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セックス後のタバコは嫌われると言うが、安曇野は吸わなきゃやってられなかった。
本当は腕枕をして火照った体にいたずらをしながら、愛を囁いて小さく笑い合いながら眠りたいのに、その恋人が精根尽き果て深い眠りについてしまっているからだ。
自然の摂理に従わない男同士の情交は、受け身の方が負担が大きく、体力も気力も消耗が激しいのは理解できる。しかし何より、安曇野の同性の恋人である南は感度が良かった。付け加え、相性も良かった。それでお互い夢中になるし、とろとろのぐずぐずになる南はうっとりと快感の波に拐われて、余韻と上がった体温を引きずり、すぐに夢の世界に身を投じてしまうのだ。
それなら浅い快感に留めればいい話だが、情事後の為に本番をおざなりにするなんてのは本末転倒。
安曇野は溜め息と共に煙を吐いた。

「どーしたもんかね」

隣で眠る南の額にうっすらと汗が見えた。
張り付く前髪を小指でちょいと掻き分けてやれば、ぴたりと閉じた瞳を縁取る睫毛と、安らかな寝顔が露見する。
ぐぅっ、と安曇野は眉を下げてたじろいだ。
守りたい、この寝顔。
さながら世界遺産。否、安曇野遺産。
この寝顔を妨げるなら自分のくだらない欲なんて棄ててしまおう。
タバコを揉み消すと安曇野はすぐに南の隣に潜った。勝手に片腕を頭の下に差し入れて、もう一方で腰を抱いて引き寄せるのは許して欲しい。暑さと重さで南が唸ったのは聞こえなかった事にした。


いわゆる賢者タイムの違いだ。
安曇野は目が冴えるし、南は眠くなる。朝起きた南は気だるげに、そしていまだ覚醒してないようにぼんやりとしているので、夜中に安曇野が一人悶々としているなんて知る由もないだろう。

「はよ。南、今日授業昼からだったよな?」
「・・・うん、そう、お昼」
「じゃ、もうちょっとゆっくり出来るな」

うん、と声には出さず、ガクンと首が落ちたように頷いた南はまだ夢半ばのようだ。苦笑しながら頭をグシャグシャに撫でてやれば、開かない目で不満を訴えてくる。時刻は7時。急ぐ時間ではないが、お預けをくらってた分、いちゃつきたい時間ではある。
ベッドの上で座り込んだままの南の元へ歩み寄れば、ようやく目のあいた南が部屋着を引っ張りながら「ありがとう」と呟いた。

「なに?」
「これ、着せてくれて。あと、色々・・・」
「ああ、うん」

南が着ているのは黒の上下セットのスウェットだ。少しくたびれてサイズオーバーなのは、元は安曇野の部屋着だったのを南がお泊まりした際の部屋着として定着しているからと、二人に体格差があるからだ。新たに買わないのは、南がそれの着心地を、安曇野がただ単に自分の服を南が着ている状況を気に入っているからだ。
付け加えた「色々」とは、情事後の始末のことだろう。マナーとしてスキンを使っている為、中を掻き出すなんて事はないが、諸々拭うものはある。

「湯、張ってるから風呂行こうぜ」
「一緒に?」
「一緒に」
「えー」
「言ってろ」

渋った南の両手を引いて床に立たせると、肩を抱いて風呂場に向かう。
これがあるから、朝は時間が欲しいのだ。

「あ、おはよう」
「おせぇよ」





今日は安曇野が南の部屋に来ていた。
今日中にレポートを仕上げたいからと、追い込みにかかっている南はずっと背中を向けて、専用のディスクと椅子に座ってパソコンと対峙しているが、それを承知で来たのだから文句は言えない。それに夜には終わらすと言うのだから、レポートが終われば構ってもらえるし、となればやることは決まっている。お疲れだろう恋人をベタベタに甘やかしてやりたい。

(あー、でも疲れてんならやっぱり今日も即寝すんだろうな)

ガリガリと首筋をかいて、恋人が勉学に励んでいるのに自分は最低かと頬を叩いた。見れば南は頬杖をついているのか、姿勢が当初より崩れている。集中しきれてないのだろう。頑張ってもらいたいものだ。夜の為に、と浮かんだところでもう一度頬を叩いた。

「南。コーヒー淹れようか?」
「・・・うん。あ、待って」

くるりと椅子ごと回った南が、冷蔵庫を指した。
何だと思って開ければ、目につく位置に見慣れないエナジードリンクが鎮座していた。南はこういったものや酒やタバコは好まないので珍しい。

「研究室に籠ってる友達に貰ったけど飲む機会なくてさぁ。飲むなら今だ。今しかない」
「ほー」

両手で両目を揉みほぐす南に冷えたそれを渡して、自分はインスタントのコーヒーを慣れた手付きで勝手に淹れる。プルタブの開ける音と喉を通る音に続いて、南の嘆きが聞こえた。

「うあ〜、変な味。独特」
「そういうの飲まねぇからな」

パソコンに再び向かった南は背もたれに背中を預け、先ほどより楽な姿勢をとって画面をスクロールさせている。安曇野が背後からマグカップ片手にディスクに手を付くと、挟まれた南が少し身じろいだ。

