63



※「26」の続編、仲良くなるまでの話








「仕返ししたくないですか?」
「え?」
「リベンジしましょう!矢野さん!」
「え、え、なんの話ですか?」

戸惑う矢野をよそに、某テレビ局の会議室にて、数名のスタッフが勝手に拳を握り、燃えている。
このスタッフ達は見覚えがある。
以前、確か半年ほど前に矢野が出演した映画の番宣の為に訪れたこの局にて、なぜか同じ名目で控え室に籠っていた共演者の紺野翼に好きだなんだと言い寄られて困惑し、それが全てドッキリ番組の企画だとしたり顔をしてネタバレしてきたスタッフだ。
つまり、今回のリベンジとは──

『リベンジマッチ!紺野翼にドッキリをしかけよう〜役者を舐めるな〜』

──との事だった。ホワイトボードと渡された企画案にそう書いてあるからそういう事なんだろう。この業界、考えたらダメな事のが多々あるものだ。

持ってきた話のドッキリ内容は前回と全く同じ展開で、今度は矢野が紺野に言い寄る役割りである。スタッフによると、あの時のドッキリ企画は世間では『神回』と称され、しばし話題にあがったらしく、是非とも続編をとの事だった。
エゴサーチやSNSの類いに興味のない矢野にとっては寝耳に水で、隣に座るマネージャーに視線をやれば満足げに頷かれたので事実のようだ。

(あぁ、翼君演技上手かったし、ファンじゃない女の子にも評判良かったんだろうなあ)
あれをもし自分がされた告白だと当てはめたら、世の女性は卒倒ものだろう。
・・・よもや卒倒ものの対象に自分も入っていることなんて露知らず、矢野はふむふむと独り合点していた。

(翼君、久しぶりだなあ)
同じ業界とは言え畑違いの二人は、同じ仕事もなければ同じ局にいようとすれ違うことすらない。
映画の撮影からPR活動までは仲良くしていたし、連絡先を交換したのでメールやらでのやりとりは何度かあるが、顔を合わせたのはあれから一度、満員御礼で都内の映画館数ヵ所を一日で回ったのが最後だと思い返す。
どうしますか、と声をかけられて意識を戻した。どうするも何も、スタッフの話が自分の元までくるのに直通な訳がない。事務所はこの企画にOKを出したのだろう。だとしたら矢野も快諾するのも想定内のはずである。それになにより楽しそうだ。

「そうですね。役者として、演技で見返したいですね」
「じゃあ、やりますか?」
「やりましょう」
「ぎゃふんと言わせますか?」
「言わせましょう!」

ガシッとプロデューサーと握手を交わし、周りのスタッフが手を打ち鳴らす。
少し圧倒されつつあったが、バラエティーを楽しもうと決めた数週間前の出来事だった。





そして矢野は今、局の楽屋前に立っていた。
ネームプレートは【紺野翼】。偽特番の番組名も並んで掲げてあるが、これも勿論嘘である。
偽の番組収録の為に呼び出した紺野の元に矢野が訪ね、言い寄るというベタな流れである。ちなみに来月からの舞台告知もネタバレ後にするつもりなので張り切っている。

(うわ〜、仕掛けるのも緊張するな)
なんせ一方的な一人芝居。あらかた台本はあるものの、相手の反応によってはアドリブ勝負だ。
『とにかく紺野さんをあたふたさせて、面白いリアクションを貰ってきてください』
番組からの中々に難しいミッションだが、これを前回紺野は受けて、してやられたのだから矢野も負けてはいられない。
今回はカメラの位置も、その数も、自分達のやり取りをスタジオで見ているドッキリ番組の出演者も知っている。
(じゃあ、行ってきまーす)
楽屋から離れた廊下脇のカメラに手を振った。
ドアをノックすると、明るい声が返ってきた。一呼吸おいて、ノブを回す。矢野のドッキリ仕掛人が始まった。

「おはようございまーす・・・」
「・・・えっ、矢野さん!おはようございます!」
「久しぶり。今いいかな?」

紺野は読んでいたらしい数枚の資料をすぐにまとめて片付けると、どうぞどうぞと重なった座布団の一番上を一枚とって、素早く畳の上に置いてからポンポン叩く。ここに座れと言うことだろう。
矢野は隠しているカメラ位置を気にかけながら、有りがたく腰をおろした。紺野が誘導した位置は、奇遇にも複数のカメラから捉えやすい位置で、なんならすぐ側の観葉植物のなら紺野の表情撮り放題だ。事前に隠しカメラで様子は窺っていたものの、ヘッドホンで音楽を聞いていたり居眠りしてたり、そもそも無視されたらどうしようかと思ったが、歓迎されて一安心だ。

