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※「01」の続編





相変わらず、呪われている。

「ク、クリスマスに予定入れるなんて信じらんない!」
「・・・」
「イヴはバイトだって言うし!ひどくない?!」
「・・・」

目の前の人物はエプロンの裾を両手で握りながら言った。隣のコンロには、お玉が入ったままのホワイトシチューの鍋が。今日の晩飯だろう。ニンジンとブロッコリーの赤と緑が目についた。


帰宅したら、晩飯を用意していた同居相手がエプロンをつけて、おかえりなさいと言いながら出迎えてくれて、今日は寒かったね、バイトお疲れ様、と労ってくれて。
そんな同居人は可愛い彼女ではなく、俺のイケメンなただの幼馴染みの男、ちなみに俺限定で性格に難ありだ。
そして「クリスマスなんだけどさぁ」と鍋に火をかけてお玉でかき混ぜる優都の背中に、俺は言ったのだ。

「あ、俺サークルのやつらと集まりがある」

言った瞬間、優都の背後に雷を見た。


それからめそめそしたかと思えばカリカリし出して、今はキーキーしている優都。
なんだこいつは。ヒステリックな女か。いや、昨今の女性はこいつよりサバサバして気丈夫だろう。マジでなんなんだ、どうした、こいつは。
せわしない優都は一旦置いといて、部屋着に着替えた俺は優都の小言を聞きながら、立ち位置を代わって鍋を見ている。沸々してきたところで火を止めた。具材は鶏肉、玉ねぎ、ニンジン、じゃがいも、ブロッコリー。超うまそうで超腹へったんだけど、食べてもいいんだろうか。

「そうやってすぐ集まって、少しは俺の気持ちも考えてよぉ」
「優都もクリスマスお誘いあんだろ?行けば良いじゃん」
「ほらぁ、また俺のことを置いてけぼりにするぅ!」
「じゃあ優都もこっち来る?男ばっかのクリスマス会、ってか彼女なし連中のクルシミマス会だけど、人数多い方が楽しいだろ、多分」
「行かない!」

俺のちっさなダジャレごとプイッと顔を背けて振り払った優都は、へたり込んでエプロンの裾で顔を覆いながらしくしく泣き出した。
すーっと、怒りの沸点が零度まで下がる。
エプロンで顔を覆い泣きじゃくる優都と、青筋たてて立ち尽くす俺。
なんかこの図は妻に暴力ふるうDV亭主みたいじゃないか。被害者なのに加害者とは、これいかに。
口角がヒクリとつり上がるが、ここは俺が大人になるべきだ。落ち着け、落ち着けと言い聞かせて深呼吸を大きくすると、優都の肩がびくっと跳ねた。

「とりあえず、飯にしよう。な。シチューうまそうだから早く食べたいし。俺優都んちのシチュー好きだし」
「・・・そうなの?」

チラリと優都がこっちを見上げた。

「うちは市販のルーだったから、それも好きだけど、小麦粉とかで一から作る優都んちのも食べやすくて好き」

昔からお互いの家を行き来してただけあって、どちらかの家でご飯を食べるなんてしょっちゅうだ。和食派のうちと、洋食派の優都んちだと、食卓に上がるおかずもおやつも違っていて、それはそれで新鮮で楽しかったし美味しかった。優都が当番で作る日の料理の味は、どことなく優都のおばさんの味がして懐かしい。

「ハル、俺のご飯好きなんだ?」
「うん、好き」

皿にシチューを装って、棚からスプーンを取り出して、優都がいる方のテーブルに持っていく。

「ふーん、好きなんだ、ふーん」
なんて言いながら、すっかり涙は止んでいる。よかった。単純でよかった。

「サラダも冷蔵庫にあるよ」
「お、すげーじゃん。優都できる男だなぁ」
「ご飯かパン、どっちがいい?パン、堅いやつ」
「あー、今日店の賄い摘まんだりしたから、シチューとサラダだけで充分です」
「はーい」

