32





高校三年。
卒業間近の二月半ば。
バレンタインデー。
誰もいない放課後の廊下。

俺は震撼した。

「やばい、りっちゃん・・・チョコレートを貰ってしまった・・・!」
「ほんとっ?みっちゃん、奇跡だね」
「うるせぇやい」

ピンクの包みに茶色のリボン。
それに対し、わぁっと頬に両手を添えてわざとらしく大袈裟に喜んでみせる幼馴染みの律こと、りっちゃん。中性的な顔立ちに、ウェーブがかった顎下までの髪をたまに結んだりして女子力も高いが俺より背も高いし筋肉もある、罪な男だ。

教室はもう二人だけなので存分にはしゃぐ。

「二年の子から貰った〜!美樹先輩のことがずっと好きでしたって〜!」
「よかったね、みっちゃん。おめでとう。初めての春だね」
「本当に一言余計なのな」

トイレに行ったほんの五分足らずの間ってのがちょっと雰囲気に欠けるけど、俺は人生で初めて本命チョコを頂いた。
毎年隣に立つりっちゃんの本命ついでの義理を貰っていたが、今年は!りっちゃんからちょっと離れた隙に!俺にも女神が微笑んだ!
──と思ったら、りっちゃんの机の上にチョコレートの箱を四つ見つけた。
朝から渡され続けたチョコレートは既に二桁に達しているってのに、まだ貰うのか。女神完璧りっちゃん贔屓。
俺の視線に気付いたりっちゃんは、教科書でもしまうかの様にトントンとまとめて紙袋(学生指定鞄じゃキャパオーバーしたから見かねた女子がくれたお洒落なショッパー)に突っ込んだ。マジで罪な男。

そしてそれと入れ替わりに、シックな包み紙のを取り出して、顔の位置まで掲げるとにっこり笑う。

「じゃあ、みっちゃん。俺からのチョコレートはいらないね?」
「えっ、なんで」

シックな包み紙のそれは、毎年バレンタインにりっちゃんが俺にくれるチョコレートだ。
小学校三年辺りから急にくれだしたのは、幼稚園の頃から本命バリバリチョコレートを貰う隣で俺がおこぼれを頂戴していたから、きっと不敏に思ってのことだろう。
直接理由を言われたことも聞いたこともないけど、りっちゃんはいつもスマートになんでも率先して、痒いところに手が届くというか、気が付く性格だから、幼馴染み特権で俺には特に優しいやつだ。

その友チョコならぬ幼馴染みチョコは、俺の毎年の楽しみだ。
小学生の頃はチロル詰め合わせから始まり、当時の俺は男なのに?と考えるよりも義理でなく俺にっていうチョコレートを手放しで喜んだ。小五でそれは手作りになり、中学から販売品のすごい美味いやつになり、と思えば翌年は手作りホールケーキになり、とにかく年々グレードアップして、最終的にウェディングケーキ作っちゃうんじゃないか説を密かに唱えているそれが大好きなのに。
ショックだ!

「だってみっちゃん、彼女作っちゃったじゃん」

唇を尖らせたりっちゃん。
チョコレートを袋に戻す。あー。
俺の目がチョコを追ってるのにくすりと笑った。
それを合図に視線をりっちゃんに戻すけど、りっちゃんは今、変なことを言ったような。

「え?彼女作ってないけど?」
「え?告白されたんでしょ?」
「されたけど、好きじゃないし?」

眉間にシワを寄せたりっちゃんより、更に眉間にシワを寄せる。
気持ちは受け取れない代わりに、チョコレートだけでもと貰った。あの子は恐縮してたけど、俺だって恐縮する。彼女はまだ出来ないけどとりあえず手元にチョコレート。俺にはこれがまだ精一杯だ。

「ふふ、そっかそっか」

だと言うのに、りっちゃんはなぜか美しく笑っている。
俺に彼女が出来ないことがそんなにおかしいか。りっちゃんだっていないくせに。
今度は俺が唇を尖らせた。

「つーか、今年は俺からもりっちゃんにチョコ用意したのに」

弧を描いていたりっちゃんの目が大きく開いた。

「えっ、ど、どうしたのみっちゃん!今までそんな、ホワイトデーすらもなかったのに!」
「だ、だってりっちゃんが“俺があげたいだけだから気にしないで”って言ったんじゃん!」
「だからって普通は気を使ってお返しするのに・・・でもそっか、嬉しいなぁ。進歩したなぁ、みっちゃん」

・・・皮肉ついでに感心されても。
俺の憎らしげな視線はしれっと無いものにして、再び幼馴染みチョコと、それとは別に鞄から可愛らしくラッピングされたものを二つ取り出した。

「ついでに、俺の母さんと妹からね」
「はぁぁ、二人のお陰で俺は毎年ゼロを間逃れている」
「俺もあげてるのに。はい、じゃあどーぞ」

改めて、りっちゃんが両手で持ったチョコレートを渡される。そして俺は、両手でそれをありがたく受け取る。小三からの儀式だ。

「はい、俺からもどーぞ」

今年は逆バージョンも有り。
りっちゃんは俺からのチョコを両手で持ったまま凝視して、チョコも溶けるんじゃないかってくらい、とろける笑顔をみせた。
毎年女子からしこたま貰ってるからって母さんにもりっちゃんの分はとめてたけど、こんなに喜んでくれるなら、ちゃんと毎年あげとけばよかったな。

