08



「暑い・・・毎年暑くなってる・・・夏越せるかわかんねぇなこれ・・・」
「大丈夫。仁、毎年それ言って毎年ちゃんと生きてるから」

「なぁーコンビニ寄ろうぜー、アイス食べよー」
「仁、棒アイスやめなよね。絶対溶けて落とすんだから」

「蓮は、夏休み塾の補講行く?」
「仁は行った方がいいよ。ついでに夏休みの課題も見てもらった方がいい」


「蓮は俺のことちゃんと見てるね」
ニコニコと、なんの恥じらいもなく言う仁に肩の力が抜ける。
小学生の頃から高校生の今まで約十年、幼馴染みと言えるのか親友と言えるのかよく解らないポジションで育ってきたのだから、そりゃあ仁の行動パターンは嫌と言うほど理解しているつもりだ。

「まあ、普通」
「そっか、普通か」

なんとなく、もう隣にいるのが当たり前になっているのだから、きっと仁だって俺の考えてることは少なからずわかってるだろう。
阿吽、って言うのか解らないけど、お互いのことはなんとなく熟知している、変な関係。


──期末試験も終えて夏休みが近付くと、学校中が浮き足立ってくる。けれど高三の夏は受験の追い込みシーズンで、休みどころか塾で勉強漬けの毎日だ。勉強は苦手ではないが、箱詰めになる環境に今からぐったりしてしまう。
夕方の駅構内。帰り際。掲示板に貼られた花火大会のポスターを見ながら仁は言う。

「今年の夏祭りも一緒に行こうな」
「仁、彼女作んないの?」
「蓮がいるから作んなーい」
「なにそれ」

教室で女子に誘われていた祭に俺を誘う。
それってどうなのとたまに疑問に思う。
仁は異性からモテるし、同性からも人気があり、いつだってクラスの中心的人物になれる存在である。逆に俺は、騒がしさから一歩引いて傍観してるような人間で、小さい頃は仁が引っ張ってくれたおかげで友達の輪に入れたってくらいの消極的な人間だ。

“俺たち名前似てるよな”

仁にそう言われて始まった俺達の関係。
ジンとレン。まあ、そうかもねと一度頷いた俺に対し、満足げに笑った仁のことはいまだに覚えてる。休み時間はすぐに運動場に出たがる仁と、教室で静かに本を読みたい俺。対照的だけど、不思議とお互いの行動に合わせても苦じゃなかった。逆上がりやドッジボールの当て方を教えてもらったり、逆に一緒に図書室に通って、仁は伝記をほぼ読み尽くした。

“蓮といるの、なんか楽しい”

その時の延長が、今なんじゃなかろうか。
だからっていつまでも一緒にいることはないんじゃないかとたまに思うのだ。
仁には仁に似合った人物がいるだろうし、俺もいつまでも仁の側にいれるわけじゃない。

高二の夏、進路の話になって、志望する大学を答えたら、仁は「じゃあ俺もそこだなー」と、軽く答えたのだ。
いや、お前、大学だぞ、もっと真剣に考えろよと思いはしたが、俺の口からは「まぁ頑張って」としか出てこなかった。
俺もそれを、当然と思ってるふしがあったのだと言ってから気が付いたのだ。

「俺思ったんだけど、もう蓮と付き合っちゃうべきじゃね?」

ホームに並んでいると、快速が通過した。
ガタンガタンとリズムよく一定の速さで過ぎていく。

「・・・どうしたの。暑くて頭沸いちゃったの?」

電車が過ぎると線路の向こう側に見慣れた広告が目にはいる。
産婦人科、ピアノ教室、不動産、老人用の介護住宅。
仁と並ぶ、いつもと同じ位置のホームから見える、いつもと同じ景色。

「だって今まで蓮とずっと一緒にいて、これからもずっと一緒にいるんだから、もう付き合っちゃうべきじゃん?」
「なにそれ、俺達これからも一緒にいるの?」

目線をやれば、仁は制服のネクタイを緩めていた。
仁は学校でも少し緩めているけど、帰り際は暑いしさらに緩めて着崩す。対して俺は、終始ネクタイはかっちりしめている。本当に、真反対。

「だって大学一緒じゃん?まだよくわかんねえけど、サークルも同じになるだろうし」
「受かったらね」
「そうね、そうだけれども」
「仁はこれから先、誰か女の子と付き合って結婚して、子供が生まれて・・・家庭を待つかもしれないじゃん」
「蓮は?」
「俺は、そういうの、考えられないっていうか、想像つかない」

だって考えたことが一度もないから。
普通なら、こういう彼女が欲しいとか、何歳までに結婚とか、子供は何人とか考えるのだろうけど、俺はそういう願望を抱いた事がなかった。

白線の内側に立っている足元を見る。
指定のローファーは、仁の方が傷みが目立つ。

俺の隣にはもうずっと、仁がいる。

「俺も俺も」

仁の爪先が俺の方を向いた。

「蓮とずっと一緒にいるのは考えられるけど、彼女作って結婚〜とか考えらんない」

けれどそれは大した問題でもないように、仁はいつもの笑顔を浮かべている。
うん、わかる。
言葉にはしないけど、仁は勝手に満足げに破顔した。

「っていうか、俺、蓮が結婚するとかマジ無理。考えただけで泣きそう。蓮、俺と結婚しよ?」
「さっきは付き合おうって話だったじゃん。随分と飛躍したね」
「だってうかうかしてる間に蓮を誰かに取られたら嫌だし」
「日本は同性婚認められてないよ」
「じゃあ海外行こう。英語頑張る」
「英語が一番怪しいくせに」

アナウンスが入る。もうすぐ俺達が乗る電車が来るようだ。
後ろに人が並んでないのを確かめて、なぞるように仁の手を触って一瞬だけ強く握った。
奥から電車が見える。

「ははっ、やった。蓮が嫁になった」
「俺が嫁?」
「俺が蓮を一生幸せにする」
「じゃあまずは大学受験ね」

ホームに電車が入ると、仁は離れた俺の指先をつかんで車両に入る。

「よしっ、頑張って勉強して大学受かって、まずは蓮とラブラブスクールライフだ」
「動機が不純だなぁ」

けどまぁ、そんな未来も悪くないと思った高三の夏。俺と仁の関係に、ようやく名前がついたのだった。



おわり



真夏にぼんやりと書いて、寒くなり始めた秋に書き終わりました。

小話 08:2016/10/06

小話一覧


×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -