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どうやら俺は狙われてるらしい。
マジな話だ。
決して洒落ではない。

「クソッ、俺の唯一の弱点に気付くなんてっ!」
「毎日連れ回してるからでしょー」

統率範囲なんて知らないけど、とりあえず近辺では名の通ったチームリーダーの充が、古びた屋上の扉を殴った。ガァンッ!と響く音のあと、間延びした声で相づちを打ったのは副リーダーの泉さん。
チームというのはいわゆる不良の集まりというか、族の集団というか、あんまりよろしくないやつだ。

「あ、扉歪んじゃった」

対した俺は、その集団の一員でもなく、不良でもなく、可も不可もない成績をキープしている一端の高校生だが、実はリーダーの恋人だったりしている。
歪んだ扉がもとに戻らないかガタガタと動かしていると、背後にいたらしい充が一発でガコンとはめ直した。すごい。すごいけど、自分で壊しといて自分で直すなんて、なんなんだ。とりあえず殴られた際の凹みだけは戻らなかったから、なんだか可哀想に思えてひんやりとする無機物のそこを撫でといた。

「何やってんだ」
「だってこんなに凹んじゃって、可哀想じゃん」

黒の学ランに金髪プラス、ピアスがじゃらじゃらついた充は、その髪やアクセサリーのキラキラに負けないほどキラキラした顔立ちだ。
たまに顔に傷を作っては手当てをしていた昔。当事保健委員だった俺が、あまりに痛々しそうだったもんで顔を歪めながらも毎回手当てしていく姿に充曰く“俺の為に心を痛めながら甲斐甲斐しく世話をしてくれる姿に胸を打たれた”らしい。
それを告げられた時、充の後ろで泉さんが指をこめかみ辺りでくるくる回していた。
それが充の全てを語っていた。

ちなみに俺はナイチンゲールのような心の持ち主ではなく、凡骨な成績をカバーして内申を稼ぐためだけに委員会に所属していて、たまたま当番の週に、たまたま泉さんに連れられた充が現れたという、偶然か必然か解らない巡り合わせだったのは俺の中だけにしまってある。


「は〜、お前は本っ当に、可愛い奴だな」

大きい手で鷲掴みされた頭頂部をぐりんぐりん撫で回されて目が回る。

「あのさ、俺のこと可愛いとか、もうばあちゃんすら言ってくれないよ」
「なんだ、言われたいのか。ならたくさん言ってやるよ」

頬を染めながら言われたけど、今そういう話をしてたわけじゃないからね?
しらっとした目を充にぶつけても、にかっとした笑顔のバリアに跳ね返された。

「ちょっとー。今は尊君をどうしようかって話でしょー」

まるで幼稚園児から注目を集めるように、泉さんがパンパンと手を叩いた。
そうそう、今は俺の話だ。
こんな俺はどうやら、今までトップを張っていた別のチーム頭に狙われてるらしい。
そのチームとは、充が自分とこのチームを統べるまでは裏世界でやりたい放題していたらしく、最近力をつけてきた充のチームに目をつけて、抗争というか喧嘩というか、とりあえずけしかけたチームリーダー同士のタイマン勝負でまさかの格下認定していた充から一発KOをくらい、敗北。今じゃ充のチームの影に隠れて埋もれているという、ある意味自業自得なチームだ。

ちなみにどっちのチームも名前が英語や漢字の造語甚だしくて覚えていない。面目ない。

何度か充やそのチーム仲間に闇討ちよろしく色々してきたらしいが、全て返り討ちにあい、どうにもこうにも勝てていないようだ。
そしてついには充の恋人である俺を拉致して何か・・・良からぬことを致して、充に精神的ダメージを食らわし、弱ったところで再び天下取りをと企ててるらしい。
良からぬことと言うのは具体的に言われてないから俺も考えないようにしている。楽観的ではない。逆に考えたら泣きたくなるからだ。

「分かった」

古典的に、俺はぽんと手を打った。

「別れることにしよう」

充が死んだ。
俺の発言と共に、バタリと倒れ込んだまま動かなくなった。冬の野外のコンクリは冷たいだろうに。

「違くて。別れたってことにしようって話」
「んー?嘘の情報を流すってこと?」
「そうですそうです」
「いーねー。俺的には充が振られたって噂が流れるのが、超楽しそー」

充そっちのけで中性的な顔立ちでニコニコしながら言う泉さんは中々にいい性格だ。
よろよろと立ち上がった充が俺の後ろから覆い被さって、肩から手を前に回してきた。

「せ、せめて自然消滅に・・・」
「そういう問題ー?」
「尊に振られるのは、マジできつい・・・」
「先行き不安だなー」

けたけた笑う泉さんにつられて、俺も笑いながら首筋に顔を埋めた充の手をぎゅっと握った。





「紹介します。うちのナンバースリーで、ルーキーの大和君」

翌日、泉さんが屋上で紹介してきた相手に目を剥いた。
ナンバースリーでルーキーの大和君とは、同じ一年でうちのクラスメイトだったからだ。彼はいつも目が隠れる長さの黒い前髪と白いマスクで顔を隠し、いつも誰とも喋らないからてっきり、一人が好きとか、はしゃぐタイプじゃないとか、大人しい部類かと思っていたのだ。

