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「あああっ!もうっ!」

すらりとした体型に中性的な顔立ちを持つ樋目野から、似つかわしくない荒々しい声が発っせられた。
次いで薄紅い唇を噛んで、ムッとしている表情も付け足して察するに、どうやら彼はご乱心のようだ。
誰もいない放課後の教室で、樹は机に突っ伏した樋目野の頭を撫でて苦笑する。

「お疲れ」
「ほんとだよ、もう。樹、癒して〜」
「よしよし」

腰に抱きついてきた樋目野を拒絶することもなく、樹は続けて頭を撫でる。

「樹、何でまだ教室いたの?」
「俺日直だからさ、鍵閉めようと思ったら、樋目野の鞄があったから」
「ごめんねぇ」
「いーよ。また生徒会?」

樹の質問に、樋目野は無言でお腹に額をぐりぐりと押し付けた。


──樋目野は一ヶ月前、樹のクラスにやって来た季節外れの転校生だった。
成長途中の体つきに、大きな目とふっくらした唇。栗色の髪の毛は人の目をひくのに充分な要素で、男子校には花にも毒にもなる存在となった。

席が隣で話すようになった樹と樋目野に目をつけたのは、生徒会役員一同で、噂の可愛い転校生を見に来た途端に一斉に一目惚れ。これは樹もわかる。それほどまでに樋目野は可憐で、その笑顔はまさに花が咲いたようだから。わからないのは、樋目野と仲良くしているのが見た目も中身も普通クラスの樹だと言うことに否定的なところだった。

一緒に食堂で食事をしていれば、手が滑ったとコップの水をかけられて、一緒に帰宅しようとしていれば、樋目野を無理矢理に生徒会室へ招いて茶菓子で持て成し、樹は寒い廊下に放置。二人並んでいれば、いかに樋目野が容姿端麗で優れた存在かを語り、それに比べて樹がどれだけ取り沙汰す要素がなく、樋目野の隣が相応しくないかを非難してくるのだ。

生徒会役員の行動にはじめは戸惑っていた樋目野だが、自分より樹の扱いに憤慨して
「僕の友達になにするんですか!」
と盾になってくれたが、そんな樋目野に対し、
「樋目野はこんな奴にも優しいなんて」
と逆に樋目野の好感度を上げ、樹の好感度をまた更に下げた。

「あいつら頭おかしい!」
二人きりになった時、樋目野はヒステリックに叫んだ。

「ごめんね、樹、ごめんね」
ぽろぽろと涙をこぼし、樹の手を強く握る樋目野の姿に胸は痛むが、樹は樋目野がそうあることにひっそりと安堵した。
生徒会役員一同に揃って罵倒され、樹もいい加減に堪えれなくなっていた。生徒会が絶対的な権力を持つこの学校で樹を庇い、気にかけてくれるのは樋目野だけだ。

「樋目野が謝ることじゃないんだよ。でも、ありがとう。俺が一緒にいるから、樋目野にも辛い思いをさせちゃったね。ごめんね」
「そんな事ない。樹は転校生の僕に親切だったじゃないか。僕は、前の学校で友達も出来なかったし、一人ぼっちだったから、樹と友達になれて嬉しいんだ」

初めて聞いたその話に驚く反面、納得も出来た。
この学校での樋目野は花だが、きっと前の学校では近づくことすら恐れ多い毒だったのだろう。

「・・・僕が側にいると、樹に迷惑しかかけないから、学校じゃ我慢する」
「樋目野・・・」
「でも、電話とかメールしていい?周りに誰もいなかったら、話しかけてもいい?」
「当たり前だろ!」
「こんな方法でしか樹を守れなくてごめんね」

さめざめと泣く樋目野に樹も「それでも側にいるよ」とは言えないのが情けなくて悔しくて、二人してひっそりと泣いたのだった──。



「あいつら、僕が何言ってもへらへら笑ってうんうん頷くんだよ。気持ち悪い。そのうち燕の子安貝とか火鼠の皮衣だって持ってきそう」
「かぐや姫だ」
「かぐや姫の気持ちがよく分かる」

ふぅっと息を吐いた樋目野が樹のシャツを握ったまま、腹から顔を離し、じぃっと樹を見上げた。
大きな目でまっすぐ見つめられると、樹の胸が熱く高鳴る。

「あのね、樹。こんな時にする話でも無いんだけど」
「う、うん」
「僕、樹の事が好き」

とろりと、熱に浮かされたような瞳で樋目野が言う。

「あいつらと一緒にいたって、樹の事ばっかり考えてる。クラスで樹が他の人と喋ってるのを見るとすごく悔しい。友達なのに、ごめんね」

そしてそぉっとシャツから手を離そうとしたのを、樹は慌てて掴んだ。

「お、俺も樋目野が好き。生徒会に樋目野を取られて悔しかったし、樋目野に釣り合わない自分も嫌で・・・でも、樋目野は変わらないで俺に接してくれるのがすごく嬉しかったよ」

しばらくお互い顔を赤くして見つめあって、
「ほんと?」
と切なげに樋目野が問い掛けてくるので、樹は大袈裟に何度も頷いた。

「嬉しい」
花が咲いた笑顔を見たのは久しぶりだった。
少し頬を赤らめた樋目野が、立ち上がって樹を抱き締めた。二人の身長は大差ないので、余計にピタリとくっついて、距離が無いように感じて嬉しい。
嬉しいが、樋目野の腰の動きが、なんか、なんか?

