72



手に入らないものは何もなかった。
というより、欲しいと思う前に周囲が与えてくれたから、欲というものは存在しなかった。
現に柊木君はあっという間に僕の恋人になったし。
いや、確かに以前から少し、そう、少しだけ好きだなって、違う、好きかもって思ってたけど、それより今の方が好き度が強いし、結果的に彼を心底欲しいと思った時には僕のものになっていたから、今までとそう変わりないんだよ。
僕の欲しいものはいつだって既に手中にある。
これは絶対だ。


(なのに何だ、この状況は・・・!)


柊木君はこの僕を放って同じサークルだと言う女子と何か話している。
何か女子の鞄についてる猫みたいなキャラクターのキーホルダーを指差して笑ってるけど、ちくしょう女子より可愛いなって思うけど、僕を放置してまで優先する話をしているんだろうか。
柔らかな笑みを浮かべている柊木君をずっと見ていたら、女子の方が僕に気付いた。こんな嫉妬を知られたくないし、柊木君の友達なら悪態をつけるわけがない。だからニコッとわずかな笑みで会釈をすれば、女子は少しだけ微笑み返して柊木君に何かを言って、僕に指を向けた。指先を追って柊木君がようやく僕を見る。
ナイス女子。だが人を指さすな。

「ごめん仁科君。お待たせ、帰ろうか」
「いいよ。お話はもう終わったの?」
「え、あ、うん・・・」

女子に手を振って僕のもとに駆けてきた柊木君に言えば、わずかに口ごもって頷いた。
え、何その歯切れの悪さは。
なんで言いよどんだの。
(あ、怪しい・・・)
僕の訝しげな目付きに気付いたのか、隣に並んだ柊木君がチラリと横目で僕を見て、視線が交わると照れたようにはにかんだ。
(あああっ、くっそ!)
さっきまで立ち話していた廊下が寒かったから、柊木君の鼻が赤い。そのせいもあって妙に笑った顔が幼く見えて、僕の苛立ちや疑問なんか瞬時にどうでもよくなってしまう。いや全然、全然よくないんだけど。

「・・・そういえば柊木君。明日空いてるかな?」
「明日?うん、空いてるよ」
「良かった。じゃあ一緒に出掛けない?デートしようよ」
「デ・・・っ!」

いまだにデートというワードで赤面する初な柊木君が可笑しくて、ついクスリと小さく笑ってしまった。
駅前に十一時、明日の予定はランチしながらゆっくり決めようと約束してその日は別れた。
なんて穏やかなやり取り。
なんて仲睦まじい柊木君と僕。

(・・・なんて思えるかっ!)

柊木君の姿が見えなくなったと同時に舌打ちをつく。
何なんだ、何なんだ柊木君はっ!
思い出すのは帰り際の女子とのやり取り。彼は彼女に限らずよく女子と話している。女子に限らず男子ともだけど、女子と話している方が心なしか生き生きしている。僕の目に狂いはない。
それだけじゃない。
柊木君は僕といる時は触らない携帯を、僕が席を外した隙にこっそり見ているようで、僕が戻れば急いでしまうのだ。やましくないなら堂々と見てればいい。誰かからの連絡や着信の確認をするのに、僕が一々怒るわけがない。
まだある。
僕とデートしている最中に、彼は時々視線を外す。この僕を差し置いて何を見ているんだと視線の先を同じく見れば、高確率で女達がいる。今時の流行りを着込んだ同じ格好の彼女達を見ている柊木君。

(何っなんだ!!)

まさか浮気?女好き?柊木君が?まさか!
言っちゃあなんだが、柊木君と話す女子達は柊木君を男として見ていない。どちらかと言えば、柊木君越しにチラチラと僕の方を見てきているが、そんなものはどうでもいい。柊木君だ。柊木君はこの僕と付き合っていると言うのに、なぜ余所見ばかりをするんだ一体!!
僕が柊木君に惚れてからアプローチして恋仲になるまであっという間だった──季節が二つほど変わった気がするが覚え違いだろう──というのを踏まえると、柊木君だって僕のことを好いているから自ずと僕のところに来たんじゃないのか?