「び、っくりした」
「俺も驚きました。まさか充さんの女が、いや、男?が──」
「あの、そこはあんまり触れないで・・・」

マスクを外した素顔はシャープな顔立ちで、長めの前髪を斜めに流して耳にかけると、はっきり見えた目元は切れ長で、正直言ってイケメンだ。耳にはたくさんのピアス跡や穴がある。
俺の視線が耳にいってるのに気付いた大和君が、あぁ、と自分の耳を弄った。

「一回、前つけてたピアスが喧嘩相手の服に引っ掛かって、耳持っていかれそうになったんで、付けんのやめたんす」
「あいたたた、いたたたた」

思わず自分の耳を押さえてぞぞぞっとする俺の腹に回った、がっしりとした長い腕。
誰、なんて確認するまでもなく、相手は充で、あっという間にあぐらの上に乗せられた。

「甘いんだよ、大和は。俺ならそんなヘマはしねぇ」
「威張ることじゃないけどね」

充の耳を触りながら言うと、その手のひらに顔をすり付けてきた。猫みたいだ。猫って言うか、猫科の、虎、ライオン、豹、とりあえず何か獰猛なやつだな。

「あのさー。噂はまだ流してないけど、嘘とはいえ別れたことになるんたから、外は勿論、学校でもイチャイチャ禁止だからねー?」
「はっ?な、学校はいいだろ!」
「だーめ。充目立つんだから。噂が流れても他の生徒が“あいつら普通にイチャついてるけど”って噂の訂正でも流されたら元もこもないよー?」
「ぐ・・・っ!」

泉さんの言うことは最もだし、元は俺の提案だから異論はない。が、充は不満げに俺を強く抱き締めて無言の抵抗を表した。正直、あばらが痛い。
そんな俺達を大和君は客観的に観察している。

「なんすか、じゃあ俺は尊さんのケツを守りゃいいんすか」
「ひぃぃぃ」
「あほか!髪の先から足の爪先までだよ!」
「それだと尊君、散髪も爪切りも出来ないでしょーに」

はぁ、と泉さんが呆れた表情を浮かべる。

「尊君。しばらくは大和と一緒にいてね。大和こんなんだから、あんまし素性はバレてないし、何かあったら即戦力だし。大和も、尊君のことよろしくね」
「うぃっす」
「ちょ、ちょっと待って下さい泉さん!何でそんな話に?さすがに大和君に迷惑はかけらんないです!」

しかし泉さんの言い分に寄ると、俺(と大和君)を泳がせて、周辺に沸いて出た奴等を片っ端から取っ捕まえていく算段らしい。つまり充も泉さんも、水面下で動く準備は出来ているようだ。
それにチームにいる時は素顔だけど、その他の時は素顔を隠して大人しく省エネタイプで暮らしてる大和君なら、普段一緒にいても怪しまれないし、もしもの時は安心だろうということだ。

「大和も、大丈夫でしょ?」
「はい。万が一でも強いやつらと一戦交えるの、ワクワクします」
「そんな。孫悟空みたいな・・・」
「いーんだよ。大和は腕っぷしならナンバーツーだ」

ツー?泉さんを差し置いて?
俺の疑問に泉さんは苦笑した。

「この二人、おつむ弱いからねー。僕みたいなのがいないとダメなんだよー」
「すごい納得」
「そしたら、堅苦しいとは思いますが尊さんはしばらく俺との同行をお願いします」
「大和君、俺はチームに入ってる訳じゃないから畏まらなくても・・・クラスメイトだし」
「・・・じゃあ」

小さくペコッと頭を下げた大和君を、泉さんが暖かい目で見守っていた。

「良かったねー、大和。高校入って初めての友達だねー」
「・・・うるさいな」
「そうだ、お前は尊のオトモダチってポジションだって肝に命じとけ」
「ほんとにウザい」

心からの本音を惜しげもなく伝える大和君に、やっぱり泉さんはうんうん頷き頭を撫でていた。母親のようだ。
そして俺は、背中に引っ付く充にこっそりと耳打ちをする。

「早く復縁できるように頑張ってね」
「・・・っ!」

赤い顔してものすごい頷く充に、静かに燃えてる大和君に、終始にこやかな泉さん。
チームのことなんて何一つ解らないけど、俺はわりと早く片付くんだろうなと事の流れに身を任せることにした──・・・その日の夜、泉さんから着信が。

「今ねー、充が向こうのアジトに単身乗り込んで壊滅させちゃったらしくてねー。だから作戦も噂も無しねー」
「・・・」

・・・充よ。
破局もなしに復縁希望とは。

「・・・大和君は、がっかりするだろうな」

切れた携帯を眺めていると外からバイクの音が聞こえたもんで、俺は上着を羽織っていそいそと外に出かける準備を始めるのであった。




おわり




総長の王道ストーリー好きすぎる。
特に前後は考えてなくて、総長に愛される平凡の一部分が書きたかっただけでした。

小話 53:2017/07/03

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