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入学当初から好きだった。
男同士でありえないと思うかもしれないが、良かったら付き合ってほしい。

生徒会長の未來君。
いつも全校集会じゃ体育館のステージ上で全生徒を見渡しながら凛とした態度を崩さず堂々と話している人が、今は俺だけを見て、顔を赤くして、口を真一文字にして、硬直している。

なんかいつもの会長とは違うなと思ったけど、あの未來君が俺なんかに告白してきたという事実に逆上せてしまい頷いた。そうしたら未來君は「ありがとう」と、顔は赤いままようやく笑った。
笑った顔も初めてみたなと思ったのが二週間前だ。
二週間。俺達のお付き合い期間。
生徒会長で特進科の未來君は放課後忙しそうで、俺達は主に昼休みに食堂で一緒にご飯を食べるくらいの清い関係だ。ちなみに最近未來君が食堂に来るようになったから、暗黙の了解で一緒にご飯を食べてる俺の隣は空くようになっている。未來君は多分知らない。
そして食堂で未來君を待つ間、俺は持参した弁当を前に少しばかり緊張する。いや、だって、相手は生徒会長で皆の憧れ未來君だ。

(そんな未來君が、俺を、好きとか、付き合ってるとか、わーっ)

自分で思って自分で照れた。
顔面を両手で覆ってうつ向いていると、カタンと隣の椅子が動いた気配。顔を上げたら未來君が定食のトレイを持って座るところで、サッと両手を膝の上に置いて何でもない風を装った。

「ごめん、待たせた」
「そうでもない」
「待っててくれてありがとう」
「とんでもない」

律儀な未來君は一々俺に断りを入れてくるから俺もつられて畏まる。ペコペコ互いに頭を下げる姿は周囲にどう見られているのだろうか。俺と付き合ってることで未來君の評価が下がらなかったらいいんだけど。
なんて思って早々にしくじった。
ご飯を食べはじめて、俺の右に座った未來君の水が入ったコップを倒してしまった。俺は右利きで未來君は左利きだから、未來君の手元のコップに手がぶつかってしまったのだ。反射的にコップを支えようと手を伸ばした未來君の袖口に水が被る。

「あ!ごめっ、大丈夫!?」
「ああ。水だし乾けば何ともない」
「・・・ほんとごめん」
「気にすることない」

下げた頭を撫でて、目元を優しくして笑う未來君にちょっとドキッとした。そして内ポケットからハンカチを出して軽く拭き取る未來君は、ほら、と何でもないように袖口を見せてくれた。

(や、優しい・・・!)

てか未來君、ハンカチ持ち歩いてるのか。見習おう。
なんてちょっとほんわかした雰囲気に、一人の影が割って入った。

「おい」

不機嫌そうな美人の──彼は未來君の親衛隊の隊長さんだ。
未來君が「なんだ」と向き直れば、クリップに挟まった数センチの紙束を差し出した。

「さっき教室に会計が来た。放課後までに目を通しておいて欲しいそうだ」
「わかった。ありがとう」

受け取った未來君は、早々にグラフや文字が印刷されてるそれに目を落とす。書類をめくる未來君の手元を見た親衛隊長さんの目が、すぅっと細まった。

「お前、なんで制服が濡れてるんだ」
「ん?あぁ、これか」

未來君が完全に乾いていない濡れた袖口を掲げると、親衛隊長さんの表情がわずかに歪んだ。
これはやばい。

「すっ、すみません!俺がコップを倒してしまって!」
「だから、陽祐が謝ることはないと」
「でも俺が」
「いいから」
「・・・書類は確かに渡したからな」

お互いを庇いあう俺達を一瞥し、親衛隊長さんは最後に一際、嫌な場面を見てしまったとでも言うように顔を歪めてからその場を去った。
どーっと疲れがやってくる。あの親衛隊長さんは、いつも綺麗な顔を不機嫌そうに歪ませている。いつもと言っても、俺は未來君と一緒にいる時しか彼の姿を見ないから、彼は未來君が俺といるのが嫌なのだろう。親衛隊の隊長という立場だ。なぜ、と思うほど俺だって馬鹿じゃない。

