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終わったと思ったらやってくる。
考えればいつもヤツの影に怯え、ヤツへの対策を事前に講じ、一難去ったかと思えばヤツは手元に戻り、また新たなヤツに立ち向かうのだ。
ヤツ、その名は──

「テストやべぇぇ!」

定期試験だ。
今回は期末試験が二週間後に迫っていた。日本史の教師が「そろそろ頭に詰めとかないと知らないぞ」と言ったのが発端だ。クラスは一斉にブーイングと落胆の嵐に見舞われた。

「こないだ中間終わったばっかじゃん?期末早くね?はっ!俺もしかして時をかけた?授業の内容に見覚ないのはそのせい?」
「お前は授業中寝ていた。時はかけてない」

篠月の頭を持っていたノートで叩いたのは学級委員の花宮だった。
洗練された顔を隠すような眼鏡と真面目くさった性格はまさに委員長タイプ。自分にも他人にも厳しいので、ほぼ観賞用として女子からの隠れ人気があることを知っている。
そして。

「そんなに切羽詰まらなくても、俺がいるだろ」

篠月には、ちょっと甘い。


篠月と花宮は今年の二年で同じクラスになった。
近寄りがたいイケメンだと一年時から話には聞いていたが、間近で見るとイケメンというか、容姿端麗という文字面の方が似合う和風美人な男だった。
クラスの女子ははじめこそ親しくなろうと奮闘しているが、変わらずつれない性格の花宮にあえなく撃沈して遠巻きになる。男子ははじめから、あいつは別次元だと関わりすら持とうとしない。
篠月はそんな花宮に、ある日言った。

「勝手に理想押し付けんじゃねえよって感じだよね」

放課後に靴箱で遭遇し、花宮〜と気軽に声をかけ、最近暑いね、夏だね、なんて一方的に話し掛けてからの脈絡の無い発言に、花宮は目を見開いた。
篠月からしたら五月は暑いし、梅雨が来たら夏が来るしと筋を通した話のつもりだったが、そこは花宮にとって問題ではない。

勝手に好きになってもらおうと近付いて、思ったような手応えもなく、脈なしと思ったら離れた位置から見るだけで、冷たい、顔だけと言われ、それが広まるなんてあんまりだと言う篠月の真意と自分の本音が重なって驚いたのだ。

「顔に出てたか?」
「いや?俺が花宮見てて、勝手にそう思っただけ」

あの時は確か、バスの時間が迫っていたから篠月はすぐに手を振って、走ってその場を去ってしまったから、何かを考えるような花宮が篠月の去った方をしばし呆然と見ていたが、やがて穏やかな表情に変わったのは知ることはなかった。

それからクラスメイトとして時たまする会話の中で知ったのは、花宮はふざけたことは言わないが、間違ったことも言わない。教師に指名されてなったはずの学級委員の仕事は手を抜かない。実に真っ直ぐで折り目正しいと、そういう男だという事で、篠月は避ける理由も苦手とする理由もないので良き友人関係を築いていた、はずだった。

「自分の事を真正面から受け入れてくれる篠月が好きだ」

と花宮に告白されて、二人の友人関係が終わったのと同時に新しい関係が始まったのは、梅雨入りと同じ時だった。


図書室は静かすぎて落ち着かないと、篠月たっての希望で放課後の教室にて二人きりの勉強会が行われた。隣のクラスや廊下が少し騒がしいが、これくらいが丁度良い。
まずは数学。理数系はてんでダメだと言いきる篠月は数学のノートを花宮がめくると、意外とばかりに声をあげられた。

「なんだ。ちゃんとノート録ってるじゃないか」
「うーん。でも、書いてる意味がよく解らないというか」
「見たままを考えないで写すからだ。大概、教師は説明しながら板書する。そこも聞いておくんだな」

それが出来たらなぁと、早速、意気消沈してしまう。
定期試験の度に次回こそはと授業に意気込むが、なぜか眠気に教われるのだ。うとうとしてハッとした時には黒板が白く埋まっていて、焦って書写するの繰り返し。理解する以前の問題である。
見るからに落ち込む篠月に、花宮はこっそりと笑った。授業中に頭が揺れている姿が実は癒しとは言えないだろう。

