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「指先がじんじんする」と冷え性の小百合が言った。
モコモコした手袋をしていても、彼女曰く冷え性は身体の内側の問題だから防寒してても手は冷たいらしい。
タイツに可愛い靴下を重ね履きしたり、マフラーをぐるぐる巻いて首もとをガードしたり、実はボディーウォーマー・・・つまり腹巻きもしていると、お洒落に見せ掛けた冷えとり対策には余念がないと豪語している。
女子って大変だと思いつつも、光はイマイチ実感がわかない。

「冷え性ってそんなにつらい?最近テレビでよく特集してるけど」
「つらいよ〜。代謝あげるために色々してるけど全然だめ。生姜とか摂っても効果が長続きしないし」

言いながら、小百合は手袋を外した。あらわになった白い指先が光の頬にピタリと触れる。
瞬間、思わず素っ頓狂な声が出た。

「ぎゃっ!つめたっ!よく生きてるね!」
「ね。自分でもそう思う」
「やばい、冷え性やばい」

友達やバイト先に女子はいるが、女子の手なんてそう触らないし、光の唯一の身近な女性──母親に至っては更年期だから暑いと言ってる始末だ。
女子ってほんと大変なんだな。もっと労ってあげよう。機会があればだけど──と、小さく決心したところを見られていた。

見られていたのだ。

「てめえ、なに浮気してんだよ」

恋人(男)に。

聞けば先日、街中できゃっきゃしていたところを偶然目撃したらしい。まずくはないが、これはまずい。なぜならあの日は恋人、崇文のデートの誘いを断って彼女と会っていたのだ。
同じ大学に通う崇文と講堂で待ち合わせ、一緒に帰宅している時からやけに静かだなと思っていたが、まさかふつふつと怒りを沸かせていたなんて。

そのまま一人暮らしの崇文宅に連れられて、くつろぐ間もなく突然の床ドン。これ逆に下の住人から苦情がくるんじゃと、光はひっそりと階下の人を思った。だって崇文の部屋の家具がビリビリ振動してるし。

しかし光とて、大人しくビビっているつもりは毛頭ない。顔の横に置かれた崇文の腕を、ムッとしながらバシバシ叩く。

「だからー、言ったじゃん。いとことの先約があるからって。母さんの妹の子供で、俺の二個下のいとこ」
「は、JKかよ」
「いや、そうだけど。言い方」

脱力した崇文の隙をつき、肩を押して光も起き上がる。

「とにかく!その日は親戚の子の入学祝を選んでたんだって!やましいことは一切なし!俺は無実で潔白で冤罪だ!弁護士を呼べ!」
「はあー?てめぇ身内とこんなにイチャつくのかよ」

崇文の大きな手で、あの日、小百合がしたように両の手で光の頬を挟む。しかし小百合は指先を一瞬当てる程度だ。手のひらで長々とプレスなんてしていない。

「いちゃ、ちゅいて、にゃいっ」
ぎゅうぎゅうに頬を挟まれたまま光が抗議すれば、上手く出来なかった発音に崇文は小さく噴いた。

「はっ、ブサイク」
「これやれば大概そうだ!」

やっておいてその言いぐさ。乱暴に振り払った崇文の手を更に叩いて抗議するも、なぜか逆に不服そうな顔をされてしまった。なんだ、と光は崇文の言葉を我慢して待ち、目もそらさない。すると根負けしたように崇文が溜め息をはいて、ぼそりと言った。

「いとこ同士って、結婚できんじゃん。確か」
「え、そうなの?」

知らなかった事実に問い掛けるが、崇文はふいと分かりやすく不貞腐れて顔を背けた。
そうか、いとこって結婚できるんだ。へー。
と思った光の思考は止まる。

「・・・ちょっと待て。なんの心配をしている」

恨めしい視線をぶつけるが、顔を背けたままの崇文は気づかないふりをし続ける。
これには光こそ長い溜め息をはき、「あー」「うー」と答えを探る。言いづらい事実と、しかし言わなければこのわだかまりが解けないと理解した上での葛藤は、事実を話して崇文との仲を修復する方に軍配が上がった。

「小百合・・・あー、いとこは俺達のこと知ってるよ」
「・・・は?」
ようやく崇文がこちらを向いた。

「俺が話したもん」

ポカンとしている崇文に、今度は光が顔を背ける。気まずさから背けていた崇文と違って、その理由は気恥ずかしさからだが。

「なんならノリノリで化粧品とか勧めてくるし」
「化粧品?なんで」

その質問に、ボンッと光の顔が湯だった。不審そうに崇文が眉間にシワを寄せる。

「グ、」
「グ?」
「グロスとかつけて、キスしてみれば、とか。唇、つやつやになるし、いい匂いのとか、色々あるらしくて、も、盛り上がるんじゃないか、って・・・い、いや!ふざけてるし遊ばれてるって分かってるけどね!女子高生のノリって怖いってかすごいってか!」

もにゃもにゃと言う光に何て言おうか、崇文が口を開けかけるよりも早く、光はバッと顔をあげると早口でまくし立て始めた。勢いでやり過ごすつもり感が満載である。

「いいじゃん。今度買ってやろうか」
「・・・うん、まぁ、あるんだけど」
「あんのかよ」

放り出した鞄を雑に引き寄せて、光はペンケースを取り出した。その中からさらに出したのは、赤色とオレンジ色の中間色のような、はつらつとした色のグロスだった。
文房具じゃねぇんだからというツッコミは置いといて、崇文は口角をいやらしく上げて手を伸ばす。

「貸して。塗りてぇ」

フィルムをはずし、キャップを抜けば、先端のチップにはトロリとした液体と微かな甘い香りがまとわりついた。
崇文に差し出して、大人しく正面で口を閉じてるあたり、いとこの発言に光も思うところがあるのだろう。
塗り方なんて解らないので、適当に光の唇にペタペタ塗っていく。唇のラインからはみ出てないし、塗りすぎた感はあるが、いい感じにぽってりとついたことに満足してから光の顔全体を見る。

「・・・ふっ」
正直笑えた。

「笑うな!」
そして笑われるのも予定の範囲内だ。

「くそ、するんじゃなかった」

ペロリとグロスのついた唇を舐めたが、慣れない人工的な香りとベタつきが鼻につき、すぐに「おぇっ」と舌を出す。

「そーだな」

今だ小さく笑い続ける崇文は無視してティッシュに手を伸ばすと、その手を掴まれて再び、しかし次は優しく、床に転がされた。

「いつものがいいな」

グロスを舐めるよりも食べるように噛みつかれた唇は、これはこれで盛り上がって結果オーライ?と浮かんだ光の疑問ごと、あっという間に崇文によって食べられた。


ちなみに。
クレンジングでしっかりオフすると言うのは失念していた為、長いキスが終わった双方の唇がグロスでベッタリだったのは互いに笑い話である。




おわり



バカみたいにイチャイチャ転げ回ってるのが好きです。

小話 36:2017/03/03

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