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喧嘩の原因は100%、俺が悪い。
観月ん家に転がり込んで、勝手に半同棲に持ち込んで、その観月の帰りが遅くて勝手にキレて。

「連絡なしで帰りが遅かったくらいでそうカッカしないでよ。女々しいなー」
「はあ?男のブツくわえ込んであんあん喘いでるお前のがよっぽど女らしいじゃねえか」

・・・言った瞬間、空気が凍った。

「あ、そ」

最後に聞いたのはこの二文字。
やべえって、観月を捕まえるより早く、観月は帰ってきた格好と荷物のままに、即ユーターンして家を出た。

なぜ追いかけなかったか?
ただ単純に固まってしまったからだ。
閉まりきったドアを見て呆然とする。

(・・・あああ)


──観月はお互い酒に酔った勢いだと思っているが、実際は俺が酒の勢いを借りて強引に迫って関係を持ち、始まった仲だ。
不定期な合同サークルの飲み会で、俺んちで飲み直そうって、最後まで俺がふざけてじゃれてんだと勘違いして、酔いながらふにゃふにゃ笑っていて、それがまた可愛くて、ヤった。
翌朝はごめんだの、お互い忘れようだの、無かったことにしたがったから、酔いの覚めてる思考のまま押し倒してもっかいヤった。

「まー、お互い悪くなさそーだし、このまま仲良くしようぜ?」

なんて言ったら、観月はうんうん唸ってたから押し倒すと慌てて「よろしくドーゾ!」なんて言っていた。

(全てにおいて俺が最低すぎる)

本当ならいつだって観月から切られてもおかしくない関係だってのに。

(ぜってぇ、別れねぇ・・・!)

女々しいのは観月の言った通り、完全に俺の方だ。



・・・三日。観月との音信不通期間だ。
観月の家で観月の帰りを待つが、帰ってこない。大学は手持ちの荷物で間に合ってるのか、俺が観月とは違う別の大学に行ってる間に取りに来た気配もない
着信拒否、送信エラー、ブロック。
泣きそうだ。

本来の家主がいない中で携帯を弄る。
検索するのは近所のネカフェとかファミレスとか、一晩でも過ごせるところ。足で稼いで探し回ればいいかもしれないが、もし共通の知人じゃないところにいたら、もし帰ってきたらと思えば身動きが出来ずにいる。

らしくもなく二の足を踏んでいると、携帯の左上にメールのアイコンが現れた。
急いでメールボックスを開くと、何てことない、フリーメールのアドレスから一件受信。メルマガかと思い削除しようとしたら、タイトルが「みづき」。

(観月!)

内容を読むのに一瞬ためらったが、タップする。

“女々しくなったか試してみる。
しばらく顔あわせたくないから、家に来ないで。
来たら俺達の関係終わるから。”

・・・以上。

(え、試すってなに、何を?どうやって?顔あわせたくないって、俺が嫌ってこと?関係、おわ、はあ?)

内容を何度も読み返すが、それは一旦置いといて、急いで返信を作成送信する。
いまどこだ
この五文字すら、既に送信エラーで返ってきた。アカウント削除早すぎだろう。腹立たしさより焦燥が勝って、やっぱり観月の家にいたら会えるんじゃと思ったが、
(関係が終わる・・・)
それが怖くて家を出た。

置き手紙くらい残しとくべきと気付いたのは最寄り駅についてからで、引き返そうにもやっぱり鉢合わせしたらと思うとどうにも出来なかった。

(俺、こんな情けなかったか・・・?)

電車の窓に映る顔が答えだった。



──音楽趣味のサークルで、たまに他の大学のサークルと合同でライブ行ったり、飲み会をしたり。基本的に聴き専、ジャンル問わず、幅広く。好きなことを語ったりと楽しいサークルだった。
自然とグループ別れして、洋ロック好きの飲み会に参加した時に、観月と出会った。

「ロックも好きだけど、実は一番好きなの、70年80年代の洋ポップス」

隣の席で女が飲むような酒をチマチマ飲みながら、観月が言った。
いわば懐メロ洋楽が好きだと言う観月に、二つ三つ、アーティスト名を挙げてみた。すぐに目が輝く。

「実は俺も好き」

嘘じゃない。でも自分とこのサークルにはコアに話の合う奴はいなくて、それは観月も同じだったようで、だから距離が縮まるのに時間はかからなかった。
適当に話に入る女もいたが、俺の興味が向かないと分かるや、つまらなそうに輪から抜ける。観月は退屈だっただろうかと心配していたが、俺は上っ面よりも内面で観月と話すのが楽しかった。

楽しそうに酒を飲んで、蕩けた顔で音楽を語り、たまにカラオケ店でライブDVDを大画面で再生し、二人だけの上映会を開いたら、優しい顔をして小さな口からメロディーを紡いだり。

好きだなって思った。


(酒に溺れたい・・・)
酔いたい気分とはこういう事だろう。酔って潰れて寝てしまいたい。
酒は飲めるし強いし、どちらかと言えば好きな方。でも頻繁に飲んだりしなくて、飲みの席とかサークルの集まりとか、必要にかられたら飲むだけだ。だから観月と二人の時は滅多に飲まないので、下戸だと思われいる。

