77
※「
40」の続編
(と、届いてしまった・・・)
今し方届いた小包を開け、ブツを取り出し広げたところで結衣は固まった。
ネットで品定めし、注文したのは結衣だ。
だからコレがいつ来るのか解っていたし、ポチッと確定した時にも前払い決算をした時にも覚悟を決めたし、心構えも出来ていたはず、なのに。
(いざ実物を手にすると、やっぱ・・・)
怖じ気づく。
そう思うと、アレを購入した公平のメンタルって強いなと、さすがスポーツマンだなと結衣は感心してしまう。・・・感心するところじゃないかもしれないけど。
結衣が何にこんなにも動揺しているのかと言うと、ズバリ『真っ白なフリルたっぷりの乙女チックエプロン』だ。
何故、男の結衣がこのような物を購入したかと言えば、それは公平が結衣が童貞なのに対し何をトチ狂ったのか、アレを──男性用だがセクシーな下着を、購入したことに所以する。
公平曰く「こういうのに無縁だから、いつか憧れついでに余所の女に手を出さないよう、俺で試してみればいいんじゃねぇかって」とのことだった。ちょっと理解しかねるが、掻い摘めばそれはつまり、結衣に女性へ目移りされたくないと言う捨て身の好意の表れだ。
好かれていることも、手放す気もないと言うことも、充分理解出来た。もちろん結衣だって、別れる前提で交際なんてしてないし、遊びであるはずがない。きちんとお付き合いをしているつもりだ。
そこで結衣は思い至った。
(そしたら俺だって、公平には味わわせてやれないことがある)
新妻体験だ。
新婚で可愛いお嫁さんが真っ白のフリフリなエプロンを着て出迎える、あのシチュエーションだ。
「おかえりなさい。ご飯にする?お風呂にする?それとも私?」
とか。まぁ、一生の内で何度かテレビや漫画で見る、あのシチュエーションだ。ああいうのこそ、女性の可愛いお嫁さんを貰ってこそ成せる業だろう。たまに混じるフットサルチームのギャラリーの中には、公平目当てに声援と熱視線を飛ばす可愛らしい──それこそフリルのエプロンが似合いそうな女の子も多数いるが、公平が結衣を選ぶ限り目の当たりに出来ることはない。
(公平も馬鹿だけど俺も大概馬鹿だなぁ)
だから自分が体験させてやろうと意気込んだ過去を、今になって嘲笑する。
だがしかし、馬鹿同士いい関係じゃないか。
そう開き直るしかない。開き直ってエプロンをむんずと掴み立ち上がった結衣は、玄関の収納棚に予め取り付けられている姿見の前に移動した。一瞬のためらいを払拭して、まずはモゾモゾと首の後ろでリボンを結び、長さを決める。難なく縦結びにもならないほど綺麗に結べた自分の器用さを恨みながら、続いてウエスト部分をこれまた綺麗にきゅっと結む。呆気なく完成である。
(ほぁ〜・・・)
間抜けな溜め息が出た。
全面から見ると普通の裾がフリルのエプロンだが、側面から急に丈が上がるのでヒップラインが丸見えである。首でリボンを結ぶタイプな為、背中も丸見えだ。
決していかがわしいサイトで購入したものではない。レビューも可愛らしすぎない・思ってたよりシンプルだと書かれていた(当然女性レビューだが)。もちろん全裸でなくラフなセーターとデニムの上からの着用だが、この羞恥はなんだ。色か。白がダメだったか。黒やネイビーにすればよかったのか。しかしイメージする新妻は純白のエプロン。これは譲れなかった。
(無いな。うん、無い無い)
胸当て部分がハートのタイプもあったが、あれにしなくて正解だった。ただでさえ自分の姿が滑稽で仕方がないのだから、それにしていたら食らうダメージがデカ過ぎて確実に立ち直れない。
脱ごう。
鏡の自分が心なしかやつれて見える、そう思った時だった。
ガチャンと、施錠が解除される音がした。
えっ、と結衣の心臓が跳ねた。肝も冷えて体が固まった。
「うーっ、さみぃー!」
マフラーに顔を埋め、野菜が覗く買い物袋を手にした公平が現れた。なぜ。
結衣の目が点になるが、公平も合鍵で扉を開けて早々の玄関に結衣がいて驚いた。
「うわ、何?何してんの?何か作んの?」
「え?い、いや・・・」
脱ぐ機会を失ったエプロンの裾を握りしめ、ぎこちなく首を横に降る結衣を頭から爪先まで眺めてから「ふぅん?」と頷いた公平は我が家のように扉を施錠し靴を脱いで部屋に上がる。
(こ、このやろ〜!来るなら来るって言っとけよ!)
