22
※「
06」の続編
「あ」
「げっ」
バイト先の男子更衣室。
急に降られた雨に身を震わせながら制服に着替える。上着はハンガーに掛けて、中のインナーもちょっとぐっしょりして気持ち悪いから、この際脱いでしまおうと頭から引っこ抜いた。室内に暖房が効いているとはいえ、寒いものは寒い。冬の雨なら尚更だ。パッと脱いでパッと被る。その一瞬が勝負である。そう、一瞬だ。一瞬なのに。
「おはようございます。志川さん」
その一瞬で、突如開いたドアから保科が現れた。
ニヤリと笑って素早く後ろ手にドアを閉める姿に、風冷たいから助かった〜!なんて!ほのぼのしてられないっ!なぜなら俺はこいつに警戒マックスだからであるっ!
急いで店のロゴが入った厚手の黒い半袖ポロシャツを被ったが、俺の半裸はバッチリ見られた。
「雨に降られたんですか?天気予報みてないんですか」
「うるさいなぁ。つか、お前今日シフト入ってねぇだろ」
「はい。でも青木さんから交代して欲しいって連絡が来たので、急遽入りました」
(あ、あ、あ、青木ぃ〜っ!)
心のなかで叫んだ。青木さん先輩だから。
「めんどくさかったので断ろうと思いましたが、シフト表みたら志川さんが今日は入ってたので、喜んで交代しました。しかもナイスタイミングでしたね」
「バッドだバカヤロー!」
普段クールで無表情がデフォルトな分、不意に笑みを作られると悔しいかな妙な箔がつく。
「相変わらず薄い体してますね」
「ひっ」
べたりと、保科のでかい手が服に侵入してきて俺の脇腹を触った。
「手ぇ冷たい!寒い!触んな!」
「あれ、今日は下着グレーですか」
「覗くな!変態か!いや変態だ!」
「じゃあ俺の見ます?そしたらおあいこですね」
「見・ね・ぇ・よっ!変態仲間にすんな!」
保科がベルトのバックルに手をかけた隙に押し退けながら言ってやれば、なぜかコイツは心底キョトンとした顔をしてみせた。
「違うんですか?」
「人をさも変態であるかのように言うな」
「だって志川さん、猫耳付けて、あんなことまでしたじゃないですか」
あんなこと。
思い出されるあの夜のこと。
顔から火が出そうになった。
「ああああんなの!お前が!」
「俺が?」
「無理矢理!」
「引き返せたでしょう?」
ニヤニヤいやらしく笑う保科に口で勝てる気がしない。
「〜いいっ。忘れる。俺は犬に噛まれたんだ。ドーベルマンに噛まれたんだ。だからお前も忘れろ」
保科に背を向けて、ロッカーに入れた鞄から携帯を取り出す。
そうだ。ドーベルマンに下半身の後ろの方を噛まれたと思えば、まだ可愛い──くない。全然可愛いくない。犬は可愛いけど噛まれたら痛い。痛いのはダメだ。
なんだか惨めな思いで受信メッセージを確認すると青木さん。なになに?保科とシフト代わったって?知ってるよ!遅いよ!
バタンとロッカーを閉めて、フロアに出ようと振り返ればドスッと堅いものにぶつかった。
「志川さん、無かったことにするんですか?」
俺がぶつかった堅いもの──背後に迫って俺を見下す保科が、ガンッ!と大きな音をたてて、右手を俺の背後のロッカーにぶつけた。
前には保科、後ろはロッカー。
おお、人生初の壁ドンだ。いやでも、実際は壁じゃなくてロッカーだけど、その場合はなんだ。
「ロカドン・・・」
「・・・またなんかバカなこと考えてるでしょう」
「バ・・・ッ!」
呆れた物言いをした保科に対し、わりかし真面目に考えていたのにと睨み上げれば、そこには俺より怖い顔をした保科がいた。
「出来るんですか?無かったことに」
俺を見下ろす保科の目がマジだ。本気と書いてマジと読むタイプのマジだ。つまり真剣そのもので、おどけて見せようにも口はヒクリと引きつるだけで。
「なになになに、怖い怖い、怖いよお前」
「・・・別に、怖がらせる気はありません」
ばつが悪そうに一度視線を落としてから、意を決したように口を開いた。
「志川さんは。俺が好きでもない奴とセックス出来る奴だと思いますか」
「セッ・・・!」
ずばり言うんだな!
