27



はじめから宮沢はおかしな奴だったと、いまだに遠野は思っている。

一年は悪名が広まっているのか、顔を合わせたこともない奴すら自分にビビっている。三年は自分を絞めることはもう諦めている。在籍する二年は、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに自分の存在を徹底的にスルーするばかりだ。

当事者の遠野は、現に悪いことをしてきた自覚はある。うざったい教師に手足は出さなかったものの、近くの机を蹴り飛ばし、暴言を大声で吐いたこともある。生徒は怯え、すぐに一線を引かれた。しかしこの学校に友人はいなくても、外の世界には同じような仲間がゴロゴロいるのでそれを寂しいとも、悲しいとも思ったことは一度もなかった。

出席日数と単位を稼ぐ為、担任から連絡が来たら渋々学校には出向く遠野の席はいつも窓際の一番後ろだ。不登校なので邪魔な机はいつも隅なのだろう。
久しぶりに登校したら自分の机以外はどうやら席替えをしたらしく、前の席が女から男に変わっていた。そして前の席の男は振り返り、遠野を見上げながら言ったのだ。

「おはよう遠野」

そして遠野の目をじっと見てから、また前を向いた。クラスが久々に来た遠野に対し、一目置いてシンとしているのに、だ。
これには遠野自身も驚いた。
自分の記憶の中で、クラスメイトと会話をした記憶はない。名前すら覚えてない。顔すら怪しい。
ガタンと乱暴に席につき、暫し考え、指を伸ばした。自分よりは小さい、目の前の背中に。

「お前、名前なに」

今度はその彼が目を丸くして、噴き出した。

「宮沢。覚えてよ」

まるで仕方ないなと宥めるような笑顔で言われ、遠野の中に宮沢という言葉がストンと落ちた。

(宮沢。ふぅん、宮沢)
それからその日はほぼ突っ伏して過ごした遠野は昼食の時だけ保健室でだらだらとパンをかじりながら過ごし、本令ギリギリに保険医に尻を叩かれながら教室へ戻った。
自分の前の席に宮沢がいることに、何故か安堵している。

放課後にさっさと帰ろうとすれば、宮沢が振り返り、またじっと目を見ながら口を開いた。なぜかドキリと身構えた末に告げられたのは「掃除だけど」だ。加えて「職員玄関前の、外掃除」と詳細まで教えてくれた。
そしてなぜか宮沢と二人で外を掃いている。他にも人数はいたが、宮沢が「こっち二人でやるから、あっちよろしく」と言えば皆申し訳なさ半分安心半分と言った表情で散ってしまったのだ。
何でこんなめんどくさいこと。ふざけんじゃねぇよ。
文句はあるが、口には出せず、態度に出た。
実質、せかせかと手を動かしてるのは宮沢一人だ。

「お前、何で話し掛けてくんの」
花壇の煉瓦に座った遠野が、小石を脇に蹴飛ばす宮沢に、ただ純粋に尋ねた。

「クラスメイトだし。席近いし」
そして宮沢は答える。

「怖くねぇの、俺が」
我ながら馬鹿馬鹿しく解りきった答えだと思いはした。本人を目の前に「そうです」なんて言う奴はいないだろう。
そして小石を蹴散らした宮沢は顔をあげ、至極真面目な顔で言った。

「ぶっちゃけ、めちゃめちゃ怖かった」

それはもう、とても真面目な顔付きで、素直に言った。遠野の目が点になる。風が吹いて、花壇の花が揺れた。長いようで短い沈黙が流れたあと、二人して爆竹が弾けたように笑いあった。

「なんだそれ!」
「だって遠野の噂すげぇもん!朝とか背中蹴られるかと思ったし!」
「蹴らねぇし!つか宮沢さっきから石蹴ってんじゃねぇよ!それも集めてゴミだろ?!」
「だって石とか無限にあんじゃん!集めてたらきりないし!」
「人を掃除に誘っておきながら何だお前!」
「こんなん適当じゃん!」

言って、宮沢はハッと口を手で覆い隠した。掃除場所は職員玄関だ。教師が大勢控えている前で大口を叩いたことに今更気付き、辺りを見渡して一人ホッとしている姿に遠野はまた腹を抱えて笑った。
何だどうしたと、離れた位置からクラスメイトがはらはらとこちらを覗いていた。


それから、毎日ではないが遠野の出席日数は増えた。行く日の朝は宮沢にメールを入れる。
“今日行くけど、宮沢いんの?”
それに対する返信はいつも決まっている。
“普通はいるんだって!”
それから今日は体育があるから体操服がいるとか、プリントが今日までとか業務連絡がつく事がある。
携帯の画面を眺める自分の顔が緩んでることに気づいた頃には、すっかり宮沢にハマってしまっていた。