優都がいそいそと冷蔵庫から取り出したサラダは、葉物野菜に大根の薄いスライスがくるくる丸まって花みたいになったのが乗ったサラダだった。この大根は、確か桂剥きとか言うんだっけか。芸が細かい上に器用なやつだと変に感心してしまう。
思わず「すげぇな」と言えば、優都はにこーっと笑った。そうだ、笑っときゃいいんだよ、笑っときゃ。こいつは元がいいんだから、いつもしゃんとしとけばいいのにってジッと顔を見てたら、優都は顔を赤くして目を反らした。
あんだけ泣きわめいた事を今更恥じたのだろうか、謎だ。

「た、食べよ食べよ。ハルは胡麻ドレでしょ」
「おー、サンキュー」
「はーい。いただきまーす」

結局、優都も主食を摂らずにサラダに和風ドレッシングをかけて食べ始めた。体があったまるシチューはやっぱり美味しくて、おかわりをしに席を立てば優都がいそいそと率先して注いでくれて、どうやらすっかり機嫌はなおったようだ。

「つーかさ、置いてけぼりとか何とか言うけど年末は一緒に実家帰んだろ。大晦日も正月もほぼ一緒じゃん。それじゃだめなん?」

タイミングを見計らって、話を戻す。
泣きはしなかったが、優都はさも不満げに唇を尖らせた。

「そうだけどー、一緒だけどー、家族込みと二人だけって言うのは違うじゃんん〜」
「意味わからん」
「冬休みはもうずっとこの家にいようよ」
「新年の挨拶は大事だろーが。それに優都の親にも挨拶せにゃならんし、俺は帰る」

シチューを食べながら、俺は答える。
するとぐずぐずしていた優都が首を傾げた。

「・・・ハル、俺の親に挨拶するの?」
「? するだろ、当然」
数々の奇行は報告するか悩みどころだが、一応同居人としてお世話になってますは言う義務はある。
優都が首を反対方向に傾げた。

「・・・俺もハルの親にしていい?」
「? 当たり前だろ」
そしてそれは、逆もまたしかり。

優都の親もほぼ身内みたいなものだし、今さら改まるのも気恥ずかしい感じもするが、親しき仲にも礼儀ありだ。それにお年玉を期待してない訳でもない。

「そうだよね。挨拶はね、大事だからね」
「正月をなんだと思ってんだよ」
「あぁ、なんだかとっても楽しみになってきた!早く帰りたいなぁ。もう25日から帰っちゃう?」
「25飲み会つってんだろ!何しれっと不参加の方向に持っていかせてんだよ!てか何だ、優都やっぱりホームシックなわけ?」

俺の問いは優都の無駄に流暢な口笛にかき消されたが、一応優都のヒステリックが収まったので良しとしよう。俺はすごい出来た男になりつつあるぞ。この懐が広く包容力絶大な俺は世の女子にウケるんじゃないだろうか。優都には絶対無い部分だ。

「・・・ハル、今なに考えてた?」
「正月楽しみだなーって思ってマシター」
「だよねー!」


それから。
クリスマスに出掛ける直前に優都がぴぃぴぃ喚くという一悶着があったが、翌日に優都とクリスマスをやり直すなんて訳のわからん約束を取り付けられた。
訳わからんと言えば、優都の独り言が増えたのだが。

「是非とも、いや、どうか、の方が・・・」
「ううん。言葉を飾っても結局は誠意だ。誠意を見せなきゃ・・・」
「おじさん、おばさん。いやいや、お義父さん、お義母さん?ふふふっ」

・・・本っ当に訳わからん。


そして正月。

「春海さんを俺に下さい」

俺の両親の前で正座した優都の“挨拶”を端から見ていた俺は、おとそを盛大に噴き出した。



おわり


「続編を読んでみたい」第三位でした。
優都君がいい感じにメンヘラになりつつある。あとハルの本名、春海(はるみ)が出せてよかった。
晴海君はフランスパンやライ麦パンは総じて堅いパンです。


小話 23:2016/12/23

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