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俺の彼氏が可愛い問題が発生している。

昼休みの食堂。
風間は注文したラーメンを前に、きちんと両手をあわせて「いただきます」を小声でしてから、伸びた横髪を女子みたいに耳にかけ、レンゲの上に麺を一度乗せてから、フーフーしている。

(か、可愛い・・・っ)

俺のスマホが連写モードを所望している。
しかしそこは何でもないように、正面に座った俺は俺で頼んだ親子丼を静かに食べる──振りをする。実は風間を然り気無くガン見している。

「あちっ」
「・・・風間、猫舌?」
「ん」
「〜〜〜っ!!」

(か・わ・い・いっ!)

風間が猫舌とか!あんだけフーフーしたのに!
しかめっ面で舌をチロッと出してから水を飲んで、今度こそ麺を少しずつ啜っていく姿にライオンって猫科なんだなぁって、こんなところで実感してしまう。

この風間と言う男、俺の彼氏である。
出会った当初は赤い髪にピアス、ごついリング、ガタイの良さ──まさにライオンの様な男で、対面した時、俺は冷や汗をかきながら瞬時に所持金の額を思い出そうとしていた。だって絶対カツアゲだと思ったから。ついでに額が少なかったから殴られるとも思っていた。726円。我ながらショボい。
しかしだ。ぶっちゃけちょっと泣いてたかもしれない俺に興醒めしたのか、風間は何も言わず、何も取らず、ついでに手足を出さずに踵を返して去っていったのだ。背を向ける前に溜め息をついたのは、見た目からして俺に何の価値も無いと見出だしたからだろう。助かった。庶民オーラ万歳。
と、胸を撫で下ろしたのも束の間の翌日、風間はまた俺の前に現れた。下ろした真っ黒な髪にノーピアス、ネクタイもゆるくではあるが締めている。リングはあるけど、ナックルでなければ別に怖くはない。いやしかし、どうした、なんだ、その姿は。生活指導の先生が口煩くしてもどこ吹く風だったのに・・・って、マジマジ見てしまった俺の顔から察したのか、風間はうっすら頬を赤くして、

「だって、宮野が怖がるから」

なんて言ったのだ。What?俺が何だって?って俺の疑問をまたも察したようで、

「好きだって言いたくても、あれじゃあ話にならねぇ」

なんて、照れ隠しするように黒染めしたばかりの髪の毛を掻き乱しながら言いのけた。
ズキューーン!!
俺の心臓に弓矢よりも重い弾丸が撃ち込まれた理由は、言わずとも分かるだろう。



──昼食も無事に摂り終えて、食堂に長居する理由もないので席を立つ。風間は前からの変わりようがまだ珍しいようで、生徒からの目が一斉に集まっている。

「目立ってるね」
「変?」
「いや全然」

前髪を摘まみながら言う風間に首を横に振れば、風間はにやっとしてから「ふーん」なんて言いつつ、口笛を吹いて食器を俺の分まで下げに行った。

(ひ〜!何あれ可愛い〜!無理〜!)

俺の中の何かが目覚めそうだ。
だって俺の為にしてくれたイメチェンを、どうして変と言えようか。それに実際、風間は悔しいかな元がいいから赤髪だろうが黒髪だろうが結局は目立つのだから、今さら見た目をどうにかしろなんてのは、もう思わない。

「おい、行くぞ」
「はーい」

まだにやにやしておる。つられて俺もにやにやしそうだ。にやにやってかデレデレだけど。

「ん」

渡されたのは紙パックのカフェオレ。温か〜い方で最近俺がよく飲んでるやつ。いつの間にか食堂の出入り口にある自販機で調達してくれてたみたいだ。

「ありがとう」

礼を言えば、風間は歯を見せて笑った。

(・・・ツラーーっっ!)

可愛すぎて辛い。何なの、ご機嫌だな今日は。心のカメラは連写バシバシだ。
ぐぬぬ、と例えようない感情を抑えるべく、貰ったカフェオレで心を落ち着けようと慎重にストローを刺して──噴射させてしまった。風間が自分の分にストローを刺しながら俺を笑う、が。

「あーあ、何やってんだ」

風間こそ何やってんだ。何だその手にしている苺が描かれたピンク色のパッケージは。いや、わかるよ、イチゴオレだろ。女子がよく飲んでるもん。女子が。

「か、風間、可愛いの飲んでるね?」
「ああ、しょっぱいの食ったら甘いの欲しくなった」
「へ、へぇ〜」
「宮野のだって牛乳割りだろ。そう変わりねぇよ」
「いや、あるでしょ・・・」

何だその可愛い理屈は。くっ、何だ油断もならん。俺の心臓に準備をさせてくれ。

昼食を食べ終えた残りの昼休みは、空き教室でだらだらしたり、屋上でだらだらしたり、つまりだらだらして過ごしている。しかし今日は寒い季節の割りに陽射しも暖かく、風もないので中庭に向かった。好条件とはいえ、やはり冬。生徒はエアコン設備のある室内に籠っているようで、中庭には俺達以外いなかった。

「宮野寒い?」
「へーき。風間は?」

ブレザーの下には学校指定のカーディガンも着てるし、やっぱり今日は過ごしやすい方だから別に問題はない。陽のあたる空きベンチに座りながら風間の方を見た。風間も中にモロ私服のパーカーを着込んでいるし、寒くはないだろうと思ったら。

ピタリ。

くっついてきた。
風間思い切り向こう向いてる。
なんか咳払いしてる。

(・・・はぁーーーーっ!!)

