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※ファンタジー。



人間界と魔界は決して交わる事はなく、それこそそんな世界は存在しないお伽噺の一つに過ぎないと、まさに夢幻のようなものだった。
もちろん語り継がれてはいたが、アルトの父も祖父も見たことなんてないと笑い飛ばすものだから、アルトもそんなものかと信じてなど一切いなかった。
いなかった。
そう。過去形だ。


「いつまでたっても慣れぬ狭い部屋だな。お前は家畜かなにか、不当な扱いを受けているのか?」
「本っ当に失礼な人ですね・・・どうせ田舎町の教師は安月給ですよ」

なぜかアルトの部屋に寄生している魔界人、自称魔王様。
ある日突然部屋の中に、中にと言うか空間に、ヒビが入った。目が点になってそこを凝視していると、ヒビはさらに大きくなり、向こう側から爪の長い手が出てきた。ホラーだ。アルトは遠慮なく叫ぶが、手は二本ともヒビを押し広げるように上下左右にバキバキと力を込めている。腰を抜かしたが失神しなかっただけ気丈だと誉めてほしいところである。そしてヒビが完全に広がり大きな穴になると、中から出てきた人物に目を見開いた。

艶やかで長い黒髪に、切れ長の目と薄い唇。スッとした高身長には重厚そうな漆黒のマントを羽織り、まるでどこかの国の王子のような美男子が現れた。唯一王子と違うのは、頭にあるのは王冠ではなく羊みたいな大きくくるんと曲がった角が・・・角?

「あぁ、無理に空間を開けるとさすがに疲れるな」

角を生やした美男子はそう呟いて首をならす。そして床に尻餅をついたアルトに気づくとニヤリと笑い、言ったのだ。

「なるほど。悪くない」



聞くところによると(アルトが聞き出したんじゃなくて角の男が勝手に話し出したので勝手に耳に入ったのだ)、男は魔界の王で、今まで好き勝手自由気ままに生きつつ、たまに統治を行っていたのだが、最近になって年老いたご意見番が伴侶を世継ぎをと口うるさくなってきたので、仕方なく嫁をめとろうと魔界中の目ぼしい人達を集めた舞踏会なぞ開いてはみたが、どれも気に入らなく、とても世継ぎを作る気にはなれなかったらしい。

そこでご意見番が言うことには。
「この際しきたりや形振りなぞ構ってられぬ。いっそ異世界から一人ばかし連れ去るのも黙認するとしよう」
だと。
はいアウトー。人攫いは犯罪ですアウトー。

アルトは本を読む素振りをしながら、耳に入る言葉を青い顔をして聞いていた。

ここまで聞いてげっそりなのに、さらに奴は、
「どうせなら、俺の魔王としての魔力を最大限に生かし、空間の裂け目が生涯の伴侶のもとへ繋がるようにしたのだ。魔界内に繋がるか、人間界に繋がるかは解らぬが、身分が低かろうが高かろうが関係なく、強く我との波長が合う奴の元へのみ、辿り着けるというわけだ」
と言いのけた。
つまり、それは。

「喜べ。お前が我が嫁だ」

ジーザス!!!



そしてそれから「帰ってください」「帰らぬ」「嫁ぎません」「照れるな」「男です」「問題ない」のやり取りの毎日で、男が勝手にベッドで寝るから仕方なく床で寝ていると、気付けば朝はベッドの中で、しかも男の腕の中で目が覚める。
体の痛みと衣服の乱れがないのは健全たる証と信じてる。

すっかり帰る気配を消した魔王様をアルトは説き伏せて、姿を消せるという便利魔法を使うなら日中出歩いてもいいと約束させた。このまま住まわせてる自分も自分だけど、今まで信じていなかった魔界が存在し、魔界人、それも魔王が町を徘徊しているなんて事実を町人達が知った暁には阿鼻叫喚間違いなしだろう。
それにアルトの職業が教師という以上、変な男を住まわせているなんて噂がたつなんてたまったもんじゃない。
住まわせてるというか、匿っているというか、隠しているというか、よく解らない状況だけども、これは一刻も早くご帰還願いたい。


「しかしのどかすぎて殺風景な景色だが空気はいい。魔界は常に茨が生い茂り、血生臭いものがあるからな」

・・・笑えないブラックジョークです。

「そのお陰か、果実はうまいな。よく熟れている。あっちのやつらは反骨精神が多過ぎて逆に噛みついてくるからな。しかしそこを制して食すのもまた一行」

・・・果物の話ですよね?