「解らないことがあったら後回しにしないで、逐一聞けばいい。先生なり俺なり、解りそうな奴を捕まえろ」
「え、花宮でもいいの?」
「現にこうやって、勉強を見ているだろ?」

ノートに挟まった前回の小テストを見つけた。不出来なやつだ。篠月は目も当てられず、窓の外に視線を向けた。
全十問中、はじめの三問までは解けている。七問までは使う公式はあっている。書いては消してを繰り返し、残りは空白だ。
なるほどと花宮はシャーペンを取り出して、数回ノックする。

「それに俺はこういう時にしか使えないからな。精々愛想をつかされない様に気を付けるしかない」

思わず顔をあげた。
花宮はさも当然のように、何でも無いように、頬杖をつき、篠月が解きやすそうな問題を白紙に製作してくれている。ペンが走る動きに迷いがない。

・・・もしかして、いつもそんな心配をしてるんだろうか。

カリカリと、二人の間に書き物をする音が響く。
篠月も花宮も、綴られる用紙に目が向いている。

「・・・あのさ。上手いこと言えないけど、俺、花宮を頼りにはするけど、使おうとか利用してやろうみたいには思ってないよ。勉強見てもらえなくても嫌いにはならないし。花宮って勉強だけじゃないし」

それに愛想うんぬんなら、俺の方が──。
言いかけて、花宮の手が止まっていることに気が付いた。
自分を見ていた。
なんだ、その思っていたのと違うとでも言いたい、驚いた顔は。

「ね。花宮が俺と勉強するメリットってなに?」
「は?」
「だって今の俺、おんぶにだっこじゃん」

愛想うんぬんなら、自分の方が問題じゃないか。
花宮に勝るものって、正直無いし。
気持ちがしぼむ篠月が花宮を見れば、すごい顔をしていた。嫌〜な気持ちを前面に出した苦々しいしい面だ。そんな顔もするのかと新たな発見である。

「・・・、・・・」
「え、なに?」

何か言いたそうに口を開けて、閉じて。

「ただ単に、俺が一緒にいたいだけだ・・・」

気まずそうに顔をそらし、吐き捨てるように言った。
緊張が急にとけた。まさかの返答に篠月は拍子抜して、それに対するリアクションが上手く取れなかったが、口は間抜けにあいていたからさぞアホ面を晒したことだろう。
そんな珍しいものを見るかの様な、イマイチ反応も無くぼけっとしている篠月に、花宮は顔を染めて睨み付けた。

「なんだ、悪いか!」
「悪くない悪くない!全っ然悪くない!」

眼鏡のブリッジを中指で支えながら、花宮は噛み付くように言い放って、いつの間にか完成させた問題用紙を乱暴に篠月に向け直した。

(ギャップ萌え、ツンデレ、なるほど)

首を横に振るが、目が合うとだらしなく笑ってしまう篠月に舌打ちをつく。これ以上花宮を刺激させないように、けれどやっぱり小さく笑って解答に取りかかる。一問目は自力で解けそうだ。

「でもさ、俺に時間割いちゃって大丈夫?花宮もテスト勉強しなきゃ、やばくない?」
「目前のテストに焦るような勉強はしていない」
「うわおー。一回言ってみたい台詞だわ」

花宮の視線を指先に、篠月の綴る途中式に感じて緊張する。

「んじゃあ、何の為の勉強?」
「高校在学の内は、大学受験」
「すげ」

まずは一問目完成。
花宮を見れば、用紙を見たまま頷いたので正解なのだろう。続いて二問目に取りかかる。

「俺まだ進路決まってないやぁ」
「これからオープンキャンパスやガイダンスが控えてるだろ。焦らなくてもいいんじゃないか」
「うーん」

そもそも四年制大学か、短大か、専門かすら考えていない。好きなものはたくさんあるが、それらを仕事になんて思い付きもしない。
一年生の教室にはなかった、職業に関する手引き本や、近辺の大学等の資料がさりげなく後ろの棚に並んでいるのは結構なプレッシャーである。

