30



年末年始を実家で過ごし、帰宅した頃にはすっかり正月気分が抜けていた。
クリスマスはバイトだったし、恋人の真中は“イベントの楽しみがない”と少しふて腐れていたが、帰ったらデートしようなと小指を差し出せば、即座に真中も小指を絡めて約束を交わしたのは記憶に新しい。
「なるべく早く帰って来てね。家族も大事だけどさ、俺も大事でしょう?」
大きな図体して可愛くない上目使いで、けっして可愛くてキュンとなんかしてない上目使いで言った真中の頭をはたいたのもありありと覚えている。

(・・・連絡いれとこ)

元旦に家族の目を盗んでこっそりと新年の挨拶の電話をしたし、帰宅する日にちも教えていたが、ただいまの報告とデートの日程を決めようじゃないかと葉月は電話をかけた。
真中は実家に帰らず、だらだらと寝正月をすると言っていたからすぐに出るだろう、そう踏んで、コールを鳴らしてから一分。出ない。一度切ってから“ただいま。いま大丈夫?”とメッセージを送信した。
携帯を充電器に繋いでから、ちょっと待ってみて、腰をあげる。
帰省した際の荷物をバラしにかかる。洗濯物は実家でしたからクローゼットにしまうだけで、次に地元の土産を真中用とバイト先用と、大学の友人用に分けはじめた。真中の分だけが意図せず豪華なことに今さら一人で赤くなると同時に、いまだ帰宅した格好のまま、コートを着ているのに気が付いた。

(帰ってきてからの順番がめちゃくちゃだ)

めちゃくちゃの先頭が真中と言うのも腹立たしくて気恥ずかしい。
コートをハンガーに掛け、電気ポットで湯を沸かして、葉月はようやく一息ついた。
早い時間の新幹線で帰ってきたので、時刻はまだ昼前だ。車中のおやつにと購入したが、結局食べ損ねたチョコレート菓子を摘まみつつ、淹れたてのコーヒーを飲んでテレビを見ていたが今一つ気が乗らない。
ぽけっとしていても、携帯が短く鳴ったのを耳聡く聞いた。

(真中かな?)
急いで携帯をタップすると、母からだった。

(何だよ、もう!)
内容は家に着いたならちゃんと連絡しなさいと、母親の最もらしいメールだった。簡単に返信し、意味もなく更新するが、新着はもちろんゼロ。

口がへの字に曲がる。
真中からの連絡がない。

(・・・行ってみようかな)
だって地元の土産も渡さないとだし、新年の挨拶は口頭でしないとだしと言い訳をつくってから、先程まで着ていた上着をもう一度羽織り、葉月は家を出た。
一応、真中には今から行く旨は伝えたが、変わらず返信はない。



チャイムを鳴らすが応答がない。
仕方ないのであまり使うことがなかった真中の家のスペアキーをケースから選んで差し込む。ドアを引いてから先ず、真中の愛用スニーカーが目についてほっとした。

「まなかー、入るよー?お邪魔しまーす」

言いつつ靴を脱いで、ドアの鍵を内からかける。

「・・・はづき?」

振り返ると真中はいた。
よれた上下黒のスウェットに、濃いブラウンのふわふわしてる髪はボサボサで、虚ろな目をして壁に寄りかかり──。

「あー、今日帰ってくるのかー。違うか、きたのか。おかえりぃ、あれ、いらっしゃい?んー?」

──イカれてた。

明らかに体調不良、喉もちょっといがらっぽいし、鼻も啜っている。

リビングに戻る真中の後ろにくっついていくと、昨年に嬉々として出していた炬燵の布団に洞窟の様にぽっかりと穴が開いていた。今の今までそこにいたのだろう。
真中は冬眠中の熊のみたく、いそいそと戻っていった。

(俺からの連絡とれなかったのは不問にしてやるけど、体調悪いならそう連絡入れろよ)
むすっとした顔は炬燵に潜る真中には見られなかった。


「なに、ノロ?インフル?」

洗面台を借りて、手洗いうがいを済ませた葉月の問に真中は渋い顔を作った。

「そこまでじゃ・・・普通に、風邪」
「言っただろー。炬燵でゴロゴロ寝んなって」
「葉月がいたら、ベッドで寝るよ」

炬燵机の脚を高めにしたので寝返りをうっても差し障りはない。すっかり炬燵の住人と化した真中には溜め息しかなかった。
シンクには何も置かれていなかった。食器の一枚でもが置きっぱなしの方が、何か食べたのだと安堵できて良かったが。

「そうかそうか。なら添い寝してやるからベッド行くぞ」

リビングに上着を脱ぎ捨てて、床に置いていた土産物は炬燵の卓上に移す。今度は餌を待つ熊の様にのそのそと這い出た真中は、特産物が印刷された紙袋の中身を覗いている。
先に私室の方で葉月が小型ヒーターのスイッチを入れて、ベッドを綺麗に整えていると痰が絡んだような咳が聞こえた。

「病院は?」
首を横に降る。
「薬は?なんか食べた?」
首を横に降る。

土産物の中身は有名な銘菓が数種類と、葉月の実家から送られてきたのを葉月の家で食べた際に気に入っていた佃煮と、名店が出してる乾麺と、地域限定味のチョコレート。そして真中にせがまれたご当地ストラップ。

