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弁明させてもらうと、僕はあの時動揺していたんだ。

だってまさか、好きで好きで大好きでたまらなかった相手に告白されるだなんて、思ってもみなかったんだよ。
好きになった相手はまさかの同性で、いやもう、この時点で自分でもビックリなんだけど、好きなんだから仕方ないと自分の新たな性癖ごと受け入れて、じゃあ相手はどうだって相手の立場を考えて、家族とか友人とかの人間関係を崩すことにはならないかとか、これから学校を卒業して就職した際の社会的立場は大丈夫かとかさ、それはもう考えて考えて、じゃあ僕が彼の人生の責任を全て請け負えば問題ないなって答えに行き着いて、その為に人徳も権力も社会的地位も高い人間になろうと決めたわけ。彼には何一つ不自由させたくないからね。でも家事はやってほしいなぁとかちょっと思う。僕が帰ってきたら“おかえりなさい”って出迎えてくれたり、手料理を食べたり、洗濯物を干す後ろ姿を眺めたり、テレビを見ながら二人で乾いたそれを畳んだり──あ、すっごくいい。すっごくいいね、それ。そんな日をたくさん重ねていつの日か社会から離脱して、ゆっくりとした老後を迎える頃には人生の終着駅を見据える年頃だから、僕は公約通り彼に不自由させないように自分の葬式から墓まで選んでおこう。もちろん悲しいけれど、とっても悲しいけれど、僕より彼の方が先に亡くなるかもしれないから、その際は僕が手厚く葬って僕の選んだ墓の隣に是非ともいれたい。

・・・って、お付き合いを始める前に墓選びなんて自分でもどうかしていると思っているよ。
でも、それほどまでに大好きな一汰君。

が。

「俺、吾妻が好きなんだけど、どうしよう」

なんて言ってきたんだ。
吾妻とは僕の事だ。大好きな一汰君が、なぜか僕を好きだと言い、どうしようと問うてくる。
いや、僕の方がどうしようだよ。

「え、好、え・・・え?」
「やー、ごめん、ほんとごめん。急に。気持ち悪いよな」

気持ち悪い?いや、そんな事はない。だって僕も一汰君が好きだ。そう、好きなんだ。
何をぽかんとしているんだ。僕も同じ気持ちだって、そう思ってるって言えば良い。ほら、早く僕も君と同じだって言わなくちゃ。

「僕も、そう思う」

言ってから、僕を真っ直ぐに見ていた一汰君の視線が落ちた事で気がついた。
一汰君は僕の事が好きで、だけど男だから「気持ち悪いよな」って言って、僕はそれに対して意味は違えど「僕もそう思う」って・・・うわ、わ・・・!

「待って、違う、僕──」
「うん、ごめん、ごめん、気持ち悪い事言って」

再び視線をあげた一汰君は、思わず言葉がつまるほど苦々しく笑って、もう一度ごめんと言ってから踵を返して背中を向けて行ってしまった。


表情が固めで、言葉数が少なくて、面白くない事には愛想笑いもできない僕だけど、ついたあだ名は“氷の王子”。なんだそれ。馬鹿馬鹿しい。美化しすぎだろう。元より人とのコミュニケーションが苦手で、必要最低限な会話以外の雑談なんて疎ましくて仕方がなく思っている僕だ。
それでも一汰君は、席替えで隣の席になったのを切っ掛けにぽつりぽつりと続かずにすぐに途切れる会話を何度か繰り返してくる人で、はじめは鬱陶しいななんて思っていたけど、ある日「懲りないな」って、改めてその顔をチラリと窺えば、

「あ、やっと目があった」

って、多分ずっと真っ直ぐに僕を見ていたであろう瞳が弧を描いた。
恋に落ちるのは単純だった。

そんな真っ直ぐな瞳の持ち主の一汰君が、もう僕を見てくれない。



「おはよう。一汰君」
「・・・あ、おはよー」

昨日の今日だ。
相変わらず顔にも態度にも感情が出にくい僕と違って、一汰君はちょっとびっくりしてたけど、挨拶を返してくれた事にホッとした。

「気ぃ使ってくれなくてもいいけど?」

席についた僕に、こっそりと尋ねてくる一汰君。それは嫌みでも謙遜でもなくて、僕に対する気遣いだ。いや、でもそんな気遣い無用だし。

「ううん。そんなんじゃないから」
「・・・そっか、ありがと。これからも友達でよろしく」

そう言って笑う顔は、昨日とは違って苦味のない、今まで通りの一汰君の笑顔だ。その表情に肝が冷えたようにゾワッとした。
ちょっと待って、どうしよう。ダメだ、ダメだ。友達じゃダメなんだ。今まで通りじゃダメなんだ。手が届きそうな一汰君が、もっと遠くにいってしまうような焦燥感。