(明日のデートで白状させる・・・っ)

この僕を袖にするなんて絶対に許さない。
嫉妬か意固地かプライドか。僕の胸の内はどす黒い炎が燃えていた。



「ちょっと冷えてきたね。お茶でもしようか」
「うん、顔冷た〜」

両手に息を吐いて暖をとる柊木君が背中を丸めた。

今日は落ち合ってからランチを食べて、何をしようかと話に花を咲かせた。室内で脱いだダッフルコートの下の、北極熊がメインだろうカウチンニットがまた似合っている。それを告げれば柊木君は驚いた顔をして固まってしまった。
うーん、初すぎる。
それからは僕が来年の手帳を見たいと言ったから、駅近くの大型生活雑貨店へ移動した。革のカバーにタイムスケジュールまで書き込める機能性重視は高校生の時からお決まりだ。あとは手にした質感、重さ、紙質。適当にパラパラと捲り、柊木君は暇じゃないかと隣に立つ彼を見れば。

(また・・・っ!)

明後日を向いていた。
暇なら余所見も仕方無いが、何かを熱心に、そりゃもう熱心にジィっと見ている。何だ、また女かと思えば、その方向に女はいない。クリスマスのディスプレイを親から離れたであろう子供達がはしゃいで見ているだけだ。

(・・・は?)

さすがに意味がわからない。
え、見えないものが見えてる的な?柊木君って子供も趣味?いや、ないない。
もう理解するのも模索するのも疲れてきた。なぜ僕がこんなに気をもまなくちゃならないんだ。
こめかみを押さえて決心する。

(いい加減話し合おう)


お茶をする為に入った店では当然のようにテラス席を勧められたが、何故にこんな寒い日に寒いからと入った店の寒い場所でお茶をしなきゃいけないんだ。馬鹿かこの店員は。という毒をおくびにも出さないで、日が当たる窓際の席を打診した。見ろ、僕の柊木君の表情を。あからさまにホッとしてるじゃないか馬鹿店員。

「ビックリした。寒いなか外勧めるってどゆこと」
「店員さんも疲れてるんだよ」

メニューを開きながら僕と同意見を小さな声で言う柊木君を諭すように言えば、そうか、接客業って大変だなと真に受けていた。
顔を上げればすぐに目があった店員を呼んで、柊木君のアメリカンコーヒーと僕のハーブティーを注文した。今の僕には落ち着きが必要だからハーブティーだ。

「柊木君、コート脱がないで平気?」
「あ、うん。寒いから」
「そっか。暖房強めてもらう?」
「いや、そこまでは」

ふるふると首を横に振った柊木君が、そのまま横を向いて一点を見つめた。コーヒーが来たのだろうかとそっちを見たら、入店して来た女性客を目で追っていた。
・・・ハーブティー。お前はどうやらお役御免、間に合わなかったようだな。

「・・・ねえ、柊木君」
「ん、うん?」
「君は僕と一緒にいるにも関わらず、余所見ばかりしているね」
「・・・え?」
「今も女の人を見ていたようだけど、一体いつも君は何に熱を向けているのか、是非とも知りたいなぁ」

僕の呼び掛けに慌てて正面を向いたけど、問い掛けに対しては顔を強張らせた。
僕は今、どんな顔して笑ってるのだろうか。

「ご、ごめん!仁科君を蔑ろにしてたんじゃなくて、可愛くて、つい」
「可愛くて?つい?」
「あ!」

パッと両手で口を覆ったけど、聞こえた。許すまじ発言がばっちり聞こえた。
今なら分かる。僕の笑顔は冷淡だろう。

「へえ?そりゃ女の子は可愛いかもしれないけどさ、君とお付き合いしているのは僕で、その僕と今デートしている真っ最中だよ?」
「いや、だから、違くて」
「何が違うの?」
「・・・見てたのは女の子じゃなくて」

