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この学校には変態がいた。

女子はそいつの見た目に熱をあげて目をハートにするが、次第に雪女の様に絶対零度の眼差しになる。男子は猥談にそいつが加わろうものなら理解を越えた発言に今自分は哲学を聞いているのかと思考が停止する。
一歩間違えれば犯罪者、けれど犯罪を犯すのは美徳ではないらしく(そりゃそうだ)、物理的に補えない部分は脳内補正──つまり妄想でカバーしていると豪語して周囲をドン引かせ、ロダンの考える人みたく真面目な顔をしている時は触れずに問わず、そういう事を考えているのだなと、もう皆放置だ。

しかしそんな変態を放置扱いしても、女子も引きこそすれど邪険には扱わず、男子も気軽に挨拶や雑談をするのには理由がある。

第一に、やはりそいつは見た目がいい。キリッとした鋭い目に色素の薄い髪と肌。すらりとした身体は意外に筋肉がついていて、逞しい。その美貌を前にすれば変態発言も相殺できそうなくらい、黙っていれば王子様だ。

第二に、周囲に害を及ばさない。いくら変態的思考を持ち合わせていても、常識や嗜好は持ち合わせている。誰これ構わず発情したり、性的接触は決して行わない。

第三に、そいつにはただ一人、目をつけている人物がいる。目どころか文字通り唾すらつけている。その彼にそいつは一心の熱情を捧げている為に、今日も学園は平和なのである。



「めぐむ」

まるで花が咲いた様に、変態王子こと神崎衛は白い肌をうっすらと染めて、想い人を背後から抱き締めた。
対してめぐむと呼ばれた人物、田村恵は一瞬にして全身に鳥肌を立てた。なぜなら神崎の手がシャツをベルトをしめたズボンから抜き出して、その中に手を突っ込んできたからだ。早業である。インナーもめくり、直に薄い腹筋に触れる。

「おはよう、恵。今日はいい天気だね」
「爽やかな台詞で下衆なことしてんじゃねぇぇ!」

両手で腹をまさぐる手をつかみ、それ以上の侵入を断固拒否する。
これが朝の廊下で、行き交う生徒は無視するか、同情の目を遠くから向けるのみというのが悲しい話だ。

「ふふ、最近少し割れてきたんじゃない?この成長途中な身体って本当に、そそられる」
「だーっ!!」

耳に直に囁く神崎を振り払う様に腕を振り回す。難なく離れていく辺り、完全に遊ばれているなと腹もたってくる。朝から不快極まりないが、これがほぼ毎日なのだ。
廊下ですれ違い様に腕をとられ、何だと振り向けば凄く目を輝かせ、口角をあげた噂の変態王子。好きだと言うより僕の理想が服を着ていると宣ったのは、彼なりの一目惚れアピールらしいがそんな事はどうでもいい。
重大なのはそれ以降、田村の辞書に平穏という文字がなくなった事だ。


昼は無理矢理一緒に過ごす。
空き教室に二人きりで昼食をとる。並んで座る横長いソファーは元は応接室にあったものだが、一部が破けている為にお払い箱となったのを生徒会が「文化祭の演劇用に」「カバーを掛けたらまだ用途がありそうだから」と破棄にストップをかけたものの、今だ日の目を見ることなく神崎と田村の専用椅子になっている。
もちろん、押し倒されるなんてザラである。
(生徒会めっ、余計なことをっ!)

神崎がこの場所に目をつけるまでは、不良共の溜まり場だったらしい。しかし神崎が男を連れ込んでると聞いて以来、一度も現れない。不良とて男同士の色恋現場は見たくないと窺える。
(不良共めっ、縄張り争いしろよっ!)

田村の怒りの矛先は今や神崎だけではなかった。

一度二人きりになるのを頑なに拒否したところ、手首を掴み笑みを浮かべたまま神崎は言った。
「このままここでヤろうか?」
──ナニを?
と聞く勇気はなかった田村は、やはり神崎に大人しく連行されるのであった。


「恵、口についてるよ。とってあげる」
「ひぃぃっ」

さも当然のように舌を出して顔を近づける神崎の額を押して遠ざける。いつの間にか神崎の膝の上が田村の定位置なのでさほど距離はあかないが、舐められるのとそうじゃないのは大違いだ。
お預けを食らった犬の様に、舌を出したまましょんぼりしている神崎なんて見れるのはこの学校、この世で田村ただ一人である。

ただ単に、イケメンの間抜けな姿に優越感が沸いてニヤリとしてしまった。

「あれ、笑ってる。かわい〜」
「可愛くない」
「可愛い恵もいいけど、ちょっと悪い顔して僕に意地悪する恵もいいよね」

うっとりと言うが、意地悪というのは神崎からのセクハラに抵抗している時の話だ。接触拒否しているのを焦らしていると捉えるところは、都合よすぎな思考で羨ましい。

「てか、べたべた触んのマジやめて」
「じゃあ恵のくすぐったい場所教えて?」
「・・・なんで」
「くすぐったい場所って性感帯になるからさぁ」
「・・・」
「開発しよう?」
「しねぇよ!」

スパンと頭をはたいても、神崎は乱れた髪を気にすることなく笑顔を向ける。


「もー、なに、神崎ってエスの人?エムの人?」
田村は恐々尋ねた。

「んー、どうだろうね」
考える素振りを見せながら、その表情を崩さずに神崎は答える。

「嬉々としてサディズムな面を押し付けられたら、かえって自分がその表情を快楽と苦痛で歪ませて屈服させてやりたいなあって思うし。マゾヒズムでも僕なんかがって、逆に下手に出て、相手に与えられるよりももっと気持ちい事があるんだって教えてあげたいし、甘やかしながら性にのめり込んでとろとろになる顔を見てみたい」

つまりS以上にドS、M以上にドM。

えげつない。
田村の目が死んでいく。


「だからね、恵」

背中にソファーの冷たい素材を感じた。視界いっぱいに映るのは満面の笑みの神崎と、その後ろの天井だ。押し倒されてから、何度見た光景だろうか。

「恵がどっち側の人間でも、僕とは一生楽しく過ごせるよ」
「それだとお前全人類と楽しめそうじゃねーか」
「むっ、やきもちかな?僕のベクトルは全部恵に向いているよ?」
「受け止めきれる気がしねー」

腰に添えられた手が怪しい動きを見せたので、田村は容赦なく膝を神崎の腹部に一発いれた。




おわり

小話 42:2017/04/05

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