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※「53」の番外編で副総長の話






「ずっとあんたが好きだった」

友であり、後輩であり、我が子のように可愛がってきた大和が言った。
聞き間違いだろうかと泉が振り返ってその顔を見ようとすれば、大和はいつの間に立ち止まっていたのか、思ったより後ろの位置で、マスクを下げて真っ直ぐに自分を見ていた。

「大和?」
「・・・」

名を呼べばうつ向かれ、駆け寄って正面に立つも拒絶するように顔を背けられて、表情を見ることも許されない。

「大和、どうしたの──」
「男だから、あんたを困らせたくなかったし、嫌われたくなかったから言わなかったけど、充さんと尊の事、普通に受け入れてて、むしろ見守ってるあんた見てたら、俺・・・」

大和が顔を背けた先に回ろうかとした泉の胸ぐらを強く掴んだ。そのまま引き寄せられて、焦点が合わないままかち合ったのは、互いの唇だった。歯のぶつかる音と微かな痛みに身体が跳ねる。

「我慢すんの、もう無理」

ようやく確認出来た大和の顔は泣きそうに歪み、泉は大和の唇に血がついているのを他人事のようにぽかんと見ていた。我に返ったのは乱暴に泉を突き放した大和が駆け出してその場を去ったあと、自分の唇から血が出ているのを舐めて知ったあとだった。


──泉が大和と知り合ったのは、泉が小学四年生の夏休み真っ最中の時だった。
朝からマンションの駐車場に引越センターのトラックが並び、ちょうど自分の家の真下の部屋へ、ベランダから大型の家具を吊るしながら入れている様子を朝顔の観察そっちのけで、身を乗り出すように興味深く眺めていた泉に母親が言ったのだ。
「泉と小学校が同じ男の子がいるんだって。お友達になったら?」
ちょうどマンションの玄関口で出会い、挨拶をしてきたばかりだと言うごみ捨て帰りの母いわく、夏休み中ならまだお友達もいないから寂しいんじゃないのかな、とのことだった。
泉はあまり人見知りしない性格で、それもそうかと頷きながら引越業者の方を再び見下ろしてみれば、駐車場のトラックの陰になった花壇の煉瓦に、一人の自分より小さな男の子がちょこんと腰掛けていたのを見つけた。ぽちぽちとDSを操作しているが、泉の視線に気付いたのか、ふと顔を上げた。
ひらひらと手を振ると、指先を曲げた白い手がゆっくり上がる。
それから、泉はサンダルを引っ掛けてパタパタと少年の元へ駆け寄った。少年は目を丸くしていたが、「こんにちは」から始まり「引っ越してきた人?」「同じマンションだよ」「外は暑いよ」「引っ越し屋さん帰るまでうちにいなよ」と次々に話す泉に手を引かれて自宅に招かれた少年を見た母親は「展開早すぎ」と笑っていたが、すぐに冷たい麦茶とお菓子を用意した。
大和と名乗った当事小学校二年生だった少年は泉になつき、たまにハチャメチャな泉の幼馴染の充に振り回され、時が過ぎてハチャメチャでメチャクチャな充がチームを作ると言った高一の夏、目を離すのは危険だろうと聞かん坊の側につく事を大和に話せば、中学二年の大和はすぐに「俺も入る」と手をあげた。
大和は充を除き、泉以外にあまり友人を作らなかった。基本的に一人が好きな類いで、団体行動は好きではないと言って、たまに学校内で見かける大和は確かに一人なもんで、泉は「自分が卒業したらどうするんだろう」と心配してしまう程だった。
しかし中学・高校と上がるにつれ見た目も体つきもそれなりに整ってきた大和だが、やはり友達も彼女も作らない。喧嘩は格闘ゲームが好きな為かセンスがよくて、ますますチームにのめり込み、いつも泉の隣にいるようになる。腕前よりも参謀的立ち位置でチームの二番手にいる泉だ。隣に大和がいるのは正直心強いが、違和感も拭いきれない。
(もっと楽しいところがあるんじゃないかなー)
そう思っても、泉は大和がいたい場所にいたらいいし、楽しければそれでいいとも思っていた。もちろん世間の許す範囲でだが、たまに自分に向けて小さく笑う大和は好きだった。
だからこそ、泉は気になって仕方がない。あの日の泣きそうな大和の顔が。あれから泣いたのだろうか。ずっと話せない思いに苦しんでいたのだろうか。そもそも今どこにいるのか。

「あれから連絡取れないし、家にも帰ってないし、も〜」
「・・・そ、その話、俺が聞いてもいいんですか?」
「いーの、いーの。充にするより尊君にする方が有意義ってやつ」

長い指に顎をのせて、泉は溜め息を吐いた。
中性的な顔立ちな分、女性のような仕草が絵になる人だと話を一部始終聞かされた尊はつい見入ってしまう。
一週間前に起こった話は放課後の尊と大和の教室で話された。ある意味目立つ泉が「話がある」とふらりと現れたと思ったら、クラスメイトはそそくさと教室を出ていき、そこはあっという間に格好の場とやる。
二人に起こった事、二人の過去から今の今までの話。それを話す泉が座る場所は大和の席で、学校にも来ていない大和の冷えた机に、泉はだらしなくペトリと頬をくっつけている。