コートのポケットから取り出してテーブルの上に置いたのは、キーホルダーのついた鍵だった。

「こ、これ」

さらに指をさしたのはキーホルダーの方で、よく見るクマのキャラクター、のような気がする。あまり気にもとめたことがないから怪しいけれど、女性や子供からの人気が高いやつだと思う。

「僕、こういうのが好きで、さっきも鞄に可愛いマスコット付けてたからつい見ちゃって・・・引くよね」

自嘲気味に笑う柊木君は指で鍵を引き寄せると、静かにポケットにしまい込んでしまった。

「柊木君はそのキャラクターが好きなの?」
「・・・これって言うか、クマが好きって言うか・・・テディベアとか、フォルムが丸いものとか、なんか、そういうの・・・」
「ああ。今日のニットもクマだね」

言えば柊木君の顔に朱色が走った。
・・・コートを脱がない理由はそれか。別に恥ずかしいことじゃないだろうに。
僕の視線に耐えきれなくなったのか、「ああ、もう」と独り言のような嘆きを呟いた柊木君はぼそぼそと話し出した。

「大学の女友達は大体知ってるから、被ったカプセルトイ貰ったり、コンビニの景品交換したり・・・携帯に育成ゲームのアプリ入れてるから、たまに見たりとかしてたし・・・こういうの、女の人のがたくさん持ってるから、街中で見たことないチャームとかUFOキャッチャーのぬいぐるみ持ってたりしたら、いいなぁって・・・さっきも、ディスプレイが可愛かったからつい見入ってた・・・ごめんなさい」

このタイミングでやっと注文の品が運ばれてきた。
焙煎したばかりの香り高いコーヒーと、成分をじっくり抽出させた飴色のハーブティー。
僕は運んできた店員に伝票と愛想を貰ったけど、前者だけを頂戴し、視線は先程柊木君が見ていた女性に向ける。椅子に置いてある鞄には、ラインストーンでデコレーションされたテディベアがぶら下がっているのが見えた。さっきの雑貨店・・・シロクマやウサギがサンタの格好をしていた気がする。柊木君のお友達の持ち物はさすがに思い出せないが、近い記憶だと確かにキーホルダーについて何かを話していた。
ああ、そう、そういうことか。

「・・・今度、ランドに行こうか」
「え?」
「シーも行こう。あぁ、多摩市の方と大阪もだね」
「え、え、何で?」
「今日は、ううん、今まで余所見して僕に寂しい思いいっぱいさせたから、お詫びに沢山デートして欲しいなぁ?」

戸惑う柊木君の返事を待たず、ようやくハーブティーに口をつけた。うん、悪くない出来だ。
香りと味を楽しんでからカップをソーサーに戻せば、僕を呆然と見ていた柊木君はゆっくりと口を開いた。

「それってお詫びになるの?」
「なるさ」
「引かない?」
「引かない。でもね、柊木君」

この僕を振り回したんだから、百回デートしたって償いは足りないと思って覚悟して欲しい。

そう告げれば、君はどんな顔をするだろうか。
可愛らしいキャラクターを好きだと言えずにいた可愛らしい柊木君。そんな柊木君を受け入れ包み込む僕。キャラクターごときに僕が負ける訳がない。いや、既に負けていた気がしないでもないが──いやいやいや、勝負は五分五分、これから僕が慈しみ与えるものがどれ程偉大なものかを柊木君が身を持って知れば、きっと僕に夢中になって軍配が上がるだろう。

(何せ柊木君は既に僕のものだ)

手中にある柊木君をこれからどうしようかと笑みを浮かべる。
僕と柊木君、どちらが手のひらで転がされてるかなんて考えるのは放棄した。



おわり


小話 72:2017/12/28

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