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素行の悪さは自覚している。
ノーヘルで警察と追いかけっこもしたし、酔った勢いで喧嘩もしたし、一部界隈では名前も売れた。顔の造りを蜜に寄ってくる女はいたが、そこは手をつけずにスルーしていたら、なぜかもっと寄ってきた。未成年がどうのこう、将来がどうのこうの親はうるさかったが、勝利は日常の味気なさに飽き飽きしていたので生活を改める気は全くなかった、ら、強制送還。イン田舎。

(最っ悪だ!!)
年寄りと女子供には優しい性格の、根っからの悪に成りきれない勝利にとって、祖父母のいる田舎は相性が悪すぎる。
何でも親族で二人の金婚式のお祝いに温泉地への旅行をプレゼントしたらしい。始めは双方とも遠慮して「畑があるし」「長く家を空けるのも」と言い訳をしていたが、勝利の両親が「それならウチの愚息を」と、本人の知らぬ間に売りに出したようだ。短い間でも平穏と、なんなら田舎で心が洗われてくれればと願いも込めて。

──金婚式。勝利が携帯の辞書機能で調べれば結婚五十周年の御祝いとな。
なんだよジジイにババア。めでてぇじゃないかと勝利は人知れず目頭が熱くなる。口にはしないが長生きしろよとも言っておく。
祖父母の前では強くなれないのは周知の事実だ。知られているからいつもの強気も上手く取り繕えないし、二人の前ではいつまでたってもただの子供だ。
居心地悪いことこの上ない。

昨日は、出発前の二人が久しぶりの孫、勝利を田舎料理でもてなしてくれた。
「俺運ぶから!洗いもんとかいーから!」
「あ?電気?全部変えといてやるよ!」
「年寄りが無理すんなよ!明日から体力使うんだからじっとしとけ!」
言葉は悪いがつむじ曲がりな孫はやはり可愛い様で、着いて早々でかい図体に強面な孫が働く姿を二人は優しく見守っていた。

(マジで最っ悪!)
こんなのは全く持って不本意である。


翌朝。
勝利は駅までのタクシーを手配して、そこからの新幹線や旅館までの道のりを再三教え込んだ。留守を預かってくれるからと、お小遣いを与えようとした二人に「その金で美味いもん食ってこい!」と叱り飛ばして、タクシーに詰め込む。
車内の二人が肩を震わせ、腹を抱え、運転手に孫自慢を始めているのも露知らず、タクシーが見えなくなるまで見送ってから、家に入った。
ついでに(気を付けてこいよ)と悪態もついておく。


「あー、クソだりぃ」

二人は温泉を楽しんだあと、他の親戚の元に顔を出したりと一週間は家を空けるらしい。
元の住人が不在となると、気を使う事もない。ようやくのびのびと出来る環境だが、することがない。何せ絵に描いたような田舎だ。遊び場もなければ暇を潰す事もない。

「・・・よしっ」
勝利は戸締まりを確認してから家を出た。
昔は祖父母の手を引いて、辺りを散策したものだ。そう変わり無い田舎景色。しばらく歩くと思い出とともに足も勝手に道のりを辿る。
木の実を集め、花の蜜を吸い、枝を拾って振り回していたものだ。

(そうだ、そして確かこの辺りに──)

懐かしの風景にらしくもなく胸が高まった。
しかし、その時。

「ふえぇぇん!」
子供の泣き声が聞こえた。勝利が行こうとする道の先だ。
先にも述べたが、勝利は年寄りと女子供には優しい性格なのだ。
自分の性格を呪いつつ、勝利は走った。するとそこにはやはり、勝利の目的とする一体の小さな祠の前で、子供がしゃがみ込んで泣いていた。しかし細くて小さいが、歳十四、五の思ったより大きな子供だ。濃い茶髪に肩に付きそうな丸みを帯びた髪型、紺色の甚平を着ている。

「おい、どうした」

呼び掛けにハッとした子供は、手拭いを頭にかけるとその端で涙を拭いた。情けない顔で低い鼻をすんと啜り、困り眉の下に涙を浮かべ、大きく真っ黒な瞳が今にも溶けそうなまま、勝利を見上げる。