ぶわっと結衣の顔が赤くなる。エプロン姿を披露するのは今じゃなかったし、むしろする気は先ほど滅したというのに。前回といい今回といい、タイミングが良いのか悪いのか。家主である結衣を置いてリビングへと向かう公平の背中を睨み付けながら、結衣はリボンをほどきエプロンを脱ぎ捨てた。
「寒かったから一緒に鍋しようと思って、実家から送ってきた野菜持ってきた」
「はい」
「あと肉な、鶏団子にした」
「はい」
「んじゃ、準備するけど」
「はい」
あの姿を見られたことに対して居たたまれなくなっていたが、シンク下に収納してある小さな鍋を勝手に取り出し水をはる公平は至って通常だ。むしろいつの間にかアウターを脱いで腕捲りをし、筋肉質の逞しい腕を露にしている姿から、意識はすっかり鍋に向いているのがわかる。
スポーツマンで自炊で健康面にもそれなりに気を使っている公平はそれなりに料理が出来るので、結衣が放っておいてもそれなりに調理して鍋を完成させるはず。結衣は考えた。今の内に、玄関に置いてきたブツを回収し、丸めて服の下にでも隠して公平の目を盗んで移行させ、あとはクローゼットなり目のつかない所に隠せば・・・。
「つか、あの可愛いエプロンどうした?」
結衣の思考を容赦なくぶった斬った。
(うわーーっ!!)
お前今まで鍋の話しかしてなかったくせに!
白菜ザクザク切ってるくせに!
何切りながらこっち見てんだこら!
「結衣、今までエプロンしない派だったじゃん」
「う、うん」
「なんかアレだな。絵に描いたような新妻みたいなエプ、いてっ」
人参を洗う公平のふくらはぎを蹴って、結衣は玄関へ逃げた。白い布の塊が落ちている。
(いや、うん、ただのエプロンだし。うん)
冷静になって考えれば、公平は下着だったが自分はエプロンだ。どう考えたって、恥ずかしさも馬鹿らしさも公平の方に軍配が上がる。よって自分は恥ずかしくないと、結衣は再び開き直った。冷静になったようだが、思考は混乱したままである。
部屋へ戻ると、既に野菜を切り終えた公平が「おかえり」と言いながら火にかけた硬い野菜と肉団子を見守っていた。結衣は白い布の塊、もといエプロンを広げて見せる。
「なあ。公平って、こ、こんなん好き?」
「・・・いや。逆に俺がそういうの着ける趣味あったらやべぇだろ」
「そっちじゃなくて・・・」
「ん?」
じゃあどっちだと首を傾げて、そういえば着けていたのは結衣の方だと思い出す。
「あぁ。結衣が着けたらって話?」
「そう」
「いや、いいと思う。うん。つか最初見たとき似合ってたし違和感なさすぎて普通に流しちゃったわ」
「それはそれでどうかと思うけど」
「で?何で着けてんの?結衣こそそんな趣味あった?」
「ないし!公平が!」
「俺が?」
今度は俺が何だと、公平は今出たばかりのワードを下手くそな和訳のように繋ぎあわせる。
あのエプロンが好きか、結衣が着たら。
・・・え、そういうこと?と答えを確認しようと結衣を見れば、物凄くばつの悪そうな顔をしていた。
「まさか着たら俺が喜ぶと思った?え、マジ?俺の為?うわ〜、それならさっき“おかえり”くらい言ってくれたら良かったのに」
「・・・っ、急に鍵が開いたからビックリしたんだよ」
「今からもっかい外出て家入ったら言ってくれんの?」
「そのままドア開けない」
「何でだよ」
ケラケラ笑いながら灰汁を掬う公平の横顔を見ながら結衣はこっそり溜め息を吐く。
公平の購入した下着は今のところ双方共に購入者が着たところを見たくないと意見が一致した為、今だ日の目を見ることなくクローゼットの奥底で眠っている。しかし結衣のエプロンが役目を果たす日はそう遠くはないんだろうなと、確信してしまった。
(なんつー笑顔で言うんだ。ばーか)
結衣の表情で答えを確信した時の公平の顔は、フットサルでゴールを決めた時より幼く、ただ単純に嬉しさを全面に出した笑顔だった。
なんだ、このエプロンそんないいか、つか普通に似合ってたってなんだ、そりゃ公平の下着に比べたら、うう。
「この脳筋。筋肉馬鹿。筋肉」
「なんだよ。鍋やんねーぞ」
「誰の家だと思ってんだよ」
たくましい背中を小突いて、とりあえずエプロンにシワがつかないようにハンガーに掛けてクローゼットに仕舞い込んだ。
おわり
小話 77:2018/01/22
次|
小話一覧|
前