31



少しばかり盛り上がった恋人同士の交わりの後。
部屋に見合った大きなベッドの上で甘い余韻に浸りながら、熱でも計るように額に手を当てて、今だ残る気だるさに遼太郎がうとうととしてきた時だった。

「俺、まだ高校生なのに、どんどんイケないこと教え込まれてる・・・」

現状を説明する独り言のようにも、自分にあてた非難のようにも聞こえた雅臣は苦笑する。
実際、今日は久々の逢瀬で、このまま自宅に恋人が泊まるというのだから少々派手にやらかした自覚はある。
冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを二本サイドボードに置いてから、雅臣は静かにベッドに腰を下ろし、毛布をまとう遼太郎の腹部をゆるりと撫でた。

「んなの、俺が高校生の頃に比べたら可愛いもんだ」

とろんとした、今にも眠りにつきそうな目をした遼太郎の瞼におやすみの意味を込めて唇を当てれば、その目は突如かっ開いた。それにはさすがに雅臣も驚いて、正直者ちょっと、ビビった。

「え?」
「あ、え?どうした、遼太郎・・・?」
「・・・」

戸惑うような表情を見せてから、自分の問いかけには答えず黙りこくって、しまいには頭まで毛布を被ってゴロンと背中を向けてしまった遼太郎に、困惑しかない。
それから何度、雅臣が名前を呼び、どうかしたのか尋ねても、遼太郎はうん、うん、と頷くだけで要領を得ることも出来ず、次第にすんすんと鼻をすする泣き声まで聞こえてきたから心底焦る。
今すぐ毛布を剥いで抱き締めたい。隣に寄り添って愛を囁きたい。
だが何故か遼太郎に拒絶されてる今は得策ではない。
どうしたものかと考えあぐねていると、元の眠気が襲ってきたらしい遼太郎は眠ったようで、静かになった。

そぉっと、ベッドのふちに座ったまま腰をひねり、覆い被さるように両腕をついて遼太郎を閉じ込めると毛布をめくり、顔を覗く。上下のまつげが涙でぴたりとくっついている。眉間には遼太郎にしては珍しくシワが寄っていた。

「・・・」

雅臣は舌打ちの代わりに顔を歪め、起き上がる。シャワーを浴びてから今だ眠る遼太郎を抱き込んで自分も眠りについた。
泣いた原因は明日に聞くことにする。明日の日曜は久々にもぎ取った休みだ。雅臣の職種の都合上、日曜に休むと言うことは平日の日割り予算を連日だいぶ上回らないと赤になる。仕事疲れと発散できた性欲の満足感が相俟って、雅臣は眠気のピークに身を委ねたのであった。



「あの野郎・・・っ」

翌朝。
陽射しやわらかな日曜の遅い朝に似つかわしくない、地を這うような低い声が寝室に響いた。

起きると腕の中に遼太郎がいなかった。
風呂場にもトイレにもリビングにも。脱ぎ散らかしていた衣服も玄関に靴もなかったので、寝室に戻ると泊まり用の遼太郎の荷物が入った鞄もなかったのに気付いたのだ。

(言うに事欠いて、帰るか普通・・・っ!)

遼太郎の起床にも、家を出る気配にも気付けなかった自分にだって腹は立つ。シーツは遼太郎の体温をすっかり消して、よほど早く出たのだろうと窺えた。
昨夜よりだいぶ雑な動作でにベッドに腰を下ろし、苛立ちながら携帯にかけるが聞こえるのはコール音ばかりで、遼太郎の声に継がれない。

「くそっ」
乱暴に携帯をベッドに投げ捨てる。
普段なら、壊れたら買えばいいって事じゃないんだよ、物を大事に扱うことが大切なんだよと遼太郎が怒るところだ。

(俺はお前だけは大事にしてきたつもりだっ。何がいけなかった!)

元来の気性の荒さが出てきそうなのを必死で押さえる。
膝の上に指を組んだ肘をのせ、指に額をあてながら考える姿はさながら懇願にも似ていた。


惚れたのは雅臣だった。
顔馴染みの店長の元で、高卒と同時に働いていたカフェが現在の雅臣の店だ。
店長は族上がりで、当時名を馳せていた不良チームの上層の一員がたむろしているのを容認し、中でもチーム頭である雅臣をいたく気に入っていた。また、就職先ならうちでどうだとスカウトした人物である。
双方が条件を飲み数年、雅臣が23になると、店長は若者の相手は疲れたとそのポジションを雅臣に譲り、今や自分は山奥に新たな店を開いて日々旅行者やライダー達を相手に楽しくやっているそうだ。

基本、一人でもやっていける店だった。
そう広くない店だし、かしこまらなくても問題のない客層だ。数字やメニューに頭を悩ませるのも楽しくはあった。
かつてはマスターが総長を勤めていたと噂で聞いた若いやつらの好奇にも、多くは語らず、軽くあしらっていた。

それが四年続いたある日に現れたのが、遼太郎だった。
路地裏で、明らかにカツアゲ現場なるところに遭遇した。びくびくしながら不良どもに囲まれている姿に一目惚れしたのだ。普段相手をするのが悪ガキや色香を振り撒く女共だったから、物珍しさもあったかもしれない。だとしても、雅臣の加護欲は高まった。
酒やタバコは雅臣にも前科があるので目を瞑ってきたが、それ以外の不徳行為は目に余る。近辺での犯罪行為のせいで、店に悪影響が出るなんてたまったもんじゃない。それを理由に遼太郎に近付いて自分の腕に納めると、呆然としている首謀者とそのコブを外に蹴り出した。

