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※いじめ表現あり



地味で暗くて友達もいないと、自然と“標的”になった。うつ向きがちで、人とあまり目を合わせず、伸びっぱなしの髪の毛も原因のひとつかもしれない。

(いや、でも、さすがに、ねぇ)

和巳は現状を目の当たりに呆れるしかなかった。
自分がいかに標的──いじめのターゲットにされようとも、所詮は長い人生の中の一時にしか過ぎないと腹をくくっていた。
男はちょっかいを掛けるふりして本気で痛め付けに来るし、その言い訳は「遊んでただけ」「ふざけてただけ」。女はそれを見て「やめなよぉ」とクスクス笑い、和巳にしか聞こえないように「まじきもい」と平気で罵り、グループで盛り上がる。
男が身体的なら、女は精神的だ。

だが、和巳はそれを苦痛とは思わなかった。
暴力や技を仕掛けられる度に、すっと体を引いて急所をずらしてきたり、暴言を吐かれる度に内心(キモさならお前の勝ちだわ)とこちらも罵りまくっていた。

先生に言おうと心配してくれるクラスメイトもいたが、和巳はやんわりと申し出を断り続ける。
友達もいらない。教師に家庭訪問なんてされたらたまったもんじゃない。内情を探られたりしたら死活問題だ。


しかし、ロッカーの中身を水攻めされるとは予想外だった。馬鹿な連中だとは思っていたが、ここまで馬鹿とは。置いていた教科書やジャージがずぶ濡れだ。しかも青い色水。絵の具のにおいがする。

(やられた・・・)

暴力にも暴言にも屈しなかった和巳を痛め付ける方向が、器物破損に向いたようだ。

(どうしよう、やべぇ)

教科書は使い物にならない。買い直ししかない。体操着はどうだろうか。乾けばいいが、色は落ちるだろうか。とりあえずクリーニングは必須だ。
お金のかかる相談を、親にすることに気が引ける。

なぜなら、
“金貸しが無駄金使ってんじゃねぇよ”
が口癖の強面の父親だ。

しかし全費用をこっそりとお小遣いで賄えるわけもなく、話さなければならないのは必須だ。
気を重くして両親に話せば、和巳が似た顔の母は神妙な顔をしていたが、強面の父は言った。

「なんでこうなる前に一発やり返さなかった!男だろうが!」
「だから騒ぎになんのが嫌なんだよ!なんかの拍子に家の事バレてみろ!」
「ウチの何が悪いってんだ!」
「お天道様に顔向けできねぇことやってんだろ!」

親子喧嘩に手と足が出る前に、和巳の父は分かったと言って、咳払いをする。

「買い直しの金は別にいい。気にするな。ただし──」



季節外れの転校生に、和巳は目眩がした。
普段からうつ向きがちな和巳にクラスメイトは気にかけることなく、物珍しげな視線を転校生に向けている。

「三島総一です。よろしく」

にこりと笑った転校生に、クラスの女子が色めき立った。

朝、隣に新しい机──と言っても新品ではなく、空き教室に数ある内の使われていない机が、和巳の隣にあった時点で気にかけてはいたが、まさかこんな事態とは。
担任に促され隣に座った三島総一は、和巳へ笑いかける。

「よろしく」
「よ、よろしく・・・」
「名前は?」
「その、むら・・・」
「園村?下は?」
「・・・和巳」
「分かった、和巳君ね」

眩しい笑顔に和巳の作り笑顔はひきつった。

季節外れの転校生は教科書の発注が間に合わなかったようで、隣の席の和巳と机をくっつけてひとつの教科書を二人で見ている。

「あれ?和巳君の教科書、新しいね?新品?なんで?」
「・・・」
「ノートはすごい書き込んでるから、勉強しない人じゃないよね?ね、なんで新しいの?」

和巳にではなくクラス全体に尋ねるような、わざと、ゆっくり、大きな無垢のふりをした総一の声に、一部の生徒はうつ向いたり固まったり、余計なことを言うなと和巳を睨んだりと空気が変わる。
ふぅん、と総一はその一部を見逃さなかった。


「──ただし、これ以上問題を起こさせないように、考えがある」

父は言った。
これか。これか考えは。


三島総一は中学時代、和巳の父に拾われた男だ。
初めて見たときは、背も高いし綺麗な顔をしているので、連れて歩くにはさぞ箔がつく要員だろうと和巳は思ったが、事実は違った。
父は界隈ででかい顔をしていると噂の連中をいっちょ絞めに行こうかと、下っ端を連れて練り歩くと遭遇したと言っていた。
当時つるんでいた悪い大人達の中にいた総一は、父曰く
“更正できそうな面構えだったから有無を言わさず引き取った”
らしい。捨て猫じゃあるまいしと和巳は父の行動に犯罪の二文字を感じたが、総一は無表情で淡々と言う。

