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恋人に対する短所があるとすれば、三杉は「奥手すぎるところ」とハッキリ言える。


「今週から学食に新メニュー出来たじゃん」
「・・・ん?う、うん」
「今日それを食べようと思ったんだけどさ、やっぱり皆考えること同じなのな」
「・・・うん」
「売り切れなってて食べれなかったよ。だからいつもの定食食べたんだけど」
「・・・」
「食堂のおばちゃんがお詫びにって唐揚げおまけしてくれて」
「・・・」

聞いてないな。
三杉は静かに息を吐いた。
どうでもいい話だから別にいいけど。
右に並ぶ氷室は、ちらちらと三杉の右手の動向を窺っている。校門を出てからの帰り道中ずっとだ。

(手ぇ繋ぎたいんだろうな)

今日だけでなく、ここ数日のあからさまなその意思表示は、駅までの距離の間、行動に移されることはない。
それならと、それに気付いた三杉がさりげなく氷室の左手に右手を寄せれば、氷室は慌てて左手を三杉から遠ざけた。

(・・・おい)
ちょっとムッとして、三杉が通学鞄にしているリュックのショルダーベルトを両手で握りしめれば横から
「あぁ・・・」
と、なんとも情けない声が聞こえてきたから笑えてしまう。

やはり氷室は自分から手を繋ぎたいらしい。
仕方ないかと、三杉はリュックを背負い直すふりをして、再び両手をだらんと落とした。

大体、告白だって時間が掛かった。
学園の王子的存在の氷室が平民を自覚している三杉に話し掛けてきた時の第一声。

「あ、あのっ、」

・・・に、続く言葉が中々出てこなくて氷室は視線をさ迷わせまくっていた。
そして急に声を掛けられた事にぽかんとしている三杉が返事をする前に
「・・・じゃ、じゃあ!」
とユーターンして早歩きで去ってしまった。
何だ、今のは。
三杉は初めて話した(と言っても会話になっていないが)氷室の行動に首を傾げるしかなかった。

それが一週間続くと、さすがに三杉も自分に話があるのかと理解して、辛抱強く待つようになった。それは三杉どころか周囲まで王子を見守り応援するほどだ。
翌週になり、ようやく「お、おはよう」が聞こえて、三杉も「おはよう」と返し、「氷室君」と付け足せば、氷室は首まで赤くして再びユーターンしてしまった。
理由は解らないけど、好意を寄せられているのは理解した。

それから二ヶ月後。
彼はやけに神妙な顔付きで初めて「三杉君」と名前を呼んだ。おぉ、と驚いていると、またも長い沈黙が走る。この待ち時間が苦にならないほどには三杉も氷室に好意を持っていたし、伊達に二ヶ月も無言が続く日数を共有していない。

しかしやはり氷室。そこからが長かった。
目が合えば恥ずかしげにそらし、口を開いては声を発する前に閉じ、それらが繰り返す間、きれいな顔はずっと赤いままだ。
三杉は焦れた。しょうがない。

「・・・氷室君」
「っ!」
「あのさ」
「ま、ままま待って!」

前に突き出した両手を振ってストップを示す氷室に、ふぅーっと息を吐いてから三杉は天井を見上げた。

「ずっと待ってるから、ゆっくりでいいよ」

出来れば学園の門が閉まるまで、と内心付け足してから十分後。思ったより早く

「好きです。付き合ってください」

が聞こえた。
返事は氷室がたっっぷり考える日数を与えてくれていたので、三杉はすんなりと「はい」の言葉が出たのだった。


両思いになって、さらに恋人同士になったのだから氷室の奥に引っ込んだ性格は少しくらい改善されるのではと思ったが、そんなことはなかった。
氷室は氷室だった。




「・・・なんか寒いね」

わざとらしく両手をさすって、再び手を下ろす。
嘘だ。冬を過ぎた今は、春のぽかぽか陽気で日中は汗ばむくらいだ。全くもって寒くない。

さぁ、氷室。パスは出したぞ。ゴールを決めろ!

三杉は至って自然を装いながら、なるべく意識しないように前を見て歩いた。
そしてようやく、指先が触れたのだ。
いやそこはもっとガッ!と来いよと言いたいところだが、相手は氷室だ。三杉はちょいと指先を動かして氷室のと絡めると、隣からほっとしたようなため息が静かに聞こえた。
ちらりと横を見れば、氷室が頬を赤くして目を輝かせながら、小さく繋がる指先を花を飛ばしながら見つめている。

「し、幸せ」

そしてその安直な台詞に思わず噴き出して笑ってしまった。

「そんなに」
「・・・うん。もうこのまま時が止まってもいいくらい」
「そっかー」

ふと、ここで意地悪が思い浮かんだのは先程手を遠ざけたのと、散々待たされた事への仕返しだ。

「じゃあ明日のデートの予定は一生来ないな」
「ええっ!違、そういうつもりじゃ!」

せっかく繋いだ手をパッと離し否定を示す為に両手を振った氷室は、自分のその手が再びフリーになった事にぎょっとして、肩を落とした。もう一度繋ぐという選択肢はないようだ。なぜ。

「キスまで長そうだなぁ・・・」

三杉の呟きに、隣の氷室が電柱にぶつかった。




おわり



奥手というかへたれというか。

小話 51:2017/06/11

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