと決まれば、いそいそと横たわって頭を香椎さんの膝に乗せると、言い知れない感情に顔がにやけた。少し体を浮かせて反転。顔を香椎さんの薄い腹筋に埋めて手を回した。

「え、こっち向くの?」
「あー、やべー、幸せ過ぎて死にそう」
「こっちはさすがに恥ずかしいんだけどなぁ」

とか言いながら、香椎さんは俺の髪をすきながら、次第に頭の形にそって手のひらを当ててくる。耳掻きが出来ないせめてものお詫びだろうか、頭を撫でていた香椎さんの手が、マッサージするみたいに俺の耳に触れてきた。
親指と人差し指で耳を挟むように持ったら、全体を揉みほぐしていく。たまに痛くない程度に引っ張ったり、さすったり。香椎さん、手がぽかぽか温かいから余計に気持ちいい。

「・・・眠くなった?」
「ん〜・・・」
「いいよ、寝ちゃいな」

僅かにボリュームを落として囁くように言う香椎さんの声音も気持ちいい。だからつい、うとうとそのまま、眠気に勝てずに眠りに落ちた。
次は俺が香椎さんに膝枕をしてあげて、俺に安心して身を預けてもらえたらいいなぁって思いながら。


「あ、あ、足痺れた!道野辺君!足死ぬ!ごめ、退いてぇ!」
「も〜、香椎さ〜ん!」



おわり

小話 83:2018/02/20

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