67



優しくなろう月間だ。
なんだそれはと聞かれたら、恋人に優しくなろうという月間だとしか言えないが、これは今秋、結実に彰が設定した実験的期間──11月いっぱいだ。
普段から「鬱陶しいです」「やめてください」とスキンシップは押し退けて、さらにこの夏は「暑苦しい」も付け加えていたのだが、暑さが和らぎ気も落ち着いた昨今、彰は思った。

(俺、冷たすぎないか・・・?)

いわゆるツンデレだとか、恥じらいだとかでは一切ない。結実が例え女でも、彰はスキンシップを煩わしく思うだろう。そういう性分なのだ。
しかしふと気付けば、街を歩く若いカップルは寒さを理由に肩を寄せ、手を繋ぎ、腕を絡ませて新密度をアップさせている。ここで普段の自分が結実に対する態度を対比して、反省した。

(や、優しくしよう・・・!)

それを決意したハロウィーンも終わり、一気に街中がクリスマス色が強くなった11月頭。とりあえず1ヶ月、結実に優しく接してみよう。上手くいったらクリスマスはもっと楽しく過ごせるんじゃないか。そう考えた彰は一人、自分を鼓舞して固く誓った。
それほどまでに、顔を近づけ幸せそうに笑うカップルが脳裏に焼き付いて離れなかったのだ。





「いらっしゃい、彰君」
「・・・おじゃまします」

折よく、週末は結実宅にお呼ばれしていた。
手土産に途中でケーキを二種、和栗のモンブランと、いちじくのタルトだ。どちらも秋限定で、普段の彰なら絶対に買わない代物だ。スイーツはコンビニかスーパーの安売り。ケーキ屋なんてそもそも入らない。あの、可愛らしい外観に可愛らしい内装で、可愛らしい商品を可愛らしい店員が販売しているなんて、ハードルが高い。
しかし結実はよく、このような品のいい菓子類を手土産に彰の元へ来るのだから、今更にして彼の自分に対する行動力を思い知る。

(店の奥じゃ熊みたいなおじさんが鼻唄歌いながら作ってて、この店員さんはマニュアル通りの接客と営業スマイルしてるだけだ)

そう思い込んで、彰は淡々と注文を済ませ、店をそそくさと後にしたのだった。思えばちゃんとした手土産なんて、コンビニスイーツや旅行土産を除けば初めてじゃないだろうか。


「結実さん、これ」
「え、え?いいの?うわぁ、ありがと〜!」

天然ふわふわパーマに眼鏡姿の結実は、差し出された紙袋と彰を見比べて、感動したように・・・いや、感動を微塵も隠さずに、紙袋の底を両手で頭より高く持ち上げて、まるで初めてサンタクロースからプレゼントを貰った子供のように瞳をキラキラさせて謝辞を述べている。
・・・これが、自宅に遊びに来た恋人が手土産を持ってきただけのリアクションだろうか。

(もうちょっと、コンスタントに遊びに行ったり・・・手土産も買っていこう・・・)

そう反省していると、先を歩いていた結実が今だ玄関にいる彰に振り返り、優しい笑みを浮かべながら手招きしてみせた。
一見すれば柔軟そうな優男だが、身長も肩幅も手の大きさも彰よりずっとある。
そんな男が自分に好意を寄せてくれてくれているのだ。応えるのが誠意だろう。

(そう、好きではあるんだよ、うん)

うんうん頷きながらついてくる彰に首をかしげながらも笑みは崩さない結実。元は彰が進学を機に始めたバイト先の先輩だ。数ヶ月後には結実が大学の勉強に専念する為にそこをやめるのが決まっていて、欠員募集に引っ掛かったのが彰だった。ノウハウや独自のやり方などを分かりやすく教わり、フォローも完璧、客や店長からの信頼もある。彰が懐いた頃は既に結実が退く直前。柄にもなく寂しいなと思っていた時に、まさかの結実から告白されたのがきっかけだ。レクチャーの際、やたらボディータッチが多いなとは思っていたが。しかしその時は、いつも優しく笑っている結実が、その時だけ表情を強張らせて真面目に取り繕っていたの事の方が印象的だった。


「あったかいお茶にしよっか」
「あ、はい」

三つ年上の結実はゼミだの就活だのレポートだの、色々と慌ただしい。机の上は散らかっていて、一目では理解できない文字の羅列に眉を潜めた。
電気ケトルのスイッチを入れた音に振り返れば、結実はケーキの箱を開けて再び「わあ!」なんて言っている。

「彰君、ケーキどっちがいい?」
「いや、俺はどっちでもいいんで、結実さんが先に選んでくださいよ」
「そんな、買ってきたのは彰君なんだから」

何の遠慮だと、彰が少しムッとする。
ムッとして、いつもなら「いいから早く選べよ」なんて言葉を吐いてしまうところだが、今日は違う。何故なら優しくなろう月間だからだ。

「ゆ、結実さんに買ってきたんだから、結実さんが選んでください」

言って、彰は顔を伏せた。
(くそ、なんだこれ、恥ずかしい)
しかし嘘ではない。結実が喜んでくれればいいなと思ったからあんな店に買いに行ったのだ。好みの方を食べてほしくて二種類選んだのだし、店で季節限定と人気商品の二冠を飾っていたので味に間違いはないだろうと踏んだのもある。そもそもケーキを選んだのは結実が甘いものが好きだからだ。
(うん、言ったことに間違はない。冷たく・・・もしてない)
しかし反応がない。沈黙が生まれるとおかしな事を言っただろうかと不安な気持ちに襲われる。