「わああ、感動的。初めてみっちゃんから貰った・・・包装紙も絶対に捨てない」
「え、捨てなよ、ゴミ──」
「ゴミじゃないよ?」

ニコッと微笑み返しされてしまった。
まぁ、メモ紙にするなり折り紙にするなりエコ活用してくれれば、地球は喜ぶだろう。

「ねぇみっちゃん。これどこで買ったの?どうやって買ったの?一人で買ったの?」
「何なのりっちゃん、ぐいぐい聞くな・・・」

贈り物の詳細を送り主に聞くなんて、さすがに俺でもしないけど。スマートな気配りやる男はどこいったのよ。

俺は母さんがパート先に配る用の、女性陣一同の資金から値段の割りに豪華で数がたくさん入ってるやつをデパートの催事場に選びに行ったのに同行しただけ。・・・ちなみに一箱をみなさんでどうぞ、でもお返しは一人ずつね、らしい。怖。

たくさんチョコレートが並ぶ中で、りっちゃんを思い出した。

(あ、あげなきゃ)
そう思ったら、母さんに断って単独行動。有名なブランドやホテル、パティシエ、キャラクターもの。チョコレートの形、箱のデザイン、値段、何個入りか。
何を基準に選べばいいかさっぱりで、男一人物色するには振り返ってまで見られたけど、もう頭の中は(値段、りっちゃんの好みの味)この二択。
親身に味見までさせてくれた店員さんのブースで、予算内でりっちゃんの好きなとろけるトリュフ系を選んだ。物凄い達成感。
小指に引っ掛けた小さな紙袋を見てにやにやしていたのを離れて見ていたらしい母曰く、息子でも近寄り難かったそうだ。恥。

俺が口ごもっていると、りっちゃんは髪を耳にかけて、ふふっと笑った。

「なんでみっちゃん、今年はくれたの?」

頬杖をついて、聞く体勢に入る。
これはあれだ、吐くまで許さない、絶対に隠し事は許さないパターンだ。

「だってりっちゃんとは進学先違うし、幼馴染みだけど、もう会うことは無くなってくんだな〜って、それはやっぱり寂しいな〜って思ったから」

俺は二流大学へ進学。
りっちゃんは俺に幼馴染みチョコを作っていく過程で何かに目覚めたらしく、製菓の専門学校に進学するのは高一から決めていた。
俺がりっちゃんウェディングケーキ作っちゃうんじゃないか説を唱えているのは、このせいもある。

幼馴染みチョコだけじゃなく、小学生の頃からクッキーやホットケーキと言った子供が作る定番おやつから、マカロン、クリスマスに食べる薪みたいなロールケーキ(サンタ付き)、アイスクリームなどを食べてきて、その都度太鼓判を押してきた。するとりっちゃんは益々腕を上げたし、りっちゃん母に“誉めるのは程々にしてぇ”と俺が泣き付かれるほど、乗りに乗っていた。
子供ながらに夢を早々に見つけるのって素晴らしい。
りっちゃんはきっと有名なパティシエになるだろう。甘いマスクで甘いお菓子を作るなんて、女子は大好物間違いない。

──なんて幼馴染みの未来像に思いを馳せていると、りっちゃんは不思議そうに目をぱちぱちさせていた。

「うん?みっちゃんみっちゃん、卒業しても俺はみっちゃんと会うつもりだけど?チョコレートも毎年届けに行くよ?」
「え、そうなの?」
ビックリしたら、
「え、だめなの?」
ビックリし返された。

ダメじゃないけどと言えば、りっちゃんは、そうでしょとなぜか自信ありげに答えてた。
もう一度、俺からのチョコを見て、子猫を撫でるみたいに優しい顔で包装紙を触る。

「あぁ、でもそっか。近すぎるのがダメだったのか。離れてからようやく気付く感じかぁ・・・」
「何がダメだったの?」
「んー?」

聞けば、りっちゃんはまだ内緒と人差し指を唇にあてた。俺の。

「バレンタインも、誕生日も、俺が誰よりも美味しいお菓子をみっちゃんに毎年贈れるように頑張るからね、待っててね?」

指先が離れる。

「・・・毎年?」
「そう。毎年」
「じゃあ予定も胃袋も、毎年りっちゃんに空けとかないとだな」

言えば、りっちゃんは言い出した本人のくせして「参ったな」って言ったけど、その顔は全然参ってなくて、むしろ逆だったので、俺は特に気にせず楽しみだとも付け足した。




おわり



じわじわと攻めてるりっちゃん。
将来的に指輪をケーキに埋めてサプライズしそうだけど、みっちゃん普通にペッてするか、飲み込んでしまいそうなので却下です。

小話 32:2017/02/10

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