二問目にちょっと詰まった。
ふぅっと息を吐くと、ずっと見ていたらしい花宮の手がスッと伸びて、ペンで一旦出した数字をどこに当てはめるか矢印を書いていく。
あー、そういうこと。となると。
再び続きを書き進めて、少し迷いながら一問目より時間をかけて答えを出した。
花宮はずっと待ってくれていた。

「まー、どう頑張っても花宮と同じとこは無理だよなぁ」

解き終わって見直していると、ペンを持つ手を上から握られた。
なんだと顔をあげてから、思わず篠月は息をのむ。

「篠月は」
「う、ん?」
「卒業して進む道が違っても、俺とまだ付き合ってくれるだろうか」

眉を寄せて苦しそうな顔をしている花宮がいた。そんな顔を見ると篠月も胸がつまって苦しくなる。

お前なんつー情けない顔してんの。
そんなに俺が好きかよ。
まだ二年の夏だよ、一年半以上先の話かよ。
どんだけ先のこと考えてんのさ。

沸いた言葉は音にはならない。
だからただ、篠月も真っ直ぐに花宮を見た。

「・・・ん」

やっとの声は、うんと確かに言ったはずだがかすれてしまった。

重なる手に力が加わった。
花宮は自分のことに自信がないんだ。周りが勝手に諦めたように、自分がいつ花宮を見限るか、それが心配なんだ。
しかし、それなら。
条件は自分とて同じだと篠月は思う。
これから先、花宮の隣に並ぶと比較され続けていくだろう。花宮も我にかえって、自分なんかを手放すかもしれない。

(でも結局、お互いのいいとこはお互いの方が知ってるし)

なんせ始まり方が、それなのだから。
だったらこれからは、もっとお互いのいいところを探しながら付き合う方が楽しいに決まっている。

「花宮。あのさ──」
ここはいっちょ、気のきいた言葉をかけて花宮を安心させてやろうと篠月が意気込んだ、その時だ。

「ええーっ!マジかよーっ!!」
「マジだってぇ!超笑ったし!」

重なるように廊下から騒がしい声がした。
瞬時にお互い手を引いた。早業だった。
そうだ、ここは学校で、まだ人はいて、テスト勉強中で。
急に現実が見えて、二人してそろそろと視線をあわせると、同じタイミングで笑ってしまった。花宮なんて、眉を下げながら顔を赤くしている。普段のすました顔が嘘みたいだ。
とっても恥ずかしいことをしていた自覚はある。それすらも吹き消すように小さく笑い続け、ようやく落ち着いた頃、目尻にたまった涙を拭きながら篠月が言った。

「花宮、笑うと可愛いね」
「かっ!?」
「もっと笑えばいいのに。ほら、にこーっ」

左右の人差し指で自分の頬をむにっと上げて見せるが、花宮はもういつもの真面目な顔でしれっとしている。

「感情が追い付かないのに笑えるわけないだろう」
「あれ、じゃあさっきは楽しかった?」
「いや・・・嬉しかった」

ほほう?と前のめりになる。

「俺と別れないのが?嬉しかったの?」
「〜もういいだろ、からかうな。早く問題を解け」
「かわい〜な〜、花宮〜、かわい〜!」
「うるさいっ、俺は帰るぞ」
「ごめんて〜。でも一緒に帰るっしょ?」

そう問えば、花宮は不承不承と席につき直す。
本当に真面目で素直で可愛い奴だ。

篠月が手のひらを上げた。

「まあさ、これからの事はこれから考えようよ。付き合ってんだから、その度一緒に考えて、納得いくまで話し合おう」
「・・・だな」

パンッといい音を立てて、花宮の手のひらが篠月のそこに強くタッチする。
中断していた勉強を再開した篠月を頬杖をつきながら見る花宮は実に穏やかや表情だったが、数式に夢中な篠月はまたもそれを見逃してしまっていた。



おわり



両思い片思い含め、好きな人のいいところは本人より好きな人のが知ってるって萌える。

小話 38:2017/03/31

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