「池もまた透き通り、美しいものだ。骨肉の浮かぶ血の池やマグマとは比べ物にならないな」

ドン!引き!
なぜ人間界と魔界が断交していたのか、アルトは察した。職権濫用じゃないけど、書庫に眠ってる文献や古書を漁ったけど一つも魔界に関する書籍がなかったのも、絶対に古人がそもそもの存在を無きものにしたかった為に徹底して処分したに違いない。
だってこんなの、人間にはまず無理だ。地獄じゃないか。祖先様達は交わりの断絶にさぞ骨を折ったことだろう・・・魔王様が直々に嫁探しに来ちゃったけど。
あぁ、せめて対応策や攻略本くらい残していて欲しかったとアルトは嘆いた。


「あの、そんなおっかないところに嫁ぎたくないので、どうぞ他を当たるか、お帰りください」

魔界と人間界(アルト宅限定)の繋げ方を覚えた魔王は、行きしなに作ったヒビをあっという間に消してしまうと、代わりに手のひらから小さなブラックホールを出して見せてくれた。曰く、これの向こうが魔界らしい。思わず見いってしまったアルトに得意気な笑みを見せてから、魔王はブラックホールを握り潰して空間を閉じた。

「これは俺しか出せねぇから、不用意に近付いてお前だけ飲み込まれれば戻ってこれねえぞ」
「ひっ」

アルトは壁に背中を打つ勢いで距離をとる。なんとおっかない。いや、それならお前が責任もって連れて帰れよと言いたいが、責任もなにも、早く自身を諦めて一人で魔界に帰ってくれれば話はすむこと。気持ちが顔に出て、アルトの表情が嫌悪に歪んだ。

「あのなぁ」

魔界にも自分にも拒否反応を示すアルトに、魔王は長い前髪を気だるげにかき上げながら溜め息をはく。悔しいが絵になる男だ。

「なにも永久に魔界に閉じ込めるつもりはねぇよ。てめぇにだって帰る実家とやらはあるし、職もある。それに俺は人間界の植物が気に入った」
「・・・」
「一度作った時空の歪みなんていつでも出せる。自由に行き来出来るぜ。これでも俺だって嫁には配慮ってもんがある」
「・・・」
「ま、そう簡単に歪みなんて出してやらねぇけど」
「詐欺だ!結婚詐欺だ!!」

里帰り寛大主義かと思いきや、とんだ亭主関白じゃないか!
ビシッと魔王を指差すと、その手をしっかりと握られた。ヒィッと体温が下がる。ついでに体も下げたかったが、魔王の力が強くて逆に胸元へ引き込まれてしまった。

「まぁ、そうイヤイヤ言うな。いい加減俺だって傷付くぜ?」
「ならばどうぞお帰りください!」
「お前もわからず屋だな。この世に存在するあらゆる要素から結び付き出会ったつがいだってのに」
「つがいって言わないでください!」
「伴侶か」
「そういう意味じゃありません!」

何故か近づけ始める魔王の顔を両手でガッチリつかんでギリギリの位置を保つ。ついでに右足で腹辺りを蹴ってるが全然堪えてくれてない。むしろ腹が固い。腹筋すごい。
これは色々ピンチなんじゃないかと、背後が崖っぷちのような気がして冷や汗がでる。

「はっ!そうだ世継ぎだ!人間の男は子を成すことが出来ないのです!残念ですね!」
「人間は本当に無力で手間がかかる。しかしそこは前にも言ったが問題はない。魔界は異種同士も交わるゆえ、種を植え付けるという方法がある」
「た、種・・・?花壇に植えて水で育てる、とか?」
「あほか。てめぇの腹ん中だよ。ちなみにどこから植えるかつったら」
「ひゃああ!言うな言うな!無理!ホントに無理!」
「普通に人間の小指の爪ほどの種を口から飲み込んで摂取するんだが?今なにを考えた?ん?ほら、言ってみろ」
「どこのスケベおやじですか!ニ、ニヤニヤしないでください!」
「なんなら既成事実でも作るか?となると今夜が初夜か。種は向こうに置いてきてるが、まぁ蜜月しばらくは二人だけの時間も大切だろう」
「ふざけんなあああっ!」

夜分遅くのアルトの叫びに、狼が呼応するかのような遠吠えが聞こえた。




おわり



書きたかったファンタジー要素は「魔王」と「種」です。そもそもこれがファンタジーなのか怪しいところだけど。

小話 56:2017/08/13

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