46



彼女と約束していたデートの前日に、その彼女から都合が悪くなったので明日は無理になったとの連絡を受けた。
そんな日もあるよなと二つ返事で快諾した賢人は一人、デートするはずだった本日、靴を買いに街へ出掛けた。
洋服ならまだしも、女の子を連れて靴を買いにはあまり行かない。女の子はそういうの楽しくないだろうし、自分も靴なら時間をかけてちゃんとしたのを選びたいから、空いてしまった今日を機会にと出掛けたのだ。

結果、やはり一人で来てよかったと賢人は安堵していた。
シューズショップを梯子したが中々コレと言ったのに出会えず、少し先のスポーツブランド専門店に足を伸ばそうかと考えつつ、休憩がてらに入ったカフェでアイスのレモンティーを飲んでいた時に、カフェに一組のカップルが入店したのをつい目で追った。
その彼女が、後ろ姿だが自分の彼女に似ていたからだ。

(あれ、アイツと同じバッグだ。髪型も、巻いてるけどあのくらいの長さ・・・、あぁっ!?)

カウンターにてトレイに乗った注文のドリンクとケーキを受け取った彼氏と、その彼女がこちらを向いた。その彼女の顔はまさしく賢人の彼女、本人だった。
そして空いている席を探していた彼女も、賢人の呆然とした視線に気付き、顔をこわばらせた。

「・・・」「・・・」
二人の間でしばし流れる奇妙な沈黙と緊張感。それを割ったのは、

「どうしたの?・・・あ、知り合い?」

彼女の横にいた男の発言だった。

そして始まる三者面談。
彼女が男に「いや、ちょっと」と歯切れ悪く返すものだから、どちらかと言えば温厚な賢人もピンときて、無理矢理「話がある、三人で」とボックス席に移動したのだ。

彼女の隣には例の男が座っている。
少し長めの前髪から見えるのは綺麗な顔立ちで、彼女の隣に座ると彼女が華奢に見える体つき。正直言ってめちゃくちゃかっこいいのが、賢人の歯痒いところである。
男はこの雰囲気を察しているのか、ドリンクには手をつけず、テーブルの上へただ静かに視線を落としていた。一方の彼女はひたすらそわそわ。賢人よりも隣に向ける視線の方が多いことに、この関係の形が見える。
しかし沈黙ばかりじゃ話が進まない。行動に出たのは賢人からだ。ここは自分が切り出すべきだと口を開いた。

「今日のデート、キャンセルしたのはこの人と会うから?」
「・・・」
「この人との関係は?」
「・・・彼氏」

ぽつり。
彼女が言った。

「・・・彼氏って。じゃあ俺は何なんだよ」
「賢人君は・・・お友達だったの」
「は?」
「ちゃんとしたお付き合いをしているつもりは、なかったの」

隣の男の手前か、彼女は浮気していたと確かな言葉を避けている。男が隣をちらりと見てから、その視線を賢人にくれた。

何だそれ。俺の一人勘違いみたいな?違うだろ?俺らちゃんと、付き合ってただろ?友達だった、って、友達ってことすら過去形になってんの?

「俺、遊ばれてた?そっちが本命ってやつ?」
「そんな言い方しないでよ・・・」

一切顔を上げず、逆に自分を非難する彼女に、賢人の熱が急激に冷めた。

「さよなら」



席を立って店を出てから、自分のトレイをセルフで片付けるのを忘れたことに気が付いた。
少し乱暴な言い方だったかな、あんなの人前でする話じゃなかったかもしれない、周りの客にアイツが変な目で見られるかもしれない。

(いやー、もー、どうでもいーか)

どうせあのイケメンと仲良くやるんだろ?変な男に付きまとわれてたの、とか?慰めてもらうってか?

(あぁもう!あぁもう!!)

声にならない叫びと共に髪をかき乱した。
このまま当初の予定通り靴を買いに行く気にも、大人しく帰宅する気にもなれない。
初めての彼女で、賢人なりに大事にしてきたのだ。それがこの有り様。いや、彼女曰く賢人は彼氏ではなかったのだから、彼女でもなかったのかもしれない。
隣の男は同性からしてもイケメンだった。そりゃあっちをとるだろうよ。

(もー、意味わかんねー)

悔しさと惨めさと情けなさと。
賢人は泣きそうになったのを、服の袖でぐいと拭った。
はあ、今からなにしよ。誰か話聞いてくれないかな。なんて思いながら携帯を弄っていると、後ろから腕を引かれた。

「ねぇ、待って」

振り返れば先程までカフェで同席していたイケメン男が、賢人を追いかけてきたのか、肩で息をしている。

「・・・なに」

息を乱しても髪を乱してもかっこいい男だ。
もしかして、よくもアイツにチョッカイだしたな、とか?一発殴らせろ、とか?
話し掛けられる理由としては、咄嗟に思い付いてこんなところだ。
腕を振り払って睨みあげると、男は息を整えてから、賢人に向かって明るい笑みを向けて話した。

