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好きになった相手が普段自分に鬱陶しくまとわりつき、見た目は愛らしい系で瞳の大きい小型犬のような奴らとも違って、こちらに関心も示さない容姿も成績も一般的な平凡な人間だと言う事は、加賀見が男子校で同性に恋に落ちた事に何ら差し障りはなかった。


「あー。いきなりこんなこと言うのもアレなんだけど、俺、芝山の事マジで好きで。付き合ってくんねぇかな」

告白という物自体が人生初めてだ。
ベタに裏庭の桜の木の下に呼び出した加賀見は柄にもなく緊張していた。今までそれに対しては受け身の立場でくらっていたが、右から左でろくに聞いてもいなかった事に少しの反省と罪悪感を感じつつも、紡いだ言葉は幸い相手には伝わったらしい。
きょとんとした顔から、返事を探るように視線が彷徨いた。
らしくもなく耳まで赤くした加賀見とその視線が交われば、地面にさっと伏せられて、ようやく聞こえた小さな声。

「俺、加賀見君の事、そんなに知らないし」

名前を呼ばれた。
それだけで加賀見の表情が明るくなる。

「俺の名前、知ってくれてんだ?」
「まぁ、有名だし、目立つし・・・むしろ何で俺って感じなんですけど」
「敬語やめろよ」

タメじゃん、と加賀見が苦笑すると、恋の相手の芝山は首を傾げた。
これが初めての会話で、学園内ではその容姿と素行の悪さがワイルドで憧れる・惚れる・抱かれたいで有名な加賀見に対し、とりたて騒がれるものを持ち合わせない芝山は、同い年と言えどかなりの距離を感じているし、若干怖いと言うのが正直なところだ。なんせ卒業した先輩方すら足に使っていた気がする。

「んじゃあ、友達から。な?」

桜の木の根本をじっと見ていた芝山の視界に、ずいと大きく無骨な手を出されて戸惑った。告白を断った手前、普通に友となる事すら断るのも気が引ける。
芝山の指先がピクリと動いたのを見逃すはずなく、加賀見は強引にその手を掬って握りしめた。

「よろしく、芝山」
「・・・よろしく」

かくして半ば無理矢理友人枠に収まった。
加賀見としては、とりあえず一安心だ。

(男を理由に断られなかった)

ここが男子校だからという理由で感覚が麻痺しているならこれ幸いだ。それをついて是非ともモノにしたい。

友達を免罪符に、その日から加賀見は芝山を構い倒した。クラスが違うが教室に通ったし、放課後は自分の遊び場に連れ回した。

「僕もう帰りたいんだけど」
「まあまあ、送るから」
「バイクはちょっと・・・」
「だぁい丈夫!超安全運転にすっから」
「じゃないと困る」

なんて、始めはあからさまに嫌な顔をしていた芝山だが、次第に普通の友人として話すし、普通に笑う。加賀見は芝山の事を芝と呼び、芝山は加賀見の事を自然と呼び捨てにするくらいには、二人の仲は良好の方に転がった。


「そう言えば、初めて芝を見たのって、あの裏庭の桜の木のとこだったんだよな」
「ん?」
「ウゼーのから逃げてたら、一人で桜見たまま突っ立ってる芝見つけて、一目惚れ」
「ぶっ!」

放課後のファーストフード店にて、ポテトのLサイズをシェアしながら駄弁っていた時の加賀見の発言に、芝山はアイスコーヒーを気管支につまらせた。
加賀見の言う“ウゼーの”とは、普段から彼を慕う生徒達の事だろう。自分よりよっぽど優れた容姿と取り柄を持つ彼らに好かれているというのに、目の前の男は自分が好きだと言っている。
突拍子のない発言に噎せ、鞄のポケットに入れていたハンカチを取り出して口元を拭くと、加賀見がテーブルの下に身を屈ませた。

「芝、何か落ちた」

鞄を漁った時に落ちたらしい何かを拾った加賀見に拳を差し出され、反射で手のひらを向ける。コロンと落ちてきたのは、日本発祥の世界的に有名なアニメキャラクターだ。

「ストラップ?」
「あ、うん。前に、付けてたやつ・・・」

そう言われると、芝山が今使っているスマホはシンプルにプラスチックケースのみだ。ストラップは付いてない。というか、芝山に好きなキャラクターがいるなんては初めて知った。可愛いなとも思いつつ、付ければいいのにと疑問も感じた。男子高校生が付けるのは恥ずかしいのだろうか。彼女とのお揃いや個人の趣味として堂々と付けてる奴は大勢いるのに。

(って言うか、芝とお揃いとか俺も欲しい)

芝山の手の上の物と芝山をチラチラと見てくる加賀見に、その持ち主は神妙な、思い詰めたような顔を作る。

「・・・あの」
「あ?」
「加賀見だから、話すけど」

何かを打ち明けようとしている芝山の前置きに、加賀見の目が輝いた。
自分だから話すとは、まるで信頼されてるみたいだ。

「なに?」
「俺、前の生徒会長と付き合ってて」

一瞬、加賀見の時が止まった。
それが動き出したと同時に、頭に疑問符がいくつも浮かぶ。

「は・・・?」
「でも受験シーズンから疎遠になって、結局どこを受験してどこに受かったかも知らないし、卒業式の日は囲まれまくってて声もかけれなくてさ、そのまま自然消滅しちゃって」
「自然、って」
「・・・受験の邪魔にならないように俺からの連絡は止めてたんだけど、反対に向こうからも連絡なくってさ。卒業式の日の夜に連絡したら携帯が繋がらなかったんだよね。噂で県外の大学に行って一人暮らししてるって聞いたし、会長と同じ時期の生徒会メンバーは遊びに行ったって話してた」

前任の生徒会長の顔をぼんやりと思い浮かべる。確か勤勉で真面目な眼鏡ヤローで、自分には大分劣るが男前だった気がする。顔は曖昧だが、見る目が確かなのは認めてやろうと、何故か加賀見の上から目線だ。

「そいつは知らなかったな」
「口外するなって言われてたから、学校じゃ話さなかったし、ここら辺で遊んだりとかもなかったからね」

男同士とは言え、まるで芝山の存在を隠して保身に走るような付き合い方だ。だと言うのに、何でもないように言う芝山の台詞にも他人事ながら腹が立つ。

「口外するなって、何でンなのと付き合ったわけ?どこが好きだった?」
「・・・告白されたから、かな。なんか一生懸命だったし。告白された場所、実はあの桜の所でさ、加賀見が俺の事見つけたのは多分、ちょっと色々考えてた時だと思う」

加賀見が芝山を見かけた時期は、三年に上がったばかりの始業式の日だ。まだ残っていた桜の花がはらはら散るのを静かに見ていた芝山の姿は、普段きゃんきゃんうるさい奴らと違って新鮮で、どこか儚げで目を奪われたのを今でもはっきりと覚えている。

「場所が場所だし、単に告白されたからって理由で付き合うのはなんか、嫌だなって・・・ごめん」
「いや?」

奇しくも、加賀見は芝山が元カレに告られた場所で芝山を見つけて惚れて、告白してしまったというわけだ。それは芝山にとっては苦い思い出の場所だろう。
芝山に非があるわけではないが、加賀見にも非はない。だから目の前で気不味そうに謝られるのは違うだろうと、加賀見はその謝罪を一蹴した。あっさりと。
弾かれたように芝山の顔が上がる。

「俺が嫌で返事を渋ったんじゃねえって解ったから、問題ない」

加賀見は腕を組み、うん、と自分の発言を再度確認するように頷いている。
芝山が自分を怖がっていた事は知っているが、それはここ最近の付き合いで緩和している、はず。
どこまでも自信過剰な加賀見に、芝山は眉間のシワを緩ませて、ふっと笑った。

「これ、誕生日に貰ったんだ。昔、これの映画が好きだったって言ったの、覚えてたみたいで」
「うん」
「先輩とはもう終わったから、俺がいつまでも持ってるのもおかしな話なんだけどさ」

愛おしげでもなく、冷徹でもなく、指先で人形を弄る芝山の目はポテトを摘まむ表情と変わりない。

「・・・そいつの事、まだ好きな訳?」
「ううん。向こうから連絡ない時点で何となく分かってたし、電話して『この電話は使われておりません』って言われた時、完全に冷めたよ」

ストラップに指を引っ掻けて人形をぶら下げながら芝山が言うのに、加賀見はひっそりと安堵した。
それでも人形の隅が薄汚れているのに、芝山が常にそれを携帯していたのが窺い知れる。恐らく貰ってから卒業式の夜までずっとだ。

「これにはもう先輩の気持ちは無いんだから、こんな形だけのものが残ってるのは死体を持ち歩いてるみたいなものなんだけど」
「ははっ、なんだそれ」

はっきりとした別れがないから、捨てがたいのだろう。好きだと言ったキャラクターを、好きになった人がくれたのだ。他言無用な関係は、ひたすら自分の中に押し留め、誰にはっきり主張する事もなく、あやふやに終わったと言う。気持ちはなくても思い入れはある。加賀見にだって解る話だ。

「持っときゃいーじゃん」

そして再び、けろりと言う。

「元彼との思い出の品を捨てろなんて、今の俺の立場じゃ言えねぇし、物にも罪はねぇだろ。あと人形捨てるって普通にこえーわ」

加賀見がポテトを摘まみながら言うと、芝山はきょとんとした後に、小さく噴いた。

「加賀見にも怖いものあるんだ」

クスクス笑うと肩が揺れる。

「俺の事よく知ってもらって、それを自然と手放せる日が来たら、俺はその隙につけ込む事にする」

椅子の背に凭れながら、コーラにさしたストローを噛みつつ笑えば、芝山は小さく「ありがとう」と、確かに言った。




「加賀見、おはよ」

翌朝の登校中、後ろから声をかけられた。
誰だなんて確認するまでもなく、あくびを噛み殺していた加賀見は振り返る。

「おー、芝。はよー」
「朝、あれ捨てたんだ」

ぱち、と加賀見が瞬きを落とした。一瞬で目が覚める。確かにここら一帯、可燃ごみの日である。

「昨日の今日で単純かもしれないけど、もしかして俺、誰にも言えなかったあの人との唯一を捨てる事にためらいがあったのかもしれない。思い出とか名残惜しいとかじゃなくて、当時の自分が全否定されるって言うか。だから昨日さ、加賀見が話を聞いてくれて肯定してくれたら、スッキリした」

スッキリした。
それを体で表すかの様に、芝山の表情は生き生きしているし、話して高揚しているのか、珍しく早口だ。

「ありがと、加賀見」

歯を見せて笑った芝山に、ついと加賀見の手が伸びた。

「じゃあここからは俺のターンだな?」
「さあ、どうだろ?」
「おいっ」

その手をさらりと交わして校舎に走る芝山に加賀見は顔を歪めたが、すぐに不敵に笑って追い掛けた。

振り返り、もう一度笑った芝山を捕まえる為に。




終わり

小話 62:2017/11/01

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