「母親はどっかの男のとこに行ったきりで、俺の身元を気にかける人なんていません。生活費もないし、生きてく為にはどこでどうなろうと構わないですから」

父は元からいなくて、今は知り合いの事務所で寝泊まりしているとも言っていた。父は歳は和巳と同じ中三の十五歳と紹介した上で、総一のガタイの良さと和巳の平均より低めな身長を比べてからかい嘆いたが、和巳に蹴られ、母親に成り行き全てを説教されて小さくなった。

暴力組員を増やしたのかと思えば、結果的にネグレクトされた子を保護したのだから、和巳は安心して手を伸ばす。

「園村和巳、よろしく」
小さな手をヒラヒラさせて握手を促すと、総一は少しためらって、迷って、その手を握り返した。

これがはじまり。
あの手を握り損ねたら、俺は一生を後悔すると思ったと、総一はのちに言った。



「あーもーっ、親父めぇ!まさか監視をつけるとか!」
「いーじゃないですか。俺は和巳さんと一緒に学校生活楽しめて、お得です」
「お得って、バーゲンセールじゃあるまいし」

昼休み。
教室を出る和巳に着いてきた総一は、外の非常階段に座り昼食をとっていた。

「総一も巻き込んでごめん。転校までさせちゃって」
「とんでもない。和巳さんの役に立てるなら。それに前のところはあまり勉強に熱心ではない学校だったので、正直退屈してました」
「へぇ?」

総一は元々、別の高校に通っていた。
中学時代の出席日数、内申、成績では合格圏内の高校なんて片手程もなかったが、高二の今となっては和巳の高校に編入出来るくらいだ。人の成長と、持って生まれた潜在能力ってすごい。

和巳の父親は嫌がる総一を説得させて高校に入れさせた。
“金って言うのはこういう時に使うもんだ”
と言った父親に、これには和巳も母も賛同する。
あとから総一が顔を赤くして、涙目で礼を言ったことを和巳がからかえば、総一は父親が自分を引き取ったのは、自分の息子と同じ歳のやつをほっとけなかったからだと教えられた。加えて、大事にされてるんだなと言われ、これには和巳も赤面してしまい、見事に返り討ちにあってしまうのであった。

「それに偶然ですけど席が隣同士とか、弁当の中身も同じとか、俺ちょっと嬉しすぎてやばいです」
「そういうもん?」
「そういうもんです」

総一は表情が乏しかったが、元の造りは綺麗で徐々に笑うようになると、和巳はなんだか丸め込まれたような気分になる。

ちなみに和巳に対する態度が体育会系とは違う、縦社会に従うソレっぽいのは元につるんでいたやつらの影響と、園村家では一番下っ端だかららしい。どう言っても直らないので、これはこれでと園村家は納得している。


「和巳君、一緒に帰ろう」
「・・・ん」

初対面の転校生を演じている総一と、なぜか仲良くなっている和巳にクラスメイトからの視線が痛い。
家をつけられたりとか、自分達の関係を怪しまれたりしたらとか、和巳は深く考えていつもより背を丸めて教室を出ようとした。
後ろのドアにいじめの主犯格の男がニヤニヤしているのが目についたが、正直どうでもいい。

「園村ぁ。じゃあ、なっ!」

背中に平手をくらうのはもう慣れた。痛みよりも振動の方がでかいので、精々転けないように踏ん張ろうとするが、それが今日はこなかった。
振り向くと、総一が男の手首を掴んでいた。

「何しようとしたの?」
「あ?あー、いいんだって。こいつはコレで」

転校生にもクラスの在り方と自分の威厳、和巳の扱いを教え込もうとしたらしく、総一の目が冷えきったことにも気付かずにへらりとして言う。

「は?」
総一の指が相手の手首に強く食い込む。

「・・・っ!?」
「お前、顔も根性も腐ってんのな」

総一に鼻で笑われれば、男はカッと顔を赤くした。総一と比べれば見劣りするに決まっている容姿は指摘されたらさすがに劣等感甚だしい。
女子が小さくクスクスと笑いながら「ださ」「いきがってるから」と嘲笑っているのが聞こえる。今まで同じ立場で笑っていたのに偉い変わりようだ。それは男も同じようで、女子達を睨み付けると何かを喚き始めたが、女子の方が口は立つ。その内暴力が出るのではないかと思い和巳が振り返ろうとしたが、その背中を総一が押す。

「さ、とっとと帰りましょ」
「いや、でも、やばくないか?」
「大丈夫ですから」

いったい何が大丈夫なのか。
それを知ったのは、校門を出てからだった。

「だってあの男、女子の中の一人が好きでしょうから、手はあげないでしょ」

和巳は目を丸くして、平然として言う総一を見た。

「え、まさか、気付いてない?」
「マジで?」
「和巳さんに突っかかる度に女子の方をチラチラ見てたじゃないですか」
「えー、全然気付かなかった・・・」
「あんだけ分かりやすかったのに」
「・・・ちなみにそれって誰?」

