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俺と冬樹君は喧嘩をしたことがない。
それほどラブラブーってことなんだけど、俺としては一度くらい喧嘩をしてみたい。

「もう!新のバカバカ!新なんて大嫌い!」
「え・・・冬樹は俺のことが嫌いなの?」
「〜〜っ、うそ!好き!大好き!!」
「冬樹!」
「新!」

これをしたい。
是非ともこれをしたい。
それに喧嘩をすると二人の仲はより深くなり、絆も余計に強まると聞いたことがある。

というのも、俺は今まで人と喧嘩をしたことがない。
以前は人と選択肢が被ると相手はそれを喜んで俺に譲ってくれたし、金銭目当ての絡みにあったら次の口がきけないくらいに正当防衛を叩き込んできたし、俺を奪いあう女がいたら勝手にどうぞ・そしてサヨナラって感じだったし、俺が不快にならないような環境を周りが勝手に造ってきたし。
そもそも冬樹君以外には興味すら持たなかったし。


「ただいまー」

あ、冬樹君が帰ってきた。
二人の愛の巣。別名同棲部屋。

「お、おかえりー!」

冬樹君はスーパーで買ってきたものをテーブルに置いて、手を洗いに洗面台に消えてった。

(よし、今日こそ、今日こそ!)

それは名付けてラブラブ喧嘩大作戦。
前に見たバラエティー番組の街頭インタビューで、若い女の子に芸人がこんなことを聞いていた。

──彼氏との喧嘩エピソードってありますか?

その女の子達は「浮気されてた」とか「すぐ男友達と遊びに行っちゃう」とか様々な答えを述べて、スタジオゲストも「最低」と罵倒したり「あるある」と共感したりと様々だった。
そんな中、一人の女の子がこう答えたのだ。

──彼氏が勝手に私のアイスを食べたんです。一日の疲れをお風呂で癒して、よっしゃ、アイスだー!って思ってたら無い〜!って。そしたら彼氏が、あ、食べちゃった、ごめーんって。はぁー?みたいな。

スタジオからは笑いが起きて、ゲストも「可愛い喧嘩だ」「食べ物の恨みは怖いからね」とニコニコしていた。

・・・これだ。
俺は今からまさにこれをやる。
俺のバイト先(ビュッフェが有名なホテル内のレストラン)でお土産用として売っている一流シェフの作ったカスタードプリン。
以前余ったのを貰って帰ったら、冬樹君が一口で感激していたプリン。それを昨日の夜に購入して帰り、同じくバイトで夜遅くなった冬樹君は「明日食べるね」と楽しみにしていたプリン。

戻ってきた冬樹君は、買ってきたものを冷蔵庫に入れていく。
冷凍室、野菜室、そして最後に冷蔵室。
入れるはずの豆腐を片手に、ぱちぱちっと、瞬きを繰り返している。

そうだよね、プリン、朝まで真ん中の段の一番前に置いてたもんね。
ちょっとドキドキしていると、冬樹君が俺を見た。

「あれ?・・・新、プリン・・・」
「あ、ああ、あれね、美味しかったから食べちゃった、ごめんねー」

うそ。
本当は一番上の奥に隠してある。高いくせに小さい容器だから、ジャムとかを前に置いて隠してある。
冬樹君なんて言うかなって気もそぞろながらに待っていたら、思い出したように豆腐を入れて、冷蔵庫を閉めた。

「・・・まあ新が買ってきたやつだから、別にいいけど」

あれ?え、うそうそ?怒んないの?

冬樹君は部屋着に着替える為に、クローゼットのある部屋へと行ってしまった。

おかしいな。こんなはずでは。
俺の計算だと

「ひどいよ新!僕が楽しみにしてたの知ってたじゃん!もう嫌い!」
「嫌い?本当に?」
「・・・ううん!好き!プリンより大好き!」

に、なるはずだったのに。

ラフな格好に着替えた冬樹君は、炊飯器にお米をセットして、お茶を飲みながら俺の隣に座った。

「今日はまだちょっと寒いね」
「そうだね。日中は暖かいけど、夜は寒いね」
「川のところ、桜綺麗だったよ」

桜かぁ。冬樹君とお花見行きたいなぁ。お弁当とかなくてもいいから、手を繋いで桜並木を歩いたりしてさぁ。

「もうちょっと咲いたらさ、お花見行こうよ」
「え!」
「行かない?」
「行く!行きたい!てか今俺もそう考えてた!」

勢いよく言えば、冬樹君は少し驚いた顔をしたけど、すぐに照れくさそうに笑ってくれた。
すごい可愛い。
冬樹君の肩におでこをうりうり押し付けたら、痛いと言いながらも俺から離れようとしなくって、やっぱり俺達仲良いなぁーってつくづく思った。

喧嘩して仲直りしたら、更に仲良しになれるんだから、もうちょっと頑張らないとだ。

今日の夜ご飯は冬樹君担当。
卵とわかめのスープに、ご飯に麻婆豆腐をかけた麻婆丼。
一緒にいただきますをして、黙々と食べて、俺は次の作戦を試みる。

「・・・ごちそうさま」
「え、もう食べないの?」
「うーん、何か今日美味しくなかった」

半分以上残したご飯。
本当はいつもとかわらず美味しかったよ。俺と冬樹君好みのちょっと辛い味付け、すごく美味しかったよ。

「・・・そっか・・・ごめん」

え。

え。今なんで冬樹君が謝ったの?俺達まだ喧嘩してないじゃん。喧嘩してから一緒にごめんなさいでしょ?
あ、やだな。今すごい心臓が痛い。俺のが泣きそう。

いてもたってもいられなくて、風呂場に逃げた。掃除当番だったし、お湯張りボタンを押して、水音を聞きながらボーッとしてた。ボーッとし過ぎてお風呂が沸いてしまった。
心配して来てくれた買い出しと料理当番だった冬樹君を先にお風呂にいれてあげて、また一人でボーッとした。
ご飯を食べていた食器は下げられていて、俺の残した分はラップをかけて冷蔵庫に入っていた。
それを見て、心臓がズキリ、涙がじわり。

ど、どうしようかな。嘘だよ、ごめんねーって言えばいいのかな。俺がごめんねってしたら、このごわごわした気持ちは晴れる?冬樹君も良いよって言ってくれる?

・・・そう言えば、喧嘩したら仲直りするものって思ってたけど、相手が許してくれない場合ってのも当然あるんじゃ・・・。

行着いた考えに、血の気が引いた。
でも、だってそうだよ。この世には『喧嘩別れ』なるものが存在するんだし──あああああっ!!

今、すごい、大切なことを、思い出した。

そもそもの始まりのバラエティー番組。彼氏との喧嘩エピソードを笑いながら話していた女の子は、あのあと確かこう言っていた。

──その後ですか?もう、すぐ別れましたね〜。だって人の嫌がることを平気でするって、マジあり得なくないですか?

あああああっ!!

「冬樹君!」
「うわっ!?」

駆け込んだ先の浴室で、冬樹君は肩までお湯に浸かっていた。
浴室の床が当然濡れてるけど構わずに膝をついて、浴槽についていた冬樹君の手を握りしめる。

「ビックリした!なになに、何かあったの!?あぇ?泣いてんの!?」
「ご、ごめんねぇぇ」
「何かしたの?服濡れてるよ?」
「ごめぇぇんんん」

泣き続けていっこうに話にならない俺にしびれを切らしたのか、呆れたのか。冬樹君は息を吐いてからにっこり笑った。

「寒いから、とりあえず閉めてくれる?」


濡れた服を脱いで一緒にお風呂に入る。
そして俺は洗いざらい、全て白状した。
喧嘩したかったこと、さっきのは怒らせたかっただけってこと、仲直りしてもっと仲良くなりたかったってこと。

それをゆっくりゆっくり聞いてくれた冬樹君は、
「バカじゃないの」
と一蹴した。

「喧嘩したかったって」
「・・・」
「様子がおかしいから、何か企んでるんだろうなとは思ってたけどさ」

返す言葉もなく、ひたすらしくしく。
そんなに狭くないお風呂だから向かい合って入っていると、冬樹君が真正面から顔を見てくるからなかなか顔を上げられない。

「まあ確かに喧嘩するってのは大事な事かもしれないけどさ、僕達ってそもそも喧嘩にならないって言うか」
「・・・ならない?どゆこと?」
「何かあったらその都度ちゃんと話し合うし、なあなあで済ます事がないからわだかまりもないし。小さい事でも気が付いたらちゃんと謝るし、融通がきかない時はそのあとのフォローしっかりするし・・・あれ?」

何かに気付いたような、でもちょっとわざとらしい言い方の冬樹君に顔を上げた。

「僕達って喧嘩しなくても、すごい仲良しだね?」

ニコッと笑った冬樹君。
涙の代わりに鱗が落ちた。

「気が合うから一緒にいると一番楽だし、喧嘩ばっかりしてたらお互い疲れちゃって、一緒にいるの嫌になっちゃうよ?それじゃあ元も子もないよね」
「・・・うん」
「そのうち意識しないでも喧嘩するよ。その時は気の済むまでやりあおうね」
「・・・うん」

今となっては不思議なことに、その時がずっと来なきゃいいのにって思ってしまうあたり、俺ってほんと現金なやつ。

のぼせそうだから先に上がるねと、長湯に付き合ってくれた冬樹君の肌が少し赤い。

「あの、本当はプリン、冷蔵庫の一番上の奥にあるよ。あと、お腹空いたからやっぱりご飯食べたい」

冬樹君が浴室を出て扉を閉める直前に、身を乗り出してそろりと言った。すると、隙間から頭にタオルを被せて顔だけ見せた冬樹君は、またもニコッと笑ってくれる。

「温めとくから、新も温まってから出てきてね」

そう言って、バタンと扉を閉めて、冬樹君が脱衣所を出ていく音を聞いて、俺はまた泣いた。

涙も落ち着いた風呂上がりには、再びテーブルに夕食が並べてあって、俺は残してた麻婆丼を、冬樹君はプリンを、それぞれ向かい合って、美味しいねってニコニコ食べてると、やっぱり喧嘩なんて馬鹿馬鹿しいなって思えてしまった。




おわり


総じてバカっぽい。

小話 45:2017/05/01

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