05



「なんでアンタみたいな奴が羽柴と付き合ってんの」

頭のてっぺんから足の爪先までキレイに整えてる女の人が、突然そう言った。
高校からの帰り道、ほんと突然、植木を眺めながら歩いていたら、急に、女の人が、目の前に現れて。

「男同士って流行りだけど、そんなん今だけだし。ブサイクが粋がってんじゃねえよ」

などと言ってきた。顔の造りに反してお口が大変悪いようだ。

「クソ野郎が、死ね」

今やキレイと思わなくなったその顔を盛大に歪めて吐き出された暴言を最後にヒールを鳴らしながら女は消えていった。
あっという間の出来事に、俺は怒り半分惨め半分、心臓がバクバクと震えた後に、若干泣いた。
だって知らない人にいきなり罵声浴びせられて、死ねとか言われて平静を装えるほど、メンタル強くないし。
つーか、そもそも。

「ハシバって誰だし」

あの女の話からすると、男で?俺と?付き合ってる?らしい。はあー?知らねぇよ誰だよチクショウ。男の恋人どころか彼女だって出来たことねぇよ。幼稚園のときに女の子と将来結婚しようねって約束したレベルくらいだよ。卒園と同時に疎遠エンドだよ。なんだ俺は。どこかでホモ説流されてんのか。え、ネットとか高校で流されたらやばくね?社会的に生きていけない・・・!

グジグジしながら帰宅すると、リビングにはこの春に服飾専門学校に進学した姉がいた。あとお客さん?彼氏?顔も服装も整った男の人もいた。玄関から続く廊下から顔だけ出して挨拶したら、さっさと部屋に引っ込もう。

「ただいま・・・と、いらっしゃいませ」
「あ、お帰り、まーくん、って!どうしたの!何で泣いてるのっ?!」

俺に対して過保護(っていか溺愛)気味な姉が、涙こそ流してないものの、赤くなった目の俺を見て絶叫した。慌ててリビングから飛び出し、俺の頬を両手で挟んで顔を覗き込んでくる。姉の後ろでお客さんも心配そうにソファから腰を浮かせた姿が視界に入ったところでハッとした。

「いや、大丈夫だから。何もないから。ほら、お客さんいるし、ね」
「え?客?」

姉が後ろを向いて男を見た。

「いいのいいの!コイツはあとで!それより今はまーくんのが大事!」

そしてすぐ、俺をぎゅうぎゅうに抱き締めた。いやいや、こんな姿見せたくないし、お客さんだってこんな変な兄弟の姿見たくないだろ、普通に考えて。

「どしたの?話聞くよ、おいでおいで。美味しいお菓子もあるよ」

手を引っ張られて、L字形ソファの奥に座らされた。その隣に姉が座って、L字の角を曲がったところにお客さんがいる。なんで俺真ん中なの。そして隣のお客さんからすげぇ視線感じる。この人姉ちゃんに話あるんじゃないの?俺迷惑の他何でもないじゃん。

(今この状況で話すの、俺すげぇ惨めじゃね・・・)

言いよどんでいると、繋がれたままの姉の手が思いっきり握られた。あ、これ言わなきゃ解放されないパターンだ。姉は俺に対して盲目的でもある。

「・・・なんか、帰り道で知らない人にブサイクとかクソ野郎とか言われた・・・」
「はっ?!」
「あと、なぜかホモ扱いされた・・・」
「んっ?!」
「どうしよ、変な噂流されたりしたら、学校行きづらい・・・」

明るく笑い話にして、さっさと退散しようと思ったのに、思い出したらまた泣けてきた。
ソファの上で三角座りして、顔を埋める。

「まーくん、その人って女?もしかしてこの人?」

姉がそろそろと携帯を差し出して、見せてきた画像は専門学校のクラスメイトの集合写真のようだった。一人を拡大してくれたところで、俺の口から「あ」と声が漏れた。
それで悟ったらしい姉が、鬼の形相になる。

「やっぱりあの女・・・ッ!まーくんになんてことっ!」
「姉ちゃんの友達?」
「友達なわけないでしょ!」

キーキーしてる姉は置いといて、お客さんがテーブルに置かれている個別包装されたお菓子を渡してくれた。

「食べなよ」
「え?」
「チョコレート、好きだよね?」

よくよく見ると、手渡されたそれはデパートとかでしか見ない、高級なやつだった。これ食べるの何年ぶりだろう、とか考えちゃう辺りが淋しい我が家だ。
御礼を言おうと手元から顔をあげて、ドキリとした。
お客さんが、ものすごく優しい顔をして俺を見てたから。

「まーくんは昔と変わらず泣き虫で、本当に可愛い」
「・・・へ?」

頭に延びてきた手になぜか動けずにいると、姉が素早くはたき落とした。お客さんがムッとして唇を尖らせる。

「まーくん!まーくんは本ッ当に可愛いから!全ッ然ブサイクじゃないから!こんな厚化粧の言うこと信じなくていいから!」
「ああ、もう、うん、わかったから」

肩を揺さぶられて頭も揺れる。
そもそもこんな兄弟の痛い行動を見せ付けられて、内心穏やかじゃないだろう。お客さんの方をチラリと伺った。姉にはたかれた手をさすっている。なんと申し訳ない。
すると姉も俺の視線に気づいたのか、ようやく揺さぶりをやめてくれた。

「まーくん、コイツほら、羽柴純。私と同じ専門に入学したの」
「羽柴・・・?ハシバ!」

その名を思い出して、俺は血の気が引いた。
全ての元凶じゃないか!

「お、俺、さっきの人にハシバと付き合ってんのって言われた!し、死ねって・・・言われた」

俺の発言に、姉は眉間を押さえてうつ向き、羽柴さんは目を押さえて天を仰いだ。

「おいコラ、てめぇのせいだろうが」

姉が地を這うような声と鋭い眼光でギラリと羽柴さんを睨む。超怖い。

「それについては本当にごめん。俺が迂闊だった。ごめんね、まーくん」
「え、なに、なんなの?」
「・・・あいつがね、純に告白したけど、純は結婚を約束してる人がいるからって断ったの。それが私の弟だって学校で私と純の話聞いてたらバレたみたいで。今日はあの女についてちょっと話し合いを・・・ああもう!だからってなんでまーくんに言いに来るかなっ!」

横倒れた姉がソファをバシバシと叩いて唸っている。
しかし俺は聞き逃さなかったぞ。仰天発言に俺の悲しみ思考もフリーズしたぞ。

「ちょっと、ねえ。なんでこの人の結婚相手が俺なの?」
「なんでって、まーくん、純と仲良かったじゃない。将来結婚しようねって言ってたくらい」
「えっ?!」
「ずっと待たせてごめんね。結婚するからには、きちんとまーくんを迎え入れる準備をしてからじゃなきゃと思って。今なら割りのいいバイトもしてるし、株で儲けた資金もある、やっと同棲出来るまでになったから、迎えに来たんだよ」
「だからまーくんはまだ高校生だから行かせないっつーの」

姉と羽柴さんが俺の頭上で火花を散らす。
しかし俺はと言えば、記憶のなかに確かにある幼少期の思い出の矛盾点に頭がハテナでいっぱいだった。
結婚の約束をした羽柴純──純ちゃん。
そうだ、純ちゃんだ。純ちゃんと確かに結婚の約束をした。純ちゃんは姉と同じ二個上で、俺が年少の時に年長で、親が迎えに来るまでの間しかなかったけど、姉と三人でよく遊んでたんだ。一年経つとあっという間に卒業しちゃったから、記憶がぼんやりとでしかない。でも、俺は──。

「純ちゃんのこと、女の子だと思ってた・・・」

俺の呟きに姉は噴き出した後にケラケラと笑い、羽柴さんは顔を赤くした。

「だよねー!幼稚園なんて運動会もお遊戯会も男女混合だったし、あそこ、制服もあったけど皆体操服かスモック着てばっかだったし。帰りのときしか純のこと見てなかったら、そう思うよねー。年少の記憶なんてあやふやだしぃ?」
「昔から可愛いものとか、そういうので着飾るのが好きだったから・・・だから服飾専門学校に入ったんだ。まあ、髪がちょっと長かったのは親の趣味もあったけど」

そうだそうだ。そのスモックも、男の子がつけるキャラクターもののワッペンとかじゃなくて、リボンとかレースとかで、髪型もおかっぱだった。
だから・・・勘違いしてた。
ひぇ〜っ、俺、男の子と結婚の約束してたのかっ。
あわわわと焦っていると、姉が後ろからのし掛かってきた。

「どうする、まーくん。記憶違いってことで、婚約破棄する?お姉ちゃんはそれでもいいよ〜」
「えっ?」
「そんなことないよね、まーくん。俺のこと結婚したいくらい好きだったよね?今でも俺のこと好きだよね?今日だってほら、このチョコレート。まーくんの為に持ってきたんだよ」
「ええっ?」
「変な女にまた絡まれるかもよ?」
「えぇ・・・」
「大丈夫、もう絶対そんなことさせない。側でずっと守るから。だから同棲しよ?」
「えー・・・」

無駄に「え」のバリエーションが増えてきた俺。
後ろから姉に抱き締められ、前から羽柴さん──もとい純ちゃんに正面から両手を握られ、身動きとれずに固まってしまった。
それでもなんとか言い放った答えは──。

「こ、高校卒業するまで、待って・・・」

約二年の期限つきだった。



おわり



お姉ちゃんは弟が幸せになるなら誰とどうなっても良いと思ってるよ。


小話 05:2016/09/19

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