「ちょっと、聞いて──わ!こぼれてる!」
「はっ!」

無反応な結実を不思議に思い顔をあげれば、サラサラと急須に入れていたはずの茶葉はすべて床にこぼれ落ちていた。しかも結実すらそれに気付いてなかったらしく、彰の指摘に慌てて茶筒を持ち直している。

「お茶は俺がいれます。結実さん、こっちお願いしていいですか」
「あ、うん。ありがとう」

茶筒を受け取り、床の掃除の方を任せると、結実は軽量型の掃除機をとりに一度離れた。
一体なんだとその背中を見送ってから、いつの間にか沸いていたお湯を出されていたカップに注ぎ、急須に茶葉入れる。湯冷まししたお湯を急須に注いで、二つのカップへ均等になるよう交互に入れていく。

「・・・彰君、お茶いれるの上手になったね」

いきなり声をかけられて、危うく最後の一滴をこぼすところだった。危な、と心の中でぼやいてから、ゆっくりと急須を上げる。見れば掃除機片手に結実が後ろに立っていた。

「結実さんの、ずっと見てましたから。それより、ほら。早くしちゃってください」

茶葉を踏まないようにカップを持ってテレビ前のローテブルに置くと、彰はその後ろのソファーに腰を下ろした。掃除機が茶葉を吸い込むなんてほんの数秒で、ちゃっちゃと片付け手を洗い直してきた結実が本題に戻る。

「ケーキね、どうしようかな。どっちも美味しそう」

二つを一応フォークと一緒に皿にのせ、結実もローテブルにそれを置くと、そのまま床に正座する。今まで彰が結実からのスキンシップを拒絶していたからこその、身に付いたステイ位置だ。

(いや、いや、受け入れるし、うん)

今日は、いや、今月は優しくなるのだ。
彰は少し隣にずれて、座面を叩く。

「・・・隣、来ないんですか?」
「・・・えっ、いいの?」

ぱあっと結実の顔が晴れた。
にこにこ顔で自分を見ながらピッタリと隣に座ってきた結実に目も当てられない。これが、恋人に隣に座らないかと言われてする反応だろうか。

(隣に座るくらい、全然普通だろ)

再び彰は反省する。
反省はしているが、横からビシビシ刺さる笑顔から生まれているキラキラした光線が痛い。これが今までの反動からだと思えば尚更痛い。

「あ。えっと、ケーキを・・・」
「うん、そうだね、じゃあタルトの方を貰おうかな」

ようやく決めたらしい結実にほっとして、二人して口に運んだ。期間限定と言うだけあって、一口掬って食べたマロンクリームは特別感と旬をも感じて、殊更美味しいと彰は思った。隣の結実もにこにこしているので満足しているようだ。
・・・ふと、二人で甘いものを食べているシチュエーションで思い出した。まだ結実に対して「暑苦しいです」と言っていた時期に、今みたいに結実の部屋で二人してアイスを食べていたのだ。

『はい、チョコレートの。美味しいよ。あーん』
『え、いや。いいです』
『美味しいのに、ほら』
『マジでいいです』

ああ、冷たい対応だった・・・。
フォークを握った彰は決心する。一番上のマロングラッセを刺して、結実の方へそれを向けた。
したという事は、されたって嬉しい事だろう。

「ゆ、結実さん、一口」

さすがに恥ずかしさはある上、馴れない行為に手がわずかに震えてしまっている。
早く食えと睨むように結実を見れば、ぽかんとしていたものの直ぐに彰の手を上から握って口にしてくれた。良かった。震えのせいで口の中を怪我させたら元も子もない。

「あ、美味しい。ありがとう、彰君」

甘いものは人の心すら甘くするのだろうか。
そう錯覚するくらい、いつにも増して甘ったるく結実が笑うものだから、彰もつられて少しだけ顔が綻びた。それに対して結実が瞠目したのは、ほんの一瞬だった。

「・・・どうしたの、彰君。今日すごく可愛いね?」

言いながら右側の頬をゆっくり撫でられて、彰の体がギクリと突っ張った。
それはやはり、普段は可愛いげがないということだろうか。

「いや、だって」
「だって?」
「・・・つ、付き合ってるし」

告げれば、結実は彰の皿を取り上げてテーブルに置いてしまった。そして「なんで?」と思う間もなく、抱き締められた。

(うわ・・・)

自分から断っていたものの、久しぶりの結実からの抱擁に彰は胸が跳ねる。冬は人肌が恋しくなるのか、受け入れると決めれば体が受け付けるのか、今は嫌悪感なんてまるでないし、むしろ・・・。
ゆっくりと背中に手を回した彰に応えるように、結実の手が後頭部をそっと撫でる。それだけの動作に彰はまたも反省を繰り返す。

(受け入れて貰えるのは、嬉しい)

今度からもうちょっと、結実を受け入れよう。
そう決めてから体の力を抜いて、結実の肩に額を擦り付けた。

「あ、彰君っ」
「はい?」

見上げれば、何と表現したらいいのか、眼鏡の奥の結実の目が熱がこもったように、マジだった。
失念していた。
結実のスキンシップに応えるという事は、恋人のスキンシップを受け入れると言う事だ。自分が今まで拒絶していたからその先を考えた事がなかったが、彼を受け入れた今日、つまり、その先が──。

「あ、や、あの・・・っ」

自分の両の頬を大きな手で包み込み、優しく笑う結実の表情は、まさに彰が町中で見たカップル達のそれだった。段々と近付く結実に覚悟を決めて、ぎゅっと目を閉じて彰は思う。

優しくなろう月間──延長するのもやぶさかではない。



おわり

小話 67:2017/11/30

小話一覧


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -