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※暴力的な表現有り





うちの総長、斑目さん率いるニーケは基本争い事をしない。売られた喧嘩は買うけど、それは必要な時だけで無駄買いはしない。ご近所や一般人に迷惑をかけない。病院や警察にも厄介にならないようにする。
それは昔──斑目さんがまだ自称無垢な中学三年生だった頃、夜のコンビニ帰り、不良達に絡まれたのが始まりだ。中三にしては発育がよく、目付きも切れ長で鋭いが為に、目があっただけで因縁を吹っ掛けられてしまったらしい。
「悪ぃ事してねぇし、むしろ駐車場で酒煽ってタバコふかしながらたむろってたアッチの方が迷惑だったから」
との理由で、一発ずつ、重いのを腹に決めて帰路についたそうな。アイスを買ってたから早く帰りたかったのもあると、苦笑しながら付け足していた。
そこから斑目さんの話題で持ちきりになり、日常的に一方的な喧嘩や興味本意でちょっかいを出されたりと散々な日が続き、気付けば舎弟を名乗る人間が出来て、自分を慕う人間が集り、チームが結成され、あれよあれよと時は過ぎ──今に至るそうだ。

ここまで聞いてお分かりの通り、斑目さんは被害者であり、暴力的な事を好まない。必要にかられて喧嘩に対応しなくてはならない場合、滅多打ちや長期戦なんてもっての他なので、必要最低限の一発で終わらせるようにしているのだ。合理的っちゃ合理的。暴力的っちゃ暴力的。しかしそれが斑目さんの魅力なのだ。圧倒的な強さを固持しながら、それをおくびにも出さずに平然としている姿はまさに能ある鷹だ。

「んなカッコいいもんじゃねえよ」

斑目さんは苦笑するが、そんな俺も斑目さんに憧れてチーム入りして(審査とか特になくて勝手に募りに参加してたら自然と周りに認知されていた)、今やお話できる立場になっている。
チームに顔を出すようになって数日後、斑目さんに「なんか毛並みが違うのがいる」と見出だされ、「癒される」と粋がって染めたばかりの茶髪を撫でられ、「お前は何もしなくていーから」とただ側に置かれている。
他の人達曰く「朝岡は弱そうだから、そこが一番安全だな」と嫉妬もなくただただ哀れみと同情的な視線を向けられている。失礼な。そうして俺の日課がシャドウボクシング(悔しいかな陰ながら猫パンチと呼ばれている)になっているのを今度は生暖かく見守られているのだが、全くもって遺憾である。

「あさぁか」

斑目さんは俺を「あさおか」ではなく、気の抜けた欠伸のように「あさぁか」と呼ぶ。斑目さんに呼ばれるなら何だって良いし、何なら斑目さんは他の人はあんまり覚えてないみたいだから、少し気分がいい。

「はい!何ですか!?」
「暇だから外出てくるけど」
「お供します!」

斑目さんは皆が集まっているのは嫌いじゃないんだろうけど、騒がしいのが好きじゃないから、よく溜まり場から気付けば一人で抜けて散歩に出るのだ。結局はそこでまた絡まれたりするらしく、どこにいようと安息の場がないと言っていたので俺はそれを聞いてから「俺が癒しなら話し相手として連れてって下さい」と志願して、今じゃこうしてお供させてもらっている。背後で聞こえる「ペットの散歩は飼い主の義務だから」て言葉はスルーする。
斑目さんには「危ねぇかもよ」って言われたけど、「お守りするんで大丈夫です!」って言い返したら、斑目さんはビックリした顔をしてから、「よろしく」って、また頭を撫でてくれたのだ。

「昨日、あさぁかから貰った菓子、あれ美味かった」
「あれはですね、ばあちゃんが送ってくれた信州限定味のなんです」
「信州か、行ったことねぇな」
「今度行ってみます?ばあちゃん色男好きなんで歓迎されますよ」
「なんだそれ」

クスクス控え目に笑う斑目さんを見てると、面白い話をしたつもりはなかったものの、俺もつられて笑えてしまう。
斑目さんは争い事も暴力も好きではないから、いや、俺だって好きじゃないけど、こうやってのんびりしているのが楽しいらしく、よく笑うようになったと思う。噂を聞いてから初めて姿を見た時は、近付くなオーラというか、殺伐とした空気感にビビったものだ。それが今じゃ、俺が分けてあげたリンゴ味のハイチュウが美味いと言っている。平和だ。

