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初恋、初失恋、初やけぐい。
最後のはちょっと色気がない。目尻の涙をグイと拭って、涼は一息ついた。

「ふふっ、泣き顔ブサイク」
「うるさい」
「泣くか喋るか食べるか、どれかにしなよ」
「・・・」
「あはは、食べるんだ」

ファーストフード店の奥を陣取り、涼はハンバーガー片手にポテトを黙々と口に詰めた。正面で笑いながらその姿を見ているのは友人の航だ。たまにすらりとした指で涼のポテトを一本つまみ、ニコニコしながら恋に破れた友人を眺めている。


高校生になった涼の初めての恋は、先程終わった。
一般的な初恋より遅めなのは仕方がない。小学校までは休み時間も放課後も友達と遊ぶのに夢中だったし、中学校では可愛いと思う子はいるにはいたが、じゃあ好きか、付き合うか、キスできるかと言われたら顔をしかめてしまう。そして高校。まさに一目惚れ。自分は彼女に初恋を捧げるためにとっていたのだと錯覚するくらい、連日クラスメイトの彼女を目で追っては胸をときめかせていた、青い恋だった。
二年に進級してクラスは離れたが、それでも目で追うのを止められない時を過ごしてしばらく、今さっきの事だ。
実は卒業式に先輩に告白して、OKもらって付き合ってるのとクラスが離れてしまった彼女が廊下で友達に話していたのを聞いてしまったのだ。

涼の時が止まった。
涼の後ろで航が「あら」と小さな感動詞を上げた。


ポテトとハンバーガーを交互に食べても、成長期の男子の胃袋は底知らずである。おまけに今は自棄になっているのでいくらでも詰め込めそうだと、涼はトレーの上に敷かれたバイト募集の広告を見つめながらアイス烏龍茶にさしたストローを奥歯で噛み締めた。

「初恋は実らないって言うけどさ、それはそれで仕方ないっていうか、なるべくしてそうなるもんだよ」

涼が一息つくと、今まで見守るように頬杖をつき穏和な表情を浮かべていた航が口を開いた。
どういうことだと顔を上げれば、航はずっと涼を見ていたようで視線が間近でかちりと合う。

「だって初めてなんだから、勝手がわかんないんだよ?上手くいきっこないよ。涼ちゃん、ただでさえ不器用なんだし」

ムッとしたのは一瞬で、ぬるくなった烏龍茶が喉元を過ぎるときには「確かに」と頷いた。
思うだけで行動に移せなかった結果がこの様である。
連絡先を知るどころか、まともに話すのもやっとの恋だった。朝に一度挨拶ができれば良い方で、雑談したり言伝が目的にしろ彼女に名前を呼ばれれば、ただそれだけでガッツポーズを小さくしたものだ。・・・そんな涼の姿に幾度と航は「小学生かな」とツッコミを入れていたが、涼の耳には届いていなかったらしい。

もし、もう少し話すような関係になれていたら、頻繁に連絡をとるくらい仲良くなれていたら、一緒に帰ったり遊んだり出来たかもしれないし、彼女に好きな相手がいるのを知れていたかもしれないし、自分に振り向かせる努力をしていたかもしれない。
失恋した今、ただただ自分の無力さを嘆くだけである。

「・・・航は?初恋、どんな?」
「俺?人妻」
「えええっ!?」
「あはは。近所のケーキ屋のお姉さんだよ。嫁いでケーキ屋さんになったお姉さんを好きになったって話。五歳の時にね」

五歳で初恋。涼は感慨深そうに「へぇー」と声を漏らした。自分が五歳の時なんて、戦隊ごっこに勤しんでいた記憶しかないというのに。
すっかりストローを噛むのをやめて口先でただ挟んでいたら、航の笑った吐息が聞こえた。

「・・・さっきから航、よく笑うね。馬鹿にしてる?励ましてる?」
「んーん、どっちもハズレ」

と言う割りには楽しそうに、相変わらずの笑みを浮かべている。
この笑顔がモテる秘訣だろうか。涼は過去の自分と航を比べた。彼女の前では硬派を気どって無愛想、または緊張のせいでぶっきらぼうだった気がする。反省しかない。

「涼ちゃん、今“あの時ああしとけばよかった、こうしとけばよかった”って、色々思ってるでしょう?」
「え?・・・あー、うん」
「初恋は初めてだから失敗するけど、だからこそ、そこから色々と学んでいって、次の恋はきっと上手くいくって、僕は思うんだ」

次の恋。
それがいつかは解らないが、確かに次の恋は後悔のないものにしたい。見ているだけでは終わらせたくない。せめて相手に思いを打ち明けれるようにはなりたい。
涼は小さく頷いた。気持ちが落ち着けば、ようやく胃袋の重量を実感できた。

「だから涼ちゃん」

航の両手がカップを持っていた手を握る。

「俺と二番目の恋をしよう」

そして、至極真面目にそう言った。

「あ?」
「大丈夫。きっと上手くいくよ。なんせお互いのセカンドラブなんだから」
「セカ?え、お前何人か彼女いた・・・」
「うん?大事なのは彼女の存在より俺の気持ちの在処だよ」

つまり歴代の彼女はお遊び、仮初めの恋であったと、女子なら心をときめかせるであろう無垢な笑顔で告げる男の、なんと最低な発言だろうか。
それになにより涼は男だ。

「いやもう、さっきまで目から鱗だったのに」

笑いながら航の手を払い除けて、中の烏龍茶を一気に飲み干した。蓋を開けて氷をもガリガリ噛み砕く。細かくなって舌の上で溶けたそれを飲み込むと、なぜかスゥっと息の通りがよくなった。

「あー、でもなんか、元気でた。ありがとう」
「本当?じゃあ次は俺でどう?」
「ねぇよ」

ウインクを決めた航に笑いながら、涼は友人の存在にこっそりと感謝する。
このやり場のない気持ちの吐露や、馬鹿げたやけ食いにつきあってくれた上、ジョークで和ませ次の恋へと前向きに進めてくれる友人。何ていい奴。この友人を大事にしようと心に決めて、残していたポテトを黙々と食べ進めた──が。

「二番目を成功させたいの、涼ちゃんだけじゃないからね」

航が低く低く呟いた台詞に(そりゃそうだ)と気を抜きながら相槌を打ったが、彼の発言は決してジョークでも気休めでも励ましでもなかったと涼が知るのは翌日、航からの告白に度肝を抜かれた時だった。



おわり

小話 64:2017/11/17

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