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テレビでは年老いた政治家が少子高齢化がどうたらと喚き、芸人がヤりまくればいいんだよと下衆いネタで笑いをとっている。女性タレントが国のために子供を作るわけではないとか、身体の問題、金銭や環境の問題もあげて、討論会へと発展していた。

プツッとテレビを切った。
真っ暗になった液晶に映る自分の顔の情けなさよ。
利一はテーブルに置いていた缶チューハイを煽り、溜め息と共に飲み込んだ。

「あー、やだやだ」

子供みたいな愚痴だが、本音なので仕方ない。
まるで自分が世間の鼻摘み者だと言われてるようで悲しくなってくる。
いつもなら相槌をうち、慰めてくれる相方──恋人の京が、本日は留守である。本家に呼び出されたとか何とか言っていたが、利一にはさっぱり分からなかった。分かっているのは京の実家が名のある資産家であるということだ。

もっと恋人のことを知りたいという思いもあるが、何かを聞こうとする利一に京はいつも
「僕の実家と僕自身は、関係ないことだよ」
と細い人差し指を唇にあててクスリと笑うので、利一はいつも探求をやめてしまう。

知られたくないような、知るまでもないような、どちらとも取れる発言だが、利一とて深入りされたくないなら深入りしないし、確かに京の実家が何であろうと関係はないと思っている。
ただ、二人は男同士だ。
弟が二人いると言っていたので、京は多分長男だ。長男の立場とか、跡取りとか、色々問題はあるのだろう。

京はどこか浮世離れした雰囲気と美貌をまとい、いつも飄々としていて無邪気な子供のように笑うかと思えば、達観した大人のような振る舞いを見せることがある。
それは時に人を寄せ付けない武器になるが、利一は自分と腹から笑い、迷えば手を差し伸べてくれる京が好きだ。
そう、京が好きなのだ。

(男同士は気持ち悪くて、子供が出来ないと、この国じゃ後ろめたいことになる)

好きじゃどうにもならないことは沢山あるなぁと、鼻をすすった。涙が出たわけじゃない。寒いだけだ。布団がひんやりするのも一人だからじゃない。寒いからだ。

(京のお土産だけ、楽しみにしておこう)

利一は一人布団に入り、丸まって目を瞑った。
京は明後日の昼頃に帰ってくるらしい。



「ただいま、利一。帰ったよー」

カチャン、と解錠の音がして、ノブが回った。
五日ぶりの京は荷物の入った鞄とお土産と思しき紙袋を玄関脇に置いてから、腰をおろして靴紐をほどいているため利一に背中を向けていた。カーキ色のモッズコートのファーが揺れている。
廊下とリビングの間のドアから顔だけ出してその様子を見ていた利一は、足音を少なく近付いて、京の背中に飛び付いた。

「・・・おかえり」
「おっと。どうしたの。熱烈なお出迎えだね」

京は半身を捻って正面から抱き締め直し、自分の胸元に顔を埋めた利一の髪を優しく撫でた。
そして利一の心中なんて既に察しているかのように、囁くのだ。

「僕達のことで利一が心配することは、ひとつもないからね」



大学生の利一と、在学中から起業を始めた京の休みが重なったのは、京が帰宅した翌週のことだ。
いわば社長の京は休みなんていつでも取れると言っていたが、利一は社員の手本になるよう京にいつも諭しているので、彼はその言いつけをちゃんと守っているのだ。

近所のカフェでランチを食べてから、これから何をしようかと腹ごなしがてら河原道を歩き、二人は散歩デートを楽しんでいた。
巻いてきたマフラーも不用なほどの暖かな昼下がり、隣を歩くと時たま指が触れる。互いに擽るような、引っかけるような、繋ぐぎりぎりの戯れすらも楽しくて、つい利一の顔が緩むのを、京もこっそりと覗き見て笑みを浮かべた。

「京さん!」

のどかな空気に亀裂が入ったのは、その時だった。
反射的に利一が京の手から距離をとったのを、名残惜しそうに京は眉を下げて見つめていた。だが振り返った利一の視線の先の、自分の名前を呼んだ人物を目にとめると子供のようにキョトンとしてみせる。

「あれ?わざわざこっちまで来たの?」

なんで?と無垢な勢いで聞きそうな程だった。
京の名を呼んだのは、黒髪が美しい女性だった。ずっと京を探していたのか、息が上がっている。自宅に近いカフェで食事をしていたので見つかったのは幸いなのだろう、少しほっとした表情をしながら、彼女は京に近付いてきた。

「実家が僕に縁談話を持ち掛けたんだけど、そのお相手だよ。おかしいな。話はもう終わったはずだけど?」

耳打ちするように説明すると、今まで繋がなかった利一の手を、京は彼女を見据えたまま強く握ってきた。

縁談なんて初耳だ。
先日の本家の用事とはこの事だったのだろうと、自分の不安が的中したことに利一は何とも言えない気持ちになる。
当然だろうという気持ちと、でもどうしようもないという相反する気持ちだ。

「きちんと話をつけないと、私は納得出来ません」

目の前まで来た女性は、京の隣に立つ利一とその繋がれた手を見比べたあとに綺麗な顔を歪めた。
思わず京の手を強く握れば、手をそのまま後ろに引いて、京は利一を背中に隠す。

