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※「05」の続編





幼稚園時代のまーくんは、いつも気の強い姉の後ろに隠れていた。隠れていたと言うか、まーくんを溺愛している姉が側で守ってるって感じで。
年長に上がった時に二個下の年少に入ってきたまーくんは、その姉と共によく母親の迎えを待っていた。姉のスモックを掴んで、もじもじとしている彼に、一人っ子で兄弟というのが珍しくもあり羨ましかった俺は、興味本意で俯いていた顔を覗き込んでみた。どういうお顔をしてるんだろう、仲良くなりたいなって気持ちと一緒に。

「──そしたらまーくんすごい可愛かったから、一目惚れだよね、当然」

「はぁ・・・」
赤い顔をして、まーくんは期間限定のチョコレートパフェをつつく。
そんな姿が可愛くて、ホットコーヒーを飲み一息ついた俺がにこりと笑えば、ついにはスプーンをくわえたまま、昔のように俯いた。


買い物に付き合ってほしいという名目で、クリスマス色の強い街中へデートに誘った。
と言っても、デートと思ってるのは俺だけで、まーくんは本当に買い物に同行してるだけだと思ってそうだ。もちろん、学校での冬の課題に使う素材を探しに行くと言う目的はある。昔から姉について回った(付き合わされたとも言う)まーくんが大型の手芸店から各分野の専門店まで詳しく教えてくれたので、満足いく買い物が出来たのは確かだし、感謝してる。

でも、街の雰囲気に添って、ちょっと親密になりたいのも捨てきれない。

買い物のお礼に俺のお薦めのお店でお茶でもしようかと誘えば、まーくんははにかんで頷いた。
店内が落ち着く程にライトダウンしていて、コーヒーを飲むサラリーマンや、日経新聞に目を通す老人など、一人で時間を潰す男性客も多い隠れ家的カフェに行こうかと思っていたら、道中で通りかかったカフェの店前に出ていたブラックボードを、まーくんがちろりと目で追った。
視線はすぐにまっすぐに戻ったけど、なんだろうかと気にはなる。

〜当店オススメ〜
冬季限定チョコレートパフェ

(あぁ、これかな)

あとは本日の日替わりプレートの内容だとか、スパイシーホットドリンクだとか、通常メニューとは違い今の時期に特化した内容が書かれていたが、 まーくんはチョコレートが好きだから、きっとパフェに目がとまったのだろう。

「まーくん」
「はい?」
「ちょっと寒くなってきたからさ、ここ入っちゃおうか?」
「え?でも」
「俺の行きたい所はもうちょっと歩くし、ほら、手が冷たくなっちゃった」
「わっ」

指先をまーくんの頬にあてれば、その冷たさに目を丸くされた。手袋を忘れたのは自業自得だけど、まーくんの頬に触れたのは役得だ。
それじゃあとカフェに入り、ホットコーヒー二つに、まーくんにチョコレートパフェ、自分にベイクドチーズケーキをオーダーする。店内は女性客、もしくはカップルばかりだけど、まーくん可愛いし、自分達はカップルみたいなものだし、まぁいいかとひとりごちた。

「また今度、俺のおすすめのお店に行こうか。ガトーショコラが美味しいよ」
「はいっ」

さりげなく次の約束も忘れない。
程なくして運ばれてきたパフェ達に、まーくんはさっそく柄の長いスプーンを持ち、両手を合わせて頂きますと唱えた。口に運ぶと女性みたいにきゃっきゃとはしゃがず、静かににこにこしている。

「美味しい?」
「はい、このケーキのところ、美味しいです」
「オペラだね」
「オペラ?」
「そのケーキの種類」
「へぇー、オペラ」

薄いココアのスポンジ生地とチョコレートクリームを何層にも重ね、照りのあるチョコレートがかかったそれを、まーくんはまじまじと見つめた。メニュー表をぱらぱらとめくっても、ケーキの一覧にチョコレートケーキはあってもオペラはない。このパフェの為に作ってることに感心はしたが、持ち帰り、もしくは冬以外に来店しても無いのだと小さく落胆。

(せっかくまーくんが気に入ったみたいなのにな)

まぁバレンタインの時期にホテルのスイーツバイキングとかチョコレートフォンデュにでも誘うとしよう。
メニューをスタンドに戻すと、まーくんがスプーンにオペラを乗せて、こちらに腕を伸ばしていた。

「はい」
「はい?」
「美味しいです」
「え?」
「食べませんか?」

まーくんの腕が、ちょっとふるふるしてきた。
え、それって、もしかしなくても。

(あーんってやつ!)