「それ食べる?」
聞く前に、真中は口にいつ開封したのか饅頭をひとつ頬張っていた。冷蔵庫から水を出してコップに注いで渡し、葉月も炬燵に足を入れる。

「葉月、おかえり」
「ん」

へらっと緩い顔で真中が笑う。
いつもは尻尾を振る大型犬のような真中だが、大人しいと熊だと葉月は思った。高校までバスケをしていたらしく、縦にも横にも背中もでかい真中。スポーツマンらしく逞しい身体だと思っていたが、咳をしたのでその背中を擦ってやれば思ったより哀愁がわいてしまい、早くよくなれと密かに願いも注入した。

私室も温まったので、添い寝を餌に真中をベッドの壁側に寝かせた。寝たというよりも倒れ込んだので、スプリングが激しく軋む。
体勢を整えた真中が葉月にこいこいと手招きするので片膝を乗せると、いきなり「やっぱ待って!」と手のひらを向けられた。今日イチの大声に、それでも大したことはない声量だが、葉月は中途半端なまま固まってしまう。

「なに?早く布団被んないと寒いよ?」
「あのー、うーん、あのぉー」
「・・・」
「・・・風呂、入れてないからぁ」

熱で赤らみ、潤んだ目を向けられた。

乙女か!
というツッコミは飲み込んで、葉月は勢いよく真中の隣に飛び込んで布団を被った。抱きついた真中がうーうー唸っているのは風邪のうなされ事だとスルーする。
別に今さら、真夏に汗だくになりながら何度も抱かれたこともあるんだし、病人なんだし、どうってことない。
葉月の腕がしっかりと腰に回ったのに観念した真中は、鼻づまりがきついので仰向けだ。すっかり葉月の抱き枕状態だが、彼もそれに甘んじる。

「・・・葉月、来てくれて、ありがとね」
「うん」
「風邪引いてるのに、帰れって言わなくて、ごめんね」
「言ったらキレてる」

ぎゅうっと真中を抱き締めると、ふっと笑った気配がした。

「俺、風邪とか特にひいたこと無いや」
「そーなの?バカなの?」
「自己管理ができてんだよ」

額を肩にグリグリと押し付けて抗議する。
喉で小さく笑った真中は大きく息をはいた。目を瞑って寝る体勢に入ったが、薄く開いた口から苦しそうな息遣いが漏れてくる。

「つらい?」
「ん・・・」

いつもはうるさいくらい饒舌な真中の弱ってる姿は、ただの風邪だろうと葉月の不安を大きく煽る。
真中が目を閉じているのをいいことに、そろりと身を起こし、ちゅう、と小さな音を立てて唇を吸った。

真中が細く目を開く。少し非難めいた視線を向けてくるが、ごちそうさまと言わんばかりに唇をペロリと舐めて見せる。

「風邪は移したら良いって言うし」
「いや・・・」

バカじゃないのと言いかけて、自称バカではないらしい事を思い出した真中は口をつぐむ。

「ちょっと寝てろ。薬と、何か食べもん買ってくる。リクエストは?」
「あー、バニラアイス・・・喉に優しいやつ」
「あいよ」

ベッドから下りて、自分のいた隙間を埋めるように布団をしっかりと真中に押し付ける。仕上げにぽんぽんと叩いてから、さてと、と腰をあげた。

「葉月、今日・・・」
「泊まるよ」

即答に、安心した。

「しっかり介護してやるよ」
「看護って言って・・・」

グッと親指をたてる葉月に苦笑するが、久しぶりに人と会話をして疲れたし、やはりベッドで体を伸ばして横になる方が楽な事を身をもって思い出すと、本格的な休息を求めて瞼が重くなる。
最後に額に柔らかいものと、ドアの閉まる音を感じて、真中は眠りについた。




──風で窓が揺れる音で目が覚めた。
部屋は暗い。夜だろう。ヒーターのオレンジ色した明かりだけが、隅でぼんやりと存在を主張している。

(・・・はづき)
帰ってきたことにも気付かなかった恋人は猫のように丸まって、再び真中の隣で今度は眠りについていた。

(ごめんね)
早く帰って来てねと言ったからか、今朝の早い時間に帰って来てくれた。疲れてただろうにそのまま自宅に来てくれた。

(ごめんね)
葉月が寝込んだら、次は自分が看病するからと先に詫びて、真中は葉月の顎をすくって唇を合わせた。

(だいすき)
思ったより年末年始の寂しさと、病気特有の心細さにやられていたらしい。
電化製品よりも温かく落ち着く恋人を抱き締めて、真中はもう一度深く眠った。

(だいすき)
久しぶりにぐっすりと眠れた夜だった。





二週間後。
すっかり風邪が治った真中と、相変わらずけろりとしている葉月は街に出て約束のデートをしていた。

「葉月、俺の風邪菌どこにやったの?」
「さぁ?消化したんじゃね?」

唇をペロリと舐めてお腹を擦る葉月にやっぱりバカなんじゃという疑惑を拭いきれない。
そんな真中の眼差しを気にすることなく、葉月は何をしようかと晴れた冬空の下、大きく背伸びした。
天気と元気がいいのは何よりだ。



おわり

小話 30:2017/01/28

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