宮沢と会話を続けて暫くは、担任に言われて仲良くしてやってるんじゃないかとか、俺と仲良くしとけば箔がつくからじゃないかとか、色々と勘繰りはしたが、宮沢は本当に、ただ普通に、遠野をクラスメイト扱いしていた。
遠野と話している最中に宮沢の友人が話し掛けたそうにしてるのに気付けばそっちに行くし、複数の友人の輪に交じっていればそこから抜けてわざわざ遠野の方へ来ることはない。

クラスメイトが、学校中が自分の存在を疎んじていても何も思わなかったが、宮沢一人が自分を放置すると腹立たしいし、寂しいし、少し悲しい。

あぁ畜生と、遠野は耳まで赤くして、その感情に気付いた日は昼までも顔をあげられず机に突っ伏す一日となってしまった。


幸か不幸か、宮沢は遠野と爆笑しあった日にすっかり警戒は解けたようで、今では宮沢から遠野を友達だと言ってくる。
その位置も悪くはないが、欲を言えばランクを上げたいのは遠野の本音だ。過去に自称で彼女を名乗る女はいたが、遠野公認、つまり本命の恋人はいたことはない。

落としてやろうと野心に燃えた日から遠野は、欠席というのがなくなった。
昼休みは基本保健室でだらけてたりしていたのを、たまに教室で過ごすようにした。たまにだと、宮沢は友人より自分と過ごしてくれるし、宮沢の友人は人柱よろしく彼を遠野の方に向けてくるのだ。

そんな今日は、二人揃って食堂に来ていた。
遠野が食堂を利用したことがないと知ったら、宮沢は何をしに学校に来てるんだとキレ気味に説教し、お前に会いにだよと当然言えるわけもなく、遠野はうるせぇ黙れと少ない語彙で反撃し、一触即発の空気にクラスは静まり返ってしまった。
すると宮沢は一言「明日行こう」と言って、
遠野も一言「そうしよう」と返し、終幕。
何だこの二人はとクラスメイトは疲れ気味だが、すっかり明日が楽しみな宮沢と、宮沢からのお誘いにご満悦な遠野は気付くこともない。

食堂は意外と混んでいたが、席も広かった。

「奢ってやるよ。どれがいい?」
「え?」

ぱっと顔をあげた宮沢を、遠野はしたり顔で見下ろした。経済力のある男は魅力的であろうと踏んでいるからだ。
しかし宮沢は遠野の意に反して、その顔には難色を示していた。ぽかんとあいた口からは、今にも「はぁ?」と声が漏れそうだ。

「なんで?いいし」
そしてスタスタと食券の券売機に並び、迷うことなく180円の肉うどんを選んで押した。落ちてきた食券を指先で拾いながら振り返り、手招きされたところで遠野はようやく自身も券売機を押した。500円の定食だ。それを見た宮沢は豪勢だなぁとけたけた笑って、厨房の列にむかってしまった。

「遠野の周りだと空いてるな。ウケる」
「うるせ」

トレーを持って二人揃って着席すると、周辺の生徒はそそくさと退いてしまうのを宮沢は笑いながら見送った。宮沢以外は興味がないし、寧ろ都合がいい遠野は一々深追いせず、ただただ宮沢のトレーを凝視していた。
180円のうどん、とは。
学食すげぇなと妙に感心しながら、しかしこいつはこれで足りるのかと疑問しかない。遠野の頼んだ定食は主に職員が頼むような日替り定食だ。本日はカツ定食で、宮沢のと並べると差が激しい。
遠野はカツを一切れ箸でつかむと、宮沢に差し出した。

「やる」
「え、マジ!いいの!」

たかがカツ一切れだ。先程自分の案に頷けば、まるっと同じものを食べることが出来たのに。なのにおすそわけ程度のカツ一切れをキラキラとした目でみて、口を開けて待って・・・口を、開け、待っ・・・?

「あ?」
「だって俺の皿、うどんだもん。カツに汁がついたらふやけるじゃん」

だからと言わんばかりに再び口を開けるので、遠野は半ば呆然としながらソースをふんだんに付けてやり、宮沢の口に突っ込んだ。歯で挟むと宮沢が顎を引き、もぐもぐと咀嚼するのを黙ってみてると、宮沢は喉を動かしてから「うま」と呟いた。衣で唇がテカっている。
自分のを餌付けしてやるのも悪くはないと遠野が悪い顔で笑ったのは、宮沢の唇が挟んだ箸を、自分がくわえた時だった。

「そういえば遠野、最近毎日学校来るのな」
「あー。まぁちょっと楽しみが出来た」
「そ?それは良いことだな」

ふぅふぅと息を吹き掛けうどんを啜る宮沢に、お前だよとはまだ言わない。
遠野は再びカツを宮沢の前に持っていくと見事にパクついた姿に、笑いを噛み殺しながら天を仰いだ。




おわり

小話 27:2017/01/10

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