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※「08」の続編





「あぁ〜さみぃマジでー。生きてけないぃぃ」
「大丈夫大丈夫、毎年ちゃんと冬越せてるから」

「コンビニ入ろ〜おでん食べよ〜!」
「おでんはいいんだけど、汁垂らして制服汚すの気を付けなよね。卒業前なんだから」

「来年は初詣一緒に行くっしょ?」
「毎年うちに突撃に来るくせに。うちじゃあ除夜の鐘、からの仁、が定番だよ」

「これからもずっとそうだよ」
ニコニコと鼻の頭を赤くしながら言う仁に、肩を竦めた。
幼馴染み、友達、親友、腐れ縁。
名称がいっぱいあった俺らのぼんやりとした関係は、この夏恋人というものに確定した。しかも結婚前提の。じゃあ俺達は婚約者かと仁に問えば、
「恋人期間と言うものを味わいたいから、今は恋人。俺が改めてプロポーズしたら婚約者ね。で、結婚したら蓮は俺の嫁になって、晴れて俺達は夫婦になるのです」
と、キリッとした後にデレッと顔を崩した。なんかもう色々台無しだけど、俺はその言葉に
「そう、わかった」
と一度だけ頷いた。
どれにせよ、これからも一緒と言うのは変わりない。俺の返事を聞いて、仁も満足気に頷き返した。


──冬休みはイベントごとが多く、クラスメイトの中ではクリスマスや正月の話題が度々上がり、さらにはバレンタインや卒業の話もすでに取り上げられている。そして進路についてもだ。進学や就職。その話題については気遣いや自信のなさを表すように声を潜めて話される。
すでに合格を決めている人達は、あとは品行方正に、少しだけ羽目をはずして、二週間の休暇を楽しむことだろう。

「俺にはクリスマスも正月もない」

仁が死んだ目をして言った。

「初詣は?」

相も変わらず、俺達は駅のホームに立つ。
十二月の風は痛いほど冷たくて、学校指定の簡素なデザインのコートに、仁はネックウォーマーを、俺はマフラーを首にまとって防寒している。もちろん、手は手袋でしっかりと。
帰りの電車は一度快速が通過したあとにくる。駅の掲示板は婦人会コーラス隊のクリスマスコンサートのお知らせに変わっていた。

「行くよ。行くでしょ?行くけどさぁ。クリスマスに浮かれる時間も、箱根を見守る余裕もない・・・」
「仁は鶏肉とケーキが食べれたらいいだけでしょ。それに箱根は仁が見守らなくても選手はベストを尽くして役目を果たすよ」
「鶏肉て。チキンって言えよ。あー、風と蓮が冷たくて俺泣きそう」
「箱根のドキュメンタリーと次の日の優勝校生出演の番組まで録画しとくから、落ち着いたら一緒に見よう」
「あ、ちょっと優しくなった」

にへっと、仁が緩く笑う顔の鼻は赤くなっている。
俺はネックウォーマーを無理矢理伸ばして、仁の鼻の頭を覆い隠した。仁は何よ何よと抵抗したが、結局は楽しそうに俺に世話を焼かれている。

来年の大本番に向けて、今は体調を崩すわけにはいかない。駅の待合室を使えば良いのかもしれないが、俺は暖房に加えた人の生暖かい熱気や、誰かが咳やくしゃみをするのが気になってしまうので避けている。仁はそんな俺に付き合っている為に外に出ているが、口では「外の風に当たる方がシャンとしていいからさ」と強がっている。
だから俺はこの駅で冬を過ごす度、寒いのが苦手な仁に風邪をひかすまいと世話をやくのだ。

「ははっ。心配しなくても、馬鹿は風邪ひかないって」
「洒落にならないから、それを今、自分で言わないで」

俺は志望校への合格圏内の判定も出てるし、学校、予備校のどちらからも教師陣から問題はないと言われている。自分でも高望みはしてないだけあって安全パイだと自負しているので、あとは体調管理と日々の予習だ。
問題はこっち、仁の方。もちろん滑り止めも受けるが、志望校への判定ラインは常にギリギリだ。教師もこぞって少しランクを落としてもと勧めたが、当の本人は俺と同じ大学に通うべく燃えている。ともすれば、熱意に胸打たれた教師陣は「あとはもう頑張るしかない」と根性論と来たものだ。

