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「頼む千春君!この通り!」
「えぇ・・・嫌だぁ・・・」

千春が拒絶を示せば、裕一郎はデジカメ片手にその場に崩れた。
大人の、それも恋人の土下座なんて、こんな形で見たくなかった。



千春と裕一郎、ベッドの上で共に残すは下着一枚、お互いに気も高まっていた時だった。
裕一郎は言う。

「今から千春君の写真を撮りたい」と。

愛撫の時点で息のあがっていた千春は胸を上下させ、ゆっくりと裕一郎の言葉を理解する。
「今から」
(セックスをする)
「千春君の」
(俺の)
「写真を撮りたい」
(写真を・・・)
一気に覚醒した。

「は?え?は?」
身を起こすと裕一郎はいつの間にかベッドの上にキリッとした顔で正座をしていた。ガチである姿勢が窺える。

「言ったろ?来週から三ヶ月イギリスだ。三ヶ月だよ?寂しいじゃないか」
手元には見た事がない、いや、見間違いでなければあれは今CM放送中の最新薄型高画質デジカメだ。女優が綺麗で覚えている。ただし裕一郎の私物としては見た事がない。

「だからさ、ね?千春君」
つまり離れている間はハメ撮り写真をおかずにしたいから寄越せという事だ。
どういう事だ。

青ざめた千春は首を横に振る。
思わずシーツで体を覆い隠したのは防衛本能だ。


一流企業で出世コースばく進中のエリートサラリーマンである恋人の裕一郎は、来週から三ヶ月、新たな海外事業に力を入れる為に市場調査や偵察、果ては契約までこじつけるようイギリスへ出向く。
それを聞いた時、苦学生の千春は凄いなぁと寂しいなぁという気持ちに戸惑った。
バイトを掛け持ちしながら大学生活を送る千春からすれば、裕一郎は尊敬し、憧れの対象だ。新たな事業の為に海外出張を任されるなんて実力を認めてるからこそだと思うし、上手くいけばまた出世に近付いていく。凄い事だ。けれど恋人が長期間不在なのも単純に寂しい。三ヶ月なんて、ようやく二人が付き合いはじめてからの期間と同じだ。
言わばまだ、側にいたいし甘えたいし、触れていたい。

それを察した裕一郎は、千春に期間中に一度は帰ってくるし、会いに行く。電話もメールもしよう。今は映像でだって繋がれる。お土産は何がいいかな。なんなら連れて行きたいな、来ちゃうかい?と冗談を絡めて千春の不安を一つ一つ摘み取るように言葉で慰め、体でも慰めた。
そうだ、三ヶ月だ。
付き合ってから三ヶ月はあっという間だった。きっと出向中だってそうだろう。
千春が前向きになれて、イギリスは何が有名だっけ、お土産はどうしよう、ご飯が美味しくないって聞くけど大丈夫?なんて話せるようになり、やはり裕一郎は大人だな、自分も余裕を持たなきゃなと思えたというのに。

「一枚でいいから千春君!!」
ベッドの上で土下座までされた。

どうやら裕一郎の方が切羽詰まっていたらしい。
あの日の彼はいずこ・・・。



──押し問答を繰り返し、気持ちも熱も、すっかり萎えてしまった。

離れている間、恋人の写真を眺めるのはおかしな事じゃない。千春だって裕一郎の写真は欲しい。出来ればスーツ姿で、ネクタイはあのブランドで、いつもの眼鏡もかけていて欲しい。

「これでも動画は我慢しているんだ」
「知りませんよ、そんなの」

何を譲歩してやった、みたいな上から発言。
千春は唇を噛んで不満を表した。
行為の最中の裕一郎は、普段の紳士的な振る舞いを捨て、少し荒っぽくて大胆になる。そういうところもゾクゾクするし、大人の色気で素敵だと思う。
しかしだからと言って、じゃあその恋人の裸体、それも情事を匂わせる写真が欲しいかと言われたら、答えはノーだ。
いらない。
そういうのは思い出しながら、ちょっと付け足しながらの想像でいい。恋人の卑猥物に興奮するような即物的な人間ではない。なにより所持しているだけでアウトだろう。

「なんですか。文字通り一肌脱げって事ですか」
「あはは、上手いこと言うなぁ」
「笑い事じゃないですっ」

にこにこしている裕一郎に枕を投げつけた。

「普通の写真じゃだめなんですか?」
「普通の?それはもう・・・あ」
「え?」
「・・・」
「え?」
「・・・」

不自然に目をそらした裕一郎を睨みつつ、そろり、そろりと足を床につけ、バッと後退して裕一郎のスマホを手に取った。間に合わなかった裕一郎が何か叫んでいるが、ホーム画面をタップする。表れたパスワード画面に、千春は自分の誕生日四桁を入れた。解除。

(ちょろ過ぎるよ、裕一郎さん!)
しかし謝罪の気はない。
画像フォルダのアイコンを探しだし、中を開けば。

「と、盗撮だ!!」
千春は叫んだ。

「違う!誤解だよ千春君!」
「恋人が変態だった!!」
「ちがっ、変態はやめて!」

それは待ち合わせ場所にて裕一郎を待つ千春の横顔や、料理中のエプロンをつけた後ろ姿。ベッドで眠っている顔や、付けられた鬱血痕、胸の頂・・・見るのをやめた。

「・・・」
血色悪く、裕一郎を見る。
そっぽを向いていた。

「し、信じらんない。こんなの、いつの間に・・・」
「一瞬の輝きを形に残したかったんだよ」
「そんな、デジカメの宣伝文句みたいな」

ついには開き直りを見せた恋人に立ち眩みする。
前からこういう癖があったのか、出張を機に覚えたのか、自分が彼をそうさせたのか。
これを自分の知らないところで見られているかと思えば羞恥もあれば寒気も感じる。

「う〜。だいたいっ、カメラやスマホを紛失したらどうするんです!僕が第三者の目に晒されるんですよ!」
「大丈夫!逐一パソコンに送っているし、それはそろそろ消すつもりだったから!情報漏洩に抜かりはないよ!セキュリティに問題はない!」
「空港での荷物検査はどうするんですか!中を見られたら!?係員は変態に目敏いですよ!」
「き、君は僕をなんだと思ってるんだ・・・」

千春はふらふらとベッドに倒れ込んだ。
肩甲骨に細い腰、下着一枚の千春の薄い体に裕一郎の喉が鳴る。

「本人の意向を無視した実力行使は趣味じゃないけど」
「わっ!?」

体を反転させられた千春は目を丸くした。馬乗りになった裕一郎の、余裕なく射抜くような眼差しに不覚にもドキリとしてしまった。
しかし片手にはデジタルカメラ。しかも起動音を立てて、レンズを突出させている。

「一枚、ね、一枚だけ。寂しいんだ。ポルノ雑誌や映像なんかじゃ満足しないよ。僕はもう、千春君じゃないと・・・」
「うぅ・・・」

いつもは余裕ある大人の、それも恋人の懇願なんてずるいと思う。
うっかり可愛いと、折れてやってもいいかなという気持ちが沸いてしまう。

(この人は、ダメな大人だ・・・)

千春は覚悟を決めた──。



「じゃ、じゃあこうやって顔を隠すとか、顔は嫌、です・・・」
「それはそれで・・・ハァ、マニアックで、ハァ、いいね・・・」
「・・・」
「あぁでも、僕のシャツを羽織って、一人でしてるのも・・・ハァ」
「・・・やっぱダメです。無しです」
「えぇっ!!?」

ズルい約束が違うとダメな大人が喚いているが、千春はこの日、シーツの籠城を決め込んだ。

夜中の攻防戦はまだまだ続く。
タイムリミットまであと六日。




おわり

小話 35:2017/02/27

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