「後どんくらい?」
「誤字とか脱字とか、文章的におかしいとこないか見直してる」
「・・・つまりもう終わるんだな?」

顔を近づければフイッとそらされる。
耳がこちらを向いたので、遠慮なく唇を近付けてチュッと音を立てれば短い悲鳴と共にそれだけで椅子から転げ落ちた南を笑いながら起こしてやれば、赤い顔して露骨にふて腐れた。今日も感度は抜群らしい。

「飯、作っとくから終わらせとけよ」
「・・・」

ちゃんと椅子に座ったのを見届けてから、安曇野は再び勝手にキッチンスペースを漁り出した。そんなにレパートリーはないが、不味くはない。適当に冷蔵庫から見繕って、豚こま肉とキャベツ、人参、玉葱、焼きそば麺は粉末のソースがついているから失敗はないだろう。今日は焼きそば。決定。
南の方を振り返れば、ぶつぶつとレポート内容を繰り返し読み上げていて、文章を確認していた。水をさすことをせずに、まずは野菜から切り始めた。


「・・・あ〜、終わった!」

南がぐっと背伸びをしたのは、それから三十分後だった。それを聞いてから小鍋に顆粒だしと乾燥ワカメで作った簡単なスープの火を止めて、フライパンにメインの具材を投入した安曇野の横に南が近寄った。流しにドリンクの空き缶を置く。

「お疲れさん」
「ん。焼きそば?」
「と、スープ」
「豪華だ」
「全然豪華じゃねぇし。お前一人でもちゃんと飯食えよ」
「食べてるよ」

再び、しかし今度は爪先立ちして背伸びをした南の背中を見やってから、安曇野は菜箸で続いて投入した麺をほぐす。

「今日は飯食ったら風呂入ってさっさと寝ろ」
「・・・しないの?」

ぴたりと、箸を動かす手が止まる。

「僕、もう開放感いっぱいで逆に元気」

伸ばしたままの腕を肩まで下ろして拳を作り、むん、と気丈なポーズをとる南に、頑張った恋人を労ってやろうという気遣いはすっ飛んだ。変わりに先ほどまでの感情がムクムクと顔を出す。

「言ったな」

挑発的に笑みを作れば、フライパンの中の麺が固まったまま焦げているのを指摘されてしまった。




──布団の中から肩から上だけを出して、猫のように伸びをする恋人の、なんと扇情的なことだろうか。体のラインに沿って盛り上がる布団も悪くはないが、今すぐ剥ぎ取りたい欲もある。
そんな馬鹿なことを思いながら、冷えた水の入ったグラスを渡してやると、南はこくりこくりとゆっくり全て飲み干した。仕上げに唇を舐めたので、つられてそれに唇を寄せれば、笑いながら絡めてくれた。

レポート取り掛かり期間分が、二人のセックスご無沙汰期間だ。久しぶりに肌を合わせれば、止まることの方が無理だった。途中から生理的な涙を流しつつも恍惚たる表情を浮かべて喘ぐ南に、無茶をさせていると思っていても、やはり止まるのは無理だった。おまけに本当に疲れてないのか、目はとろんとして頬は赤みを帯びているが、休む気配がない。そのような表情を向けられれば──以下略。

グラスを取り上げ横に寝転ぶと、南がぴとりと寄り添ってくる。胸板に顔を寄せるので、髪が胸の先に触れるのが何とも言えない気分になる。

「お前、マジで今日どうした?」
「どうした?」
「いつもすぐ寝てるけど」
「・・・だるいし、疲れてるけど、眠くはない」

親指で目尻を擦れば擽ったそうに小さく笑うだけで、本当に眠くはないようだ。どうして、と思考を巡らせれば、安曇野は数時間前に合点がいった。

「あぁ」
「なに?」
「ほら、南、今日エナジードリンク飲んだじゃん。あれってカフェインすげぇから」

確かコーヒーの倍量だとか、それゆえ多量摂取は良くないだとか、ネットかテレビで見たニュースを思い出す。

「コーヒー初めて飲んだ子供みてー」

ケラケラ笑うと胸をぺちんと叩かれた。悪い子な手を掴まえて安曇野から体を寄せて抱き締めると、余韻が残る南の体が震えた。

「南、酒も弱いもんな。すぐ酔う」
「飲み慣れてないから仕方ないじゃん」
「飲む時はしばらく俺の前だけ。な。約束」
「・・・うん」

耳を擽りなが約束を取り付けると、熱い吐息が漏れた。ぐぅっ、といつかの日みたくたじろぐが、今日は到底耐えきれそうにない。

「なあ、もっかい」

強請れば首に腕を回されたので了承の合図として再び南を組み敷いた。安曇野の野望が思わぬ形で転がり込んで来たのをしっかりと噛み締めれば、その味を忘れるなんてもう無理だった。


翌朝、安曇野は眠けと疲れは別物だと泣き言を言う南の腰を撫でながら、常用はよくないが偶にの使用なら許されるだろうかと、昨日のエナジードリンクを思い描く。飲酒だと睡眠誘導に拍車がかかるが、なるほど、カフェインは盲点だった。

「しばらくカフェイン断ちしてみれば?」
「・・・なんで?」

体に耐性をつけなければ、稀に使用したとき効果は抜群。
反省こそすれど、再び昨夜の密事を実行する方法を聡明に思案するのであった。



おわり



後日自宅の冷蔵庫に栄養ドリンク常備してあって南君に白い目で見られる安曇野君。


小話 69:2017/12/11

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