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恋人の家でセクシーなランジェリーを見つけた。
ワインレッドのブラにお揃いのショーツ。レースに刺繍が施されて、上等な品っぽい。

結衣は呆然とした。
結衣の恋人は同性、男だ。
通常ならこんなもの、恋人の部屋にあるはずがない。

(女と浮気・・・)
の、疑念はすぐに払拭された。
なぜなら下着の品質表示に書かれたサイズ。

《MENS ―SIZE FREE― 》

男性用だった。
これを見つけた時のこの気持ちをどう表そうか。


目を瞑り、天を仰いで深呼吸を数回。ゆっくり目を開けて、再び手中に視線を落とす。

「・・・」
変わらない現実から目を背けるのは無駄だった。


(いっそ、こういう趣味の人と浮気してるとか)
それもどうかと思うが、浮かんだ選択肢の中ではこれが最善な気もする。

結衣の考える選択肢はこうだ。

まず、恋人の公平は生まれながらの褐色な肌に、黒髪に切れ長な目の持ち主で、サッカー経験者にストイックな性格が加わった筋肉質な体型の、ワイルド系なイケメンである。そんな彼が『女装の下着を装着する趣味がある』、というのは、姿を想像すると・・・鳥肌&目眩が。

(いや。もしそうなら、受け入れるけどさぁ)


次に、『自分に装着しろという暴挙』。マンネリ防止とか、羞恥を感じている姿に欲情するとか、考えられる理由はあるが、公平と比べると見劣りする容姿に体型。いわば平凡な結衣。自分がこれの装着を強要されて、着けて、恋人を誘惑?・・・おぇぇ、無理、無理。

(俺は試されているのだろうか・・・)


そして最後。公平はその見た目ゆえ、男女問わずにモテる。男子校に通っていると、年上シャム猫系美人やら年下チワワ系男子からモテていた。そういった中性的な男性がこれを着けて、浮気・・・ちょっと絵になるよなぁと思ってしまった。

(そりゃ、浮気は悲しいけど・・・)


途方にくれるとは、まさにこの事。
恋人の部屋でセクシーな下着(メンズ用)を手に、へたり込んでいるというのは珍妙な光景である。
下着の存在を知ってしまえば、これを無かった事にして平常心を取り繕うのはまず無理だ。

(いっそ際どいメンズビキニとかなら、まだよかった・・・)

そういう問題でもない。
結衣の思考が別の方向へ飛んでいると、部屋のドアが開かれた。

「結衣?来てたのか──って!それ!」

物音に一切気付か無かった事にも、現れた公平に手にしているのを見られた事にも驚いて、結衣の身体は大袈裟に跳ねた。口から心臓が出たっておかしくないほどに跳ねた。

公平が口をぱくぱくさせながら、結衣の手の中のモノを指差している。

「とってもセクシーな、メンズランジェリー・・・」

隠す必要も無くなったので、広げて見せた。
見るからに動揺している公平は、視線を泳がせまくり、顔をやたら手で触り、吃りまくりで挙動不審だ。

「結衣、あの、これはだな・・・」

結衣の前にしゃがみ込むも、言葉の続きが出てこない。なので結衣から切り込んだ。

「可愛い浮気相手のものかな?」
「ちげぇし!てか、そんなんいねぇし!」
「じゃあ、家主が持ち主という事に?」

眉を寄せると、公平は項垂れた。

「あー、確かに俺の、だけど」
「えーっ!確かに胸筋もすごいけども!」
「おい想像すんなよ!?俺で想像すんなよ!?」

青い顔で、わーっと騒ぎ立てた二人に走る沈黙。

「・・・大丈夫。受け入れる覚悟は出来て──」
「馬鹿かお前!馬鹿かっ!」
「なっ、人の覚悟をなんだとっ!」

今度は赤い顔で騒ぎ立てるが、答えが明かされないと埒が明かない。
意を決した神妙な顔つきで、公平は口を開く。

「お前がっ、」
「俺が?」
「童貞だからっ」
「どぅえっ!?」

意外なところから責められた。
確かに結衣のは今だ未使用だ。しかし、だからなんだ。二人の間ではそういう役割だろう。
開いた口が塞がらない結衣を尻目に、公平は更に言う。

「こういうのに無縁だから、いつか憧れついでに余所の女に手ぇ出したりしたらって思って」
「はぁ・・・」
「なら俺で試してみればいいんじゃねぇかって」
「なるほど・・・」

なるほど。つまり、それは。
・・・公平が、自分の為に下着を着けてくれるということ、で・・・?

「・・・」
「・・・」
「いやっ!馬鹿はそっちだろ!結果着けんじゃん!下着着けんじゃん!」
「思考の違いだろ!迷ってた段階だよ!さすがに踏みとどまってるよ!」
「買った時点でどうかと思うよ!!」

結衣は手の中のモノを改めて見た。
サイズフリーなだけあって、ブラの肩紐は長さ調節に加え取り外しも可、側面部分は伸びる素材で出来ているし、ショーツも同様の素材に付け加え、腰回りのリボンでサイズを絞れるような作りになっている。

(この歳になって、いらない知識を持ってしまった)

結衣が物珍しくビヨビヨと下着を引っ張っていると、公平は顔を歪めて舌打ちをついた。

「なに、やっぱ興味あんの?」
「興味・・・深くはあるね」
なにしろ下着(メンズ用)だ。

「つーか結衣、お前浮気疑ったよな?」
「そっちこそ、俺が女の子に走るって思い込んだじゃん」
その結果が、今である。

真相は浮気でなければ、公平の趣味でも結衣の着用でもなく、結衣の浮気防止に公平が身代わり着用するといった、なんとも奇妙なものだった。
しかしこの下着がなければ、そもそも結衣は悩みを持たなかった。だが下着がなければ公平の心配事も消えることはない。まさに堂々巡りである。

(余所見されたくないってくらい、好かれてるってことだろう?)

それならと、結衣は公平に向き直る。

「心配しなくても、俺は公平の胸筋で充分満足しています」

改まって胸を張って言うことでも無い気がするし、これはもう二人とも馬鹿だ。
結衣は開き直った。

公平には「そーかよ」と視線をそらされて、素っ気なく言われてしまったが、明らかに照れている。そして急に引っ張られ、堅くて厚い胸板に顔をぶつけたところを押さえ込ま・・・抱き込まれた。
うりうりと額をすり付けてくる辺り、結衣の発言に感動しているようだ。

(公平って人と思考が違うんじゃ?)

一瞬、脳筋と言う言葉が過ったが結衣は今更だと払拭し、思う。

(で、この下着結局どうすんの?)

それは今だに結衣が握ったままだった。



おわり


小話 40:2017/03/31

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