「僕も今、アイツにさよならしてきたんだ」

それはそれは、晴れやかに。

「へ?」
「だって普通に考えて、平気で二股してた子に本命って言われたからってお付き合い続行とかあり得ないでしょ」
「・・・まぁ」
「しかも、君をこんなに傷付けて」

親指で目尻を拭われて、やはり涙が出ていたこと、それを覚られたことに羞恥した。
慌てて男から距離をとるも、なぜか男はその場から離れない。

「ね、良かったらこのまま飲み行かない?お互い変な女に引っ掛かっちゃったこと、パーっと忘れようよ」

賢人は訝しんだが、どうせこのあとの予定はない。それなら彼の言う通り、飲んで彼女を忘れるのもひとつの手だろう。
何より目の前の男の綺麗な顔からは胡散臭さも感じないので、賢人はうんと頷いた。



「椎葉春樹、N大院生25歳」
「大塚賢人、K大二年ハタチ」

居酒屋チェーン店にて軽く自己紹介を交わしたが、悲しいかな、やはり賢人と春樹の共通点なんて別れた彼女しかないもので、忘れたいのに当然話す内容は彼女のことだ。

お通しを摘まみながら聞くに、春樹は学生のサークル飲みに顔を出したところで彼女に出会い、アプローチを受け付き合いだして三ヶ月経つところだったそうだ。
賢人は思わず割り箸を銜えたまま顔をしかめる。
自分とは付き合って十ヶ月を超えたところで、飲み会にも友達の付き合いがあるだろうと寛大に送り出していたと言うのに、アイツ。

彼女への気持ちは既にないが、春樹に対してもこの人と知り合ったばかりに・・・いやでも彼も被害者だと言う複雑な気持ちが絡み合う。

言い表せない気持ちを流すように、アルコールを派手にあおった。

それから春樹の聞き出すままに大学での専攻や、趣味の話などを運ばれてきた焼き鳥を食べながら、賢人はぽつぽつと話し出した。
春樹は聞き上手であるが、話し上手でもある。
初めて会ったと言うのに、アルコールを摂ったせいもあって賢人の警戒心は途端に解れた。

そこでふと、賢人は思い出す。

「あ。携帯、消そう」
「僕も、全部切ろう。・・・賢人君、良かったら番号教えて?」
「はい」

お互いに携帯を出したままで、ノーと言う理由もない。
今まで彼女との写真データやメールなどのフォルダーを個別で作っていたのは、こういう時に便利だと知る。一々数あるデータから探さないで、一括削除が出来るからだ。
携帯から彼女のメモリーが消され、代わりに浮気相手の番号が新しく入るこの状況。なんだこれ。
賢人は再びアルコールを胃に落としこんだ。

「大丈夫?ペース早くない?」
「そうかな・・・」
「悪酔いしても楽しくないしね。ね、賢人君。良かったら次は気分を換えて別のお店に行かない?僕おすすめの、いい店があるんだ」

背中を撫でながら言われ、春樹が年上だからという甘えもあるのだろうか、賢人は再び素直にうんと頷いた。


二件目は初めて行く、いわゆるバーという場所だった。
薄暗いライトの中で流れるBGMは流行りのJポップではなく洒落たジャズピアノ、カウンターの向こうには多種類の酒をバックに蝶ネクタイをしたバーテンダーがシェイカーを振っている。
カウンターから離れ、夜景が一望出来る、壁面がガラス張りの方に通されて、脚の長い椅子に座った賢人は少し小さくなった。

「俺、こういうとこ初めて来ました」
「そうなんだ?緊張しなくていいよ、マスターも気さくだし、僕は一人で飲みたいときはここって決めてるんだ」

一人でこんなとこに来るって、レベルが高い。
ハタチになったばかりの賢人が酒の種類もそう分かる訳もなく気後れしていると、春樹は「ちょっと待っててね」とバーテンダーの方へ何かを頼みに行ってしまった。
先のアルコールで少し体が熱い。正面の窓にうっすらと映る自分は幾分だらしなく見えた。
実際、今日は色々と疲れたと言えば疲れたが。

「はい、トリュフ貰っちゃった」

平たいプレートに乗った、ピックが刺さった四角く小さなチョコレート。
それなりに顔見知りで、かつ初めてツレと来たものだからと貰ったそうだ。

「さっき結構飲んだしね、コレに合うような軽いの頼んできたから」
「あ、ありがとうございます」

返事は笑顔で返された。
その後すぐに運ばれたカクテルは、くどくないスッキリとした後味で、確かにチョコレートに合って美味しかった。
隣の春樹は賢人とは違うものに口をつけながら真っ直ぐに夜景を見ていて、ついその横顔に見とれてしまう。