「えーっと、俺としては、キスされてどうだったかとか、告白されてどう思ったかよりも、泉さんが大和君の事だけを気にかけてる時点で、何て言うか・・・」

言い淀む尊に泉は首を傾げるが、確かに大和にキスされても、告白されても、驚きはしたがそれより気にかけるのは大和の方だ。自分より、大和が──。
ああ、と泉はうっすらと頬を染めて苦笑した。

「答えは自分から言えって事かぁ」
「まあ、はい。ふふっ」

どうやら尊の思う結論と泉が出した結論が一致したようで、二人は向かい合って照れ笑いを浮かべたが、根本的な問題は解決していない。

「大和が捕まらなきゃ、話になんないんだよー」
「ですよね」

揃って嘆いたタイミングでチャイムが鳴った。学校が閉まる時間が迫ってきてる上、外はもう暗い。尊がなんとなしにタップしたスマホの画面を見て、戦いた。

「うわっ」
「なーに?」
「充からのLINEがすごい・・・」

その数22件。充がいると話にならないからと尊が無理矢理帰したのだが、ずっと気に掛けていたらしい。

「あいつ束縛やばくなーい?尊君、大丈夫ー?」
「まあ、心配はされるけど怒ったりとか実害はないんで・・・あ、そうだ」

トトト、と指を滑らしてスマホを操作していた尊がにこやかに画面を向けてくる。

『大和君をずっと探してた』
『心当たりがあったら連れてきて欲しい』
『そしたらすぐに帰れるんだけどな』

(わーぉ・・・)
上手いこと荒くれ者のリードを握ってるなと、泉は尊に尊敬の念を抱いてしまった。そして即座に既読がついて十分後。

『捕まえた』
『荷物持って校門』
『寒くない格好で』

「え!早!怖!」
「うーん。充の尊君に対する執着凄すぎ」

自分でメッセージを送っておきながら充の行動力に恐怖する尊を慰めながら、しっかりとマフラーを巻いてあげた泉は校門へ向かった。空は星が光っていた。

「尊!」

校門に止めたバイクに股がっていた充が目について、すぐ横に首根っこを掴まれてうつ向いた大和が立っていた。制服の充に対し、大和は部屋着のような薄いカジュアル服だ。二人して各々の思っていた人物に駆け寄れば、尊は充に抱き締められて、泉は大和の無事を確かめるべく肩や背中を何度も撫でる。

「す、すごいね、よく見つけたね」
「チームの奴等パシったらすぐ。手間取らせやがって」
「・・・充は手間取ってないんじゃない?」
「ここまで連れてきた」

少しムッとしながら充が言うので、尊も頭を撫でながら「そうだね」と笑ってしまう。横目でみたご両人は、泉が冷えた大和に自身のマフラーを無理矢理巻き付けていた。

「帰ろうか」
「? 大和に話があんじゃねえの?」
「俺はないよ。大和君見つけたらすぐに帰れるっていったでしょ」

腕を引く尊にバイクに乗るよう促すが、首を横に振られて「歩いた方が長く一緒にいられるよ」と言われては黙って頷くしか充に選択肢はない。
本当は今の二人の雰囲気にバイクの爆音が無粋だと言う尊の気遣いを知るものは、この場に一人もいなかった。


「大和」

残された二人は静かに攻防戦を繰り広げていた。
巻かれたマフラーを剥ぎ取ろうとする大和、それを阻止すべく首を絞める勢いで強く結び目を作る泉。
やはり目は合わせないとすべく顔を背ける大和、覗き込もうとマフラーを引っ張る泉。
・・・大和の顔色が若干悪い。

「大和、こっち見て」

らちが明かないと、力強く頬を挟んでこちらを向かせた。

「お前、キス下手なのな。俺唇切っちゃったよ」
「・・・すんません」

へらっと笑った泉の唇の端は、赤く切れて腫れていた。その笑顔と原因に目も当てられず、大和は視線を落としたが、その視線を遮るよう視界いっぱいに泉が映りこんだ。
感じたのは、痛みのない唇の接触。

「これが本当のキス」
「・・・な、」
「俺の事、好きでいてくれてありがとう。気付かせてくれてありがとう。俺も大和が好きだよ」

逃がさないとばかりに首元のマフラーをがっつり掴まれ、惚れた弱味も相乗したら目も逸らすことすら出来なくなった。鼻の奥がツンとしたかと思えば、泉の指が目尻をなぞる。

「泣かないでよー」
「泣いてねぇっす」
「嘘だー」

ついには両目をぬぐわれて、鼻を啜れば笑われてしまった。
でも、もういい。格好悪い姿はとうに見せた。

大和はその手を握って強く身体を引き寄せると、腕の中に泉を閉まった。
クスクス笑う泉を、大和は念願かなってようやく手にいれたのだ。


「ずっとあんたが好きだった」




おわり



恋人総長あるある番外「副総長はチームの人(大概受けの友達)と出来てる」でした。
解りづらいけど、イメージ的に年下余裕なしガッツキわんこ×年上余裕あり美人、です。



小話 70:2017/12/18

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