撃・沈。
声には出せない溜め息が出る。
何だ何だ、照れるならするなよ。いや大歓迎ですけども。え、今どんな顔してんの?見たい。超見たい。もー風間!もーーっ!
デレデレしそうで口がむず痒い。風間は気もそぞろにイチゴオレのパックをカシカシと爪で弄っている。

「っ!」

突然、風間がその指を離した。

「どしたの?指?」
「なんか、指切ったみてぇ。知らねぇけど」

右手の人差し指の腹を向けられたけど、血は出ていない。でもよく見れば、皮膚がうっすら切れている。こういう微妙な傷って案外痛い。手を洗った時とか、何かに触って力が入った時とか、あぁ、まさに今とか。

「絆創膏あげようか?」
「持ってんの?」
「うん。貼ろうか?」
「いや、いい。ちょうだい」

「ちょうだい」て。
「くれ」じゃなくて「ちょうだい」て。
もう俺萌え殺されそう。
姉が何があるか分からないからと三枚持たせてくれてた絆創膏は、財布の中にしまっている。ポケットから出して一枚渡すと、風間は包装を破って保護テープを剥がし、右手、つまり利き手の人差し指を馴れない左手で巻いていく、つもりが。傷口に触れるよりも前に、宙で左右のテープ部分がくっついて、うまく剥がせずにモタモタしている。やっとこ剥がれたかと思えばまたテープの端が折れ曲がり、ペトっと粘着部分同士がくっついてしまった。なんかもクチャクチャだ。

何だこれは。俺は何を見せられているのだ。

「・・・悪い、もう一枚・・・あと、やっぱ貼って」
「〜〜〜っ!」

はい喜んでー!
と、叫びたいところをグググッて押さえて、平常心で綺麗に巻いてあげた。関係ないけど俺より指が太くて長くてドキッとした。
絆創膏のゴミと飲み干した紙パックをゴミ箱に捨てて、そろそろ教室に入ろうかとした時だ。植え込みの方からガサリと葉を揺らして黒猫が顔を出してきた。
・・・猫。
なんとなく、隣に立つ風間を見てみた。

(めっっちゃ猫見てる)


「猫好き?」
「ふつー」

とか言いながら、腰を折った風間は絆創膏を貼った方とは逆の人差し指をチョイチョイ曲げて、チチチッと舌先で猫を呼ぶ。いや、何が「ふつー」だよ。風間絶対猫好きじゃん。するとまさに類は友を呼ぶのか、黒猫ちゃんはてけてけと風間に歩み寄り、自ら顔を指に擦り付けて「な〜ご」と鳴いている。分かるわ〜。風間の指、なんかいいよね。分かるわ〜。
黒猫ちゃんに同調しながら俺も隣にかがんでじっと見ていた。風間を。さすがに「にゃー」とは言わないが、目元が少しだけ柔らかくなっている。その中の黒目がこっちを見たと思ったら、急に顎を擽られた。

「〜ぅえ!?」
「こっち見てたから、してもらいてぇのかと思った」

目を細くして笑った風間を間近で直視してしまった。
眩しい。後光。釈迦如来。
ちょっと自分でも意味不明だ。穏やかになれきれない心臓を得体のしれないものに鷲掴みされ、めっちゃむせて俺がうるさくゴホゴホ言ってしまったせいで、黒猫ちゃんがビャっと逃げてしまった。

「あぁっ、ごめん!」
「いや、いいけど。大丈夫か、宮野。寒い?」
「は」

お・ま・え・だ・よっ!
何だよ。俺が咳き込んだの寒いからって思ってんのかよ。無自覚かよ。たらしかよ。馬鹿もう可愛い。
赤いものが出そうになる鼻を押さえつつ、平気だとなんとか伝える。風間は心配しつつ俺の手を引いて風のあたらない校舎の中に連れてってくれた。優しい。好き。
きゅーんとしながら、せっかくの猫との戯れを邪魔して悪かったなと心苦しくなった。だって風間、猫好き確定だもん。

「あ、あ〜。そういえば」
「あ?」
「うちはハムスターがいるよ、つがいで二匹」
「ハムスター?」
「そう。ジャンガリアン。可愛いよ〜手の上で餌も食べるし、毛繕いもするし、寝たりするし」
「え、寝んの?」

猫ってか動物が好きならって振った話題に、風間は見事に釣られてくれた。スマホに納めてる我が家のハムちゃんの画像を見せていると、きらきらした目でこっちを見てきた。
ぐうかわ。

「あ、うん。今度うちくる?」
「行く」

即答した風間プラス我が家のハムちゃんイコール・・・無理、破壊力半端ない。なんかもう、既にふわふわ笑っておる。あーそうかそうか、風間は動物が好きなのか。猫舌で甘いもの好き、ぶきっちょで動物も好き。今日も風間の可愛いところいっぱい知れたなぁってほくほくしてたら。

「宮野んち、初めてだな」
「・・・え」

そっちかーーーい!
おま、おまえ、そっちを楽しみにしてるのか。そうか。うう。

「し、心臓痛い・・・」
「は?宮野、どうした?保健室行くか?」
「だ、だい、大丈夫・・・」

心臓を押さえながらしおしおと萎れていく俺を慌てて支えてくれる風間に悟った。
俺の命日は近いのかもしれない。



おわり



攻め←受けパターン少ないなと思いまして。でも→←ですね。

小話 68:2017/12/05

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