年相応の好奇心からの質問と、答えを期待して輝いている瞳が眩しい。
思わず笑ってしまった総一が今日で覚えたクラスメイトの名前を告げれば「え!えぇ、マジかぁ、ふーん」なんて少し渋い顔になったので、どうやら彼の中での彼女は悪い趣味らしい。
それでいいと総一は頷く。

「ま、その女子も今日一日で俺に惚れてましたけど」
「うわぁ・・・」
「あ。安心してくださいね、俺は和巳さん一筋ですから」
「うわぁ・・・」

彼は和巳に対し、一目惚れと称した曲がった忠誠心を持っているからだ。




「ね。園村って三島君と仲良いよね。なんで?」
「なんでって・・・」

総一が転校してから一週間。
急ぎでない備品が届いたので事務室に来るように言われた総一がいない間に声をかけられた。
いじめ主犯格の男が好きらしい女にだ。

親父直々の舎弟だから。
とは言えない。
家族、従兄弟、実は幼馴染み、どれも後付け設定には無理がある。

「・・・別に、普通」
「な訳ねーだろ。行きも帰りも休み時間もベッタリじゃねぇか」

ベッタリしてくるのは総一だ。
それに女子らしくない言葉遣いに、無表情を作りながらも嫌悪感は募る。

「つかさ、園村最近調子のってね?」
「・・・そんなこと」
「お前がいじめられてるって三島君知らねぇから、お友達が出来たと思った?」

クラスから笑いが聞こえる。
それを加勢と捉え、和巳に憂さ晴らし出来ない腹いせか、彼女も嫌な笑みを浮かべている。

「三島君が側にいるから?うちらが手ぇ出さないと思った?」

ガァンと机を蹴り倒された。
元に戻さねばと、和巳は机に視線を向ける。
でも、その前に。

「無抵抗な人間に危害を与える方が調子にのってると思う」

伸びた黒髪の隙間から、女子をじぃっと見た。
初めての和巳からの反論と気味の悪さに似た威圧感に鳥肌が立ったが、彼女もクラスメイトの前で大きく振る舞った為に後には引けないようだ。目がどんどんつり上がり、唇が震えている。

「はあっ!?お前マジふざけんじゃねえよ!!」
「汚ない言葉遣いだね」

冷静な言葉が彼女に降りかかった。
総一だ。
多くはない教材を机の上に置くと、倒されたままの和巳の机を起こして散らばったペンケースやらも拾って渡す。
くるりと女子に向き直る。

「でも今のあんたになら、お似合いかもね」
「な、に・・・」
「最低だ」

ふふっと総一が笑うと、ぶわっといつかの男みたいに顔が赤くなり、彼女は教室を走って飛び出した。

「何かされた?」
「なにも・・・」
「持ち物は、“今度こそ”無事?」
「・・・お陰さまで」

ざわついていた教室が、二人の会話で静まり返った。
結局、彼女はその日に教室へ戻っては来なかった。担任がどうしたか尋ねても、いつもつるんでいる友人や、好意を寄せているはずの男はだんまりだ。
人ってそんなものだろう。
いじめられていたが、彼女も寂しい人だと和巳は思う。



「にしても、残念です」
「何が?」

総一が転校してから一ヶ月。
非常階段で変わらず一緒に弁当を食べていると、総一はらしくもなくため息をついた。

「机をくっ付けて勉強する機会がなくなりました」
「お前なぁ・・・」
「まぁでも、いじめ問題もなくなりましたから、良しとしましょう」

確かに、あれから和巳はいじめられなくなった。
男女ともに頭を潰したのがでかかったのだろう。男はあれから総一に対し少しビビり、女はあまり教室に来なくなった。いわゆる保健室登校をしているらしい。

「和巳さん、はい、あーん。口開けてください」

元から和巳を心配してくれていたクラスメイトは穏やかな表情で話しかけてくれるようになったし、友達と呼んでいいのか戸惑うが、和巳も総一を交えて少しは近づくように努力している。

ぼんやりと思い耽っていた和巳に、総一が玉子焼きを突きつける。強引なもんで唇にくっついたから、和巳が食べるしかない。

「はい。じゃあ和巳さんも玉子焼きください」
「なに、このやり取り意味あるの?」
「あります。大いにあります。まず家じゃできないですから」

仕方なしに玉子焼きを箸で摘まむと、遠慮なく総一は口に入れる。

「それに」

ぺろりと唇を舌で舐める。

「今度は俺との問題について、考えてくださいね」

丸め込むような総一の笑顔を向けられる。
友達も作らず、人に頼らず、いじめに耐えてきた。自分で選んだやり方だが、それはひどくうっそうとしていた。
和巳も、総一も。ここらで一からやり直し、学生らしく一花咲かせるのも楽しいかもしれない。

「そうだな」

一人じゃ怖いけど、二人なら。
前髪をかき上げながら、和巳は久しぶりに学校で笑った。




おわり

小話 39:2017/03/31

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