見馴れた線路の向こうにある看板達は、来年の三月で見納めだ。高校に通う為だけに使った駅は、よほどの理由がない限り、もう降りることはない。
隣に立つ仁も看板を見ているのだろう、少し気を抜いた態度でぼんやりと前を眺めている。

──最後だから、息抜きも大事だからって、クラスの女子からクリスマス会に誘われていた仁は、笑顔で断りをいれていた。この先俺とずっと一緒にいるならば、行っても良かったのにと告げた数日前。

“例えばその一日のせいで、詰め込めるものを逃して落ちたりなんかしちゃったら、俺はクリスマスを一生恨んじゃう”

笑っていたけど、口の端は震えて歪んでいた。
そっか、そうなのか。お前、そんなにかと、今さら胸の内が熱くなった。ときめいたとか、絶対に言わない。


「さむっ」

仁が小さく呟いた。無意識だろう。肩を上げて、自分でさらにネックウォーマーを目の下まで引っ張った。それってそんなに伸びたのかって少しぎょっとしていると、すぐにまたコートのポケットに両手を突っ込んだので、俺はコートに入れたままのカイロを仁のポケットに無理矢理滑り込ませた。
手袋してるし、伝わる熱は微々たるものだろうけど無いよりましだ。それに気付いた仁は、目元を弛ませて俺の肩に肩をぶつけてきた。
会話はないけど、わかる。サンキューのサイン。

看板の下、線路から離れた場所に雑草の花が咲いている。たまに駅員か作業員かはしらないが、せっかく延びていたのに刈り取られていたりすると、それを寂しいなぁと思えるほど、この光景すべてに愛着があるようだ。
掲示板、看板、雑草、ホーム。
どれもこれも、いつも仁と一緒に眺め、通い、話題にしてきた。愛着があるのはそのせいかも知れない、なんて。

「冬休みって、高校最後の長期休暇だな」

ネックウォーマーの口辺りを少し持ち上げながら、仁が話し出す。お互い視線は真っ直ぐ看板。

「だね」
「蓮とさ、この駅に並ぶのも終わりに近いよな」
「だね」
「なんだ、だねだねって。フシギダネか」
「懐かしい」

昔夢中になった人気アニメに出てくるキャラクター名にしみじみと言えば、仁はまた肩をぶつけてきた。
今のは、そうじゃないだろって意味。

「なんかちょっと寂しくなってきた」
「何が?」
「センチメートル的な?」
「・・・正解はセンチメンタルだけど、洒落?」

思わず仁を見上げれば、奴はこっちを見ていなかった。
・・・マジなやつか。マジなのか、仁。

「あー、でも今、俺もそう思ってた」
ここで仁のモチベーションを下げるわけにはいかないと、仕方なしに俺もさすがに気を使う。

「蓮も?なに?」
「だから、仁とこういう景色見るのも最後になってくなって」
「・・・も〜、そういうこと言わないでよ〜」
「言い出しっぺじゃん」

仁が両手で目を押さえて、わざとらしくよろめいた。きちんと白線の内側。点字ブロックは踏まない。

「蓮さん、ちょっと俺のテンション上げて。爆上げ希望」
「めんどくさいなぁ」

快速が通過することを伝えるアナウンスが入った。大丈夫、ちゃんと離れて待機してるから。

「俺が一人で寂しく大学に通うことがないように、頑張って」
「よし」
「じゃないと、なんだっけ、ラブラブキャンパスライフ?送れないよ」
「そうだそうだ」
「冬休み中にお互いの家にさ、合格したらルームシェアしたいって言いに行こうか」

快速が目の前を通過していく。
風が余計に冷たいなぁなんて思ったのも束の間、手袋をはめた仁の両手が俺の頬を挟んで向かい合う形になった。いつの間にかネックウォーマーをずり下げた仁の鼻の頭は赤いままだ。

「・・・なにそれ、最っ高!」

歯を見せて笑った顔は小学生の頃に声をかけてきた頃よりはだいぶ大人びたけど、変わらない面影を残したそれは相も変わらず、これから先も、もうずっと好きだなんだろうなぁと実感したら、柄にもなく声を出して笑ってしまった。





おわり



「続編を読んでみたい」で第一位。
この二人に関しては、ツッコミどころもなく、淡々と二人で作った世界を築いてくんだろうなぁって感じです。




小話 25:2016/12/23

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