「どうしたんすか?なんかありました?」
「うん。今日はちょっと収録でね。通り掛かったら楽屋の翼君のプレートが目に止まって・・・気になって・・・」
「気になって?」

菓子盆を置き、ペットボトルの緑茶を紙コップに注いでくれながら「何に?」と話を促してくるので、好都合とばかりに矢野は言い淀むふりをしながら口を開いた。

「僕、この前翼君に好きだって言われてから、翼君が気になっておかしいんだ・・・」

シャツの左胸辺りをぎゅっと握って、紺野の眼をじぃっと見つめる。カラーコンタクトだろう彼の眼は最後に見たときと違い、オリーブのような緑色になっていた。
しかしずっと見続けるのではなく、一瞬強い視線を印象付けさせてから、すぐにその視線を下に落として恥じらいと困惑の表情を作る。

「・・・え?あの、それって?」
「ごめん。あの告白は単なるドッキリで演技だって解ってるんだけど・・・でも、あの時から翼君の事、忘れられなくて」

弱々しく頭を振って、語尾を弱く、小さくさせる。

「マ、マジで言ってます?」
「・・・うん」

ちらりと上目遣いで紺野の表情を盗み見るが、男らしく骨張った大きな片手で口元を覆っている為によく解らない。
しかし漏らす言葉は「やべぇ」や「えぇ・・・」等、明らかに戸惑いのものだ。
よしよし、困ってる。
矢野は以前の自分を思い出して少しは同情するが、すぐにこれはリベンジだからと翻る。
前回みたく、矢野は紺野にされたように空いた方の手をぎゅっと握った。

「翼君、僕、君が好きだ」

最後に台本通りの決め台詞をビシッと言えば、うぐぅ、と一瞬変な声でむせてたが、マイクはちゃんと拾っただろうか。そして紺野は胸をつかんでよろめくと、そのまま畳の上へ大の字で盛大に倒れてしまった。両手で顔を隠しなが唸っている。今、ものすごい音がしたが後頭部の安否は・・・。ていうか、倒れなくても。失礼だな。面白いけど。
(「いやいやいや!マジ無理っす!」くらい言われるかと思ってたけど)
矢野は紺野が自分を見ていないのをいいことに小さく噴いて笑ってしまった。
(翼君、リアクションいいなぁ)
これならドッキリ的にも大成功だろう。そう踏んだところでそろそろハッキリとネタばらしをしよう、撮れ高バッチリだろうとソロリと立ち上がって近寄れば、それは次の紺野の行動によって飲み込まざる得なくなってしまった。
ゆっくりと起き上がった紺野が畳に跪き、矢野の手を両手で握りこんで、アイドル誌が欲しがるほどに眩く微笑んだからだ。

(あれ?デジャヴ──)
紺野による迫られ方が前回みたいな・・・え、迫られてる?
矢野が脳裏にフラッシュバックした場面と目の当たりにしている現実が重なったことに固まってしまった隙に、紺野は握った手を離して腕をなぞりながら両肩に手をかけた。

「ありがとう、矢野さん、嬉しいです」

(・・・んっ!!??)
紺野の腕が優しく背中に回り閉じ込められると、嫌悪のない微かな香水の匂いに包まれた。

(ひぇっ!!?)
つまり抱き締められているのだ。

「あ?ちょ、ちょっと翼君、うそうそ、嘘です」
「あぁ、もう、すっげぇ嬉しい」
「翼君、あのこれドッキリ、ドッキリだから」
「俺も矢野さん──恭平さん、大好きです」

紺野の背中をタップするが、全く相手にされていない。むしろ抱き込む力が増しているような。

(あ、あれ?)

