75



※「63」の翼サイドの話



『矢野さんにドッキリを仕掛けられるのを逆にドッキリ仕返すドッキリ企画です』

よく解らない説明を受けたけど、矢野さんというワードに耳を向けたあとに渡された台本は、なんとも美味しい企画だった。
つまり、矢野さんが俺を口説きに掛かるのを知った上で、俺はそれに戸惑う──ふりをする。ここで矢野さんサイドの偽ドッキリは成功する。
そして俺は矢野さんの口説きに乗っかり、逆に矢野さんと両思いで晴れてハッピーエンド展開に持ち込んで、こんなはずじゃなかったとあたふた戸惑う矢野さんをカメラに納める。これで本当のドッキリ企画が成功するのだ。

(あ〜、矢野さん、マジで俺の事好きになってくんないかなぁ)

捲った台本に溜め息が出る。口説きの台詞も動作も、全て台本。むなしい。しかしスタッフからこの企画を持ち込まれた時の矢野さんは、少し戸惑って、考えて、楽しそうに承諾していた。可愛かった。小悪魔かよ。そろそろその小悪魔が俺にハニトラを仕掛けに来る頃合いだ。
・・・俺は確かに前回ドッキリを仕掛けたけど、矢野さんに向けて嘘を言ったことはない。マジで本当に矢野さんが好きだから、これ幸いと言いたいことを言ったし、かなり触って近付いた。そこは後でマネに怒られたけど、正直今回も我慢できるか怪しいとこだ。

(俳優志望にしときゃ良かったかなぁ)

それなら矢野さんと同じ土俵に立てて、一緒に仕事する機会はたくさんあっただろうし。でもぶっちゃけ顔には自信があるけど演技力には自信がない。若い内は顔だけでやっていけるかもだけど、若くて顔のいい新人なんて毎年山ほど出てくるし、演技はその内見てる側が目が覚める。それなら確かな自信と事務所が認めてくれた歌唱でこの世界を頑張りたい。

(矢野さんも、俺の歌褒めてくれたし)

そう、あの映画の撮影の時。
俺の役が進路に迷い、歌を諦めきれず、放課後の音楽室で一人歌うシーン。他の共演者は既に上がったか控え室に戻ったというのに、矢野さんは監督の隣で一緒にモニターを真剣に見ていた。そしてカットとオーケーの声が掛かると駆け寄って来て、
「翼君、すっごい歌上手だねぇ・・・っ!」
ってすごいキラキラした目で言ってきたのを鮮明に覚えてる。もう心臓をぎゅーーって掴まれたから。ファンだという女の子に囲まれた時も、事務所の先輩に褒められた時も、あんな気持ちにはならなかった。
いや、あんた今までもっとすごい人達と共演してきただろ。俺以上なんてたくさんいるだろ。なのに何だ、その目は。今までは本当に、ガキの時からテレビで見てた「矢野恭平」に対して純粋な憧れを抱いていたのに。それが全て覆ってしまった。

同い年だけど芸歴で言えばかなり先輩の矢野さんは、ミュージシャンなのに映画で主演をはる俺にも丁寧に接してくれた。それは俺が業界では大手事務所に所属してるからだとか、主演だからだとかじゃなくて、矢野さん本来の優しさだ。だから他の共演者にも、それは子役や脇役にも、監督以外のスタッフや仕出しや搬入で出入りする業者の人にも、とにかく挨拶するし、気にかける。休憩中に美術さんと一緒に倉庫裏で木材の上に座って普通に飯食ってた時はマジでビビった。

「俳優業って、一人だけだと成り立たない仕事だから」
だから皆を大事にするんだと、そう聞いたのは撮影中にロケ地近くの飯屋で隣り合って話をする機会があった時だ。
ついでに話は雑談に流れて和やかな雰囲気になったから、いつか渡そうと持っていた俺のアルバムを渡せばしばらく沈黙があって(やべぇ、興味なかったかな)って内心焦っていたら、あの日みたく目をキラキラさせて、ジャケットの空いたスペースを指さして「ここにサイン貰っていい?」と、逆にねだられた。慌ててマネにペンを借りに行った矢野さんの後ろ姿に動悸が鳴り止まなかった。

それを機に、矢野さんとは距離を詰めた。
シーンが被った時は控え室に通ったし、クランクアップしてからもPRの為に番組や雑誌で一緒になれば張り切った。舞台挨拶で地方を回った時はご当地の旨い飯を食いに行った。ダメ元で写メをねだれば、あっさり承諾を得ることが出来た。矢野さんはオフィシャルでSNSの類いをしてないからてっきり肖像権の厳しい事務所なのかと思っていたら、
「僕がずぼらだからやってないだけ」
と、あっけらかんと白状した。だからもう遠慮なしに撮影して、念の為に矢野さんのマネさんに承諾も貰って、自分のツイッターやブログにアップした。
たまに当時を懐かしんで、もうスケジュールも被らない日々が続いても写真を乗せればファンからのコメントも慣れたような対応になってきた。
「翼君、恭平君好きすぎでしょw」
「よっぽど楽しかったんですね」
「恭平君ファンです。画像upありがとうございます」

そうそう。
誤解されがちだけど、もちろん自分が主演だという自覚の元と、他の共演者やスタッフともコミュニケーションはしっかりとっている。
ただ矢野さんが俺の中で、パブリックを飛び越えているのだ。


──ノックが聞こえた。
ハッとして直ぐにカメラ位置を確認して返事をする。

「“おはようございまーす・・・”」
「“・・・えっ、矢野さん!おはようございます”」

台本を隠して席を立ち、矢野さんを然り気無く隠しカメラの絶好ポジションに誘導すると、すんなりそこに座ってくれた。やばい、チョロい、やばいよ矢野さん。仕掛ける方なのにこうも簡単に仕掛けられるなんて。そんな俺の心配をよそに台本は順調に進んでいく。矢野さんの一挙一動が可愛くて仕方がない。対して俺は決められた流れに沿うような言葉を吐くが、これは全部俺の素だ。焦らすような、恥じるような矢野さんの言動に俺はもう胸が締め付けられて仕方がない。これが実際の告白だと想像したら余計ヤバイ。そんなことを当然のごとく考えてる俺も相当ヤバイ。

そしてもう少し矢野さんからのアプローチを味わっていたかったけど、いよいよ、恐る恐るといった感じの上目使いで、矢野さんが俺の手を握り見つめてきた。
・・・芝居と解っていても、ムラっときた。

「“翼君、僕、君が好きだ”」
「っ!」

うぐぅ・・・っ!
解ってたけど!台本で何度も見て脳内再生した台詞だけど!実際言われると破壊力半端ねぇな!
矢野さんの告白に胸を撃ち抜かれて畳の上に倒れこんだ。頭打った。今絶対顔が赤い。痛いのと恥ずいので顔面を両手で覆い隠すと、矢野さんの小さな笑う吐息が聞こえた。
指の隙間から様子を見れば、演技じゃない素の笑顔。

あー、無理無理。

(矢野さん絶対抱き締める)

せめて既に薄ぼんやりとしてきた脳内の企画台本を消さないよう努めて、俺はゆっくりとその身を起こした。
さあ、ここからが俺のターンだ。



おわり



一年前もこの二人書いてた。
矢野君は映画関係の仕事以来紺野君と関わりがなかったって思ってたけど、自分の知らないところで紺野君がSNSでガシガシアピールしてたってゆー。

小話 75:2018/01/03

小話一覧


×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -