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会社を立ち上げた父の秘書である母が仕事を辞めたのは、妹が産まれてからだ。
僕はベビーシッターに預けられ、幼稚園年中になると、ほぼ家政婦との二人暮らしのようなものだったのに。
当事六歳、小学校一年生の自分は産婦人科の病院で新生児室に並ぶ妹を窓越しに眺めながら、父方の祖父母にこう言われた。
「兄になったのだから、しっかり妹を守りなさいね」
と。
父の弟が更に言った。
「そうだなー。昴、お兄ちゃんになったもんなー。じゃあ昴は俺が守ってやるからなー」
予想外の言葉に顔を上げれば、彼はにっこり笑って、妹じゃなくて僕を見ていた。
一瞬にして輝く世界。
光明お兄ちゃん、僕の初恋。
叔父さんと言う方が正しいのだろうけど、当時18だった光明お兄ちゃんこと光にぃは「おじさんと兄さんなら、兄と呼ばれる方が絶対にいい!」と譲らなかった。
さらに、「俺は末っ子だから、兄貴扱いされるのは嬉しい」と僕を釣りやキャンプに連れて行ったりと沢山可愛がってくれた。
父曰く、「お前は昴にかこつけて、自分が楽しみたいだけだろう」だと。
誤解のないように言えば、僕はちゃんと両親と仲が良い。会社を軌道にのせる為、赤ん坊だった自分を食べさせる為、社員を守る為に、両親は仕事に力をいれていたのを知っているから。
それでも子供心に寂しさと言う空いた隙間はあるもので、それを埋めてくれたのが光にぃだ。
光にぃ曰く、「やだなー。そりゃ一人でも楽しいんだけど、昴も一緒だと尚更楽しいんだよ」らしい。続けて「兄さんは昴が一番可愛い頃を一緒にいられなかったからなー。残念だよなー」とニヤニヤ、父さんはイライラ。妹を抱いていた母は呆れた眼差しを二人に向けていた。母の隣で妹の頬をつついていた僕は、恥ずかしいやら嬉しいやらで、モジモジして顔を向けられなかった。
光にぃは妹が産まれる前から、家で家政婦さんと二人だけの時から、お菓子や玩具を持って、よく遊びに来てくれた。身内に子供が産まれるのは初めてで、可愛がりが止まらないと言っていた。
「じゃあ、僕の他に、どこかで赤ちゃんが生まれたら、光にぃはそっちを好きになる?」
それを考えただけで、僕はすごく悲しくなった。
「光にぃは、僕だけの光にぃがいい」
言えば、光にぃは目頭を押さえて悶絶したあと
「昴が一番可愛い!昴が一番好き!」
と、思いきり抱き締めてくれた。
僕もおずおずと、まだ小さかった手で光にぃの服を握れば「可愛い可愛い」と更にぎゅうぎゅうに抱き締め直してくれた。
運動会やお遊戯会にはビデオカメラを持って両親のかわりに来てくれたし、日曜の朝早くヒーローショーを観に遊園地にも連れていってくれた。初めて映画館でアニメ映画を観たのも光にぃが一緒。
両親はビデオや写真を見ながら光にぃに感謝していたし、育児に深く関われなかった幼児期があったのに、僕がまっすぐに育っているのも光にぃのお陰だと言っている。
ただ僕が“まっすぐ”って言うのはちょっと違うと思う。なぜなら僕は多少なり屈折した感情をもっているからだ。
「光にぃ。今日で僕ももう18だよ。大人って言うにはまだ早いけど、大きくなったでしょ?」
「それは重々理解しているが、俺が押し倒されてるこの状況は何だ?」
勉強も運動も、光にぃに褒めてもらいたいからうんと頑張った。
大人の光にぃに釣り合うように、見た目も服装も気を使うようにした。
女の子から好意を寄せられるようにもなったけど、僕の思春期は全て光にぃに向けられた。
初めてのバイト代は家族と光にぃにお寿司をご馳走した。
「胸がいっぱい過ぎて食べれない」
なんて言って箸をつけないから、慌てて寿司桶から光にぃの好きなサーモンとハマチは小皿にとって、手元に置いてあげといた。
身長が光にぃに並んだ頃、
「成長は喜ばしいけど切ないなぁ」
って感慨深く光にぃは言っていたけど、僕は嬉しくて仕方なかった。歳の差や光にぃの過去にも近づくことは出来ないけど、それは唯一並んだものだから。
僕の全部は光にぃ、光にぃ、光にぃ。
「いやね、俺は今日、誕生日おめでとうって言って、プレゼントを渡したかったんだよ」
「ありがとう。嬉しい」
「どしたの?反抗期?なんかあった?」
今日は僕の18の誕生日だから、放課後に光にぃから「ちょっと帰りに寄っといで」とお誘いがあった。
そこにつけ込んで、光にぃをリビングのソファーに押し倒しても、こんな状況にもかかわらず俺を気にかけてる優しい人。
でもそれは逆に、僕を意識してないってことだ。
「僕ね、光にぃが好きなんだよ。もうずっと」
「うん、昴は可愛い甥っ子だからね、俺も好きだよ」
「・・・もぅ」
全然分かってくれない光にぃの頬を掴んでギリギリまで顔を寄せると、光にぃの目の中いっぱいに僕が映る。
「・・・近くない?」
「そうだね」
「ちょ、昴顔きれいだから、おじさんドキドキしちゃうからね?間違いが起こらないように離れようね?」
「間違い?いいよ、起こそうよ」
僕の発言に、光にぃが目を見開いた。
「好きってそっち!?」
「気付くの遅い」
「待て待て待て!お前、俺、あのっ!」
「そうだね。僕達は血縁関係にあって、僕は18の甥で、光にぃは30の叔父だね」
「分かってんじゃねぇか!」
「うん、でも、だから何?」
「ひぇっ!?」
ちゅ、っとまずは手始めに額に唇を寄せた。
光明お兄ちゃん、僕の初恋──継続中。
おわり
小話 52:2017/06/24
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