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※「41」の続編



「ナマ足が眩しい・・・っ!」

くぅーっと唸ってから、棗は目頭を押さえた。ナマ足の眩しさに目が眩んだのもあるが、あまりの神々しさに涙が出そうになったからだ。

対して道弥はげんなりとしながら棗をなるべく視界に入れないように、扇風機と向かい合っていた。その身なりは大分着崩れているが、黒地に白い昇り龍の浴衣姿である。棗の言うナマ足とは、言わずもがな投げ出している彼のものだ。
地元の大きな夏祭りに無理矢理棗に着せられた浴衣で参加してきたその帰り、夏の気温と人混みの熱気ですっかりバテた上、汗や砂ぼこりでベタベタザラザラするので早いとこ熱い風呂に入りたいところだが、只今絶賛湯沸かし中である。

「あ、ちょっと風で胸元がはためいてる!」

イケないものを見てしまったように棗がパッと両手で目元を覆ったが、指の隙間から道弥の胸元をガン見しているのが丸わかりだ。

会場近くのパーキングに棗が車を止めたので行き帰りは楽ではあったが、その行きも帰りも棗の「いかに夏祭りが楽しみであったか」「道弥の浴衣を選ぶポイントは何だったか」「この夏は道弥と何をしたいか」などを延々と語ってくるのでプラスマイナスゼロ、いや寧ろ、帰りつく先は棗宅でこのまま強制お泊まりなので道弥にとってマイナスだ。

「絵に描いたようなエロ親父」
「むっ!まだまだ若いつもりですけど?」

言って、棗は藍色の浴衣に手を入れて胸元を大きく見せびらかした。
露わになるのは張りすぎてなく、きれいな凹凸のついた筋肉。悔しいかな、いい身体である。ただその上についている厭らしく笑っている顔が実に残念ポイントだとつくづく思う。

「あ、お風呂鳴ったね。道弥君どーぞ」

給湯器から鳴るメロディーが、準備万端を知らせた。当然のように棗は道弥を先にすすめるが、そこで当たり前のように先に入るのも気が引ける。

「いや、先入れば?」
「んー、でも道弥君の着替え出したり布団出したりしとくから先でいいよ。暑い中連れ回しちゃったし、汗流してスッキリしておいで」

もっともらしい理由で促されるが、道弥は中々腰が上がらない。
それは棗が恋人だからとか歳上だからなんてものは一切関係なく、初代副総長という冠が大きいからだ。

「・・・道弥君が裸で一緒に寝てくれるなら喜んで先に入るけど」
「先入る」
道弥は即起立した。

「なんなら一緒入ろっか?」
「いらねー」
「じゃあ浴衣脱がそっか?」
「マジいらねー」

棗の指が不穏な動きを見せたので、道弥は遠慮はするだけ無駄だったと冷たく一瞥くれてから風呂場に向かった。
その後ろ姿に棗は口元だけで笑みを作った。
道弥の慣れない、そして分かりやすい遠慮姿は大人からしたら可愛いでしかない。


家の浴槽より広い棗宅のそれはいつも綺麗だ。
朝の内に掃除しといたからと帰宅早々に給湯スイッチを入れた手際の良さはさすがだが、その行動の先には自分がいることを道弥は自覚している。
あの男はいつも自分を優先しているのだ。
知らない間に道弥の部屋着や調度品を調達し、連れてこられた際に不自由したことは一度もない。家主がウザいというのは置いておくとして。
祭りでだって、屋台でものを買う時は棗が「誘ったのは自分だから」と払ったし、花火が上がる時はいつリサーチしたのか「穴場がある」と人気のないはずれまで連れていかれたが、確かに花火はよく見えた。道中、不審がって一発鳩尾にいれたのは正直悪かったと思っている。

(あ〜〜、くそっ)

道弥は冷水シャワーを頭から浴びて、鏡の中の自分をギッと睨んだ。




「なあ、踏んでやろうか」

道弥と入れ替わりで風呂に入った棗は、上がって早々、布団の上で胡座をかいて自分を見上げる道弥の言動に目眩がした。
風呂上がりで髪が下りている故に幼さアップ、目付きは悪いが上目遣い、自分の用意した襟首の広いTシャツとゆるいハーパンの部屋着着用、in寝室、そして、え?今なんて?