「あれ、斑目さんじゃないっすかー?」
「あれれ、じゃあお隣さんが噂の子猫ちゃん?」

そんな穏やかな空気を裂くように、金髪と野球部より薄い坊主の二人組が前に立ち塞がった。あきらかに良くない雰囲気。
お隣さんって俺の事だろうけど、子猫ちゃんって俺の事?子猫って、噂って・・・は!まさか俺の猫パンチならぬシャドウボクシングのへっぽこ加減が知れ渡っている!?おお・・、これは穴があったら入りたい。みっともなさで赤面して俯いてしまうと、隣の斑目さんから舌打ちが聞こえた。あああ、すみません斑目さん。斑目さんの名に泥を塗るような真似をして。

「どっちに用事?」

イライラを隠してない声色で斑目さんが二人組に問うた。空気がビリビリしている感じ。

「いやぁ?別に喧嘩しに来た訳じゃないしぃ?」
「せっかくだから、ちょっと子猫ちゃんのお顔見ておこっかなーって」

人の近づく気配に顔を上げると、思ったより近くに二人組が立っていて、一歩下がるより前に金髪の方に顎を掴まれ無理矢理正面を向かされた。
(!!?)
ニヤニヤしながらじっくり見られている。不気味さにゾッとした途端にバチッと斑目さんがその手をはたき落としてくれて、頼もしさに胸が熱くなる。

「え、何?痛いなぁ」
「触ってんじゃねえよ」
「自分はいいのに?」
「ハア?」
「こうやってんでしょ?」

ぐわし、と金髪に頭を押え付けられて、わしわしと髪が擦れるくらいに痛く前後左右に撫で回された。
え、なになに、摩擦で剥げそう!頭が揺れて目眩する!

「ッ、おい!」

またも斑目さんが腕を引いて助けてくれたけど、目の奥がくらんくらんして足取りがもたつくし、今ちょっと真っ直ぐに斑目さんが見れない。大丈夫だと言いたくても、空気を吸い込むとむせてしまった。

「・・・お前ら」

斑目さんの声がぐっと低くなる。
(あ、あ、ヤバい、喧嘩になる)
これは俺が売られた喧嘩じゃないだろうか。斑目さんに買わせるなんて、恐れ多いし、申し訳ない。斑目さんは暴力が好きじゃないのに。

「ま、斑目さ──」
「ぶっ殺す」

斑目さんの背後に放り出されて、振り向いた時には地獄絵図。もちろん閻魔は斑目さんだ。坊主のお腹に一発入れて、金髪の後頭部を掴んだかと思えば顔面に膝を決めていた。血が、相手から鼻血がボタボタと。そこで終わると思いきや、地面に投げ捨てた金髪の手を思い切り踏み躙って、一言。

「触んなつったろ、オイ」

お、俺の事だろうか。舎弟を、いや、ペットを無断で触られるのは癇に障ったのだろうか。そりゃかなり悪意ある触り方だったけども。でもそこまでぶちギレなくても・・・なんておろおろしていると、立ち上がった坊主の顔面に右ストレート。今、血と一緒に飛んだのは歯じゃなかろうか・・・。

「ま、斑目さん、やめ──」
「来んなテメェ!邪魔なんだよ!」

知ってました!知ってましたけども!
そうこうしてる間に再び金髪の方に視線を向けて、足を向ける。
いやいやいや!ヤバいヤバいヤバい!
来るなと言われたけど、もつれる足を叱咤して、タックルするように斑目さんの背中に飛び付いた。斑目さんの体が強張ったかと思えば、しばらく荒い息を繰り返してから、はーっと深く息をつき、俺の手を掴んでくるりと方向を変えた。

「戻るぞ」

後ろの屍のような二人には申し訳ないけど、俺は急に気性が荒くなった斑目さんの方が気掛かりだ。
帰りの道すがら、斑目さんはずっと俺の手首を掴んでズカズカと先を歩く。俺も必死について行くが、横並びになれないのはお察しの通り足の長さが違うからである。

「悪かった」

斑目さんの小さな声は風で掻き消されそうだったけど、謂れのない言葉に頭にハテナが浮かんだ。

「え?いえ、斑目さんが謝ることは何もなくて・・・あの、俺の方こそすみません」
「何が」
「よ、弱くて・・・情けないです」

何が守るだ。実際は役立たずじゃないか。分かってたけどさ、斑目さん俺といる時たくさん笑ってくれたから、それでもいいかなぁなんて思ってたのに、結局は俺がいるから余計な喧嘩しちゃってさ。