「た、食べます!」

何故か飛び出た敬語の後に慌ててぱくんと口に運ぶと、蕩けるような甘さが口に広がる。つい、笑顔になるのは仕方がない。なんだかもう、色々と甘い。
じゃあお返しにと、チーズケーキをフォークにさせば、そこは全力で拒絶されてしまった。いわく、恥ずかしいうえ、するのとされるのは違うらしい。

(チョコレートフォンデュは家でやろう。もう一回あーんってしてもらって、してあげよ。絶対)

フォークにささったケーキは大人しく自分の口に運ぶ。

「ね、純さん昔、あんなのしてたね」

ちょっと前屈みになったまーくんが、こっそりと囁いて目配せしてくる。少し離れた席に座っている女性が、ヘアアクセサリーにレースのリボンのバレッタを付けている。思わず苦笑した。当時はレースのリボンのゴムで、ひとつに括ってたりしていたからだ。
それでも、当時を覚えていてくれたのは嬉しいし、こっちだってたくさん覚えていることはある。むしろ忘れてることなんて少ない方だ。
だからつい、まーくんへの思いをつらつら語った冒頭の台詞。


──店内のBGMがクリスマスソングに変わった。
本当は帰り際にサッと渡したかったけど、俯いたまーくんの顔を上げさせるきっかけにはなるだろう。

「これ、よかったらまーくんに」
「・・・なんですか?」

手のひらに乗るような、小さな英字がプリントされた封筒に、麻紐をくるくると十文字に巻いて結んだ簡素な包装。ちょっと早いクリスマスプレゼント、と言えば、いい子なまーくんはきっと恐縮しちゃうから、笑顔で開けてみてとだけ促した。
麻紐をほどき、テープを剥がして取り出したのは、チョコレート色を意識した深い茶色のロープ編みしたレザーブレス。バックルはアンティーク調のくすんだゴールドで、派手すぎず地味すぎず、主張が強くないから普段使いできるデザインだと思う。

「わっ、かっこいい!もしかして純さんのと色違いのですか?黒いのと」
「あれ、気付いた?」
「はい。いつも付けてて、かっこいいなーって」
「本当?それ、俺の手作りなんだ。メイド・イン・俺、なんちゃって」
「えーっ、すごっ!売り物みたい!マジすごい!」

俺に対して使ってる敬語が、たまに崩れる時がある。思いっきり、素のまーくん。ブレスを両手に乗せて凝視している姿は、先程のオペラにも匹敵するくらいだと自負してもいいだろう。

「純さん、もう店開けるレベルじゃん」
「あはは、ありがとう。いずれはね、自分のお店が経営出来たらいいなって思ってるんだ」
「へぇぇ・・・!」
「その時には、まーくんも一緒だと嬉しい」

まーくんの手からブレスレットを拝借して、左の手首に巻いていく。キツくなく、緩くない位置でバックルを通した。
いつかはこの指先に、違うものを通せますようにと願いを込めて。

「あああ、あの、えーっと、その」
「ふふ、まだ一年半は考える余地はあるからね。ゆっくり考えて欲しいな」
「・・・はい」
「俺にとって、いい結果だといいけど」

再会したときに結婚だ同棲だと騒いだけど、まーくんは拒否ではなくて保留にしてくれた。女の子と思ってた初恋の相手がいきなり現れて、しかも男で、結婚を申し込んできたにも関わらず、だ。

(俺の気持ちも知ってるし、意識されてないわけじゃないんだろうけど)
夏休みにはお泊まりにも来てくれた。まーくんの姉は渋ったみたいだけど、逐一写メ付きでの報告を約束に許可してくれたのだ。
まーくんとの同棲を想定して選んだマンションだから、一人暮らしには少し大きくて、まーくんは無駄なお金を使わせてすみませんと、頭を下げてきた。
「まーくんがここに住んでくれたらチャラになるよ。って言いたいとこだけど、それは我慢する約束だからね」
「・・・はい」
「でも、好きなときに遊びに来てほしいな。課題の製作とかあるから、散らかってる時もあるけどね」

家の合鍵を渡せば、しばらく迷ったあげく、鞄にそっとしまってくれた。
いつかその鍵を自分から使ってくれる日を、俺は待っている。


「よし。そろそろ帰ろうか。遅くなると、亜子ちゃん怖いからね」

亜子ちゃんとは、まーくんの姉だ。昔はあーちゃんと呼んでいたけど、今はそんな呼び方したら本人にどつかれるし、俺だって特別親しくない相手をあだ名で呼ぶなんて軽率なことはしない。
まーくんだけが、昔のまま特別なだけ。

「──っと、まーくん。チョコレートついてるよ」
「え?」

自分の口元を触って教えてあげると、まーくんはペロリと、赤い舌を出して口角についたままのチョコレートを舐めとった。
それだけなのに。

「あ、ほんとだ。ハズい」

さらにナプキンで口を拭くまーくんは、恥ずかしそうに笑いながら、取れました?と聞いてきた。うん、と少しぎこちなく頷けば、席を立とうと一瞬前屈みになったまーくんの、大きく襟刳りがあいたセーターから見える鎖骨の、少し下。影とインナーでもちろん見えないけど、見えないけど、視線がつい。

「はい、コートをどうぞ」
「あ、ありがとうございます」

ずっと特別なままだけど、いつまでも現状維持なわけじゃない。気持ちは膨らんで、どんどん欲望も大きくなってきている。

(あーぁ・・・)

まーくん帰したくないよう。



おわり



「続きを読んでみたい」で五位でした。
純さんの我慢の限界が先か、まーくんの決断が先か。でもまーくんは期限ギリギリまで考えるので、純さんは当分ステイです。


小話 21:2016/12/23

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