(認めて貰えないなぁ・・・)

俺のこっそり吐いた溜め息に、書類に意識を向けていた未來君は気付くことはなかった。別にいいけど。






「んぎ〜っ!」

椅子の背もたれに体を預けてグ〜ッと伸びをする。
特進科は普通科よりも授業がひとこま多いと言う苦行があるのだが、なんと今日はご飯を食べてる最中に未來君が一緒に帰りたいと言ったので、普通科の俺は自分の教室で放課後、迎えを待っていた。

(迎えに行くって、待ってて欲しいって。一緒に帰るの初めてじゃんっ。わー!)

机に突っ伏して、悶えて。待ちながら携帯を弄ったり、出された宿題をやったり。暇っちゃ暇だったけど、どれもあんまり手付かずで、結局未來君のことを考えていたら授業一時間分は過ぎていた。
しかし未來君が来ない。

(もう授業終わってんだよな?)

掃除当番とか?あ、ホームルームもあるか。あと三十分は待ってやろう。なんて更に待っても来なかった。
未來君は約束をすっぽかすような人じゃない。忙しい人だし、急な用が入って動けないのかもと思いが馳せて上の階へ行く。最上階は特進科しかないので、滅多に足を踏み入れない領域だ。すると階段で何人かの生徒とすれ違う。上履きが同じ色の特進科の生徒達だ。

(なんだ。終わってんじゃん)

未來君の教室前にて、ちょっとドキドキしながら中の様子を窺った。むしろ静かな教室は既に多くの生徒が帰った後みたいだ。

(あれ、でも何て言えばいいんだろ。帰ろーって?そんな小学生みたいな?あ?俺今までダチとどうやって帰ってた?)

単純なことに馬鹿みたいに狼狽えていたら、中から話し声が聞こえて、思わずそっちに目を向けてしまった。

(あ・・・)

未來君と、綺麗な顔の、未來君の親衛隊長の・・・名前知らないけど、その二人がいた。取り込み中かな。未來君に帰ろうぜーって言いにくいな。ちょっとここで待ってようかな。って壁に背中をくっつけて考えてたら、二人の間から「ようすけ」ってワードが出てきた。

(・・・俺?)

立ち聞きは良くないと解ってはいたが、俺は息も殺して二人のいる教室へ意識をむけた。

「──もう別れろよ。最初からお似合いじゃなかったことくらい、解ってただろ」
「そんなこと、第三者に言われる筋合いはない」
「あるさ。最近の浮かれっぷり、見ててほんとに恥ずかしいったらないね。俺達の立場も考えろよ。なんなら俺が恋人に立候補しようかな。そしたら親衛隊長っていう立場より昇格するし、喜んで退くよ」
「・・・お前」

上履きを反転させて、俺は階段をかけ下りた。
今のは親衛隊長からの直々のクレームだよな。あー、俺やっぱり浮かれてたよな。告られて、好かれてるんだって思ってたけど、無理無理、だって未來君かっけーもん、優しーもん。

(そりゃあ好きになるわ)

束の間の両思い。
でも、お似合いじゃないってさ。
最上階から一気に靴箱まで来たせいで、ちょっと息があがる。深呼吸して、落ち着いたら靴をはきかえて校舎をあとにした。一緒に帰ろうって約束だったけど、どうせ親衛隊長さんと仲良くやってるだろう。俺との約束を後回しにするくらいなんだから。



「悪いが付き合ってくれ」

血走った目の未來君に捕まったのは、翌朝のことだった。
教室に向かう朝の人並みに逆らって、握られた手首を引きずられるように進んでいくのは特別棟のてっぺんの生徒会室。手のひらに忍ばせていた鍵でドアを開けると同時に始業の鐘が鳴った。