「あ、あの、樋目野?」
「なぁに?」

片方の手は背中に、もう片方の手は後頭部をガッチリ捕まえてくる上、ちゅっちゅと顔中にキスをしてくるから逃げるにも逃げれない。

「ん、あの」

樋目野がぐいぐいと腰を押し付けると言うか、擦り付けると言うか?
背丈が似た二人なので、正面から腰を当てられれば当然服越しだがお互いのソコが触れあうわけで。
予期せぬ樋目野の動きに樹は赤面して狼狽えた。
無理もない。
先程までの哀愁の中で生まれた二人の純愛はどこいった?
え、誘われてるの?樋目野誘ってるの?
回すに回せない自分の手が気持ちを代弁するようにわたわたしている。それを横目にとらえた樋目野は艶美な表情を浮かべてクスリと笑う。

「んー、可愛い樹」
そして耳を甘くはんだ。
「ひゃ!」
「何その声、あー、可愛い」

背中の手が臀部に下りて、片方を円を描くように撫で回される。

違った、狙われていた。
樹は何とか樋目野の胸に手を置いてわずかな距離をとる。

「ああああの、樋目野って、ソソ、ソッチ?」

てっきり男を見せる時かと思いきや、男を捨てる瀬戸際に追い込まれていた。

キョトンと首をかしげる樋目野は本当可愛い。こんな可愛い樋目野が何をトチ狂って男の尻を撫でているのだ。
樋目野の手から力が抜けたのを狙って一歩引くと、それすら許さないと樹を誰のか分からない机の上に座らせた。

「何言ってるの、当たり前じゃん?こんなナリだけど、僕だって男の子だよ?生殖本能には逆らえないよ」
「うわぁ・・・」

親指と人差し指で作った輪っかに、もう片方の人差し指をズコズコとはめる動作をして見せる。可憐な樋目野に卑猥な仕草が不釣り合いだ。

「それは俺にも反映する摂理では・・・」
「だぁめ!」

そして再び樹に抱き付いて、今度は胸元に頬を擦り付けてくる。

「樹は大人しく僕に抱かれるのが一番可愛いよ」

直下から見上げてくる樋目野の方が文句なしに可愛いのだが。
樹は返す言葉が見当たらず、樋目野の耳を指でさすった。くすぐったさからクスクス笑う樋目野は子猫みたいでこんなにも愛らしいのに。

「安心して?僕、今はこんなだけど、両親は平均より身長高いし、兄は大学バスケで活躍してるんだ。僕も二年か三年生になる頃には、大きくなってるはずだよ」

それは安心ではなく危険では?
樹の意識は遠くなる。

「あーあ。あいつらどうやったら諦めてくれんだろ」

その本性を見せれば一発では?
でももしも向こうがそれならと無理に樋目野の身体を剥こうとする事になれば大変だから、あえて言わない。

「ま、あいつら今は自由登校だし、もうすぐ卒業だしね。障害のある恋も燃えるよね」

決して厚くはない胸板にぺっとりと張り付く樋目野の髪を撫でていると、二人以外の声が聞こえた。生徒会のやつらだ。どうやら樋目野を探しに来たらしい。

「──ちぇっ。あいつら待ってろって言ったのに」

教室の扉の方を薄く開いた目で、樋目野が睨み付ける。

「僕が引き付けておくから、樹は早く帰りなね」
「あ、うん。ありがとう」
「今晩、電話するね」
「ん」
「大好きだよ」

愛おしそうに樹の頬を一撫でしてから、樋目野は鞄を持って、息を吐いて気持ちを切り替えていく。

「あの、樋目野も気を付けてね?」
「ありがとう」

最後にお互いにぎゅっと両手を繋いで、樋目野は教室をあとにした。
騒がしい生徒会の声が遠ざかるのを確かめ、そろりと顔だけ出して姿を捉える。生徒会長が樋目野の肩に手を回した後ろ姿に、樹の胸はチクンと痛んだ。が、撫で回された臀部の感触を思いだし・・・ぞわーっと鳥肌もたった。
感傷的になってる場合じゃない。
樋目野の身も案ずるが、自分の身だって大切だ。

(樋目野って、樋目野って・・・)

・・・考えるのはよそう。
生徒会が卒業してから話し合おう。
既にイニシアチブを握られている気がしないでもないが、樹は自身の成長に一握の希望に賭けて、でもやっぱり心許ないので、心の底から神にも祈った。



おわり



王道転校生?な話だけど、その実ゲス可愛い子を書きたかった。もっとぶりっこゲス可愛くしたかった。

小話 48:2017/05/20

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