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鮫島が口元のピアスを外す時がキスの合図だ。
前に舌とか歯が当たったりしたら怖いと言ったら、次から律儀に口ピを外し、身を乗り出してキスをするようになってきた。
しかし考えたらキスをしている間、鮫島の唇には穴が開いているという事になる。何それ、すごい恐怖。だって本来なら穴なんて空かない場所だし、万が一バイ菌が入っちゃったらなんて考えたら、すげー恐怖。
だから鮫島とキスする時は歯も唇もほぼ食いしばってるのは俺なりの鮫島への配慮であって、「へたくそ」って鮫島が毎度笑うのは納得いかないんだけど、鮫島の笑顔に弱い俺は、不服に不貞腐れるの事しか出来ないのであった。

そして完璧余談だけど、この、ピアスを外している間の何とも言えない時間よ。
今からしますという仕草をする鮫島。
それを静かに待っているという俺。
ものすごーーく、居たたまれない。

「口ピやめたら?」
って昔に一度だけ提案した事もあるけど、言えば鮫島はニヤッと笑って
「それって24時間俺とキスしたいってこと?」
って言ってきたのを慌てて否定した。
別に、そんな常にキスしたいって訳じゃないし、俺が俺より付き合いの長い鮫島のピアスにあれこれ言う資格なんて、ないし。






「もうキスしない」

ある日の突然の発言に、鮫島は缶ビールを口につける手前で俺を見た。黒髪に青色のメッシュがキレイに入った事を上機嫌に謳っていた夜の事だ。


──大学生活の傍ら、バンド活動もしている鮫島は出会った当初から口にピアスがついていた。
高校時代に軽音部に入っていた友人がバンドデビューするからとの報告を受け、地元のライブハウスに足を運んだのが始まり。友人の番が終わって、同行した奴らと後ろのカウンターでドリンクを飲みながら他のバンドを眺めていた時だった。
「次、くるよ」
誰かが言った。ざわつき始めたと思ったら、交代で入ってきた五人組。ギターから入り、重なるドラムにベース、キーボード、そしてボーカル。殴るような、圧倒的な強さと重みの音楽。疾走感。一斉に沸いたハウス、熱狂。
釘付けというのはこの事だった。
時間をフルに使って五曲、MCを挟まずに演奏し続け、最後にボーカルが肩で息をしながら「ありがとうございました」と一言。それで終わり。しかし今日一番の歓声だった。
(素人のライブかと思ってたけど、レベル高ぇ)
心臓はバクバクと高鳴っていた。

──ライブ後に友人と落ち合う為にハウスの裏口で待合せをしていたら、そこには既に大勢の女性が待ち構えていた。

「あれって最後のバンドの出待ちだろ?」
「あぁ、確かに凄かった!」
「アイツにファンは付くのかね」
「無理だろ、今日かなりあがってた」
「アイツは文化祭でもそうだった」

皆でケラケラ笑いながら本日敢闘を見せた友人を話題にしていると、出待ちの女性陣から黄色い声が発せられた。驚いて振り返れば、彼女達待望のバンドが出てきたところで、素人ながらにこんなにもファンが付くのかと驚き半分、納得半分。
少しのミーハー心で女性陣からの手紙やプレゼントを断りながら駐車場へ向かう御一行を目で追っていると、その中の一人、ステージで左側に立っていたベースの人──鮫島が、俺を指差して「あ、」と言った。その口には今と同じピアスがあって、指にも厳ついリングがはまっていたのを覚えている。今まで関わることのなかった人種と、先程のカッコいい演奏者に指をさされて身構えてしまえば。

「お前、口開けて見てたな」
「へ?」
「あ、それ。今みたいな、ぽかーんって感じの間抜け面」
「まぬ、っ!」
「カッコよかっただろ」

存外、少年のような笑顔で問われ、素直に頷いた。そこから公認のファンとなりお気に入りになって恋人になったのは、驚くほどにトントン拍子だ。ちなみにバンドデビューした友人はあがり症なのが致命的だと、鮫島にアドバイスされて落胆していたが、頑張れとしか言いようがない。


──話を戻そう。
あれからしばらく、鮫島達のバンドはインディーズデビューして固定ファンも前よりたくさんつくようになった。音楽はもちろん、彼らのビジュアル面もその一端を担っている事間違いない。確かではないが、学生のメンバーが卒業したらどこかのレーベルに所蔵する、所謂メジャーデビューも視野にいれてるそうで。
つまり、鮫島の身体は鮫島だけのものでは無くなってしまったのだ。
だから俺はもう昔と違って、鮫島の象徴的なピアスに口出し出来ないし、俺のせいで化膿なんかしちゃったりしたら、もう、もう・・・!

