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「ナギくーん、またきてたわよ。例の彼から。今日は炊飯器」
「はぁ・・・」
「この前テレビで言っちゃったからねぇ」

事務所にて個性の強い男性の社長が、腕を組ながら溜め息を吐いた。
机の上にはナギ宛のファンレターや小包み。そして一際目を引く段ボールひとつ。有名メーカーの最新銅釜炊飯器の名前と写真がプリントされている。
・・・先週オンエアしたクイズ番組にて、確かにナギが賞品として希望したものだ。
『最近家のやつ調子悪くて!だから最新のやつ欲しいです!ゲットして帰ります!頑張ります!』
しかし結果は惨敗。賞品はゲット出来なかったが、笑いは取れた。それはそれで良かったと、ナギはその収録を満足に終える事が出来たのだが。

「どうする?こっちで預かっとく?」
「・・・はい」
「そうよねぇ、一応中身は確認したのよ。爆発物とか脅迫文とかはなかったけど。でも、ねぇ?」
「・・・はい」

はぁー、と、今度は事務所の社長とナギの深い溜め息が重なった。

ナギは若者の街で今、注目を集めている歳ハタチのショップ店員だ。
モデル体型やアイドル容姿というわけではない、普通の男子だ。けれど人懐っこい笑みとその性格に、所属している店舗のブランド愛、押しすぎない接客トークは癒しだと評判で、若者の街で流行っているものとしてバラエティー番組に出演したのが切っ掛けでタレントデビューしたのだ。
初出演後は若年層からの評判がよく、幾つかの芸能事務所からスカウトが来たが、ナギはテレビの世界に興味が無かった。ゆくゆくはこのままブランドを大きくしてアパレル業界に身を投じたかった。
なので申し訳ないが、単なる興味と、これを社会勉強だと思って、基本はショップ店員、セール時や世間の休暇期間などの書き入れ時は絶対にショップに立つし、衣装は自社のブランド、本職に支障をきたすスケジュールはNGという条件を提示すると、小さな一社が受け入れてくれたのだ。
そんな要望を飲んでくれた事務所に対し、芸能界をみせてくれた恩返しにと、事務所の評判を落とさないよう受けた仕事は精一杯頑張ったし、失礼のないよう注意はしていたのだが、それは思いもよらない方角からナギと事務所を困らせた。

ナギが事務所に所属してホームページに宣材写真を掲載したある日を境に、ナギ宛にとある一人のファンからプレゼントが届くようになったのだ。

自身のSNSにて事務所に所属した事を発表したので、知っている人は知っているし、ネットニュースでは小さな記事にはなった。プレゼントが届いたっておかしくはない。
それに単なるショップ店員の頃からナギにはファンが存在していたのだ。主に学生枠で一括り、性別は主に女性。以前購入した服を着て会いに来たり、一緒に写真を撮ったり、恐縮しながら手土産をもらったりと距離を近くにして接していたが、事務所に所属すると高額な品やナマモノ、金銭的な物の受け取りは出来なくなったのも、ナギのファンは知っている。

そしてそれが原因か、ナギへ直接的な授受を禁止されると、事務所へ高額なプレゼントが送り付けられるようになったのだ。
雑誌のインタビューで最近気になる物やチェックしている物の名前を上げたり、番組のVTRで紹介された新商品を「いいな〜」と一言呟いたりしたら最後、翌週には事務所に届く。ファンへの遠回しなおねだり──いわゆるクレクレだと思われているんじゃないかと一時発言を改めたが、バラエティー番組で食べた高級フレンチ料理を絶賛したところ、また翌週には株主優待券が届いたので事務所役員一同ゾッとした。
さすがに番組やライターが求める発言を回避し続けるのも不可能なので、ナギは諦めて上記の話をするようになったのだが、毎回毎回、ナギの出演番組や掲載雑誌を事細かにチェックしているらしい。
宛名に記載されている送り主の住所や電話番号は調べると架空のもので、名前も山田タロウと簡素なものの為、本名である線は薄い。送られてくるのは品物のみで手紙の類いはなく、プロフィールを割り出すことも難しい。しかし毎回その男性名なので、恐らく男性からだろうと踏んでいるのだが・・・。

「すみません、ご迷惑おかけして・・・」
「そんなこと無いわ。気にしなくて良いのよ。それよりお店の方では大丈夫?」
「そっちは全く問題ないです。あっちの社長やチーフにも事情は話してますし、気にかけてもらってるので・・・」
「それならいいけど。うーん、この業界とは言え、人を惹き付ける能力ってのも考えものね」
「いや、そんな、ははは・・・」