──おかしい。
矢野は押し付けられた意外に逞しい紺野の胸板から首を捻る。打ち合わせでは、矢野がネタばらしをするとスタッフが突入してくるはずだったのに、それがない。

「恭平さん、俺言いましたよね?ずっと前から憧れてて、マジで好きだって」
「え、あ、うん」
耳元で確認するように囁かれ、矢野は思わず頷いた。
「だから、こないだのドッキリより前から好きなんです」
「ありがとう?」

紺野が自分のファンだとは知っている。なんなら自分だって歌手・紺野翼のファンだ。
疑問系ながら返事をすれば、ようやく紺野は体を離してくれた。複雑そうな顔をしているが、こっちだって複雑だ。ドッキリはどうした。スタッフはどこいった。これは成功なのか何なのか。
等と矢野が思案していると──。

「矢野さん、ドッキリです」
「ひっ!?」

突如、紺野の後ろのロッカーがバーン!と開いた。
ドッキリ企画を持ち掛けたスタッフ、手にはハンディカメラ、着ているのは番組のロゴが入ったパーカー。
察してコンマ二秒で紺野を突き飛ばした。畳に不様に吹っ飛ぶ紺野も、ニコニコしているスタッフも、その手にしているカメラも気にせずに両手で顔面を覆った。

(ま、まさか!!)

そう。これはドッキリだ。しかしそれは逆ドッキリ。仕掛人のはずが、ターゲットははじめから自分だったパターンのやつだ。
ドヤドヤと入り口から多くのスタッフが入ってくる。強い照明、マイク、カメラ、あぁ、皆憎たらしいほどいい笑顔。矢野は指の間からスタッフを睨み付けた。しかしそこは一応バラエティー用の、少しコメディめいた表情だ。

「ちょっと、ちょっと、もう・・・」
「いやぁー、矢野さんスゲェ可愛いー!キュン死にしそー!」
「翼君うるさい!」

畳に転がったままの矢野が腹を抱えてケラケラ笑っているのを叱りながら、渡されたイヤモニを慣れた手付きで耳にする。聞こえる声も、前回同様のドッキリ番組のMCで、本当は自分が「やってやりました」と言うべき相手だ。

「あの、何ですかこれ。話が違うじゃないですか。何でこんな・・・え、打ち合わせの時からカメラ回って──ええ、あれ翼君裏で見てたの?いや、やけにすんなり話が進むなとは思ってたんですけど、そりゃそうですよね。あぁ、もう、もう!」
「俺全然だましてないですよ?ノー演技です」
「ちょっともう意味わかんない」

もぞもぞとマイクを付けながら話に加わる紺野が、カメラに収まるように横並びになる。

「恭平さん、俺どうでした?」
「どうもこうも、ドキドキしたよ」

スタジオからは『おおっ』やら『きゃあ〜』やら様々な反応が聞こえてくるが、聞いて仕掛けた当の本人は目を丸くしていた。

「翼君、何かいい匂いするし、手ぇ握ってくるし、抱き締めてくるし・・・予想外で、天性のひとたらしって感じでした」
「え〜〜っ」

どてー、と畳に転がった紺野にスタジオから笑い沸き上がった。
翼君、演技だけじゃなくてバラエティーもいけるんだなと矢野が妙な関心をしていると、企画はとにもかくにも大成功として締めを迎え、最後に矢野が舞台告知をしっかりとして幕を閉じた。
矢野はまたもスタッフが隠しカメラを回収する姿を若干切ない気持ちで眺めつつ、別スタッフにマイクを預けながら衣服を整える。

「翼君は告知ないの?」
「俺、今日これだけです」
「えぇっ、そうなの?」

怪訝そうに紺野を見てみれば、楽屋の鏡で前髪を弄っていた。矢野には解らないが、1センチ、1ミリの違いがあるのだろう。鏡越しにニカッと笑って紺野は言うが、おおよそ歌手が請け合う仕事ではない。お給料は発生するとは言え、男に色をつけるようなこの仕事を受けるメリットは何だろうか。

「・・・ああ、そうか。また女の子のファンが増えるね。大丈夫、格好良かったよ」
「格好良いって思ってもらえたんなら万々歳です」
「そう言えば翼君、さっきもこの前も“演技じゃない”って言ってたけど、あれってどういう意味?」
「・・・あー」

紺野は矢野を振り返り、唇を噛みながらせっかく整えた前髪をくしゃくしゃと握りつぶした。矢野が口を挟めずにその姿を呆然と見ていると、しばらく考え倦ねるみたいに「ん〜」と呻き、パッと口を開いたので思わず身構える。

「・・・恭平さん、俺今日の仕事これで終わりなんすけど、良かったらご飯行きません?」
「え、あ、うん。僕も今日はこれで・・・仕事した感じしないけど」
「良かった。俺のサポメンに教えてもらったんすけど、中華すげぇ旨い所で。あ、中華好きですか?」
「高級食材以外ならなんでも好きだよ」