「あの、チャイム鳴ってるけど」
「そうだな」
「単位・・・」
「やばいのか?」
「一限くらいは・・・そっちこそ」
「問題ない」

でしょうね。
先に入るよう促されて、後から未來君が入ったらガチャンと内鍵を閉める音がした。初めて入る生徒会室の物珍しさに気をとられていたけど、ぎょっとして振り返ればすぐ側に未來君が立ってて更にぎょっとした。思わず後退りしそうになるも、未來君がガッシリ肩を掴んで離さない。

(こ、怖い)

いつもちょっとだけ表情が優しい未來君が、ほぼ「無」で見下ろしてくる。

「・・・昨日」
「は、はい」
「昨日、待っててくれなかったのか?」

まあ、昨日の今日で話す内容と言ったらこれだろう。すっぽかしたのは悪いと思ってるけど、けど俺だって昨日は浮かれて一緒に帰れるほどの元気はなかったんだ。

「・・・待ってたよ。待ってて、教室まで行ったけど、未來君話し込んでたから、邪魔しちゃ悪いと思って」

意地悪な言い方をしたら、未來君の無表情が両手の力と共に少しだけ和らいだ。

「あぁ。あれ、陽祐だったのか」
「あれ?」
「廊下が騒がしかったから気になって見てみても誰もいなくて・・・。その誰もいない廊下を見て、そんな時間かって急いで陽祐の教室に行ったんだが・・・そうか、来てくれたんだな。ありがとう」

あ、ありがとうとか言うなよ。俺、未來君置いて帰ったんだぞ。でも俺だって傷ついてんだぞ。てか騒がしかったのか、俺。でも確かに廊下も階段も全力でかけてったもんな。
笑いかけた未來君に絆されそうになったけど、そもそもの原因を、未來君解ってない。

「未來君、俺と別れんの?別れて親衛隊長さんと付き合うの?」
「・・・なに?」
「あ、そっちから告ってきたって立場だから振りにくい?じゃあいいよ、俺から言うから。もう、わか──」
「待てっ!」

──れよう、が未來君の大声に阻まれて言えなかった。ふらりと、未來君がこめかみを押さえながらよろめいた。

「な、え?なぜそんな話に・・・?やっと、やっと付き合えたのに」

とか何とか言って髪を乱暴に掻き乱して狼狽えている未來君に、俺こそなんでと聞き返したい。

「だって昨日、親衛隊長さんが、俺は未來君とはお似合いじゃないとか、俺の浮かれっぷりが恥ずかしいとか、未來君の恋人になって隊長より昇格するとか・・・言ってたじゃん。ごめん、結構聞いちゃってた」

言ってて虚しくなってくる。
段々とうつ向いてしまう俺の話を聞いていた未來君が、深く息を吐いて目頭を押さえた。

「ひとつひとつ誤解をといていくから、聞いてくれるか」

ずらした指の間がら射抜くように見られては、頷くしかないじゃないか。

「・・・まず、あいつが俺と陽祐がお似合いじゃないと言ったのは、陽祐じゃなくて、俺が陽祐に相応しくないからだ。あいつにずっと、陽祐に惚れてる時から相談をしていたから、告白するにしろ付き合うようになってからにしろ、アドバイスをもらっていて・・・だからようやく陽祐と付き合えるようになって、あいつ曰く、表情が緩んでるとか、授業中上の空だとか言われて、そんな浮かれてだらしないと陽祐に愛想つかされるって」

表情?緩んでる?と首を傾げたが、告白をはじめ、あの食堂で水を引っ掛けたとき、笑って許してくれたし、一緒に帰るのオーケーしたら、すごくほっとした顔をしてた。確かに、最初のイメージとは違うなとは思っていたけど・・・。

「食堂で、俺の制服を水で濡らした時があっただろう?」
「あ、うん」
「あの時あいつ、俺がヘマして陽祐の前で何かやらかしたんじゃないかって思ったらしい。前から左利きの俺は人とよくぶつかったりするから、物の置き方には注意しろと言われていたしな」
「い、いや、でも」

水の件は、完全に俺の不注意だ。ぶっちゃけ隣にいた未來君に緊張してたからガチガチになって、不注意を招いたのだ。それを言おうとしたら、未來君は「弁明が先だ」と首を横に振った。