「一汰君は、もう僕の事が好きじゃなくなった?」

気持ちの在処を聞けば、笑顔が引っ込んで眉間にシワを寄せられた。

「なにそれ。どういうつもりで聞いてんの?」
「だって」
「吾妻にとって俺は友達だろ?それ以外、何があるのさ」
「それ以外・・・」

恋人、と言えばいいのだろうか。
でも一汰君とはお付き合いしてないし、いや、したいんだけど、誤解を解かなくちゃいけなくて。どうしよう、困ったなって思わず一汰君を見つめたままでいると、ふいと視線を反らされた。

「・・・振った相手がいつまでも自分の事好きだとか、うぬぼれじゃない?」

ガン!と、頭にコンクリート片が落ちてきたような衝撃。余韻で目の奥がくらくらする。
ほんとにね、うぬぼれもいいとこだよね、そりゃあ一汰君も怒るよね。デリカシーが完璧に欠けていた。

「自分で言っといて都合いいかもしれないけど、これからも友達として仲良くしよう」

いや、嘘、嘘だ。
一汰君、もう友達としても僕の事見ないつもりだ。解るよ、だって、笑ってるはずの目は、友好じゃなくて失望を描いてる。
僕にずっと優しく話し掛けてくれた一汰君が、もういなくなる。

「それは嫌だ」
「・・・なに?」

僕の台詞を拾ってくれた一汰君が、首を傾げた。
ああ、やっと気付いた。
僕ばっかりああしたい、こうしたいって考えてるだけで、行動に移さないで、でもそれは一番大切な事で。苦手とか億劫とか思ってる場合じゃない。だって僕は本当に一汰君が欲しいから。

「違くて」
「何が」
「・・・す、好き」

こんなの、朝の教室で話すことじゃないかもしれない。
でも僕の声が小さいのも、一汰君が僕に話しかけるのも最早日常だから誰も気にしている様子なんてない。むしろ僕達の声より周りの雑談の方がでかいくらいだ。なのに僕は自分の心臓がバクバクと激しく鳴っている事が一番耳につく。

「ごめん、昨日は間違えた。僕も、一汰君が好き」

一汰君が口を小さく開けたけど、言葉はない。

「あ、ごめん、また間違えた。僕もじゃないか。僕は、一汰君が好き。多分、一汰君が思ってくれてたよりもずっと前から、ずっと・・・」

自分で言ってて悲しくなってしまい、気持ちと視線が落ちていく。一汰君は昨日の今日で僕の事を嫌いになったから、「僕も」って言うのはお門違いだ。昨日までは僕の事を好きだっただなんて、そんな夢みたいな話は一気に現実へ目覚めてしまった。
だから今度は、「僕は」一汰君がすごく好きだって事をちゃんと伝えなくちゃいけないんだ。
ふぅ、と一汰君の溜め息が聞こえた。

「それ、何で昨日ちゃんと言わないんだよ」
「ごめんなさい・・・」
「俺、あれでも結構頑張ったんだし」
「ごめんなさい・・・」
「あとまだ、嫌いになったって言ってない」

ハッとして顔を上げれば、いたずらっ子みたいに笑っている一汰君が。

「ご、ごめん!」
「いいよ。ごめんより言う事あるだろ?」

ほら早くと言わんばかりに一汰君がジーッと俺を見上げてくる。
ああ、何て言おうか。僕は言葉も少ないし、出した言葉も間違えてしまうから、今度こそ、ちゃんと慎重に。
昨日はごめん・・・違う、ごめんはダメだ。じゃあ、僕と付き合って欲しいって、ああ、でも僕はこの先ずっと、一汰君といたいんだ。僕がどれだけ一汰君を好きで、昨日傷付けてしまった分も大事にしたいってわかって欲しいし、一汰君の全部を請け負う覚悟だってもうずっと前から出来てる。だから。

「い、一汰君」
「うん」
「国籍変える覚悟ある?」
「・・・うん?」



おわり

小話 60:2017/10/22

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