「なんすか、それ」とケラケラ笑いながら、紺野は自身のマネージャーに此処で解散の意図を伝えに行ったので、矢野も本日は他のタレントに付いているマネージャーに無事・・・ではないが終了した旨を連絡する為に通話を押した。
マネージャーもグルだった事に恨み節をぶつけると愉快な笑い声が聞こえたが、
「ドッキリキャラが定着しても嫌だしね、これっきりって断ってるよ」
と朗報を貰ったのであからさまにホッとして、あっさりと許したのであった。嫌と言う訳じゃないが、矢野の性格上、人を騙すのはやはり向いてないし、騙されるのも物悲しい・・・抵抗なく騙されてしまう自分が物悲しいのだ。
少し気を良くして通話を切ると、待っていたかの様に後ろから肩を叩かれた。振り返ると、先ほどロッカーから現れたスタッフが。

「矢野さん、お疲れ様でした〜!」
「あ、お疲れ様です。びっくりしましたよ、もう」

よもや今の話を聞かれてはいないかとドギマギしたが、スタッフは矢野の演技と騙されてからの狼狽えぶりがいかに良かったかを絶賛してきたので内心胸を撫で下ろした。話の内容は切なさがあるものの。

「そう言えば、最後ら辺何か喋ってた?」
「最後?」
「いやぁ、本当は紺野さんの“大好きです”って言葉を合図に僕がロッカーから登場する設定だったんだけどね、聞こえた時にマイクトラブルかな、ちょっとノイズ入っちゃって。小さな話し声が聞こえた気がしたから出ていくタイミング遅れちゃったんだよね。僕からはそっち見えないからさぁ」

ノイズ?と矢野は思い当たる節を探した。
そう言えば抱き付かれた時に、インナーに隠したマイクが衣服越しでお互いにぶつかった気がする上、言葉は囁くように小さかった、ような。
当の本人すら心当たりが無さげにぼんやりしているので、スタッフも一緒に首を傾げたが、そこは番組を作る側だ。出演者には不備がないのなら不安要素を取り除くかのように、すぐさま破顔した。

「でも美味しい映像は撮れてるし、他のスタッフからはOK出てるから、そこは“衝撃展開”ってナレーションでも入れとくよ」
「あはは・・・さすがにリテイクは勘弁して欲しいです」
「だよねー、あははー」

二人の笑い声に温度差があるのにスタッフは気付かずにいる。それならそれで良いので特に何も言わないが。

「じゃあ、今度は君んとこの芸人仕掛けてくるよ」
「はい、目一杯可愛がってあげてくださいね」

手を振り去っていくスタッフに深々と頭を下げて、ようやく今日が終了だ。
目を閉じて、一呼吸おいてから顔をあげると紺野がいた。「うわ」と声が出そうになったのを飲み込んで、代わりに待たせていたかと一言詫びた。
目の前の紺野はマスクの上からスヌードをグルグルに巻き、黒いキャップを目深に被って薄付きのサングラスをかけた、完璧な芸能人変装ルックである。
(僕、全っ然気づかれないからなぁ)
庶民派なのだと、ものは言いようで自身を励まして、なんだか眩しい紺野の隣に並んだ。付き人のようである。

「もう大丈夫です?」
「うん、行こっか」
「タクシー呼んでます。個室もとりました」
「お、大袈裟だなぁ・・・」
「何言ってんすか。恭平さんに何かあったら」
「・・・何があるって言うの・・・」

矢野に憧れを抱いているらしい紺野は「良さを解ってない」だの「世の中物騒」だのをぶつぶつと熱弁しているが、逆に矢野からしたら下手に紺野が街を出歩き店で騒がれるのが防げるので、まぁ良しとしよう。

「だから・・・って、恭平さん聞いてます?」
「聞いてる聞いてる」

局の入り口で紺野が振り向き問い掛ける。
そう言えばいつの間にか呼び方が矢野から恭平に代わっているが、

「俺、あの店教えてもらった時、絶対恭平さん連れて行こうって思ってて」
なんて人懐っこい笑顔の言うもんで、

(嫌じゃないからなあ)
それもまぁ、良しとしよう。



そして後日。
一部の視聴者からネット上で『安定の神回』と絶賛され再び高視聴率を叩き出し、局から表彰されるのはまだ先の話である。



おわり



名前呼びになってから仲良くなって、仕事じゃなくてもオフで連絡とっていく感じです。

小話 63:2017/11/06

小話一覧


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -