49



行為の最中、椿はいつも心ここに非ずだ。
組み敷かれても、揺すぶられても、上に乗せても、いつも目を伏せて、息を整えようと小刻みに浅く呼吸を繰り返しているだけ。
それでも体は正直に出来ていて、反応もすれば最終的に出すものも出す。
しかし終わればすぐ寝るか、動ける場合は風呂に直行。
甘いムードもへったくれもあったもんじゃない。


「お前、いつも何考えてる?」
「“何”?」
「ヤってる時。何考えてる?」

今日はもう動けないらしく、うつ伏せになって枕に顔を埋めていた。
気だるげに目だけを俺に向けて、一度考えるようにそらして、また俺を見て。

「何も考えてない」




「へー。それで喧嘩して?嶋は機嫌悪くなってんだ」
「喧嘩にもなんねぇよ」

唯一、俺が男と付き合って体の関係もある事を知る友人は興味があるのか無いのか、不機嫌な俺の話を聞くだけ聞いて、適当に相槌をうっている。

ひとつ年下の椿。
たまに眼鏡をかけていて、よくボーッとしているのを除けば、ごく普通の高校生だ。
数ヵ月前に階段の中頃にこの友人と座り込んでいたら声をかけられた。

「ちょっと退いてもらえますか?」

はぁ?って振り返ったら、教材が入ったでかめの段ボールを抱えた奴が、段上で立ち止まっていた。
この時は「お前誰にモノ言ってんの」ってキレかけたけど、奴の顔は下から見上げてた上、段ボールからはみ出た教材でよく見えなかった。
俺達が退かないのを察したのか、奴は自ら階段をそろそろと横にずれて一段一段ゆっくりと足を降ろしていくが、どうも動きが危うい。

「もしかして、足元見えてないんじゃない?」

俺より数段下にいた友人が呟くのと同時、奴は案の定踏み外して階段から転げ落ちた、はずだった。実際に転げ落ちたのは教材のみ。奴は俺が寸でのところで掴まえた。
派手な音を立てて散らばった教材。対して危機一髪だった奴と、無意識に手を伸ばした俺と、発端全てを目撃していた友人は格好そのままにしばし茫然と固まっていた。
それは時間にして数秒、すぐにチャイムが鳴ったので三人とも我にかえった。

「すみません、ありがとうございました」
「あ、いや・・・」
「君、大丈夫?あれ重かったんじゃない?」

俺より饒舌な友人が話しかけると、奴いわく、重かったのもあるけど、普段かけている眼鏡がなくて、前がよく見えなかったそうだ。
ボーッとして廊下を歩いてるところを、教科担任に次の時間に使うから運ぶよう言われたらしい。

「今チャイム鳴ったけど、平気?」
「ああ、そうだ。拾わなくちゃ」
「手伝ったげる。あら、段ボール破けてるね。ってか元から古くてふにゃふにゃじゃん」
「・・・全部抱えていきますんで」
「いーよいーよ。重いし絶対持てないから、教室まで一緒に行ったげる。それに俺らがいた方が便利だよ。ね、嶋?」

勝手に話をつけて同意を求める友人と、教材を集めながら俺をぼんやりと見上げてくる男。上履きに書かれた名前は椿だった。

元から次の授業はサボる予定だったから、椿を手伝うのにめんどくささはあったものの、支障はない。
先に授業開始に間に合わなかった椿が教室に入ると、待ち構えていた教師がネチネチ嫌味を連発しだしたが、俺と友人が教材を持って続けて入ると顔を青くして口を開閉させていた。
代わりに一斉に沸き立ったクラスの女子共は放っておく。

「ちょっとセンセー。教材が入ってた段ボール破けちゃってさー、この子超困ってて可哀想だったんだけどー。しかもこの量あり得なくない?マジ重たいし。何でセンセーちょっとは自分で持ってってあげなかったのさー」

友人が教卓に教材を雑に置きながら、逆に教師にいちゃもんをつけてる間に椿は俺の手から資料プリントを引き受ける。
この陰湿教師相手なら、確かに俺らがいた方が便利だったな。
ちろっと教師を見れば、睨んだわけでもないのに遂には閉口してしまった。
なんだこいつ。これで今から授業出来んのかよ。

「ありがとうございました。何から何まで」
「ん」

ペコッと頭を下げて、椿はさっさと教室の前列の奴にプリントを配布していった。
椿のクラスメイトは友人と俺を交互に見遣るのに忙しそうだ。

学校の中じゃ友人共々、女からの視線は毎日浴びる。男からはそれに対する妬みや、俺らの悪評と風貌からビビった風に様子を窺う視線を受ける。
なのに、椿は始めは俺が見えなかっただけだろうが、その後も何事もなく、懐く事も避ける事も目も合わせる事もなく、淡々と自分の目的のみを執行していく。

「あれ、椿ちゃんだ」
「ん」
「呼んでみよー」

それから学校内で椿を見つける度に友人と共に名を呼び手を振れば、振り返り軽く一礼して、さっさと本来の行動に戻る椿。

「可愛いよね、椿ちゃん。つれなくって猫みたい」
「猫、ねぇ」

あれじゃあ気紛れな猫の方がアイテム次第でよく懐くだろうに。
俺としては一人の人間として興味を持って、ゲームをひとつひとつクリアする様に、どうにか椿を攻略出来ないかとじっくり向き合ったところで後の祭り。すっかり椿に惚れていた。