「ん?ん?」
「だから、踏んでやろうかって」
「え!ど、どうしちゃったの道弥君!もしかしてそっちの趣味があったの?」

戸惑うような口ぶりの癖に喜色を隠せない棗に、道弥のこめかみに青筋がたった。

「疲れてるだろうと思って労ってやったんだよ」
「あ、なんだ、マッサージの話?びっくりしたぁ」

安堵の表情の中に少しの落胆を見せたのを、道弥は見逃さなかった。今何を思い描いたが白状させようとしたが、それを聞いたら後悔すること間違いないのでグッと奥歯を噛んで我慢する。
しかしその我慢の表情が可愛いと棗が内心で舌なめずりをしているのは気付かなかった。

「お前なんか朝からずっと動いてるし、運転もしてんじゃん」

朝から動いてるのは道弥を迎えに行って自宅に連れ帰り、軽く昼食をとったり道弥を着付けたりとほぼ棗の私欲だが、一から十までされっぱなしも落ち着かない。
棗からしたら気を使わせるつもりもなければ、気にかけるほどのことでもないが、道弥の
「せっかくの盆休みなのに」
と言う言葉にあえなく撃沈。
高校を卒業して専門学生になった道弥にはいまだに夏休みは存在するが、社会人の棗はわずかな盆休みがあるだけだ。

(なんて優しい・・・!)

それはまるで子供が母親を労うのに肩叩きをするようなものだが、そんなことはどうでもいい。踏まれるタイプのマッサージなんて、むしろ日曜日の父親だ。しかしそんなことはどうだっていい。

「じゃあお言葉に甘えて」
「おー」

恋人同士なら大事なコミュニケーションだ。喜んで棗はうつ伏せになった。腕を組み、見下すように棗を踏みつける道弥の図はマッサージに勤しむ恋人の図なんてものとは真逆だが、意外にも道弥のマッサージは雑だが絶妙だった。自分も適度に鍛えている上、人の筋肉に興味があるくらいだから、どこを使っているかが分かるのだろう。ツボにはまる度に「あー」だの「うー」だの唸る自分を笑っている優しい気配を、棗は背中に感じていた。振り返れないのが実に残念である。

「道弥君、花火どうだったー?」
「んー、まぁ良かった」

ぐぅーっと腰を程よく踏まれた。

「あの爆音が腹に響く感じと、妙にする火薬のにおいが良い」
「あ、そこなんだ?」

まぁ確かにテンションは上がるけどさぁ。
棗がぼやくが、その声はどこか楽しそうだ。

「俺がどーこーより、お前はどうなんだよ」
「楽しかったよー」

突っ伏したまま、くぐもった声で棗が笑った。

「俺、人混みって苦手だし鬱陶しいから付き合った奴と夏祭りなんて来たことなかったしぃ」

それは道弥にも分かる。
友達やチーム連中と繰り出すことはあったが、こういう祭りで喧嘩は付き物。売り出してなくても向こうから押し売りしてくるし、そんな中で女を連れてなんて面倒くさくてたまったもんじゃない。
しかし道弥はそれよりも気がかりがひとつ。

(昔のこと言った)

道弥にとっては伝説だが、棗にとっては黒歴史らしく、棗は道弥の前では極力昔の話をしたがらない。特に女の話は殊更だ。道弥からすれば全くもって構わないのだが、尊敬されて頼られたい大人の男性でありたい棗なだけに、今の台詞は珍しい。

「でも今日は浴衣デート出来たしぃ、屋台でウマイもん食ったしぃ、花火最後まで見れたしぃ、もーね、すげぇ満足・・・」

間延びしている語尾に覇気がなく、言葉遣いは些か雑になっている。普段の棗は道弥の前でスマートな大人を演じている為、そのような失態はあまり見せない。
道弥は相づちを打つことなく、静かに一定のリズムと力加減で棗の背面を踏み続けた。

「・・・あー、気持ちぃー・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・寝た」

しばしの沈黙のあと、枕に埋めた棗の声は寝息に変わった。
やはり疲れていたんだろう。
うとうとして気が緩み、つい素が出たんだろう。
ふん、と道弥は息を吐いた。

「かっこつけてんじゃねぇよ、バーカ」

朝からあれこれ張り切ってはいたが、やっぱり身体は正直だ。

ここで足を離したことに気付いて再び覚醒しては面倒くさいので、道弥は少し考えて後五分だけと力加減を心持ち軽減させてマッサージを続行させたが、その位置が棗が気持ちいいと言っていた箇所を重点的に行っていたのは本人すら気付いていなかった。



おわり


小話 57:2017/08/16

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