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※「47」の続編



話は二時間前に遡る。
もっと遡れば二週間ほど前に「花火見ない?」と観月に誘われたところからだ。二週間後、つまり今日は観月の自宅がある地域でささやかな夏祭りが行われる日で、終いに上がる花火がメインらしく、いわゆる夏祭りデートの誘いかと二つ返事で承諾すれば、観月は良かったと笑ってから、
「うちから見えるよ」
と何でもないように言った。

夏の夜、観月の部屋で、二人きり。

思わず一句読んでしまった。暗い夜空に大輪の花火、寄り添う二人のシルエット。

(・・・いい。いい、ありだ。あり)

去年まではサークル仲間でフェスやライブに繰り出していたけど、自然と好みの分野に枝分かれしている今は、気が向いたイベントにだけ顔を出している。それに伴って飲み会に参加するのも減りはしたが、観月とのんびり呑みながらゆったりとした洋楽をBGM程度に流して駄弁る方がずっと好きだから問題はない。
つまり、初めての二人きりの夏を迎えるのだ。

花火当日。バイトを18時に上がって観月んちに向かう道すがら、祭り会場を横切れば既に浴衣を着た人達で賑わっていた。
子供達や家族連れ、恋人同士が出店の前で仲良さげに笑いあっている。


「ほら」

玄関扉を開けた観月に白いビニール袋を渡す。

「あ、焼きそばとタコ焼き!焼き鳥も?」

わぁっと袋の中身を覗いている家主を置いて、自分はさっさと先に部屋に入る。雰囲気だけでもと定番の屋台メシを買い込んできたのは正解だったようだ。

「ありがとう」
「まあ、俺も食うし」

観月んちに上がるのは一週間ぶりだ。
実家に帰省していた上に地元居残り組と連日飲み明かし、帰宅してからはさすがに夏の籠った空気の入れ換えの為に自分のアパートに帰って、そこからバイト先に行ったりなんやかんやで間が空いてしまったからだ。

「ビール冷えてるよ、もう飲む?」
「おう」
「花火八時半からだって。あと一時間かな」

右手に缶ビール、左手に観月用のカクテル。
どちらも普段買わない銘柄よりワンランク上なのは、観月も今日を楽しみにしていたと言う表れか。そうかそうか。

──なんて少し浮かれていた二時間前。そして今。

花火が中盤に差し掛かったあたりで、並んで座っていた観月が肩にくたりと凭れてきた。夢に描いたシチュエーションだが、それはまだちょっと早くないか、待てなかったのかよおい、しょうがねぇなーなんてにやける口元を引き締めていると、観月はそのままズルズルと、ぐだーっと、積極的というより無遠慮に体重を掛けてきた。
おい、おいおいおい。
合わせて倒れそうになる自身の体を片腕で支えながら、もう片方の手で観月を支える。
押し倒しに来るとからしくないなと思いつつ、その顔を覗きこんで、絶句した。

「は・・・?」

それはそれは健やかな寝顔。
観月の向こうにはいつの間にか空き缶の山。
自分にも同じだけあるが、俺と観月じゃそもそものキャパが違うし、いつもよりワンランク上の銘柄なら度数も違う。普段から量もそんなに飲まない質なら酔うこと尚更だ。

(〜コノヤロォ!)

夜空の大輪は儚く散った。




「・・・おい、花火終わったぞ」
「んー」
「お前見てたか?」
「見てたよー」

眼を擦りながら欠伸をしつつ言われても信憑性がない。

「なぁ、俺とお前じゃそんな飲まねえだろ。何でこんなたくさんあんだよ」
「こないだうちで宅飲みしたからぁ、その残り〜」
「あぁ?」

思わず観月を二度見した。
手持無沙汰に空き缶の品質表示をぼぉっと見ている。が、俺には糖質やカロリーより気になることはたくさんある。

「待て、こないだって俺が実家帰った時か」
「んー、あー、そー」
「誰と」
「サークルのぉ」
「聞いてねぇぞ!」
「だって流れでそうなっただけだしー、つかここ俺んちだしー」
「ぐ・・っ!」

それを言われると返す言葉がない。
ほぼ勝手に居座っている俺にこの家の使用許可を求める理由もなければ、こいつの交遊関係や行動範囲に口出ししてウザがられるなんて、そんな前回の二の舞を演じるなんて、したくない。

「寂しかったし」

ぐぐぐっと挟みたい口を閉じていると、肩にもたれたままだった観月が言った。ハッとして隣を見れば、いつの間にか目線が空き缶から俺に向けられていた。

「・・・笠原、もう勝手に居着いてるから、一週間だけだけど、一人になると、なんか」

なんか。
なんか、なんだ。
その続きを促すようにジッと見続ければ、しおしおとうつ向いて缶のプルタブをカツカツ音を立てながら爪でいじり倒しているだけだ。

「もしかして、今日二人でいたかった?」
「・・・」
「二人だけでいたかったから、祭り行かねぇで家で見たかった?」
「・・・」

背中を丸めて観月の顔を覗き込めば、パキン、とプルタブを折った。その音に気をとられた一瞬。

「そーだよ」

馬鹿、と罵る言葉がくぐもって聞き取りづらかったのは、観月がシャツの肩口に顔を埋めてきたからだ。
その表情は見えないが、耳と首が赤い。

酔ってんのか?酔って──。

背中をギュッと握られた。

──ないな。ない。酔ってないな。

その肩を寄せようと手を伸ばせば、観月がドンッと両の手で俺を張っ倒した。
張っ倒し・・・あ?
急に走った背中と後頭部の痛みに、目に映る天井と電球。
すくっと立ち上がって空き缶を抱えた観月が台所に行く姿を、大の字で倒れたまま恨みがましく睨み付けた。

「・・・おい。今そういう空気だったろ」
「はー、もういいじゃん、今日は。シャワー浴びたらこのまま寝たい」
「鬼か」
「どーせ今日からまた一緒なんだし」

背中を向けて、缶の中を濯いでいく観月。
なるほど、そうかそうか。それもそうか。

「って、納得できるか」

そんな台詞を聞いて大人しく出来るわけもなく。
とりあえず酔ってる際の入浴は危険だというのを免罪符に、介護と銘打って無理矢理観月を浴室に連れ込んだ。



おわり

小話 58:2017/08/28

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