「しないって、なんで」
「いや、だって」
「ああ、ピアス?そんな嫌?」
「嫌じゃないよ」

唇を引っ張りながら言う鮫島の片眉がひくりと上がった。
ピアスは本当に何より似合ってるし、バンドのロックテイストの雰囲気にも合ってる。それはファンの中でもそのピアスがどこのブランドか調べあげて、同じ位置に穴開けてる人もいるくらいだ。
それを俺とのキスの為だけに何度も付けたり外したりしてるのって、正直言って、少し優越感だけど、だけど。

「鮫島はさぁ、もっと自分を大事にしてくれよ」
「・・・解りやすく言え」

飲むタイミングを逃したビールはテーブルの上に置いて、真っ直ぐに俺を見る。鮫島ってちょっと目付き悪いから少し怖いけど、前髪の長さがカバーしてくれてるから見るに、やっぱりビジュアル補正って大事なんだな。しみじみ。

「〜だから、鮫島のそこが化膿したり、切れたりしたら嫌なんだってば」
「春野は我慢出来んの?」

被せぎみに、眼光鋭く鮫島が言った。

「俺とキスしたくねぇの?」

更に言う。
え、と言葉に詰まると同時に顔が赤くなるのが解った。いや、我慢とか、したいしたくないの話じゃないし、一生しないって言ってる訳じゃないし・・・って説明をするのも恥ずかしい気がする。だって本当はしたいみたいな。
しどろもどろしている俺を畳み掛けるように、腰をずって鮫島が距離を詰めてくる。

「春野が俺とのキスを熱烈に所望してる事はよく解った」
「熱!?え、違っ」

なんか一人で頷いて、勝手な事を言ってくる。

「俺はしてる」
「へっ?」
「キスする度に嫌そうな顔するし、ピアスなかったら、もっと激しいやつしてくれんのかなって思ってた」

メッシュに併せたという深い青のカラコンで見つめながら、おかしな事を言ってくる。

「別に訳あってしてんじゃねぇし、ピアスやめる」
「ちょっと待って、違う」

言うや、キャッチに手をかけて外しにかかる。

「春野とのキス以上に優先させるもんなんかねぇだろ」
「や、ちょ、あるだろ!」

バンドのビジュアル調和!ファンの皆様!
俺の抗議も虚しく、放物線を描いたピアスは、見事ゴミ箱にゴールした。もう一度それを拾ってつけろなんて、衛生的に言えたもんじゃない。

「あ、そうだった」
「?」

そっちを見ていた俺の顎を、グッと掴んで無理矢理正面を向かせられた。首、変な音した。

「口ピがなかったら、春野が上手いキス、してくれんだっけ?」

ピアスの穴が開いた場所を、鮫島が自身の舌でベロリと舐めた。あ、と思う間もなく鮫島の顔が近づいて、シャットダウン。


「──つか、ピアス一つで差障りあるわけねぇだろ・・・何事かと思ったら、アホらし・・・」

焦った様子で鮫島が呟いたのを、俺は酸欠でばたんきゅーしていたから知るよしもなかった。



──それからと言うもの、計算外だ。弊害が生じた。
あれから鮫島がピアスをしなくなった事により、鮫島がキスしてくる合図なるものがなくなったので、俺は不意討ちでガブリとくるソレに心臓がついていかないのだ。
外す仕草があった方が、まだ心構えが出来て心臓に優しかったと気付くのは完璧後日談で。
加えて──

「お前俺のピアスのせいにしてたけど、普通に下手くそじゃねぇか」
「ぐぬぬ・・・っ」

──自分すら知らなかった、知りたくもない事実を知ってしまうのであった。



おわり



05/23がキスの日だからその日くらいに書いてたのに気づけばもう秋。


小話 65:2017/11/21

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