03



由貴にはそばかすがある。
白い肌に、うっすらと右の頬から鼻を渡り、左の頬へそれは走っている。
男子トイレでたまたま鉢合わせた由貴は、まさに美容に悩む乙女のように頬に手を当て、鏡の前でため息をついていた。

・・・イケメンかと思ってたけど、自覚してるナルシストでもあったのか。

なんて思いながら、中に入るべくさらにトイレのドアを押すと、キィっとした音が思いの外響いた。
それに気付いた由貴が驚いたようにこっちをみる。

「あ」

ちょっと恥ずかしそうだが、そらそうだろう。
俺も鏡で自分にうっとりしてる姿見られたら恥ずいし・・・したことないけど。
なんとなく合ったままの視線が外せなくて「よぉ」とか当たり障りのない軽口でも叩こうかと思ったが、俺は気付いた。
・・・泣いてる?
由貴の目が、少し充血して潤んでいたのだ。

「どした?気分わりぃの?」
「あ、そうじゃなくて・・・大丈夫だから・・・」
「もしかして何かあった?嫌なこととか・・・あ〜ごめん、言いづらいか。でもどっちにしろ保健室いって休んどけば?」
「でも、授業・・・」
「だーいじょうぶだって。由貴、授業態度いいから先生受けいいし、一時間休んでも何もいわれねーよ」

ぽんっと背中を押して促すと、うるっとした目でこちらを見たかと思いきや、ダム決壊──もとい号泣された。
ボロボロと涙を出されて心底焦ったが、そこで見捨てるほど非道でもないし、
わたわたとしたら授業開始のチャイムが鳴ってしまった。
トイレはどの棟も階段のそばにあるので、他の教室を横切ったりと注目されることはない。俺は由貴の手首を掴みながら静かにゆっくりと階段を降りて保健室に向かった。

保健室に由貴を連れていくと、保健の先生にぎょっとされたけど、すぐに優しい顔で由貴をベッドに寝かせて間仕切りのカーテンを引いてくれた。
とりあえず俺は保健室の来訪者一覧に由貴の学年、クラス、名前それから理由・・・体調不良と書き込みを進めていくと、先生がトントンと静かに俺の肩を叩いた。
ベッドの方を指差し、首をかしげる。
“彼はどうしたの?”というジェスチャー。
仕切ったカーテンの向こうからは、鼻をすする音がして、由貴がまだ泣き止んでないことがわかる。
俺も首をかしげたが、心臓をぎゅっと掴むようにして、それから目の下に両手を当てた。
“俺もわかんないけど、辛いことがあって、泣いたみたい”
伝わるかな、と先生を見上げると頼もしい顔をしてうんうんと頷いていた。伝わったのか、すげぇな先生。
先生は冷凍庫から冷却剤を取り出すと、軽く揉み解しながら、由貴にも聞こえるように「さてと」と少し大きめな声を出した。

「先生、君たちのクラスに行って二人が体調不良で保健室にいるって伝えてくるね」
「え、でも俺は──」
「もう授業も始まってるし、ゆっくりしていきなさい」

肩をぽんっと叩かれて、冷却剤を俺に渡すと保健室を出ていった。
やった、公認サボりだ、ラッキー・・・じゃなくて。

「由貴、カーテンあけるよ?」
「あ、うん」
「ほら、アイスノン。目ぇ冷やしといた方がいいよ。大丈夫?擦ったからヒリヒリすんじゃね?」
「別に・・・顔はどうだって」
「何言ってんの、顔は大事でしょ。由貴イケメンなんだから余計に──って、わわ!」

またも由貴の涙腺が崩壊した。ボロッボロと大粒の涙を溢しはじめて、慌ててティッシュを箱ごと拝借した。何かおかしな事を言っただろうか。由貴の背中をさすりながら「大丈夫、大丈夫」とあやすように言うと、涙目の由貴が何か言いたげに、でもまだ躊躇してるみたいに視線が迷子になっていた。

「ん、なに?いいよ、俺口硬いよ?」
「・・・変な話かも、しれない、けど」
「うん」
「わ、笑わないで、くれる?」
「由貴が真剣な話すんなら笑わねーよ」

ひっくひっくと呼吸が整うのを待っていると、由貴が「あの、」と小さく口を開いた。

由貴はちいさな頃からそばかすがコンプレックスらしく、それは成長する度に大きくなったそうだ。すらりとしたスタイルに、少し赤めの地毛。聞けば祖父が英国人らしく、隔世遺伝らしい。なるほど、どうりで鼻も高いわけだクソゥ・・・じゃなくて。
そんな由貴のそばかすは、周囲から言わせれば「それさえなければ完璧なのに」らしい。さっきもクラスの女子が「由貴君の唯一のマイナス点」と笑いながら騒いでいたらしかった。
おいおいマジか。ハードル高過ぎだろ。今日日、モデルも俳優も写真は加工修正してんだろーが。

「いいじゃん、そばかす。可愛いよ。由貴のそばかすが変だなんて思ったこと、俺いっかいもねーよ」
「・・・ほんとに?」
「むしろ、それ含めて由貴じゃん。なあ?」

背中をポンポン叩いてやると、ほろほろと涙を溢し、けれど照れたように、由貴は「ありがとう」と笑った。

そして――。

「ひーろ!お昼どこで食べる?天気いいから中庭行く?」

懐かれた。
すんげー懐かれた。
ランチボックス(由貴が持つと弁当箱なんて言葉が似合わない)を片手に、俺の腰に手を回して密着してくる。
いわく、自分のそばかすを褒めてくれたのは身内を除いて俺が初らしい。
余りにも俺に構うもんで、女子がキャンキャン言うと、めちゃくちゃ冷めたツラして「どうせ不出来な顔ですから」とぼそりと呟く。
そもそもの原因でありコンプレックスを刺激しちゃった女子達はぐうの音も出せずにすごすごと退散し、ここぞとばかりに新規の女子が由貴のそばかす可愛いと思ってた、なんて言えば同じツラして「何を今さらわざとらしい」と皮肉るのであった。
ちなみに、そもそも顔の作りやスタイルが出来上がってる由貴に男の妬みは多く、ここぞとばかりに唯一のコンプレックスであるそばかすをネタに弄ってくるらしい。男友達はそんなにいないという理由に、俺は呆れたし、腹が立った。同じ男として情けない。

──じっ、と俺の腰を抱く由貴を見つめる。
俺の視線に顔を赤くして少し困ったように眉を下げて笑うところを見ると、コンプレックスをいじられてから、人と目を合わせるのが苦手になったのかもしれない。

「うんうん。今日もかっこいいよ。大丈夫、由貴はいつだってイケメンだ。胸張ってろ」
「ひろー!」

よしよし。
俺は人を顔で差別しないで(ってか由貴マジでほんとにイケメンなのだから不敏過ぎる)、きちんと由貴と向き合うぞ。イケメンナルシストとか思っててマジすみませんでした。

「ひろは性格は男前だね!」
「性格はってなんだ、性格はって」


それからしばらく。
孤高の王子を落とした唯一として俺の名前が全校に知れ渡る頃には、すっかり由貴の愛護を受けて毎日顔から火のでる思いをするのであった。



おわり

小話 03:2016/09/10

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