(アイツが惚れるのも分かるなぁ)

完璧リードさせられて、見せられた大人の部分。こういうスマートな振舞いが出来るのは、大人の男として正直かっこいい。

(俺には全然ないやつだ)

アイツもバカな女だよな。
俺なんかをキープしとかなきゃ、今ごろこんな優しいイケメンと別れないで独り占めできたのに。

「ん?僕、優しいイケメン?」
「・・・口に出てた?」
「出てた、聞いちゃった」
「やべー、酔ってきたかも」

口を閉じるように手で口元を覆った賢人に、春樹は愉快そうに笑った。

「まぁ、アイツもバカな女だけどさ、ひとつ役に立ったことは、僕と賢人君を引き合わせてくれた事かな?」
「あはは、春樹さん、キザ〜」
「そうかな?」
「そうやって女の子口説いてんすかぁ?」
「ううん、誰かを口説いたことは、一度もないよ」

それはそれで羨ましくもある発言である。
思わず苦笑した賢人に、頬杖を付きながら春樹は続けて言った。

「だから今、人生で初めて、口説いてる」




──目を覚ますと、見知らぬ部屋が視界に入った。
ごろりと仰向けになって、知らない天井を認めたら脳ミソまで一気に覚めた。

(ここどこ!)

起き上がると賢人はベッドの中にいた。
服は上着はないが昨日のままで、ご丁寧に壁面にそれは掛けられていて、財布と携帯はサイドボードに置かれている。

(昨日、春樹さんと二件目に入って、そっから・・・?)

「あ、おはよう、賢人君」

記憶を掘り起こしている最中、扉から爽やかに春樹が顔を出した。驚きのあまり、一瞬声がでなかった。

「・・・おはよう、ございます。ここ、え?どこ?」
「僕んちだよ。昨日賢人君、酔い潰れちゃったから」
「えっ!す、すみません!!俺マジ途中から何も覚えてなくて」
「あはは、いいよいいよ・・・初めてはちゃんと覚えてて欲しいしね」

小さくて聞き取れなかった言葉に、ん?と顔をしたら、何か?という笑顔を返された。
その笑顔を貼り付けたまま、春樹は上半身を起こしただけの賢人が居座るベッドに腰掛ける。
何となく春樹を視線で追って、何となくされるがままに手を掬われて、何となく至近距離で目線があったまま指先を握られていることを、他人事のように賢人は眺めた。

「賢人君」
「はぁ」
「僕、賢人君に一目惚れしちゃったんだ」

・・・うん?と、賢人は瞬きをひとつ落とした。
春樹は恍惚たる表情で、指先をしっかり握りながら続けて言う。

「昨日、アイツと顔合わせてた時に、可愛い子だなって。アイツと話してる時も、泣きそうなの我慢してて可愛いなって。で、街で声かけたら案の定泣いてたみたいで涙目だったし、ぼんやり飲んでる時とか酔っちゃってふわふわしてるのとか、全部可愛いくて仕方がなくて」

総じて可愛いしか言われていない。

「アイツと別れてくれてラッキーだよね。君を独り身にしてくれたんだから。僕はアイツに未練も、そもそも気もなかったからさっさと身を引こうと思ったけど、僕が途中で口を挟んで賢人君達が別れず仕舞いだったらと思うとゾッとしちゃう。ひどいと思う?君達が別れてくれて喜んでる僕を」

顔を覗き込みながら、悲しげな表情で賢人を窺う春樹の言葉を反復させる。

俺は遊びだったけど、アイツも遊び相手だったのか。
春樹さんってそんなことする人なのか。

少し軽蔑、でも。

「・・・アイツが浮気してた時点で俺は別れるつもりだったし、春樹さんのことは関係ないですから」

春樹さんの気持ちがどうであれ、賢人は二股をかけられ、捨てられた立場であるに違いない。可哀想な奴と思う反面、ざまぁみろと思える自分がいるので春樹を一方的に責めるのはお門違いだ。
それに昨夜を春樹と過ごし、楽しかったのもまた事実。

賢人の答えに、春樹は眉のシワをとって朗らかに笑った。

「それじゃあこれから、僕は賢人君を落としにかかっていいかなぁ?」
「おと!?」
「昨日も言ったけど、僕、人を口説いたことがないから手加減できないけど」

よろしくね?と握られた指先に唇を当てられて、賢人は急な展開と、やはりキザな振る舞いに目が回り、ふかふかのベッドに背中から倒れた。


「お手柔らかに、お願いします・・・」




おわり



小話 46:2017/05/06

小話一覧


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -