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告白してきたのは草壁だった。
部活帰りの夜、坂の上にある学校の校門を出たところで、止めていた自転車に寄り掛かっていた草壁はわざわざ自分を待っていたのだろう。
野々宮は面食らって返事に困った。
何せ接点がまるでない二人だ。唯一の共通部分は同じ学年で同じ学校に通っているというだけで、同じクラスになった事もなければ話した事もない。そんな生徒は草壁に限らずごまんといる。つまりその他大勢だ。
しかし高校生活三年目に突入して初めて会話をした草壁は、普段遠目で見掛ける派手さも騒がしさもなく、ただ一人の、身近に感じることが出来る男だった。
「うん」と零れた返事には思わず野々宮も驚いた。男と付き合う気もなければ、何ならどうやって穏便に断ろうかと逡巡していたのに。それほどまでに、草壁は野々宮の心にすんなりと落ち着いたのだ。
草壁の少し傷んだ長めの金髪とシルバーのピアスが外灯で鈍く光っている。制服なんてゆるく着崩して、全くもって校則の範囲外な男だ。

「・・・いいの?」

顔をしかめて、その男が問う。ちょっと威圧的な態度で思わず頷くだけになってしまったのが情けない。

「あ、そ。・・・うわー」

うわーって何だよと、野々宮は軽く睨みつけた。
しかしそこにあったのは、嘲笑う表情でも、引いたような青ざめでもなく。

「マジか」

口元をブレザーの袖口から長く延びているカーディガンで覆い、視線を明後日の方向に向けた草壁だった。シャツのボタンを三つ外している為に惜し気もなく首筋が露になっているが、赤くなっているのが外灯でもわかる。
思わずじっと見入ってしまっていたら、んんっ、と咳払いをしてい直した草壁と真っ直ぐに視線が交わった。

「んと、じゃあ、よろしく」
「あ、うん。よろしく」

カーディガンの袖から指先だけを覗かせた手を出してきたので、野々宮は軽く手を握った。
いち、にい、さん。
三回、しっかり手を上下に振られて離される。子供の握手のようだと自分の手を見ていたら、草壁は自転車にまたがりこう言った。

「じゃあ」

そして坂道を下っていった。
物凄い速さだった。
校門に一人残された野々宮の目が思わず点になるほどだ。

「・・・ん?」

一緒に帰ったりしないの?
てか連絡先とか知らないけど?
明日からどうすりゃいいの?
てか俺ら付き合うの?

「マジで?」

しかし草壁は言ったのだ。

『好きだから、付き合って欲しい』

それに対して自分は「うん」と言って、「じゃあよろしく」と握手をしたのだ。今しがた、この手で。
野々宮はその手で頬をつねって爪をたてた。痛い。

「マジだぁ」

野々宮の呟きは誰に拾われる事もなく、秋の虫の声に消されてしまった。



──変化はあるかと言えば、これと言ってなかった。
学校では滅多に、というか全く話さない。
草壁は騒がしい仲間といつもつるんでいるし、野々宮も付き合う友達は変わらない。クラスが違うのもあるが、例えば廊下や食堂で、姿を見つけて目が合えば何事もなかったようにそらされる。
はじめは野々宮もムッとしたが、確かに今まで他人だった二人が仲良さげに話していれば、周囲はその関係を不思議に思うだろう。

(俺が気づかなかっただけで、よく見られてたのかも)
思えば野々宮がその他大勢だった中から草壁という存在を意識的に視野に入れれば、大概先に草壁が自分を見ていて、先に視線を外すのだ。
(目が合うだけでも進歩した方だ)
付き合うってもしかして夢だった?なんて白昼夢を疑う程だったが、見方を変えれば大分近づいたと野々宮は思う。

それにこれと言ってない変化の中から、唯一“これ”と言える変化がある。
部活帰りに学校の門を通って坂道を下ると、いつも草壁が自転車にまたがりハンドルに肘をついて待っているという事だ。

「お疲れ」
「お疲れー」

相変わらずの袖が長いカーディガンからヒラヒラと手を振るので、野々宮も振りながら近付いていく。
この、何となく待ち合わせして一緒に帰っている、ような日課がなければ付き合ってるなんて野々宮は思わなかっただろう。
告白された翌日から、坂道の下で草壁は自転車にまたがり野々宮を待つようになっていた。
はじめはビックリし過ぎたあまり、その姿を夜道で見かけた時に野々宮は固まってしまったが、今と同じ様に草壁は「お疲れ」と一言告げてから自転車を漕ぐでもなし、地面を軽く蹴って少し先に進んで振り返った。

「? 帰んねぇの?」
「か、帰るけど・・・」

地面に足をつけた草壁の隣に野々宮が並ぶと、再び草壁は地面を蹴る。カラ、と車輪がゆっくり回る。
カラカラ、てくてく。
無言で並んで帰路につくこの行為は、野々宮の使う最寄り駅まで行われた。
その次の日も、草壁は野々宮を待ち伏せていた。待ち合わせた覚えはないが、野々宮が来たら「お疲れ」と軽く手を振られ、ゆっくり自転車を進め、駅についたら「じゃあ」と別れて帰る。
二日目にして、静かに揺れる電車内にて野々宮はハッと気付いた。