「俺と付き合え」
「えぇ・・・」
「ンだよ、その言い方は」
「じゃあ貴方が飽きるまでで」
「残念だな。その日は来ねぇよ」

じゃあずっとだなって、握手の意味で手を差し出した。

「よろしく、椿」

すると椿は手を見て、俺を見て、天井を見てから、俺を見て言った。

「僕、貴方の名前知らないです」

これにはさすがにキレたけど。





「何も考えてない、ねぇ」

友人はわざとらしく顎に手を添えて、首も傾げる。

「普通男同士ってだけで色々考えるのに、何も考えてないって事は」
「・・・何だよ」
「嶋、好かれてないんじゃない?」
「はあ!?」

悪意も企みもない、ただの純粋な疑問をぶつけられた。

「バッ、は、あぁっ!?」
「だってだって考えてみなよ。嶋達って嶋の恫喝から始まったんでしょ?」
「恫喝じゃねぇよ。コ・ク・ハ・ク・だ!」
「似たようなもんだよ。だって始まりに、椿ちゃんの気持ちは入ってないんだもん」

いや、そりゃ確かに付き合えって命令口調だったけど、俺が飽きるまででって話だったけども、俺にビビってない椿の様子を察するに、交際を承諾したってことは、少なからず俺に気が有るって事じゃ・・・。

「でも何も考えないで嶋と付き合えるってのもすごい話だけどね」
「・・・」
「聞いてる?あ、だめだこりゃ」

何か言ってる友人は置いといて、俺はふらりと立ち上がり、椿の教室へ足を向けた。


椿の教室に行くと、やはり女に騒がれる。
その騒ぎで読んでいた本から顔をあげて辺りを見渡した椿は、そこでやっと俺を見つけた。

「おい。面貸せ」
「機嫌なおったの?喝上げ?」
「なおってもねぇし、喝上げでもねぇよ」

恫喝だの喝上げだの。揃いも揃って人を何だと思ってやがる。

鞄をもってついてきた椿を適当な空き教室にペッと放り込んで、自分も後から続いて入る。
少し乱暴な扱いに数歩よろめいた椿。

「なぁ。俺、付き合ってくれてんなら椿も少なからず俺の事好きなんだって思ってたんだけど、違った?」

いきなりの問い掛けに、眼鏡の向こうが丸くなった。

「ヤってんの、良くなかった?椿感じてなかった?俺下手くそだった?」
「え?」
「何も考えてないって、どういう事?なんつーか、椿がわかんねぇ・・・」

ダサい。
こんなこと言うなんて非常にダサい。
だけど俺の遍歴において、今回のケースは、椿だけは初めてで、正直言って分からない。自信がない。

「だって・・・」

椿が視線をさ迷わせてから、床に落とした。
言葉も表情も少ない椿が考えたり困ったりすると視線を動かす行為は、付き合ってからしばらくして気付いた癖だ。
一度俺を見て、また床を見る。

「・・・しぃ」
「あん?」
「は、恥ずかしい・・・」

言って、椿は床どころか自分の踵を見てるんじゃないかってくらいうつ向いた。つむじしか見えない。

「き、気持ちいのを、快感を一々拾ってたら、頭おかしくなりそうで、喘いだりとか、たくさん感じたりとか、恥ずかしい、から」

だから何も考えないようにしていたと、そういうことか。

「いや恥ずくねぇだろ。全く」
「・・・恥ずかしいよ、俺の立場では」

不貞腐れたように言われたが、俺はそれを見たいのに。

「考えすぎじゃね?」
「じゃあ役割交代しようか」

下から睨み上げられたから、思っきしそらす。
はぁ、と椿が溜め息と共に肩の力を抜いて、ショルダーバッグを握り直した。

「・・・気持ちいいよ。本当は、動かなくても、ううん、抱き合ってるだけで気持ちいい。ごめんなさい。失礼、だった」

諦めたように白状した椿はいつもより言葉数が多い。椿なりに今の状況は自分の弁明次第だと理解しているんだろう。
そろそろと指先で前髪を払ってやると、顔を赤くして困った表情を浮かべる椿がよく見えた。

「お前、そんな顔出来たんだな」
「もう嫌だ。恥ずかしいから見ないで」
「嫌ってのが嫌だ。見せろ。俺のだ」
「こういう空気も苦手なんだって」

にやける顔を隠さない俺の頬をぐいぐいと押しやって、椿は俺から顔をそらして逃げようとする。
しかし逃がさない。
肩を抱くと、今度は椿がそっぽを向いた。

「・・・帰る」
「おー、帰るか。俺んちに」
「自宅に!帰る!」

イーって威嚇するような顔をしてから、しょうがないなって苦笑する椿の顔は、ずっと俺が欲しかったものだった。




おわり



不良系男子が受けにデロデロなん好き。

小話 49:2017/05/30

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