それからはもう、口説き倒した。
強引に連絡先を聞き出し、店に遼太郎を呼ぶときは悪ガキ共に入店禁止令を出し、手料理を振る舞い愛を語り、仕舞いには遼太郎が真っ赤になって「お気持ちは充分伝わりましたから」とギブアップしたほどだ。
昔の馴染みと酒を飲めば、リーマンの休日に付き合うよりも、今現在の土曜の夜、家で「すぐに帰るから待ってて欲しい」と告げて頷いた、留守番している恋人が気がかりで仕方がない。さっさと切り上げれば「つまらない」「誰だお前」とブーイングされるくらい、雅臣は遼太郎に夢中になった。




──インターホンが鳴った。
雅臣は顔を上げる。しばらくするとキーが差し込まれ、がちゃがちゃと開錠する音がする。この家の鍵を持っているのは家主の自分と、恋人の遼太郎だけだ。
雅臣が玄関に駆け付けたのと、ドアが開いたのはほぼ同時だった。荷物を斜めがけして抱えた遼太郎が驚いた顔をしている。雅臣が道を開けるように体をずらすと、戸惑いつつも遼太郎は土間に足を踏み入れた。後ろでドアが閉まる。

「あの・・・」
「おう」
「ちょっと、思うとこあって、帰ろうかと思ったけど、駅前で朝マックしながら、色々考えて、ちゃんと話そうと思って」

そうか、と言った声は小さかったが、思いの外落ち着いた声音だった。

「なんで携帯出なかった」
「それは、ごめん。顔あわす前に話したら、喧嘩になるかと思って」
「・・・」

確かに電話をかけたときの雅臣は怒りに満ちていた。口を開けば冷静でいられなかったかもしれないので、遼太郎の判断は正しい。正しい上に、自身の性格を理解してくれていることに、雅臣は口角を上げたくなった。

「き、」
「あ?」
「昨日言ってた、雅臣が高校生の時にしてたイケないことって何?」

斜めがけした鞄の持ち手を両手で握り締めながら、意を決した表情で遼太郎は言った。

「お、俺は、その、雅臣が・・・俺としたみたいなのより、もっとすごいこと、早くから体験してて、雅臣とそういうことをした人がいっぱいいるんだとか、そういう人はもっとすごいことしてあげたんだとか、俺と雅臣を比べたら、そりゃ経験値なんて違うから、全然物足りないんじゃないかとか・・・考えて・・・でも、ベッドの上で、そういう話をするのは・・・マナー違反じゃないか、とか・・・」
「ちょっと待て」

語尾に連れて覇気がなくなる遼太郎にストップをかける。唇を噛んで大人しく待つ遼太郎に、ようやく合点がいった。

「俺が言ったイケないことってのは、酒とかタバコとか、あー、バイクとか、そういう類いの話で」

実際は喧嘩と暴力に、血生臭い話も多くあるが、そこは省く。
一応、雅臣が元不良チームのトップであることは告げているが、主に何をしたかなんてのは話してないし、聞いてこないから話したくもない。
土曜の夕方から雅臣宅に遊びに来て、そのまま泊まるという流れにも関わらず、遼太郎は参考書やノートを広げて課題だ予習だと筆を走らす。それも一度や二度ではない。必ずだ。自分の学生時代とはまるで違う様子に不思議がる雅臣だが、不満はない。遼太郎が大事と言うなら大事なのだろう。
勉強よりも色んな“イケないこと”を、雅臣は体験してきた。甘い密事と比べたら、雅臣の言う“イケないこと”は確かに可愛いものだろう。
しかし歳も環境も関わってきた人種も違うのだから、二人の過程に差異が出るのは当然のこと。

「だから別に、誰とどう寝たとか、そういう話じゃねぇよ」
「・・・」
「そもそも俺、そっち方面には淡白だったし」
「う、嘘だぁ・・・」

そこだけは弱々しくも速答され、雅臣は普段からの自分の行動を少し恥じた。

「嘘じゃねぇよ。お前だけだ」

グッと目を見て言えば、遼太郎の瞳は薄い水の膜を作って揺れた。

「・・・俺は」
「あ?」
「か、架空の相手に、嫉妬してしまった・・・」

小さくごめんなさいと言った遼太郎は、両手で顔を隠すと下を向いてしまった。
雅臣は遼太郎の言葉を拾ってから理解するまで、しばし凍結する。目の前の恋人の、なんと可愛い発言だろうか。ということは何か。昨日はそれが悲しくて一人ですんすん泣いていたのか。

(可愛い過ぎだろテメェッ)
恥じらいと面目なさから小さくなった遼太郎の耳が赤い。それを見ると、無意識に雅臣は遼太郎の細い手首をつかんで引いた。
驚きの顔が見えたが、目に涙がたまっている。
泣かせたいわけじゃないのに、なぜこうも空回るのか。
そもそも昨夜、躊躇しないで話を聞いて、ちゃんと答えて、抱き締め安心させればよかっただけのことだ。痛感する。話し合いとはいかに大事なコミュニケーションなのだろう。

「いいかっ、よく聞け!」

聞く気がなくても聞こえるように、言い聞かせるように、雅臣が大きく口を開く。

「俺はお前が泣くだけで動揺するしっ、朝腕ん中にいないと胸が空っぽになる!側にいねぇと落ち着かねぇしっ、金輪際離したくねぇって思ってる!こんなんなるのはお前にだけだっ!」

柄にもない発言をしているのは承知している。
自分の顔に熱がこもるのを感じているが、雅臣は構ってられなかった。

「分かったかっ!」

赤い顔してこくこく頷く遼太郎に鼻息荒く頷き返すと、日曜の朝をやり直すため、雅臣はさっさと遼太郎を寝室に連行してベッドの上に放り投げた。




おわり



雅臣の昔馴染みの話はコチラ(小話41)

小話 31:2017/02/04

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