(あ、これ一緒に帰ってんのか)

それから何日かそれが続いたが、草壁は基本喋らない。無言に耐えきれずに話し掛ければ普通に喋る。いつもは騒がしい人達と楽しくやっているのだから本来は喋る方なのだと思ってはいるが、じゃあなぜそれを自分の前で発揮しないのか。好きだから付き合って欲しいって言ったくせしてこの態度。
草壁がよくわからない。
イエスの返事をしたのだから野々宮とて恋人・・・は、いきなり難しいかもしれないが、友人レベルで仲良くはしたいというのが本音だ。

「あのさ」
「あん?」
「俺、草壁の連絡先知らないんだけど」

草壁の自転車が止まった。
振り返れば、ぽけっと呆けた顔をしていた。

「・・・何、知りてぇの?」
「逆に草壁知りたくないの?」
「あー、じゃあ・・・」

自転車のカゴに突っ込んでいた鞄から携帯を取り出そうと、草壁が手を伸ばす。
その表情は、苦虫をつぶしたような、不愉快そうな顔だった。

「・・・嫌々ならいいよ」
「は?」
「なんかすげぇ嫌そうな顔したし」
「・・・そんなんじゃ、なくて」

ハンドルに両肘をつき、組んだ指先に額を当てて草壁は深い溜め息をはいた。

「もう、野々宮しんどい」

なぬ?と聞き捨てならない台詞を吐かれた。
せっかく歩み寄ろうとしたのに。
野々宮は腹の底がチリチリと焦がれる気がした。

「は、やっぱり嫌になった?実際付き合ってみて」
「嫌になったとか、嫌いになりたいって訳じゃなくて・・・」

首を振りながら、草壁が顔をあげた。
それは息苦しそうな、胸がつまっているような、苦痛の表情で。

「好きになるたんびに、ドキドキしてしんどい」

胸の位置を拳でドンと叩いてから、フッと息を吐いた。ドキドキしているらしい心臓を落ち着けたのだろうか。奇行だ。その発言と行動に、野々宮は一瞬呆気に取られてしまった。

「え、つ、付き合ってるのに?」
「うん、そう。そうなんだけど、なんか、野々宮と付き合ってるって言う事実がしんどい」
「ん?」
「前まで全然だったのに、最近やたら目が合うし。マジしんどい」
「えええ〜・・・」
「アドレスとか番号だって、ほんとは俺から聞きたかったのに」
「・・・」
「・・・でもなんか、知りたいみたいな事言ってきた癖にやっぱいいみたいな・・・上手くいかねぇなーって」
「・・・」
「つか、そもそも、俺は玉砕覚悟だったんだよ。なのに野々宮、付き合うって言うし、何か色々想定外で・・・」

なんと言う理不尽。
途中から相槌すら打てなかった野々宮が理解できないと顔を歪めると、草壁も赤い顔をして唇を尖らせる。

「野々宮は俺の事そこまで好きじゃないから、俺が思ってる事理解できねぇんだって」

うーん、と野々宮は頭を捻る。
確かに付き合うきっかけは草壁からだし、草壁があの時に野々宮を呼び止めなければ一生話すことはなかっただろうと今でも思う。それこそ好きだなんだなんて、草壁が発信しなければ気に止めることすらなかったなかったはずだ。
草壁の事を理解できないというのは認めよう。だけど、それなら、だから、喋れよと常々思っていたのだが、それなら野々宮だって同じ事だ。一言知りたいと言えば良かったのだから。

「なんか面倒くさいな」
「う・・・」
「でも、俺の事で顔赤くしたりしてんのは案外可愛いと思う」
「はっ!?」
「俺の帰り待ってたり、目が合うまでこっち見てたり、うん、可愛い」

ここでようやく理解できた草壁の気持ちを今までの行動に当てはめてみれば、何て事はない、とても好かれていたのだと今更ながらに気が付いた。
野々宮の発言に、草壁はハクハクと口を開閉させて動揺している。

「か、かわっ、バ、バッカじゃねぇの!!」
「ムキになってる」
「なってねぇし!」
「ああ、バカって言われた。俺嫌われたかも」
「なってねぇしっ!!」

少ししょんぼりしたふりをしながら言えば、草壁は夜にも関わらずに大きな声で被せぎみに反抗してきたので、つい野々宮の目が丸くなる。
そしてそんな野々宮の反応で己の失態に気付いた草壁は、湯で上がるほどに顔を染めてついに絶句した。

「ふ、くくっ、草壁、面白い・・・」
「・・・チッ!!」

告白された日、なぜすんなり返事をしたのか。
今ならわかる。草壁が自分を好きだと自然体で告げてくれたからだ。いつもみたいに派手な友達と騒いでいるのも悪くないが、自分の前だと上手く取り繕えず、たどたどしくなる、等身大の草壁の方が野々宮は好きなのだ。
盛大な舌打ちをつかれてしまったが、野々宮は思う。

なんだかようやく好きになれそうだ。



おわり

小話 59:2017/10/18

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