(んな可愛らしいモンじゃねーよ)
むしろ熱くなって目が冴えるくらいで、酔い潰れない体質が憎たらしい。

コンビニで買ったビールのプルタブを引き、大袈裟にあおる。
ベッドをなんとなく眺めた。あそこで初めて観月とヤったと思うだけで熱が上がるが、先日の凍った空気を思い出して急激に冷えた。

(待つしかねぇか・・・)

時間が解決とはこういう事だ。酒に逃げるのはバカのする事だ。思考も落ち着いたのは、缶ビールが五つ目に入ったバカ丸出しの真夜中零時過ぎた時だ。
インターホンが鳴った。

(・・・)
こんな時間、宅配便でもなければ、わざわざ訪ねてくる友人もいないだろう。
当てはまり、希望する人物。

(・・・まさか)
不用心にも確認せずにドアを開けると観月が立っていた。
しかめっ面で、泣いている・・・泣いてる!?

「笠原、俺・・・」
「え、ちょ、入れ」

とりあえず部屋に上げる。男同士の痴情のもつれを他人に見せる気も聞かせる気もない。

(もつれるのか、今から)
自分で思ってげんなりした。

低いテーブルの前に座って鼻をすする観月は、言葉につまりながら何とか話す。
俺は途中だった缶ビールを再びあおり、
「女のAV見ても、男同士の見ても、ダメだった」
むせた。

「・・・っ、え、なに。ダメって、何の話?」
「・・・」

沈黙があって、観月は小さく、後ろ、と言った。

「後ろ?」
「勃つけど、勃つだけで、決定打がなかった」
「・・・ケッテーダ」
「どうしよ。男なのに、マジで女みたいになったかも・・・」

つまり、勃起はしたけど後ろに快感がなきゃイケない体になったって、話、らしい。
何がどうしてこういう話?
いや、俺のあの発言がきっかけだろうけど。

「あのメール、どういう意味?そもそもお前、どこにいたの?」
「友達んとこ。メールは・・・笠原が女みたいって言うから、ムカついたけど、実際そうだし、男としてどうなってんだろうって、今日家帰って、一人でAVみてみようって・・・けど・・・」

ダメだったって訳か。
再びビールに口をつけた。

「セフレなのにこういう──笠原じゃないとイケないみたいな、重いと思って・・・もし顔合わせて笠原にバレたら、俺達の関係、セフレ、解消だろうなって・・・」
「ぶっ!」

噴いた。

「は、あぁ?」
「でもやっぱりずっと喧嘩してるよりは話しておこうって」
「待て」
「だって割り切った関係なのに、笠原に依存したらダメじゃないか」
「待て」
「始まり方も体からだったけど、笠原、してる時優しいし」
「待て」
「家に居座ってても費用折半してくれるし、ラブホ代わりにされても、我慢しようって」
「待て!」

話がこじれに、こじれまくっている。
何だ、俺達付き合ってんじゃないのか。
半同棲かと思ってたら俺はラブホにいたのか。
話をどこから解けばいいのか。

「我慢って、なに。何を我慢してた」
「笠原が好きだけど、セフレで我慢しようってこと・・・」

申し訳なさそうに言う観月は、先程からまったく顔を上げない。

「笠原、最近は女漁りしてないから、飽きたんじゃないかってサークル内で噂だし、女の子に飽きたから、男の俺に?とか・・・だから女みたいって言われて、事実そうなって、俺も飽きられるって」

(お・ま・え・だ・け・だ・っ・た・ん・だ・よ!)

このやり場のない怒り、どうしてくれよう。

「観月。お前今、俺のこと好きっつったか」
「うん・・・ごめん」
「俺も好きだから謝るな。俺達セフレじゃなくて、付き合ってんじゃねえの?」
「・・・え?」
「だいたい好きでもねぇやつと寝るかよ」

女漁りは一応付き合ってヤって別れるまでの期間が短く、次が早かったという不誠実な不名誉だ。

「・・・好きって、初めて聞いた」
「あ?」
「笠原、俺のこと好きだったの?」

きょとんとして聞く。

「はあああっ?」
「だ、だって体の相性がいいからよろしくみたいな感じだったじゃん!そしたら普通、そう思うじゃん!」
「好きに決まってんだろ!大好きだよ!伝えた気でいたけど言ってなくて悪かったな!つか伝わってるって思ってたんだよ!お前が俺仕様になったなら万々歳じゃねえか!」

完全に逆ギレだ。
夜中ってのを忘れて叫べば、観月は目を大きく見開いて、急に恥じたように身を縮こませて視線を泳がし始めた。
さっきまで散々ヤラシー話をしといて、今さら何が恥ずかしいのか。

「・・・また酔ってんの?」
「酔ってねぇよ。だいたい俺酔わねぇし」
「は?」
「あ」

うっかり滑った口について、始まり方から事細かに問い質され、深夜に土下座をするはめになったがまた観月を失うくらいなら頭を床につけるなんてどうってことない。

(結局は惚れたもん敗けだ)

こんな俺をまるっと受け入れるあたり、観月は中々に男だと思う。




おわり



攻め→(しょうもない壁)←受けみたいな弊害が好きです。


小話 47:2017/05/13

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