「そんなん始めから期待してねぇよ」
「あ、そっすか」

・・・もう散々。





「どうした朝岡〜、今なら猫のが強いぞ〜」
「猫にかつお節ならぬ朝岡にハイチュウだ〜」

スパーリングに付き合ってくれる仲間が笑うどころか心配そうに聞いてくれるけど、俺にはどうしたって力が入らない。口に放りこまれた好物のハイチュウすら噛む力がない。
さすがにあれから斑目さんの側にいるなんて出来るわけもなく、修行期間と題して俺は一人立ちしていた。だって斑目さんは一発KOの王者で、二発三発なんて聞いたことがないし、ましてや血を見るなんて・・・足手まといの俺がいたから、きっと完膚なきまでに・・・はぁ。

「斑目さんに合わせる顔がない」
「いや、ちょっと面貸せ」
「ぎゃあああ!」

独り言に返事がついたかと思えば、それは数日ぶりの斑目さん本人で、めちゃめちゃビビった俺は口から心臓が出てないことが奇跡なくらいだった。
指で耳を押さえていた斑目さんが、苦笑いしながら「うるせーよ」と言う。首根っこを掴まれ猫のように連れていかれたのはニーケの集い場になっている倉庫の隅だ。二階や個室はないけど、誰かが持ってきた斑目さん用の皮張りのソファーがある。その上にポイッと放られた。

「いてっ」
「あいつらに話つけてきた」
「あ、あいつら?話?」

転がったソファーの上で、慌てて靴を脱いで正座をすると、隣にどかっと斑目さんが腰を下ろした。弾みで体が揺れる。

「だから、こないだの奴らに、二度とお前に手を出すなっつー」
「えええ!?な、なん、なんで・・・っ」
「怖かったろ?」

ん?怖──かっただろうか。
確かに雑な扱いは受けたけど、俺がぼけっとした性格ってのもあるんだろうけど、隣に斑目さんがいたから、別に・・・。
俺が首を横に振ると、斑目さんは口を曲げた。

「お手を煩わしてしまいましたけど、斑目さんのお陰で、怖くは・・・」

しょぼくれながら言えば、斑目さんが親指を自分に向けた。

「俺は?」
「へ?」
「俺は怖くなかったか?」
「え、何で?」

ころりとタメ語が出てしまって、慌てて口を塞ぐ。ああ、斑目さんが理解できないと言わんばかりの表情で、眉間にシワを寄せている。質問を質問で返すなんて馬鹿か俺!聞かれたことにはきちんと返さねば!

「いや、あの、俺のこと庇ってくれたわけですし、斑目さん、本当は暴力的じゃないって知ってるし、えーっと、血にはビビりましたけど、だからって怖いとかは、別に・・・はい」
「お前の事、邪魔っつった」
「事実ですよね・・・」

ははは、と笑って見せるがそれもだんだん小さくなる。
斑目さんに憧れてチームに入って、なのに逆に守られて、手間かけさせて、面倒くさいし情けないし、我ながら哀れだろ。

「俺は・・・俺は斑目さんに嫌われるのが、怖い、です・・・」
「ねぇよっ!」

突然の大声に、背筋がピーン!となった。
目も覚めるようでパチパチとまばたきを繰り返す。

「は〜、それこそねぇわ・・・」

頭を弱く振る斑目さんが肩を落としているが、俺は言葉の選択を間違えただろうか。そっと顔を覗き込めば、鋭い目付きを間近でとらえてしまって思わず仰け反ってしまった。

「いいんだな、あさぁか。今は良くてもこれから先怖い目も痛い目もみることになるぞ」
「え、今更です」
「離してやんねぇぞ」
「むしろ斑目さんが喧嘩しなくていいように、俺、頑張ります!」

シュッシュと繰り出したパンチは、呆気なく斑目さんの片手に納まって、渋い顔を作られてしまった。

「だから!お前は頑張んなくていいんだよ!」
「ぎゃっ!?」

いきなり抱き込まれて目を白黒していると、斑目さんの肩越しに両手で目を隠しながら、それでも指の隙間からこっちを見ている連中と目があった。
奴らが『斑目さんと朝岡を見守る会』なるものを結成しているなんて、この時の俺は露ほども知らなかったのだった。



おわり



イメージはドーベルマンを守る子猫です。

小話 66:2017/11/26

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