自分でこれなら、世の女優やアイドルは想像を絶する体験をしているのだろう。
そんな話をしながら、事務所の空き室で「こっちは安全」と固められた手紙の束に目を通していたら、時刻はすっかり夜を指していた。明日は店頭に立つ日だ。ナギは事務所の役員に挨拶をして、慌てて外に飛び出した。車を回そうかと言われたが、いまだ庶民感覚の抜けないナギは恐縮して首を横に振った。



「凪沙君?」

夜道で本名を呼ばれ、ナギは足を止めた。
黒のクラウンが隣に並び、開いた助手席側の窓の向こう、運転席に見知った顔が見えた。

「・・・成瀬さん!こんばんは!」
「今帰り?乗ってく?送ってくよ」
「わ!やった!」

開錠の音がして、ナギは破顔して乗り込んだ。
成瀬はナギの働くショップのチーフだ。
ナギの芸能界入りを一番に認め、共に社長に掛け合ってくれた恩人で、チーフの位置にも関わらず、常に前衛的な姿勢で新しいコンセプトのブランドを次々立ち上げ、アパレル界でも一目置かれた、ナギの憧れの人物でもある。
モデル側でも申し分ないビジュアルの成瀬は、今のナギと同じ歳の頃には既に店長で、毎月トップの売り上げを叩き出していたそうだ。

「忙しいね、芸能人は」
「やだな。全然ですよ。馴れないことばっかで」

それに成瀬だって、確か今日は新店舗の下見に出向いていたはずだ。忙しさなら成瀬の方が上だろう。
シートベルトをカチリと締めると、揺れもなくスムーズに発進した。運転する姿も様に男である。

「でも衣装さんとかと話すのは楽しいし、勉強になります」
「ふーん?」
「そしたら俺もやっぱりアパレル楽しいって思うんで、本業に精が出ますね!」
「ふふっ、そっか」

成瀬の大きな手が回るハンドルを滑らかに操作する。その手首に見えるのは暗い社内でもわかるブルガリ。成功した人間の証とも言えよう。
大通りに向かう道を走り、行き交う車のライトや街のネオンがキラキラしている景色に目を奪われていると、成瀬が「そう言えば」とひとつ前置きをした。

「最近どう?例の変質者」

ビクッとナギの体が揺れた。
今日、まさにプレゼントが届いたタイミングだ。事務所の社長とも公式サイトにプレゼントの注意点を記載しても一向に改善されないので、どうしたものかと悩んでいた最中である。
それに不気味と言えば不気味だが、ナギはそれよりも気になる点がある。

「・・・変質者、ではないと思うんですよね。別に嫌な事されてるわけじゃないし、贈り物って全部俺が欲しいって言った物ばっかだし、ほんと、俺の為ってのは伝わってくるんですけど」

けど、いかんせん愛が重い。
ナギはショップ店員として店に立っていた時から、お客からの差し入れやプレゼントに正直言って困っていたのだ。有りがたいが、ここまで来るのに運賃や、田舎から出てきた子なら服を見る為の服を購入しただろうし、学生は何かとお金がない。ナギだってそうだった。だから自分にお金を使わなくても、いい買い物ひとつで気持ちよく帰ってくれたらそれでいい。
そんなナギだから、予算や好みを聞き出してベストなコーデを仕上げるし、ファンからの握手や写真などの無償のサービスにも笑顔で対応するし、商品を購入せずとも話をするだけで興味を持ってもらえたらと誠心誠意接客をするから客受けが良い。ナギ本人は知らないところだが。
だから、つまり。

「貢いで欲しいわけじゃないし、俺にお金使ってくれるの、申し訳ないです」
「凪沙君は優しいね。店員としては花丸だけど、芸能人なら欲張っちゃいなよ?」
「うーん」

腕を組んで渋い顔をしたナギに、成瀬は笑った。

「晩飯食べた?食べたいのあったら何でも言って。知り合いのフランス料理とか結構イケるけど」
「いやいやいや!そんな!大丈夫です!ご飯食べました!」
「そ?もっと昔みたいに甘えてくれてもいいのに、最近すっかり大人になっちゃって」
「いやぁ・・・あはははは」

昔、というのは二年前、上京して服飾専門学校に通っていた頃の話だ。
好奇心と物珍しさで日々都会の街を散策していた時、成瀬に声を掛けられたのが、ナギの人生の転機となった。

「うちでバイトしてみない?」

始めは怪しい仕事の誘いかと警戒したが、渡された名刺は複数の有名なアパレルブランドを統括する会社で、連れられた店舗はテレビや雑誌で見たことのある建物だった。話を聞けば、最近成瀬が立ち上げた新ブランドのイメージが目についたナギにピッタリで、是非店頭に立って欲しいとのこと。
夢のような話に付け加え、卒業後は自社で働かないかとのお誘いに、ナギはその晩寝付けなかった。起きたら夢オチだったなんて悲しすぎるからだ。
それから上京したばかりで一人暮らしのナギを心配してか、成瀬から頻繁に食事に連れて行かれたり、必要な生活品や不自由はないかを問われたり、とにかくお店の売り上げよりもナギを気にかけてくれたので、ナギは本来の性格に拍車をかけて、すっかり成瀬に懐いたのは無理もない話だ。
奇しくもナギは人生で二度、異なる職種にスカウトされることになるのだが、人混み溢れる都会の中で成瀬が拾ってくれなければ、今のナギはない。

(俺は一生、この会社で生きていこう・・・!)

憧れで、恩人で、神のような成瀬にナギは感謝してもしきれない。

「凪沙君は、次のお休みは仕事なの?」
「いえ!向こうの事務所もスケジュール空けてくれたんで、一週間丸々オフなんです!」

次のお休みとは、遅れてとれた冬休みだ。その期間はクリスマスから年末年始の売出し、初売りといった怒濤の時期をフルで駆け抜けたナギに与えられた一週間。隙間でタレント業もこなしていた為、自社の広告塔とも言えるナギに会社からのプレゼントでもある。それを知った芸能事務所も普段はナギの本業の隙間に仕事を組むが、二足のわらじを履いているナギの体調を気遣って、同時期の仕事は空けたのだ。

「へぇ?じゃあ良かったら、俺の別荘来ない?温泉ひいてるんだ。男二人で気兼ねしないでのんびりしようよ」
「別荘!?え!いいんですか!?」
「もちろん。俺もスケジュール詰まってて、やっとまとまった休暇取れたんだ」
「わ〜、俺、前にテレビのロケで温泉地行ったんですけど日帰りで、温泉ちょっと入っただけで後は食べてばっかだったんです。だから温泉また行きたいな〜って思ってて!」
「ふふっ、凄い偶然だね」

温泉街の食べ歩きも楽しかったですけどと付け足すが、私有地の温泉で人目も気にせずゆったり出来るのは大層魅力的だ。ロケの放送は既に済んでいるが、日々多忙な成瀬は自分の活躍どころかテレビなんて見ないだろうと、ナギは純粋にその偶然を喜んだ。

「うちの露天風呂は24時間いつでも入れるよ」
「ふわ〜!俺、成瀬さんのお背中お流しますっ!──っ!?」

せめてもの恩返しにと提案すれば、した瞬間にブレーキがかかった。急な停止にナギの体がつんのめったが、成瀬の左手がそれを支える。信号は青、飛び出した車もない。何事だと成瀬を見やれば、握ったハンドルに額を当ててうつ向いていた。

「ど、どうしました?」
「いや、ちょっと、猫が、そう、猫が飛び出してきて」
「わ、それは大変だ!」

それは成瀬も驚くだろう。
ナギも辺りを見渡すが、夜道で暗い中ではその姿は見つからなかった。無事に道を渡ったのだろうか。後続する車が無かったのも幸いだ。急ブレーキだったので、事故を起こしてもおかしくない状況だった。

「びっくりしましたね。何もなくて良かった・・・ん?」

後ろを確認していたナギの頭を、不意に成瀬に撫でられた。振り向けば、なぜか成瀬が苦笑している。

「俺はね、凪沙」
「はい?」
「凪沙が、芸能人としてその他大勢に向けた発信なら俺もいちその他としてフェアに応援するし、僕個人を頼られたら真摯に凪沙を受け入れるから」
「? つ、つまり?」
「つまり、ショップ店員の凪沙も、芸能人のナギも、ずっと一番に応援してるからねってこと」
「な、成瀬さ〜ん!」

一番に応援と言われ、一瞬“山田タロウ”なるファンの影が過ったが、憧れの成瀬を前にそれもすぐに消え去った。
感動に涙ぐむナギは、成瀬の口元が妖艶に微笑んだことに気付かなかった。




おわり



「おネエ社長」「素人芸能人」「執着ファン」がテーマ。
芸能人たくさん書きたい症候群。

小話 82:2018/02/15

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