「それに、あいつは俺ではなくて、陽祐の恋人に立候補するって意味で言ったんだ」
「・・・ん?え、ん?」
「俺が陽祐の話をするのはあいつしかいないから、その度にあいつ、そんないい奴が何でお前なんかとってよく言ってたし・・・チッ、それに元々、あいつは親衛隊長なんて嫌々やってるんだよ。俺が親衛隊を発足させたいって言った奴に、どうしてもって言うなら唯一俺を見知っているコイツをトップに置けって言ったから、嫌々渋々、俺の補佐をしてくれてるんだ。俺は仰々しいのが嫌いだし、あいつだって自分の親衛隊を発足されるのは嫌だから、表面上は俺の親衛隊隊長という形に落ち着いてるんだ」

話の間に一回舌打ちが入ったが、全てをスラスラと話してくれる未來君に嘘や偽りは感じられない。むしろ、誠意がみえる。
親衛隊長さん、いつも不機嫌顔なのは仕事を嫌々していたからなんだって妙な納得も出来た。

「あの、親衛隊長さんって、未來君の・・・」
「従兄弟だ。あぁ、母の妹の子だから、名字が違うな」

い・と・こ。
なんだそのオチは。でも言われてみれば、生徒会執行部のメンバーは直属の親衛隊に様付けや敬語を使われてるのに対して、親衛隊長さんは未來君を「おい」とか「お前」呼びだ。

ひとつひとつ、固い結び目を解かれて、俺の糸は弛みそうだ。

「・・・なんで俺と付き合うことが、従兄弟さんにとって昇格ってことになるんだよ」
「なんでって、陽祐と付き合える以上の役得はないだろう?もちろん、そんなことさせないが」

さも当然で愚問だと言わんばかりに未來君が言ってくる。あまりにも一直線な物言いとその眼差しに、俺は顔があげられなかった。

「誤解はとけただろうか」
「・・・はい」
「じゃあ、別れるってのは無しだな?」
「・・・はい、すみませんでした」

言えば、未來君は「よかった」とこぼしてから、大きくホッと息をついた。のろのろと顔を上げると、未來君は優しい目で俺を見ていたが、ふと何かに気付いたように顎に指を添えてみせる。

「そういえば、さっきの誤解話を聞くあたり、陽祐は俺と付き合って浮かれてたって自覚があったのか?」

そこを聞くのか!

「な訳ねぇし!」
「そうか、嬉しいな」
「聞けよ!」
「照れ隠しも可愛い」

今度は顔を背けるが、未來君の声には笑いも含まれていて余計に恥ずかしくなった。
あぁ、ちくしょう。今俺ぜってー顔赤い。
未來君が近付く気配にも知らんぷりしていると、知らずに握っていた拳を両手でそっと包まれた。

「今日は一緒に帰ってくれるか?」
「〜〜っ!」

俺の目線にあうように腰を屈めて、にっこり笑いながら聞いてくる未來君は確信犯だ。
恥ずかしくて悔しくて、でも昨日の誤解の件も含めて、今度の俺は頷くだけじゃなく、声にしっかり出してやるんだ。

「言われなくても今日も明日も明後日もずーっと一緒に帰ってやるよ!」
「・・・陽祐!」
「帰ってやるから授業ちゃんと受けろよ!」
「ああ!もちろんだ!」

すなわちずっと付き合って行くってこと。
にこぉっと赤い顔して深い笑みを作る未來君は本当に解っているのか謎なとこで、親衛隊長さんの気苦労が垣間見えた気がしたけど、その笑みにつられて俺も笑っちゃうんだから人のことは強く言えないなぁとしみじみ思う。


「一限抜けたこと、さっそく叱られたよ」

と、親衛隊長さんに雷を落とされた未來君を慰めたのは、その日の放課後のことだった。



おわり



親衛隊長、もとい従兄弟君は陽祐君と付き合うならお前がちゃんとしろって背中押し役で、陽祐君と付き合う気はさらさらない良い子んです。

小話 78:2018/01/26

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