悲しいかな言い慣れない単語にお兄さん思わず赤面したけど、保科の目はまだ本気で真剣で、真っ直ぐに俺を見てくる。
そうだ。保科はいつだって真面目な奴だ。忘れてたけど、研修中からずっとひたむきで、店の連中からも客からも評判がいい奴だ。すっかり忘れてたけど。
「や、見えねぇ、けど」
「じゃあ志川さんは?志川さんは好きじゃない奴とやれますか?」
「は?しねーよ。しねーだろ、普通」
倫理観はしっかりしていると胸をはれる。
俺の返答に保科も頷いた。そうだろ、俺達そうなんだよ、しっかりしてるんだよ本当は。
「そんな二人がセックスしたと言うことは、相思相愛、両思い成立ってことじゃないですか」
自分の概念に間違いはなかったと改めて実感し直したところで、堂々と言い張った保科に、俺はただ、瞬きをパチパチと繰り返した。
え?なになに?どゆこと?
「え、そうなの?」
「そうですよ」
保科が頷く。
「そ、そうか・・・」
「そうです」
保科が諭す。
「・・・違くね?」
「・・・違わないです」
保科が舌打ちをついた。
このやろう、どうやら俺をチョロい奴だと思っていやがるな。
ムッときて言い返してやろうと思ったら、保科はまた、真っ直ぐな目を俺に向けてくる。
もうやめてよ、その目。ついじっと見ちゃうし口が挟めない。あぁ俺チョロいのかも。
「俺は志川さんのこと好きです。無かったことになんか出来ません。責任とってください」
「す!?あ、え!?や、責任て、この場合俺が使う言葉じゃ・・・」
「大歓迎です。喜んで責任とりますよ」
「いや、あの──んっ!」
保科がロッカーにドンしていた手とは逆の方を伸ばし、親指で俺の顎をすくった。
こ、これは壁ドンからの顎クイ。
ゆっくりと顔を近づけて来る保科から目をそらせなかった。迫ってくる唇。それが今、「好き」と言った。え、え、えーーっ、好き。好き、って、俺は?
目前まで迫られて、つい歯を食い縛って目を瞑った。
あれ、これ待ちの体勢じゃ。
なんて思った時、保科の唇はなんと、俺の耳を舐めてから噛みついた。
「っ!?」
「志川さん。また、にゃーんって言ってくださいよ」
耳元で低く囁かれて、吐息がかする。
全神経が耳にいったんじゃないかってくらい、ゾクゾクした。笑みを噛み殺すような、悪い顔をした保科が、俺の顎を押し引いて口を開けさせる。
「ほら。にゃーんって言ったら、イイコトあるかもしれませんよ」
「───っ」
なにか、言葉を。
じくじくとする耳に意識がいって、なかなか上手く喋れない。
あぁちくしょう。俺今絶対顔赤い。保科お前、困った顔して笑ってんじゃねえよクソッ。
息を吸い込んで、言葉と共に吐こうとした、その時。
──コンコン。
更衣室のドアが静かにノックされた。
「おーい。二人とも準備出来たー?そろそろ入れるー?」
店長だ。ハッとして時計を見れば、シフトの入り時間目前。慌てて保科を突っぱねて脇をすり抜けた。
「今いきます!さーせん!」
「あ、志川さん」
なんだ、まだ何かするのか。
警戒しながら振り向けば、肩に黒い何かを掛けられた。
「パーカー貸してあげます。雨、ちゃんと拭きました?腕冷たいままでしたよ。俺傘持ってたから濡れてないし、確か黒だったら羽織りもインナーも自由なんすよね?」
ちょっと肩からずり落ちそうなものは保科がさっきまで着ていたパーカーで、まだほのかに暖かかった。
(って、やべえ。俺マジ変態か)
かぶりを振って、パーカーに腕を通した。
「・・・あざす」
「帰りは相合い傘して帰りましょうね」
今や俺にだけ見せる笑顔で言う。
「嫌だ。お前は送り狼だからな。信用ならん」
「子猫が何言ってんだか」
生意気な口をきく保科にべぇっと舌を出して、更衣室の扉を乱暴に閉めた。閉まる直前の保科は何故だか優しく笑っていて、なんだかもう、噛みついてるのに負けた気分だ。
(くっそ、保科めぇ・・・っ)
冬でカサつく唇を触った。
俺は口を開いたとき、一体何を言おうとしたのだろうか。
おわり
「続きを読んでみたい」で第四位。
保科君へのエロコールが多かったのですが、私はエロ書けないので果敢に攻めてもらいました。
小話 22:2016/12/23
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