「ご、ご飯盗られた・・・」
「はぁ?盗られたって、誰に?」

子供は指を真っ直ぐ上にあげた。
つられて上を見る。
数羽のカラスが「アホー、アホー」と憎たらしく鳴いていた。
まさか──。

「カ、カラスに・・・」

まさかだった。
鈍くさいやつと思いはしたが、今や観光地で猿や猛禽類は人間の食べ物を狙うと言うし。相手は子供だし。

「あ、あー泣くな泣くな。これやるから」

子供の手にぽろぽろと落としたのは、白い紙に包まれたキャラメル数粒。昨日、祖父母宅でタバコを吸うわけにもいかず、口寂しさを紛らわせる為に懐かしさから目にとまったものを駅の売店で購入したものだ。
はたと、子供の目から涙が止まった。手の中のキャラメルを眺めてから、勝利を見上げ、ぽかんとしている。

「・・・ショーリ?」
「あ?」
「やっぱり!ショーリ!大きくなったね!」

まるで自分を知る口振りにぎょっとして子供を見ると、勝利の視界の隅を何かがかすめた。反射的に手が伸びる。
「ひぎゃあ!」
ツチノコかと思えば、それはやたらふさふさしていて、子供の尻から、生えていた。

「・・・」
一瞬、大人のいかがわしい玩具かと思ったが、勝利の目は子供の頭に釘付けになった。ツチノコモドキを掴んだ拍子に驚いた子供の頭から手拭いが落ちたのだ。
髪と同色の、半円の何かがピコピコと動いている。

「なに?え、ショーリ、尻尾、痛い・・・」
「仮装大賞じゃねぇって事は分かった」
「仮装?あれ?ショーリ、じゃない?」
「・・・誰?どこの子?」
「家?は、ここ」

ちらりと見たのは小さな祠。

「いや、お前・・・」
「ほんとだよ!」

・・・子供の主張によると、自分は化け狸でありながら、昔この地域に築上していたさる城の武運の神だと言う。しかし落城したのちに、一応は神だからと形だけは奉られて、山沿いの小さな祠に納まっているらしい。
今や日本は争いの無い国で、すっかりお役御免となった神様は精々、村の子供の運動会を見守るだけで、すっかり退化したそうだ。このなりに留まっているのは、今でも信仰のある一部の村人のおかげらしい。カラスに盗られたお供え物を取り返そうと、動物に勝るであろう人型をとったが、結果はあえなく撃沈。そこで勝利と出会ったようだ。
退化すると幼くなるのか疑問だったが、例えば七福神なんかはほぼ老体だ。子供なんぞ足元にも及ばないのだろう。


(・・・武運の神、ね)
勝利には覚えがありすぎた。なぜなら武運の神の祠だというこの場所を祖父母から聞き、男なら強くなりたいと散策の度に手を合わせていたからだ。なんなら今からまさに、もう一度出向こうとすら思っていたのに。それが、まさかこんな頼りない子供とは。初恋を数年越しにぶち破られた気分である。

「ショーリ、久しぶりだね。こっちには、遊びに来たの?」

しかもなぜか、懐かれた。
背中にベッタリと張り付き、にこにことしている狸は包みを解いてキャラメルをひとつ口に入れた。耳元でコロコロと音がする。

「ショーリ、どこ行くの?」
「帰る」
「ふぅん」
「いや、ふぅんじゃなくて。降りろよ。お前も帰れよ」
「えっ!!」

ガァァン!と言う効果音がつきそうな程、ショックを受けていた。黒目の大きな瞳が再び揺れる。
そうなれば勝利は弱い。結局舌打ちをついて、背中に狸(の神様で人間の形をしているもの)をぶら下げて、今は不在の祖父母宅に帰ってきたのだ。

「ショーリ、昔もよく、キャラメルくれたね」
「あー」
「蟻が群がって、大変だったよ。夏はすぐ、溶けちゃうし」
「悪かったな!」

畳に転がした狸はけらけら笑っている。
何が楽しいのか、勝利は息をはいた。

「お前、飯は?」
「飯?ご飯?」
「盗られたっつってたろ。腹空いてねぇの?」

キャラメルでは腹も膨れないだろう。
狸は自分の腹をさすりながら、きょとんとしていた。それを見て、勝利は台所に入る。

(狸ってなに食うの・・・)
携帯で「狸」と検索したが、居間の狸はキャラメルを食べていたし、供え物を食べるなら雑食だろう。

(狸・・・ネコ目イヌ科・・・え、犬猫どっち)
つくづく不思議な生き物だ。


台所から微かな音が聞こえる。
古畳の感触をごろごろしながら満喫していた狸は、低い箪笥の上の写真を見つけた。そろりと近付いて、垂れた目で、じっとそれを見つめる。

「何してんの」
「写真!ショーリ、子供の時の。懐かしいね」
祖父母と三人で写っている少し古い写真は、日光に当たって色褪せている。その写真はずっとそこが定位置で、照れくさいが特に咎める理由もない。だからと言って、じろじろ見られて気持ちのいいものではない。

「んなもんいーから。飯」
「わあ!おにぎり!」
「たぬき飯」
「えっ!?」
「狸そのものは入ってねーよ」

予想通りに青い顔をした狸に喉で笑った。
携帯で「狸」を検索をするとトレンドワードで出てきた「たぬきご飯」なるレシピ。調べてみれば、狸=揚げ玉に、ネギ、鰹節、めんつゆで味付けしただけの勝利でも作れる簡単なおにぎりだ。あとは朝食に作ってくれていた根菜の味噌汁も温め直す。

「美味しい!ふふっ、本当はお供え物、食べなくても身体に満たされるものだから、お腹は空かないんだけど」
「おいっ」
「だって僕への気持ち、盗られるのは悔しいもん。下さいって言ったら、あげるのにさ」

子供らしく頬を膨らます狸は、食べなくても平気と言う割りにぱくぱく食べる。ぱくぱく食べて、にこにこしている。

「ショーリは、強くなった?」
「ん?」
「ショーリ、強くなれます様にって、昔たくさん言ってたね。村のどの子より、一生懸命だったよ」
「・・・そーかよ」

昔の自分、どんだけ。
しかしその甲斐あってか、喧嘩は負け知らずだ。強くはなれたんじゃないだろうか。
手のひらを開いては閉じてを繰り返していると、その手を狸の小さな手が触れてきた。

「今の時代、戦や暴力はダメだからね。僕の仕事は少ないけど、ショーリがちゃんと、望む通り強くなれてたら、うん、嬉しい」

そう言って見せた笑顔はとても綺麗で、勝利は思わず目を背けた。
喧嘩で名を馳せるのは、お互いに不本意だ。
素行が悪いのは自覚している。悪いことと良いことの境なんて、当然理解している。理解しているが、それを実行するのはとても勇気がいることで。

「・・・楽しそうだな」
笑みを浮かべたままの狸の頬を軽くつねった。柔らかい。
「楽しいもん。久しぶりにショーリに会って、キャラメルも貰って、ご飯も食べたよ」
「安いな」
「そうかなぁ。だって僕は、一日だけだけど、ショーリといるのは、とっても楽しい」
「おめぇがガキだからだよ」
「僕はショーリより、ショーリの祖父母より、うんと年上だよ?」

何でも知ってるよ?
存外、そう言わんばかりの笑顔だった。


夕方近く、勝利は風呂場を洗い、米を研いだ。

(進路って、いつまでに決めろっつってたっけ)

流れる白濁した磨ぎ汁を、ただただ目で追う。
携帯にはこんな自分を心配してくれている担任からの着信履歴が残っている。

聞いてみようか。
らしくもなく思った。

炊飯器にスイッチを入れて居間に戻ると、座布団の上に黒い塊・・・動物の狸が横倒れていた。

「お前、いつ帰んの」
「ぐうぐう」
「狸が狸寝入りすんなよ」

首根っこを掴むと、だらんとぶら下がったのちに狸はドロンと人の形をとって見せた。

「おぉ、すげ。化け狸」
「神様だもん・・・」
真っ黒な瞳から涙が落ちた。

「お願い、ショーリ、また会いに来て?」

ぐずぐずと泣く狸は到底武運の神なんかには見えずに苦笑してしまう。

「情けねぇ神様だな」
「うぅぅ〜」
「俺が神に願うなら」
勝利は言った。

「この先一生、死ぬまで有りとあらゆる場面で勝ち続ける男でありたい」

喧嘩でも暴力でもない、味気ないと唾をはいていた現実の方が実はとても困難だ。いつまでも目を背けていられない、挑むなら勝ちに行きたい。力をつけるなら、大切なものを守れる強さの方がずっといい。

「神様は叶えてくれるだろうか」
勝利は狸に問い掛けた。

「──うん」
頷いた狸の顔は気のせいか、力強く大人びて見えた。

「任せて」
「は、心強ぇわ」

思わず頭を乱暴に撫でたが、狸はそれを誇らしげに甘受していた。
神様直々の御加護なら、勝利も頑張ろうかと奮い立つ。


「っつっても、あと一週間はここにいるけど」
「! ショーリ!」

正面から飛び付かれて、勝利の優しくするカテゴリーに野性動物も密かに加わった。




おわり



狸の祠の山を挟んだ麓に、狐がいます。

小話 37:2017/03/10

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