──僕達のことで利一が心配することは、ひとつもないからね──

あの日の言葉がこだまする。
後ろから見上げる京の表情なんて分かりやしないが、代わりに対立する女性の顔がひきつった。
まるで宝物のように扱う利一が憎いのだと、刺さるほどの視線が痛い。

「男同士なんて、非生産的で意味のない付き合いだわ。世間体だって良くないし、京さんだって女性と、女の私と家庭を築いて実家の為に子供を作るのが道理って分かるでしょう?」

髪をかきあげて女をアピールしてきた女性は、懇願するような切なげな瞳で京を見上げた。
普通の男なら、たとえ恋人が女でも彼女に迫られたらそっちに走るだろう。それほどの謙虚の皮を被った自信が、彼女からは滲み出ている。

京は「うーん」と考え、視線を宙にさ迷わせてから首をかしげた。

「君が女でも、僕は君とは付き合えない。何故だかわかる?」
「え・・・?」
「僕は君が好きではないからさ」

もっともな答えだ。

「恋愛とは互いに恋い慕うこと。君が僕を慕ってようと、僕が君を慕ってない。そこに何か生まれる?なぁんにも生まれないよねぇ」

どこか愉快そうに言う京に、利一ははらはらしながら空いた手で京の背中を掴んだ。服を引かれる感覚に振り向くと、青い顔をした利一と視線がぶつかる。
京は繋いだ手を離し、利一の耳から頬を通って顎をするりと撫でたあと、猫を愛撫するように擽った。
今はこんな事をしている場合じゃないが、京が目を細めて優しく笑うものだから、利一は口を開くことすら出来ずに固まるしかない。

「しかし僕は彼が好きだ。彼も僕を好いてくれている。異性だろうが同性だろうが、好きになった人が自分を好いてくれて、両思いになれるなんて、こんな幸せなことはない」

仕上げに利一の頭をぽんと撫でて、ゆっくりと彼女に振り返る。

「君は僕にこの幸せ以上の、何をくれる?」
「わ、私だって貴方を愛しているし、貴方に家庭を──ぅぐっ」
「僕は君が好きじゃないと言ってるだろ」

片手で彼女の小さな顎をすくい、それ以上の発言は許さないと二本の指で頬を挟んだ。

「君は僕達の恋愛を、非生産的なものと非難したね。確かに男性同士だと物理的にはそうだ。子供は産めないもの。仕方ない。けれど、男女でもある君と僕も生産性のないものだと理解出来ているのかな?」

京の発言の意図が分からず、震える長いまつげが瞬きを繰り返す。
そして──。

「だって僕は君に勃起はおろか、性的興奮すらしないんだから、子作りなんて無理な話だ」

にっこりと、露骨で残酷な言葉を並べる京に、サッと血の気が引いた彼女はふらりと二歩引いた。

「君は知らないだろうけど、僕、実家の相続から退いたんだ」
「え?」
「跡もつがない。遺産もいらない。実家の名前も語らない。そんな僕に、君は価値を見出だせる?」

綺麗に笑った京に、彼女は唇を噛む。
京という人間よりも、京の後ろ楯に目が眩んでいたのは初めからまるわかりだったのだ。

「残念だよね。君も実家で大人しくて貞淑な女性を演じておけば、僕との破談代わりに弟達が宛がわれたかもしれないのに。あぁでも、弟も馬鹿ではないか」

クスリと笑い、一人言のような京の呟きに彼女はついに涙をこぼした。
利一は自分が挟む口が見つからず、ひたすらおろおろするのみだ。京が相続権を破棄したことにも驚いたし、女性にこんな口を利く姿も初めて見るし、泣き崩れる女性というのも初めて見た。
自分の役回りが分からずにいる利一の肩を掴んで回れ右をさせると、そのまま彼女を置き去りに無言で京は歩き出す。

(怒ってる)

京が怒る時は、声を荒げたり人や物に八つ当たりせず、目を冷たく細めて静かに怒る。その原因は大概、自分のことではなく利一本人や二人の関係に関わる時だ。

(やだなぁ)

振り返ると、きっと彼女はまだ泣いているだろう。周りから見たら非情かもしれない。彼女を選ぶのが筋かもしれない。
でも。

(そんなの知らない)

周りを不幸にするかもしれない自分達に対する世間の批評に、利一は内心中指をあげる自分が嫌だと思っている。
けれど仕方ないのだ。
男も女も関係ない。好きになってしまったのだ。

人目をはばかって手は繋がないかわりに、京のコートの裾をつまんだ。

「確かに俺達の、こ、恋は、生産性のない、自己満足なだけだけどさ、一緒にいて幸せだとか、嬉しいとか、暖かい気持ちになんのとかは、否定されたくないし、すごく、悔しい」

ふて腐れたように瞳を落とした利一に京は目を見張ったが、すぐに子供のようににこりと笑った。

「君は本当に可愛いね」
首にかけたままだった利一のマフラーを掴んで手前に引き、周囲から顔を隠したと思えば瞬時に唇を重ねる。

「僕の仕事が落ち着いたらさ」
急な口付けに驚きと気恥ずかしさから、利一は顔を赤くして固まったまま動けない。
マフラーをそのままに至近距離で見つめる京は、打って変わって大人の妖美な笑みを浮かべていた。目の奥が熱く揺れている。

「こんな国、こっちから捨ててやろうか」




おわり



京さんが社長業で荒稼ぎしたら海外逃避行です。


小話 29:2017/01/23

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